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星空の下で、さよなら  *帰国編*





誰よりも独占したい相手と長く離れていて、それでも気持ちは変わらないでいられるものなのか?
傍に居たって、ダメになるものなのに、そんなことが可能なのか?

自分に置き換えたら、そんなことは「まず無理だ」と即答する。
相手を信じるとか、そういうレベルの問題じゃない。

それでも、不思議と、あいつらなら大丈夫なんだろうな、と思ってしまう。
いや、大丈夫であって欲しいと・・・そんなことが可能なんだと、思わせて欲しいのかもしれない。
結局のところ、自分以外の誰かに託したいのだろう。
変わらないものもあるのだと。

どんなに遠く離れていても、二人は別れたりしないんだと――





オリオンの憂鬱  * 拓視点 *






「・・・なんかいいことあった?」
「え?」

自分で気づいていないらしい。
いつもどこか冷めた印象を与える2つ下の幼馴染みが、今日はやけにそわそわとしていて落ち着かない。
コートに入れば何かをふっきるかのようにボールを追いかける奴が、心ここにあらずといった感じだ。
"気分転換に"と言い訳をして受験生を誘った後ろめたさがある俺は、コイツ――直人の表情が妙に柔らかなことに怪訝な気持ちになる。
確かに一時期に比べれば最近の直人は雰囲気が柔らかくなっていた。
それはあいつ自身自覚しているようで、言葉にすると不機嫌になったりする。
からかい甲斐のある奴だ。
けれど、今日はそれとは違う。

「模試の結果が、よかったとか?」

見当違いとわかっていてする質問だったから「ああそうかもな」と答えてドリブルする直人に首を傾げる。
成績くらいで浮かれる奴じゃないことは、長い付き合いでわかってる。
高校に入った当時から、家から通える国立大を志望してるようなヤツだ。
3年の春先に商業科から4大狙いに切り替えた俺なんかとは訳が違う。
コイツは俺が受験に本腰入れるために頼んだ小学校のバスケのコーチを、この時期になってもまだ続けてるんだから。

(だとしたら・・・)

「とーこ絡み?」

俺を抜こうと仕掛けてきた直人が、その名前に一瞬動きが停まる。
そのチャンスをいただいて、俺はボールを奪うとシュートを決めた。
1 on 1 の対決を見守っていたギャラリーから歓声が起きる。

「可愛い奴め」

悔しそうに項垂れた直人の頭をぽんぽんと叩くと「うるせえよっ」と声が返ってくる。
それでも腕を振り払わずにいるのだから、余程嬉しいことなんだろう。

俺たちはコートを出て備え付けのベンチに座った。
日中は太陽が出ていれば半袖でも大丈夫とはいえ、風は冷たい。
「ん」と手渡されたタオルを肩からかけて、俺たちは他の奴らを眺めた。


とーこがイギリスに留学してちょうど2年。
最初の一年は一度も帰国しなかったけれど、2年目には何度か帰省していた。

(そうだよ、コイツ去年のクリスマスは向こう行ったんだよな)

散々からかったことを思い出す。
夏の間、バイトに明け暮れていたのはその為だったんだ。
年明け帰国した直人の表情が、明らかにクリスマス前とは変っていた。
見る奴が見ればバレバレだ。

今年に入ってとーこは春先にほんの数日帰ってきた。
直人の母さんの命日に合わせて。
久々に会ったとーこは、キレイになっていて、あの後も直人をからかってしまった。

それでも、もう半年は会っていないだろう。

それでよく続くものだと感心してた。


俺自身、大学進学と同時に遠恋になった。
高校時代に付き合っていた彼女は、隣県の会社に就職した。
はっきりいって、半年もたなかった。
俺は俺で、履修教科が多くて会いに行くこともできなくて。
一足先に社会に出た彼女がG.Wに来てくれた時には、愚痴を聞いてあげることくらいしかできなくて。
携帯も、お互い自由になる時間が違うから電話をするのも週末だけ。
メールですら互いに「業務メール」と称する連絡事項だけのものに変っていった。
一人暮らしの慣れない土地で、働き出した彼女。
寂しさや不安な気持ちを推し量っても、実際傍で支えてあげることもできなくて。
そうして、秋には終わってしまった。

嫌いになったわけじゃない。
寂しいと泣かれて、抱きしめることができない距離に胸を痛めた。
それでも、どうすることもできくて。

俺たちは終わってしまったんだ。

思い出すと未だに苦しくなるということは、まだ未練があるのだろうか。
一年も前の出来事なのに、と苦笑して、直人を見た。
シンが居たら、イチイチ厭味なヤツだ! と愚痴るくらい、相変わらず容姿はずば抜けている。
身長だって、いつの間にか越されてた。

そんな直人を、唯一動揺させること。

「ああ、そうか、そろそろとーこ、こっちに戻ってくるのか!」

俺の言葉に、直人が嬉しそうに笑う。

「1週間後、に。」

幼い頃から俺は、この幼馴染みが可愛くて仕方なかった。
とーこと直人はいつもワンセットで、よくからかったり悪戯して遊んだものだ。
必死に追いかけてくる二人が可笑しくて、そんな二人にヤキモチを妬いてるシンがまた面白くて。
俺には妹や弟は居なかったから、なんとなく"兄ちゃん"気分を味わっていたのかもしれない。
俺たちがイジメすぎた所為か、いつの頃か直人はやけに大人びた態度をとるようになっていた。
それが崩れるのが、とーこが絡む時。
多分、本人が気付いていないだけで、それはむき出しの嫉妬や独占欲によるものだったけれど、それでも心を許してくれていると感じていた。
そりゃ、とーこの前ほどじゃないだろうけれど。

いつも一緒にいたとーこと直人は、俺から見ても互いに不可欠な存在のように思えた。
ただ、あんまり一途なとーこと、自分の気持ちにすらちゃんと気づいていない直人は、いつしかすれ違ってしまった。
それでも、全部を受けとめようとするとーこの姿は、痛々しくて。
何故、直人にはとーこのような存在が傍に居たんだろう? と不思議に思う。
俺やシンだって、同じように出会っていたのに。

お互いに惹かれあって求めあっているのは明白なのに、一度は離れてしまった二人。
それでも、二人して伸ばしていた手は、再び繋がった。
そのことに、当事者でもない俺までが嬉しくなってたって、直人は知らないだろう。

「誕生日プレゼントと一緒に、手紙が入ってた。"来週帰国する"って。」

海を越えてきた言葉に、直人は深呼吸をひとつした。
その息遣いに、喜びと不安が入り乱れていた気がした。

わからないでもない。
想いが通じ合って、すぐにコイツらは離ればなれになったんだから。
ストイックな直人とはいえ、内心抑えきれなくなるくらいの感情があっただろう。
なんてったって、やりたい盛りの健全なオトコなんだ。
放っておいたってオンナが寄ってくるヤツなのに、見向きもしなかったんだから、陽太なんて「異常者だ!」「不能だ!」と声高に叫んで直人に殴られていた。
自分の合コンに直人を連れ出したこともあるんだ。――餌寄せだとかなんとか言って。

(それでも)

コートの中でプレーする奴らに声をかけながら、ふとした瞬間に微笑む直人を見ていると、なんとなくわかる。

(直人はとーこしかいらなかったんだ。)

"帰ってくる"という言葉だけで、直人は嬉しくて仕方がなくて。
同時に、不安でもあるんだ。
離れていた時間、それは同じように流れていて、なのに、その人によって異なるものだから。

いくら二人が俺には信じられないような何かで繋がっていたのだとしても、不安がなかったわけない。
それに、だからこそ、今度は距離や寂しさなどとは違うものに悩まなくちゃいけなくなる。

(まあ、でも。)

そんな二人をこれから見ていられるんだと思うと、なんだか楽しみな気がしてきた。
だから「拓は性格悪い」なんて直人に言われるんだけど。

含み笑いをしていると、直人が嫌ーな顔で俺を見て「なんか企んでる?」と訊ねる。

「お、なんだよ。なんかしてほしい?」

期待には応えてやらなくちゃな、と続けると「勘弁してくれ」と片手をひらひらと振られた。

「シンにも久しぶりに招集かけとくかな。」
隣県に進学したヤツの名前を出すと、直人は苦笑して「マジかよ・・・」と頭を掻いた。
言葉ほど嫌がっていないのがわかるから、またなんとも愛しい気持ちになる。

「受験生の二人が、勉強以外にのめり込まないように、ほどほどに干渉してやるからな。」

にこやかに宣言すると、苦虫を噛み潰したような直人は声にならない呻き声をあげた。

ああ、俺っていい性格してる。

「で? プレゼントはなんだった?」

そういえば、と、訊ねた俺の言葉に、直人は恨みがましく視線をぶつけ、大きなため息を一つ吐き出した。
聞いてくれるな、とでも言うように。

「なんだよ。秘密のアイテム?」
「キッチンツール・・・」
「は?」
「カッティングボードと、ガラス製蒸し器!」
「ぶっ・・・!」

オトコを捕まえるには、まず胃袋からってよく聞くけど。
どうやら直人がとーこの胃袋をがっつり掴んでるらしい。

思わず大笑いしてしまう。

いや、確かに、直人の料理、めちゃくちゃ美味いし。
プレゼントしたくなるの、わかるよ。
だからって、なあ!

「それで、何作ってやるの?」

ひとしきり笑って、不貞腐れたようにフェンスに寄りかかる直人に訊ねれば、また表情が柔らかくなった。
きっと、あれこれメニューを考えてる。
本当に、こいつをこんな風に悩ませることができる、とーこって凄いと思う。
多分、天国にもどん底にも落とせるのは、とーこだけだ。

(そうか、一週間後、か。)


離ればなれだった二人。
きっと、あのいつもの場所で、星を眺めるのだろう。
この季節は、オリオンがひときわ輝く、空の下で。


「俺も食べに行くかな。」
「ちょっ・・・・! ヲイっ!」

焦る直人の頭に手を載せて軽く叩き、ゆっくり立ち上がって空を見上げた。
憂鬱そうな溜め息に、それすら微笑ましくなってくる。

胸の奥にくすぶる気持ちが、強くなった気がする。
どうしてだろう?

(信じてみたいのか、俺も・・・)

電話してみようか? オリオンを眺めながら。




2009,11,3




◇END◇


アルテミスの恋 に続く



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