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星空の下で、さよなら クリスマス編
星降る聖夜― 3 ―
イヴに招待された間宮さんのホームパーティーは、間宮さん夫妻とコーチ仲間、そしてあたしたちという10人ほどのこじんまりとしたもので、イギリスでのクリスマスを堪能させてくれる温かなものだった。
可愛らしく飾り付けられたもみの木も、その下に置かれたプレゼントも、手作りの大きなリースも、室内のあちこちにさり気なくされているデコレーションも、あたしたちには(特に女の子)溜息の出るような可愛らしさだった。
お料理が好きという奥様のフランシスが腕によりをかけて用意してくれた色とりどりの料理は、どれも素晴らしく美味しくて、同じく料理が好きな西川さんはミンスパイの作り方を教えてもらっていた。
後で寮で挑戦してくれるというので、あたしはとても楽しみにしている。
楽しく食べて、話をして。
気がつくと間宮さんと奥さんは真っ白い大きなソファーに二人で座り、お互いに寄りそってあたしたちの様子を微笑みながら見つめていた。
その姿は幸せというか愛情に溢れていて、あたしはとても温かな気持ちになった。
リビングはいつの間にか蝋燭の灯りで包まれていて、その柔らかな灯火は、泣きたくなるくらいの愛しさを思い出させる。
間宮さんたちを見つめたまま、あたしはワンピースのポケットからガムランボールを取り出して、そっと口付けた。
直人、今、何してる?
・・・あたしからのプレゼントは直人に届いている?
「塔子ちゃん、それ、何かわかる?」
ふわりと蝋燭の灯りが揺れて、大きな影があたしの前に落とされた。
あたしはゆっくりとその声と影の主を見上げた。
黒いジャケットの司さんが、ガムランボールを握り締めているあたしに近づいて、頭の上に飾られているものを指差した。
見上げて、あたしは首を傾げる。
「・・・?リース?」
「Mistletoe」
「ミス・・・?」
「ミッスルトゥー、ヤドリギだよ。」
「ヤドリギ・・・これがそうなんですか?」
「うん」
「可愛いですね」
「Kissing Ball・・・は聞いたでしょう?"クリスマスにはやどり木の下にいる女の子にはキスをしても良い"という言い伝え。」
司さんはにっこりと笑って、あたしを覗き込んだ。
「あ・・・ええと・・・断ったら来年結婚できないんですよね?」
「恋人たちなら末永く幸せになれるんだよ」
「あたしたち、友達ですよね?」
「うん。もちろんだよ?」
そう笑顔で答えつつ、司さんはあたしに顔を近づけた。
あたしは後ずさって壁にぶつかった。逃げ場がなくなって恐る恐る司さんを見上げる。
その瞳に、あたしの反応を楽しむ悪戯な光を見つけて、思わず「司さん・・・!」と抗議の声をあげた。
案の定、真っ赤になっているあたしを見て、司さんはくすくすと笑い「でも、言い伝えは本当だし、これはヤドリギだよ?」と目を細めた。
「だから、僕はキスをしてもいいんだよ?」
あたしは少し考えて「・・・まだ結婚できなくても・・・いいです」と、なんとか笑い返した。
司さんは肩を竦めて残念という顔をして「じゃあ、親友としてのキスってのはどう?」と今度は少し切なそうな顔で見下ろした。
「親友の?・・・日本じゃ親友でもキスってしないですよ?」
「ここはイギリスだよ。郷に入っては郷に従え、でしょ?留学の醍醐味。」
司さんはそう言って、ウィンクして見せる。それが嫌味に見えない司さんに思わず苦笑した。
「・・・ヤドリギの下に居たらいけないってことですよね。これから気をつけます」
「教えてあげたお礼は?」
「・・・・・・・友達としてのキスなら」
あたしがそう答えると、すぐに司さんが身を屈めて顔を近づけてくる気配がした。
ぎゅっと目を瞑り、両手でガムランボールを握り締める。
くすっと司さんが笑みを零したのが伝わり、頬に柔らかな唇が触れた。
「三上くんに怒られちゃうから。」
司さんはそう耳元で囁いて、慌てて見上げたあたしの額に指をあてた。
「Merry Christmas!塔子ちゃんにたくさんの幸せが訪れますように」
「Merry Christmas 司さん」
背伸びをして、今度はあたしから司さんの頬にキスをした。
「ありがとうございます」と言って笑うと、頬に片手で触れ驚いた顔の司さんは「やられた!」と唸って破顔した。
絵本の中のような楽しい時を過ごし、あたしたちはみんなで寮まで歩いて帰った。
直人と一緒に読んだ絵本の中のようだった。
いつかこんなクリスマスを過ごしたいね、そう言った事覚えてるかな?
「塔子ちゃん、パソコン使う?」
隣を歩いていた司さんが、マフラーを指でずらしてあたしを覗き込むようにして訊ねた。
「いいんですか?」
あたしが見上げると、司さんは「プレゼントもらったし」と頬を指差した。
寮に戻ると、談話室のソファーに座っていた人が「やっと帰って来た!」とうんざりしたような声をあげて立ち上がった。
他の寮生も、こちらの友人たちのパーティーに誘われたりしていたので、誰かが居たことに驚いたし、それが日本語であることにも驚いた。
でも、それがあたしのよく知っている人だったから・・・あたしは思わず息を止めてしまった。
「とこ、メリークリスマス!」
「・・・おばちゃん!」
あたしを"とこ"と呼ぶその人は、あたしがイロイロと影響を受けた人。
あたしにガムランボールを作ってくれた人で、ずっとヨーロッパで暮らしている叔母のつぐみ・・・つぐみおばちゃんだ。
「久しぶりね。とこ。」
なんで寮に居るのか、なんでイギリスに居るのかわからずにいるあたしに、おばちゃんは抱きついた。
「おばちゃん、なんで?」
抱きつかれて目を白黒させるあたしに、おばちゃんは身体を離し「その前に」と急にみんなへ向き直り「塔子がお世話になっています」と頭を下げた。
みんなもコートを脱いで挨拶した。
「急に押しかけて驚かせてごめんなさい」
「いいえ」
「ごゆっくりなさってください」
そう言って、みんなはそれぞれ自室に引き上げて行った。
司さんが振り返り「おやすみなさい」とにっこりと笑い、あたしも「おやすみなさい」と頭を下げた。
誰も居なくなり、暖炉で薪が爆ぜる音だけが聞こえるようになると、おばちゃんはあたしを見て懐かしそうに頬に触れた。
「今年はね、私、サンタクロースになったのよ」
「?」
おばちゃんは、急に何を言い出すのだろう?
あたしが首を傾げるのを可笑しそうに見つめ、いまだに少女のような笑顔を見せるおばちゃんは、ソファーに置いたバックを引き寄せ、その中から何かを取り出した。
「とこに頼まれていたもの、私が届けに行ったのよ。そしたら、これを頼まれて、喜んで引き受けてきたってわけ」
「おばちゃん、自分で持って行ってくれたの!?」
「ええ!」
なんでもない、という顔で頷いたおばちゃんは、あたしの手に取り出したものを握らせた。
「これは?」
「再生してみたら?方法、知ってるでしょう?」
あたしはおばちゃんから受け取って二つ折りのそれをそっと開いた。
「おばちゃん、あたし、よくわからないよ」
「え?もーとこは・・・・えっとね、これよ。これ。ほら」
ボタンを操作して再生ボタンを押したおばちゃんは、あたしに渡すとソファーに座った。
小さな画面には、懐かしいメンバーが揃ってる。
『とーこ!メリークリスマス!』
有菜、関君、佐々木君、修君が、小さな画面の向こうで手を振る。
『とーこちゃん、元気?』
『イギリス生活には慣れた?』
『こっちは雪だぞー』
『直人が寂しがってるぞー』
『陽太、うるさいっ』
直人の声が一番近くから聞こえる。でも姿は映らない。
『メールしてよ?登録したからね!』『ブロンドのおねーさん写メ!頼んだぞ』
賑やかな再生が終わり、あたしはおばちゃんを見た。
「次、次も見て」
こくんと頷き、あたしは今度は自分で操作した。
『塔子、元気?』
お母さんとお父さんが映る。
やけに緊張した笑顔で、なんだか可笑しい。
『直人君にね、相談されたのよ、これ塔子にプレゼントしたいって。』
『高いんだぞ?そっちでもそのまま使えるんだぞ。凄いなあ』
『月々の料金は私たちが持つってことで、契約したの。お母さん直人君とデートしちゃったわ。』
『だからこれは直人君からのプレゼントだ』
『塔子は無駄遣いしないだろうけど、程ほどに使うのよ?風邪ひかないようにね』
「おばあちゃんは温泉行ってて居なかったのよ」
あたしはもうひとつ、再生にカーソルを合わせたまま、深呼吸した。
もう涙が出そうになっていて、手が震えるのをなんとか堪えながらあたしはボタンを押した。
シャラランと、銀色のボールが揺れて聞きなれた音が・・・携帯電話の画面から響いた。
『とーこ、メリークリスマス。・・・これ、ありがとう。』
直人が嬉しそうに目を細めて、ガムランボールを揺らしながら画面の中から笑いかけた。
「直人」
『本当は、クリスマスに間に合わないなって思ってたんだけど・・・つぐみおばさんが届けてくれるっていうから・・・頼んだ。
とーこからのプレゼントも、おばさんが直々に持ってきてくれたんだ。』
あたしは、にこにことあたしを見上げているおばちゃんを見た。
「サンタクロースだって言ったでしょ?」
「おばちゃん・・・」
『メッセージも、凄く、嬉しかった。』
直人はぎゅっとガムランボールを握って見せた。
あたしは、心臓を掴まれたような気持ちになって、息をのんだ。
『とーこの声が聞きたい。コレ見たら、電話して。登録してあるから。待ってる』
そう言って動画は終わった。
あたしはぎゅっと携帯を抱きしめて、おばちゃんに「ありがとう」ってなんとか伝えた。
おばちゃんは立ち上がって、あたしの腕をそっと掴んでソファーに座らせると、自分もその隣に座った。
「私ね、とこたちが私の作ったドルイドボール(*ガムランボール)をどんなに大切にしててくれたかを聞いて、凄く嬉しく思ったの。
だから、とーこがアレとまったく同じ物をオーダーした時から、絶対、ちゃんと手渡ししようって決めてたのよ」
「だからメッセージカード送れって言ったの?」
「ええ。それに、おねだりした事のないとこが、私にお願いするなんて初めてだったし、直人君にも会って見たかったの。とこは私が送った本とかのお礼に、必ず"直人と読んだ"って書いてたからね」
おばちゃんはくすくすと笑って、あたしの頭を撫でた。
「とこからのメッセージ読んで、直人君泣きだしそうな顔してた。ね、なんて書いてあったの?」
「・・・内緒だよ」
「サンタクロースにも内緒なの?」
おばちゃんは大仰にそう言ったけれど、ポンポンとあたしの肩を叩いて立ち上がった。
「サンタクロースはプレゼント運ぶのにくたくたになったわ。とこの部屋で休ませてね。あ、もうOKはもらってるのよ。寮監サンには。」
だから早く電話してあげなさい。
おばちゃんはそう言って、すでに荷物を運び込んであるというあたしの部屋へ向かった。
あたしは再びコートを羽織、談話室からテラスに出る扉を開けて、外へ移動した。
空気はひんやりと冷たいけれど、胸は温かだった。
慣れない手つきで電話帳の機能を開き、直人の名前を見つけて深呼吸した。
たかだか電話、のはずなのに、ガチガチと歯がぶつかるかるほど緊張してしまう。
ディスプレイの表示は日本時間を示していて、今は25日の朝7時をまわったところだ。
あたしはようやくボタンを押し、息を殺して耳をすました。
カチャと繋がる音がして『とーこ?』と直人の緊張したような声がした。
ガチガチと震える唇で「直人?」と呼び返す。
胸の奥から競りあがってきた愛しさが、あたしを包み込む。
『・・・俺、サンタクロースに初めて感謝するよ』
直人の声は少しだけ掠れていた。
『25日にこんな嬉しいプレゼントくれたんだもんな。』
それは、あたしも同じだよ。
「直人、携帯、ありがと。そして、みんなのメッセージも、嬉しかった」
あたしはなんとかそれだけ言うと、蒼く浮かび上がる中庭を見つめた。
クリスマスに直人と繋がっていることが、言葉にならないほど嬉しかった。
間宮さんの家で、温かな空気に包まれたからかもしれない。
『俺の我侭で、携帯、つぐみおばさんに託したんだ。どうしても、とーことの繋がりを作りたかった。』
今、直人と繋がっていることが凄く特別で、泣きたくなるくらい幸せなことだと思えた。
直人がそう思ってくれていることも。
『メッセージ、嬉しかった。』
"直人とずっと一緒に居るって約束したから。
ソレは私の心だから。
直人が言ってくれたように、
どんなに離れていても、私もこの音を頼りに直人を見つけ出すから。
――だから、ずっと持っていて"
『俺たち、携帯契約するのだって、親の許可が必要で、まだ自分たちだけでなんでも解決できるような大人じゃないんだよな』
「うん。」
あたしだって同じ。
おばちゃんに頼らなくちゃ、直人にあげれなかった。
歯がゆくて、でも、温かい。
あたしたちだけじゃないって、思える。
それが理解できるようになっただけ、少しは大人に近づいてるのだろうか?
『・・・俺さ、昔のこと思い出したんだ。とーこに言われたこと』
「何?」
『"直人君がサンタになればいい"ってヤツ』
「え?」
『とーこ覚えてる?』
あたしはどきんとして、唇を押さえた。
直人も思い出していたの?
「あたし・・・なんて言った?肝心なことを忘れてるの」
くすっと笑い声が届き『まだ思いださなくていいよ』と直人は続けた。
『まだまだ子供な俺だけど、とーこ、ずっと一緒にいてくれる?』
直人の声はとても真剣で、あたしはまた体中が震えた。
「あたしでいいの?」
言葉が震えるから慎重に訊ねた。
『とーこじゃなきゃ、やだ・・・だから、そこから見てて。とーこが思い出すまでに、俺もサンタになれるようにやってみるから』
「うん」
涙が零れてきて、あたしは唇をかみ締めた。
大好きだよ
大好きだよ
想いが溢れて、苦しくなる。
『来年のクリスマスは、俺がそっち行くから。』
直人の声が、耳元で囁く。
まるで隣で、一緒に星空を見上げるときのように。
「そうしたら」
「うん?」
「あたし、ヤドリギの下で、直人を待ってる」
「ヤドリギ?」
ヤドリギの下で、直人がキスしてくれるのを待ってる。
言って見上げた空は、星が瞬いていた。
「ねえ、今、雪降ってる?」
『降ってるよ』
「こっちはね、星が降ってきているよ」
星降る聖夜に感謝を捧げた。
こんなに誰かを好きだと思える瞬間を与えてくれた・・・神様に。
2007/12/25/7:30
from :to-koXX***◇@***.ne.jp
件名 : メリークリスマス
With best wishes for Merry Christmas.
I hope next year will be an even better year for you.
直人、大好きです
塔子
2007,12,26up
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