お茶屋の時間 第8回 「同じ急須の茶」を飲むこと

 

 今年の春から、一人の台湾人の青年が盛岡に住み始めました。サッカーのプロ選手で、台湾のナショナルチームのレギュラーメンバー、現在は盛岡のサッカーチームに所属している呂(ル)選手です。通訳のお手伝いをしたのがきっかけで知り合いました。

 この呂選手の寮の部屋には、小さな急須や小さいお茶碗、お茶を淹れる茶盤など、お茶道具一式が揃っていて、部屋を訪ねるチームメイトやお客様を、自分で淹れた台湾茶でもてなしています。更には、急須に湯を注いで蒸らしている間に、この身長185センチのサッカー選手は、おもむろに筆を取り出し、急須を大事そうになで始めるのです。

まだ20歳そこそこのサッカー選手がお茶なんて、随分風流で変わった趣味だなあ、と思われるかもしれませんが、どうもそうでもないらしい。なんでも、台湾のナショナルチームのメンバーたちは、練習が終わると、誰かの部屋に皆集まって、一つの急須で淹れたお茶を小さな茶碗でちびりちびりと啜りながら、ゆっくり話をすることが多いのだそうです。また、呂選手の友達たちも、何人か集まると、コーヒーショップやカフェなどではなく、自分たちで急須でお茶を淹れて楽しめる「茶芸館」と呼ばれる喫茶店に行ったりして、お茶を淹れながらダベることが多く、若い男の子たちにとって、友達同士お茶を淹れながら話をすることは、ごく普通のことだそうなのです。

 これには、3年間台湾や中国に暮した私も驚きました。自分自身はお茶修業のためいつもお茶を飲んでいましたし、周りにもお茶好きばかりいましたが、若者の間でこれほどお茶が根付いているとは正直言って知りませんでした。

 「同じ釜の飯」と同様、「同じ急須の茶」を分け合って飲むことは、何か独特の連帯感を感じることのように思います。そう考えると、チームメイトが練習後一緒にお茶を飲みながらミーティングをすることは、とてもよいことだと思います。

 ひるがえって、日本では、急須のないご家庭が増えているのだそうです。業界では、ペットボトル茶の需要増に反比例して、茶葉の需要が減っていることが問題となっています。「急須を使わずに簡単に淹れられる茶道具」や「急須を使わずに淹れられるティーバッグ・粉末茶葉」の開発や販売が盛んになっています。かく言う私も、店では茶漉し付きマグカップをご紹介したり、茶碗に直接茶葉を入れる淹れ方をご紹介したりしています。

 でもちょっと待って。急須でお茶を淹れて、みんなで分け合う・・・。そのことが実は、お茶を飲む時の大きな楽しみだったのかもしれません。そして、とりとめのないことを話しながら、同じお茶を飲み、同じ時間を過ごす。私がお茶に魅かれたのは、誰かとそんな時間を過ごしたかったからかもしれないなあ。

 時々お客様と一緒にお茶を飲んでいて、お茶がとびきり美味しく感じられることがあります。そんなときは、言葉に表せない幸福感に満たされます。同じお茶を飲むことで、その場の何人かの「気」が融合し、その「気」が更にお茶の味わいを変化させていく。その場にいる人同士、同じお茶を身体に取り入れ、同じ時間と空間を共有している一体感に、全身が包まれるようです。こんな気持ちは、それぞれ違うお茶をマグカップで淹れて飲んでいたり、ましてそれぞれがペットボトルで飲んでいたのでは、決して味わえないものだと思います。

 まあ、そんな話をするとなんだか神懸かってきますが、そこまで集中して飲まなくても、家族や気のあった仲間とお茶を分け合って飲むのは楽しいことですし、初対面でもお茶を分け合って飲むことで少しずつ打ち解けてくることと思います。「分け合って飲む」これが肝心なのだと思います。

急須さえあれば、日常の中にも、ちょっと儀式めいたお茶の時間が過ごせるはずです。さ、早速お手元の急須で、周りの方々と、お茶を淹れて召し上がりませんか?

(「家と人。」15号  泣潟買@ープレス社 掲載)
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