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   accel.  〜言えなかったI love you〜   ♯9








あの日の宣言通り、カンナさんは一度も学校に顔を出すことはなかった。


どこかで、僕の活躍は耳にしてくれただろうか?


先輩の声が聞けないことが、こんなにも寂しいなんて思っていなかった。





夏休み中の校舎は開いている窓も少なく、ついくせで見上げてしまう生徒会室も昨日までは窓が閉まっていた。
居ないとわかっていても、カンナさんの残像を追いかけて見上げた生徒会室。
だけど・・・今日は白いカーテンが揺れている。

ロードから戻ってきたばかりでコンクリに寝そべっていた僕は、思わず起き上がった。

「なんだ?やっぱり浅生が居ないと調子でないみたいだな?」

ぽかんと見上げていた僕の頭をわしゃわしゃと撫でて、頭上から会長の声が降ってきた。

「お久しぶりです。会長」
僕は苦笑して会長を見上げた。

真っ黒に日焼けした会長は、僕の隣に腰を下ろした。

「・・・どこ行ったんですか?きれーに焼けてますね。」

隣に座った会長の腕と、毎日練習に明け暮れた自分の腕を見比べる。
ほとんど違いはない。

「どこも行ってないよ。これでも受験生。」

真面目腐ってメガネを直して見せるその姿は、あまりにも胡散臭くて思わず笑ってしまう。

「それより、インハイ、頑張ったな。おめでと」
「ありがとうございます」
「ほら、ご褒美」

会長は僕にアイスを渡すとまた笑った。

「でも、僕だけって・・・」
「あ、差し入れ。陸上部全員に。みんな食ってるよ」
「え、そんな、会長いいんですか!?すごい・・・太っ腹ですね」
「ああ、ソレ、賭けのお前の取り分。」
「へ?」

会長はもう一つ手にしていたアイスの袋を開きながら「お前を信じてよかったよー」なんて言って、アイスを頬張った。

つくづく敵に回したくない人だ。

僕は肩を竦めて、アイスの袋を開けた。
この暑さで、もう融けかかっている。

「来週から新学期だな。」
「ですね。生徒会は・・・体育祭の準備ですか?」
「ああ。それが終わったら政権交代だな」
「そっか〜。」
「・・・いろいろ大変かもしれないけど・・・よろしくな?」

どこか遠くを見たまま、会長は呟いた。

「・・・?会長?」

その表情は、いつもの自信に溢れた見慣れた会長のものではなくて、僕は眉を顰めた。

「また何か企んでるんですか?」

不安になって問いかけた僕に、会長は吹き出して「いや?」と呟いたあと「・・・かもな?」と言い直し、ようやくいつもの不敵な笑みを浮かべた。
こっちの方が落ち着くなんて、僕も大概生徒会に毒されてきてると思う。
会長は僕の頭を再びわしゃわしゃと撫でて、立ち上がった。

「夏休みも終わりだな」

会長の言葉につられて、空を見上げた。
眩しさに目を細める。

ああ、青空が高くなってる。
残暑は厳しいけれど、確実に秋が近づいているのを感じて物悲しくなった。





それから毎日、僕は部活が終わると生徒会室に顔を出した。
でも、やっぱりカンナ先輩は居なかった。
9月にならなければ会えないのだとわかっているのに、心のどこかで期待してた。
ここしかなかったから。
僕らの接点がこの生徒会室にしかないことに、あらためて気づかされる。
僕は彼女の家も連絡先も知らなかった。

・・・先輩に「ありがとう」って言いたかった。
インハイにでれたのは、記録を出せたのは、先輩のお陰ですって伝えたかった。
あの日、先輩の涙を見てから僕は走ることがまた楽しくなったんです、と。





* * * * *





始業式は容赦なく訪れた。

僕の夏休みは一日もなかったんじゃないだろうか?

そんな風にぼやきたくなるのをぐっと堪えて、電車に乗り込んだ。
練習漬けって、こういう状態のことを言うんだなって、初めて判った気がした。
ちっとも"夏休み"らしいことしてないんだけど、もう学校は始まる。
溜息をつきたくなるくらいだったけれど、それでも、僕はうきうきした気持ちだった。

カンナ先輩に会える。

早くあの笑顔に会いたかった。




「晃、よう!」

後ろからバシンと叩かれて、その声の主を振り返る。
いかにも"夏休みを満喫しました!"という弾けた声だ。

「・・・透、お前、部活サボって何してたんだよ?」

僕の呆れた声に、この暑いのに首に腕を回してきた透は、耳元に唇を寄せ、内緒話をするように小さく呟いた。

「この間の大会で、聖フェリスの子と仲良くなってさ〜。いやあ、君のお陰だよ、晃君。」

と、今度はバンバンと肩を叩く。

透は一昨日と昨日の部活に顔を出さなかった。
確か、夏風邪とか言ってなかったか?

僕は話が見えず「は?」と聞き返す。

「『高遠くんって、彼女とかいるんですかぁ?』ってね、未来ちゃんが聞いてきたんだよ、表彰式でさ。あ、未来ちゃんって聖フェリスの陸上部の子ね。ハイジャンの。」

透は歩きながら嬉しそうに話す。
僕はちっとも面白くない。それに相変わらず話が見えない。

「『あー晃にはすっごく大好きで大切にしてる先輩が居るんですよ』って言ったら、がっかりしてさー。それなら!って親友の俺と仲良くしませんかって・・・あ〜ホント、晃の親友でよかったよー俺!」
「誰が親友だ、誰が!この裏切りモノめ〜!!それで部活サボってデートしてたのか?」

うしし、と笑う透の腹にぐりぐりと拳を押し付けながら、僕はでもなんだか透の嬉しそうな顔に笑みがこぼれてしまった。

「晃、さんきゅ〜」

透が頬に唇を近づけたりするから、僕は「げっ!」ってその顔を右手で掴んで押しのけた。

「晃のことも好き〜」
「ぎゃーやめてくれ!!」

高校に向かう人ごみを掻き分けるようにして、僕は走り出した。透が追いかけてくる。
透から逃げるフリをして、本当は弾む胸を押さえ切れなかった。





「何、晃の警護?」
「んなわけあるかっ!」

玄関の前に、一台のパトカーが止まり赤色等が回転している。
透の言葉に突っ込みつつ、僕等は高校にはあまりに不似合いな横付けされたパトカーを見た。

中には誰も居ない。
それじゃあ、校内に?
学校で何かあったというのだろうか?

「なんだ?新学期早々、警察沙汰!?」
「・・・にしては、随分静かだけど・・・」

透は妙にイキイキとした表情になり、生徒玄関に駆け込んだ。
ざわめく廊下、少し先にある職員室の前は人だかりができていて、生徒指導の藤川先生が「教室行け!」と声を張り上げていた。

「何?なにがあったの?」

先程まで一番ドアの前で張りついていた隣のクラスの奴を見つけ、透はすかさず駆け寄って行く。

「ああ、陸上部の先輩だよ。なんってったけ?塩崎?」
「ふぇ!?塩先輩ぃ〜!?」

透が素っ頓狂な声をあげるのもわかる気がする。
警察とか一番無縁な人・・・ちょっと変わってるけど、優しい先輩の名前がでて、僕も声をあげそうになった。
すると「そうか、お前ら陸上だっけ!」と言いながら、そいつは笑い出した。
ええと、確か、サッカー部の水島、だっけ?

「チャリでスピード違反。あんまりにも速すぎて厳重注意だってよ!」

水島はくくくと腹を抱えながら「陸上じゃなくて、競輪やったほうがいいんじゃね?」と笑った。
透と僕は、思わず互いに見合って苦笑した。

・・・そういえば、合宿中に塩先輩が言っていた。

「先輩がチャリ走らせてると、決まってパトカーがサイレン鳴らして行くんだーって・・・」
話してたよな?

透も同じことに思い至っていたらしく、真面目な顔つきで頷く。

『何かスピーカー越しに言ってるけど、なんて言ってるのかわかんないんだよ。まあ、俺すぐ裏道入っちゃうから、それがどんな事件なのか、事故なのか、いっつもわからないんだけどな?』

・・・確か、そう言っていた・・・ような?

「じゃああれって、先輩が追いかけられていたってこと?」
「いっつもどれくらいの速さだってんだ?」

僕たちの会話に耳を傾けてた水島は「あーーー!」と突然大きな声を出して、僕を指さした。

「な、なに!?」
「お前、インハイ!!凄かったな!!地元欄ででかでかと出てたじゃん!おめでとー!」

水島の声に、廊下の人だかりの視線が一斉に僕のほうに移った。

「あ、ありがとう」

何とかそう答えたけれど、廊下で「アキラくん!?」と甲高い声があがり、思わず後ずさった。

「しっかし、何キロオーバーだったんだろうな?」

急に親しげに肩を組んできた水島を引きずるようしながら、僕は防衛反応よろしく踵を返した。
背後できゃあきゃあという女の子の声が大きくなり、透が「またアキラばっか!」とぼやく。
僕は「いいから!」と透を促し、階段の方へ足早に向かった。

ふと、視線を感じて立ち止まった。
それが致命的なタイムロスとなってしまうことも忘れて。

女の子に取り囲まれるようにしてその行く手を阻まれる寸前、僕はずっと会いたかった人の姿を見つけた。

「せんぱ・・・!」

呼びかける声も、囲んだ女の子たちの声でかき消されてしまう。
それでも、一瞬目が合った先輩は、僕を見て可愛らしくにこりと笑った。
夏休み前より一層透明度を増したような儚さで。
胸の前には大きな封筒を抱えていた。

違和感を覚えた。

夏休みのハイテンションをまだ引きずるかのような喧騒の中で、先輩だけが違う空気を纏っていた。

完全に見えなくなってしまう前に、先輩が頭を下げた。
保健室から出てきたのは、養護の先生と先輩の担任だった。



2008,6,24








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