”気仙茶”に魅せられて(上) 

皆様は、岩手県でお茶が生産されていることをご存知でしたでしょうか?

お茶と言えば、静岡茶や宇治茶が有名ですが、岩手県にも「気仙茶」と呼ばれるお茶があります。「気仙茶」とは、岩手県沿岸南部、陸前高田市や大船渡市を中心とする気仙地方で作られているお茶の呼び名です。気仙地方では江戸時代からお茶が作られ、今も主に自家用として、およそ150戸が茶摘みをしています。摘まれた茶葉は、陸前高田市農協の製茶工場に持ち込まれ、煎茶として加工されています。自家消費が中心で、販売量がほとんどないため、召し上がったことのある方は決して多くないと思います。

私は昨年「ねんりん」誌上に「中国のお茶に魅せられて」という文章を載せていただきました。中国や台湾のお茶に魅かれるままに現地に渡り、三年間お茶の勉強をして、中国茶の店を開いている私ですが、今、岩手県の気仙茶に魅せられています。

私の専門はお茶の焙煎ですが、焙煎の前に大事なのは、よいお茶を選ぶことです。私は、できるだけ肥料も農薬も使わない、清らかな環境で育ったお茶を探していました。また、お茶を理解する力を養うためには、生産環境や製造過程をよく知ることが必要だと思っていました。そのために、年に1度は中国の茶産地に行き、農家に泊めてもらい、お茶作りを見た上でお茶を買っていましたが、しかし、毎回数十キロしか買わないお付き合いの中では、私の求める栽培方法の通りにしてもらうのは難しく、悩んでいました。

中国茶も日本茶も同じお茶。ならば日本国内に私の求めるお茶があるかもしれない、と考え、九州や山陽のお茶を取り寄せ、あれこれ検討を始めました。

そんな時、岩手の「気仙茶」を思い出したのです。前々から、友人を通じて「気仙にはお茶がある、日本北限のお茶だよ」と聞いていたし、気仙で勤めていた人からは「気仙には雲南省の千年古茶みたいな大きなお茶の木がたくさんある」とも聞いていたのですが、昨年十月、急に気仙茶づくりに心が奪われました。「気仙にはきっと、肥料も農薬も使わない、半野生化したお茶の樹があるに違いない、それを摘んでお茶にして、台湾で学んだ焙煎をかければ、きっといいものになる」と、突然思ったのです。こういう時は何か見えない力に導かれているに違いありません。

早速気仙に行き、農協さんの案内で、何年も摘んでいない茶園を見せてもらいました。蔓草や雑草が繁茂し、荒れ放題の茶畑でしたが、樹齢百年近いお茶の樹は、勢いよく、たくさんの花を咲かせていました。もちろん肥料も農薬も使っていない茶畑です。花の香りはとても清んでいて心地よいものでした。

農業改良普及センターでは、所長さんが平成3年製のお茶を「もう飲めないだろうけど」と言いつつ倉庫から出してくれました。13年も前の煎茶!でも私にとっては大変よいサンプルでした。なぜなら、自然に近い環境で育ったよいお茶ならば、数十年間寝かせることに耐え、より深い甘みを醸し出すことを、中国のプーアール茶などで学んでいたからです。「このお茶はどうだろう?」飲んで見ると、嫌味がなく柔らかで、よい甘みがあります。気仙には、自然に近い栽培環境で作られた、質の良いお茶があることを確信しました。

「できるだけ古いものを」と条件をつけて、農協の在庫を取り寄せ、焙煎してみました。原料茶は、品質に多少のばらつきはあるものの、概して爽やかな甘みを持つお茶でした。焙煎をかけて、すっきり甘みが際立ち何煎も入るお茶になりました。

爽やかで清らかな甘みが魅力の気仙茶。その味わいを実現させたのは、自家消費が中心で、肥料も農薬も使わず、茶樹にほとんど手をかけずに年に一度だけ摘む、という状況が自然と培ってきた、茶樹の力だと思います。また、現在の日本茶の大多数を占める「やぶきた」などの改良品種とは違って、気仙地域の土着の茶樹、実生で増える在来種が多いことも魅力ある味わいを作っています。

今回、地元の農協さんを始めたくさんの方々のご支援をいただきながら、在来種の畑三箇所と、改良品種「やぶきた」の畑一箇所でお茶を摘み、初めてお茶を作ってきました。台湾から、私のお茶の師匠、宋勇進を呼び、清らかな香りの烏龍茶と緑茶に仕立てました。次号では、お茶作りの様子や気仙のお茶栽培の様子についてご紹介したいと思います。


(ねんりんクラブ第113号 平成17年8月1日発行 ねんりん舎 掲載)
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