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星空の下で、さよなら 番外編


Happiness cooking






「直人、これお裾分け」

アボガドを3つ持ったとーこが、リビングのドアを開けて言った。
珍しく家にいた父さんと、今日は何を食べようかなんて話をしてた時だった。

「おじさん、お邪魔します。なんだか久しぶりにお顔を見た気がします。お仕事大変そうですね。」
「いらっしゃい、ホント久しぶりだね。」

とーこは母さんにも「お邪魔します」と言って微笑みかけ、アボカドを持ったまましばらく父さんと話をしてる。

1年の頃にくらべると部活もハードになった。
今日だって、南中との練習試合があって、正直へとへとだ。
だけど今日はばあちゃんも居ないし、父さんも久しぶりの休みだからゆっくりしてほしい。
必然的に俺が夕飯作んなくちゃいけないんだよな。

俺は父さんととーこのやりとりを眺めつつキッチンで腕まくりをして、今日はカレーでいいよな、なんて考えながらジャガイモと人参、そして玉葱をストッカーから出した。

自分でも、昔に比べたら手際がよくなったと思う。
簡単な料理なら、本をいちいち見なくても作れるようになった。

「今日は何作るの?」
とーこは水音を聞きつけると、アボカドをカウンターに置いてキッチンに入り、俺の隣でジャガイモを洗う。
「カレー。・・・で?それアボカドだろ?」
ジャガイモの皮を剥きながら訊ねると、とーこは「うん」と頷いた。

「なんだかね、お母さんが職場でいっぱいいただいて。食べきれないから『直人君家にも持って行って』って。」
「じゃーサラダにでもして、クラッカーに載せるか・・・父さんのつまみになるし。」

俺は母さんが昔作ってくれたアボカドサラダを思い出して呟いた。
アボカドなんて、ばあちゃんはわざわざ買わない。
俺はアボガドを手にとり、母さんがしてたように硬さを確かめる。
うん、硬くない。確か硬すぎたらダメだって言ってた気がする。

「え、サラダ?」
とーこが不思議そうに俺を覗き込むから、逆に俺は首を傾げた。
「何?」
「え、だって、お母さん"わさび醤油で食べるとトロの味なのよ"って言ってね、昨日食べたんだけど・・・」
そう言って顔を顰めたとーこを見て、俺は思わず笑ってしまった。

「そういえば、小さな頃、そんな"なんちゃって"食材ってあったよな?とーこってそういうの面白がってやってたけど、だいたい"気持ち悪い"って残してた」
プリンに醤油とか、なんだか今じゃとてもできないような食べ方だったけど。
くすくすと笑う俺に、とーこは「今回もイマイチだったよ?」と肩を竦めた。
「熟してなかったとか?」
「うん?よくわかんないけど・・・アボカドって果物だと思ってたのにな」
とーこは玉葱の皮を剥きながら呟く。

俺はアボカドを手にして、包丁を入れた。
種に沿ってぐるっと一回り切ってから、両手で半分づつ握ってねじる。

「果物って感じの味じゃないだろ?そう思うからダメなんだよ。ツナとかで合えてみるから、食べてけよ」
そう言いながら手で皮を剥くのを、とーこが興味津々で見つめている。

「・・・直人ってさ、あたしが苦手だな〜と思ってるもの、いっつもおいしく変身させちゃうんだよね?なんだか凄いよね。」

その言葉に、思わず手を止めてとーこを見れば、今度はとーこがきょとんとして「何?」と訊ねる。

言われて、急に自覚して真っ赤になってしまった。
とーこにしてみれば「今日もいい天気だよね」くらいのつもりで呟いた言葉だったんだろう。

だけど、と思い返す。

俺が料理するの好きなのって、とーこのお陰かもしれない。
いっつもいつも、俺が作る料理を「凄い」「美味しい!」って目を輝かせていたよな。
そして、意外と嫌いなものが多いとーこが、苦手なものを克服していくのが楽しくて・・・。

「直人?」

思わずにやける自分に気がついて、俺は慌ててとーこに背を向けて冷蔵庫の野菜室からレモンを取り出して、とーこに投げ渡す。

「絞って。使うから。」
「はーい」

とーこに言いながら、心の中で大きな音を立ててブレーキがかかるのを感じた。
"ダメだ"
そう呟く声。
・・・何が"ダメ"なんだ?

「・・・食ってくだろ?夕飯」
「もちろん!あ、こっちはあたしが作るよ?カレーだったよね?」

とーこが人参を手にして俺を覗き込む。
2人キッチンに並ぶのを親父がニヤニヤして見てるのを感じてた。
それを無視して、3つ目のアボカドの種をとった。

胸の中のブレーキが何にたいしてかかったのか、俺はまだはっきりとは気がついていなかった。

ただ、今日帰るまでに、とーこはアボカドを好きになってる。
それだけはわかっていた。



2008,4,28up





「君に繋がる空」10話の一ヶ月前のお話。


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