中国のお茶に魅せられて(下) 美味しいお茶のために
「美味しいお茶を淹れるにはどうしたらいいでしょう?」とよく聞かれます。

一番大切なのは、「美味しいお茶の葉を使うこと」だと思います。私にとっての「美味しいお茶」とは、雑味がなく、しっかりした味わいがあるお茶です。このような茶葉なら、どんな温度のお湯でも、少々大雑把な淹れ方をしても、いやな雑味なしで飲むことができます。逆に、味が薄っぺらい、雑味が多い、渋みが強すぎる、甘みがない・・・、こういうお茶の葉を使って美味しく淹れるのは至難の業です。いくらお茶を淹れる技術を磨いても、そのお茶の本質、お茶の育った環境まで遡って変えることはできません。

お茶を買うという行為は、そのお茶の品質や価格を良しと認めて、一票を投じることだと思います。買ってくださる人がいなければ、そのお茶を作り続けることができません。どうぞ「美味しいお茶の葉」を買い求めてお使いください。「お茶の味にこだわるなんて贅沢だ」と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、産地で肥料の過投入が一般化している現在では、今あなたが召し上がっているお茶を作るため、大量の肥料が使われ、吸収されない窒素分が産地の環境を汚しているかもしれません。自分のため、そして産地のためにも、お茶の品質にこだわり、よい茶葉を選び育てていただきたいというのが私の願いです。

美味しいお茶の葉を手に入れたら、次に大切なのは、器を知り、水を知り、そして心を込めて淹れることだと思います。どんな急須、どんな茶碗を使うかで味わいが変化したり、使う水の性質によって味わいが違ってきますから、それぞれの特性を知っておくといいと思います。まずは実際に淹れてみれば、特性は自ずとわかってくると思いますから、あまり難しく考えなくても大丈夫です。

茶葉と器と水が用意できたら、いよいよお茶を淹れる段階に入ります。お茶を淹れることの面白さ、難しさ、奥深さの真髄は、「心を込めて淹れる」ということだと思います。お茶は、淹れる人の心の有り様によって、実に大きく味わいを変化させるからです。

お茶の講習などで、お客様にお茶を淹れていただく時があります。それを頂戴すると、同じお茶葉を使っても、淹れる人によって、柔らかな味わいだったり、荒削りだけど身体を駆け巡るようだったり、と、それぞれに味わいが違うことがわかります。また同じお客様が淹れても、一煎目より、二煎目・・・、と回を重ねるごとに硬さがほぐれ、味わいが落ち着いてきます。淹れる人の心がそのまま、お茶を通して飲む人に伝わっていくのです。

毎日お客様の前でお茶を淹れている私も、やはり一煎一煎のお茶の味は違ってしまいます。お話をしながら淹れたり、何か気になることで頭を一杯にしながら淹れたりすると、なんだか甘みもまろやかさも足りず、粗いお茶になってしまいます。一方、心から「美味しくなあれ」と念じて淹れた時には、やはり美味しい。そして驚くことには、ほとんどのお客様は、何もヒントがなくても、あるいは日ごろお茶を飲みなれていなかったとしても、どちらが美味しかったかお聞きすると、敏感に両者の差を感じ取っているのです。人間にはすごい能力があるのだなあと思います。

お茶を通して心が伝わった時には、言葉にできない喜びを感じます。ある時、「家でお茶を美味しくいれられないんです。」というお客様に店でお茶を淹れてみていただきました。初めは慣れなくて緊張が先に立っていらしたのですが、何煎か目に、優しく凛とした気持ちの集中を以って、心を込めて淹れてくださいました。そのお茶を口に含んだ時、柔らかく甘く溶けていくようなお茶の味わいとともに、「美味しくはいるように」というお客様の真心で全身が満たされていくような感覚があり、自然と涙が溢れてきました。お客様も、ご自分が淹れたお茶の、予想以上に柔らかな甘みに、一口含んで少しびっくりして、その後、心から嬉しいという笑顔を見せてくださいました。

お茶を淹れて差し上げることは、心をお茶に乗せて伝えることなのだと思います。そして美味しくお茶を淹れるためには、心をお茶に置く訓練をしていくことが必要です。心を置くこと。やってみると難しい。お茶葉に湯を注ぐたった数十秒の間でさえ、自分の心があちこちに飛び回るのをなかなか抑えることができません。お茶を淹れることを通じて自分の心の在り処を確認することになります。そして、お茶を淹れることでさえこんなに心が表れるなら、お茶を作ることにはもっと心が表れるのだと気づきます。

「美味しいお茶」を求める道は、お茶という植物を通して自然とつながりながら、自分の心を見つめる道のりなのだと思うこの頃です。そんな果てしない旅路へ導いてくれたお茶の存在に感謝して、これからも精進していきたいと思います。どうぞ皆様、しゃおしゃんでお茶を召し上がってみてください。今の私の精一杯の心を込めてお茶を淹れて差し上げたいと思います。お茶とお客様の幸せな出会いがあることを願っています。


(ねんりんクラブ第108号 平成16年12月15日発行 ねんりん舎 掲載)
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