お茶屋の時間 第6回 岩手のお茶「気仙茶」その3 在来の古木に宿る思い

今年も6月に気仙茶づくりに行ってきました。気仙の方、気仙に来て手伝ってくれた方をはじめ、様々な方の助けを借りて、美味しいお茶を作ることができました。またその過程で、お茶と同じくらい大切な、たくさんのかけがえのない言葉や思いに触れることができました。

去年から摘ませていただいている茶畑の持ち主に、今年78歳になるHさんがいます。いつもお邪魔すると、お米やらお餅やらをたくさんくださる、とっても優しいお父さんです。

Hさんは、以前お茶を作っていましたが、その後、手が回らなくなって止めていました。初めてお宅に伺ったとき、山間に開けた畑、斜面に植えられ伸び伸びと育ったお茶の木の姿、その場所の心地よさにすっかり魅了されました。その場で早速「今年摘ませてください!」とお願いしたほどです。

この茶樹は、Hさんが生まれる前から植えてあったという「在来種」です。「在来種」とは、ずっと昔からそれぞれの土地にあったお茶の木の総称で、昭和30年代以降急速に普及した「改良品種」に対する言い方です。主に種から育ったものですが、気仙では江戸時代にお茶を植え始めたといいますから、その頃からこの地に脈々と子孫を残し続けてきた木かもしれません。昭和29年には全国の茶園の96.6パーセントだった在来種が、その後改良品種に植え替えられ、平成10年の調査では9.9パーセントにまで減少しています。お茶屋さんでよく聞く「やぶきた」というのは茶樹の品種名の一つですが、今、日本のお茶の八割方は「やぶきた」となっています。一方、気仙には清んだ香りと豊かな甘みを持つ在来種がたくさん残されています。これは日本の中では大変貴重なことなのです。

この間Hさんの畑の剪定に行った時、試飲分としてほんの少し、出来上がったお茶を置いてきました。去年は収量が足りなくて、他の畑のやぶきたと混ぜて製茶したのですが、今年はHさんの在来種3対Sさんの在来種1の割合で、在来種だけのお茶にしました。

翌日、朝7時過ぎから何度も留守電に、Hさんからお電話があった記録が残っていました。「あれれ、忘れ物でもしたかな」と思って電話をかけると、開口一番「お茶、俺のお茶とおんなじ味だー」と少し興奮した口調でHさんがおっしゃいました。

「今朝このお茶飲んだんだ。この味は俺の作っていたお茶とすっかりおんなじ味だ。この味なんだよ。去年のお茶とは全然違う。俺のお茶は茎も入れないとだめなんだ。それから低い温度で乾燥させて・・・」

Hさんがお茶づくりをやめて20年以上になるそうです。Hさんの言う「俺のお茶」は、大鍋に蒸篭をかけて蒸して、それから囲炉裏端で家族総出で手揉みして、最後に土風炉の上に茶葉を置いて朝まで乾燥させて作った、手づくりのお茶です。売るためではなく、1年間家族が飲むために作ったお茶です。気仙では、かつて多くの農家で当たり前のように作られていたお茶です。

この日初めて私は、Hさんが自分のお茶づくりへのこだわりや自分のお茶の味について語るのを聞きました。今まではそんなお話はなさらなかったHさんです。生き生きとした声を聞いて、Hさんが手づくりの「俺のお茶」にとても愛着と自負を持っていらしたことを、やっと知りました。

20年ぶりにこの味に出会った喜びを伝え、私を励ますために、朝早くから電話をくださった。気仙の古木には、家ごとに畑ごとに、それを育ててきた何世代もの人の思いが宿っている。私はそれに支えられ、摘ませていただいているのだなと、改めて強く感じました。

(「家と人。」13号  泣潟買@ープレス社 掲載)
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