お茶屋の時間 第9回 しゃおしゃんのテーブルからお客様のテーブルへ

しゃおしゃんの店内では、大きな試飲テーブルを囲み、ご常連のお客様も初めてのお客様も、どなたも一緒に座っていただきます。そして、私が急須で淹れるお茶を、全てのお客様に一緒に試飲していただくという形式です。「甘味が広がりますね」「懐かしい香りがします」「背中が温まってきました」「なんだかリラックスして眠くなりますね」・・・。お茶を共有しながら、お互いの感覚も共有し、自然と話の輪が出来ていきます。図らずも、しゃおしゃんの試飲テーブルは、他にはない、独特で親密な空間となっているようです。

材木町に店を開いて約5年。このテーブルでは、いろいろなドラマがありました。同席になられたお客様の間で、何度も偶然に「数十年ぶりの再会」がありました。遠路金沢からいらした方と岩手町のお客様が同席になった際、実は共通の知人がいることがわかって驚いたこともありました。「袖振り合うも多生の縁」、ほんの一時、同席になるのも、何か理由があるのだとつくづく思います。

そうそう、同席になられたのが縁で、条件に合う「家」が見つかった方もありました。人やモノを探していた方が、ここで不思議と見つけてお帰りになります。この場所には何か、願いをかけると叶える力があるのかもしれません。

何人もの方が、お茶を召し上がりながらこのテーブルで涙を流されました。そして私も幾度となく、感謝や共感や悲しみや、様々な涙を流しました。

話の拍子に、お腹を抱えて笑い転げた時もありました。お茶の味わいに、お客様も私も言葉を失い、ただただ無言で味わいながら時を過ごしたこともありました。

席に着いた時には荒れ狂う気持ちを抱えていらした方が、向き合いお茶を飲むうちにしんと静まり落ち着いて、驚くような優しさを見せてくださったことがありました。険しいお顔でいらした方が明るい笑顔になられたこともありました。

この場所での5年間、お客様と私には、本当にたくさんの出会いがありました。今までの人生では出会ったことのないような、いろいろな生き方をしている人達も知りました。

そして私は、自分自身のこれからの生き方、暮らし方に出会いました。

しゃおしゃんは、今年の5月末をもって、材木町から移転します。移転、と言っても、今度は店舗というよりお茶づくり工房として新たなスタートを切るつもりです。場所は雫石、岩手山が大きく見えるところです。週末など週一、二日程度、工房の公開日としてお89客様にいらしていただく機会を設け、その他の日は、焙煎をしたり、茶畑の手入れをしたり、お茶の製作に励みたいと思っております。

数年前のある日、羊を飼いながら羊毛を紡いで織物を作る人が訪ねてくださいました。その姿を見た時、突然心の中に「ああ、風を味方につけた人にはかなわないな」という声が聞こえてきたのです。お茶を作る時、自分の「今」がお茶に表れてきます。気持ちのよいお茶を作るには、気持ちよい自分でいなければ。そして気持ちよい自分としてあるためには、どこからかエネルギーを補給しなければ。それが私にとっては「風」、つまり環境だと感じられました。宮沢賢治さんの詩の一節「雲からも風からも透明な力がその子供にうつれ」が思い出されました。そして、その環境に向き合い紡ぎだした暮らしを通して、私のお茶づくりをしていきたいと思うようになりました。

今までのお客様にとって、これからしゃおしゃんのテーブルは遠くなります。でも今度は、皆様の家や職場のテーブルで召し上がっていただくしゃおしゃんのお茶自体が、心と体を温めるようなものであるよう、努力して参りたいと思っております。どうぞこれからもよろしくお願いします。

 

 

(「家と人。」16号  泣潟買@ープレス社 掲載)
back