「もう、時間ないのよ!?諦めなさい!」
「一緒に行くの!!置いていけないよ〜っ!」
とーこの声に、俺は思わず溜め息が零れた。
「やっぱりコレか」
俺はその缶を掴んで部屋の窓から飛び降りた。
「とーこ!!」と大きな声で呼びながら駆け出す。
昨晩とーこがコレを持って来て「3日お出かけだから、直人が預かってて」と言った。
その中には、とーこが宝物にしてるいろんな物が入っていて「泥棒に持ってかれたらイヤだ」って、俺に預かってくれって。
宝物って言っても、本当に高価なものが入ってるわけじゃない。
今年川で見つけた綺麗な石とか、おばちゃんにもらったブレスレットとか、そんなものだ。
泥棒が持っていくとは思わないけど、とはあえて言わなかった。
もちろん、ちゃんと見張ってるつもりだし。
俺の声を聞いて、とーこが自分の2階の部屋の窓から顔を出した。
「あ!」
「コレ、この中だろ!」
「あああああ!」
とーこの"宝箱"を掲げて見せると、泣きそうだった顔がぱあっと明るくなった。
俺は思わず笑ってしまう。
「早く!」
とーこは慌てて顔を引っ込めて窓を閉めた。
エンジンのかかった車からとーこのお父さんが出てきて「直人くん、靴は!?」とびっくりしてる。
思わず自分の足元を見て、赤くなる。
「・・・忘れちゃった」と頭をかくと、ぽんぽんと肩を叩かれながら笑われた。
階段を駆け下りてくる音のすぐ後に、勢いよく玄関の扉が開いて、とーこが飛び出してきた。
「ほら、この中だろう?」
俺が缶を差し出すと「忘れてた!一番大事なものだからって、いっつもここに入れてるから・・・」と蓋を開け、中からガムランボールを取り出し「あった〜!」と嬉しそうに声を上げた。
「持ってこうと思ってたから、ちゃんと出しておいたつもりだったのに」
とーこはソレを大事そうに握り締め、安堵したようにはぁーっと息を吐き出した。
「よかった」と呟きながら。
「ありがとう、直人。でも、なんでわかったの?あたしがコレ探してるって」
とーこが不思議そうに首を傾げる。
「あれだけ騒いで気づかないわけないよ・・・。」
そう言いながら、だけど俺はくすっと笑ってとーこの手から缶を受け取った。
「いってらっしゃい、コレは預かっておくから!」
俺の言葉に、とーこは眩しいくらいの笑顔で頷いた。
「やっぱり、離れてるの寂しいから、これはずっと持ってるんだ〜」
とーこがぎゅっと握りしめたガムランボール。
なんでか胸がきゅっと苦しくなった。
まるでとーこの手に、俺の心臓が掴まれたみたいだった。
俺はとーこの宝物の詰まった缶を持ったまま、車が見えなくなるまで手を振った。
たった3日。
なのに、ちょっと寂しくなって目頭がジンと熱くなる。
The feelings that I do not yet notice
――まだ僕の知らない・・・感情。
不意に浮かんだ言葉。
まだちゃんと教わったことなんてない。
なにかの歌詞だった?
それとも、シンの姉ちゃんが教えてくれた英語だった?
その一言が、俺の胸の中にとどまった。
まるで、とても大切なもののように。