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星空の下で、さよなら  *帰国編*





とーこちゃんが帰ってくる。

前日から眠れなかった私は、何度もとーこちゃんにメールを打ったり雄介に電話したりして。
雄介は「何時だと思ってんだっ! 」ってめちゃくちゃ怒ったけど、だって、やっと帰ってくるんだもん。
この気持ちを誰かと共有したいって思うのは、当たり前だよぅ。
多分、直人君だって、眠れないんじゃない?。
そう思って、送ったメール。

"明日だね! やっと会えるね!"

だけど直人君は"そうだな。明日遅刻しないように寝た方がいいよ"なんて、返信してきた。

それで眠れるなら、とっくに寝てるの!

結局、朝方にどうしようもないくらいの睡魔に襲われて、待ち合わせ時間に間に合わなくなるとこだった。
最近の雄介は私に容赦なくて、電車の中ではずっと説教!
直人君も助ける気がないのがバレバレで、苦笑してるだけなんだもん。
二人とも、とーこちゃんが居たから私に優しかったのねって、今更ながらに気がついたわけ。
結局のところ、みんなとーこちゃんが好きなの。
ホント、敵わない。

私は誕生日にとーこちゃんから送られてきたチョーカーを見つめた。
ガラスパーツのチョーカーは"月の女神"をイメージしたものらしくて。
淡いピンクとすりガラスのパーツ、古風な金色の金具がめちゃくちゃ可愛いデザイン。
私が好きなものをよくわかってるからこそのプレゼント。
あんまりキュートで、思わず「うわぁぁ!」って声を上げてしまったくらい。

"一目見て、有菜にぴったり! って思ったの。
 可愛くって、そのまんま有菜のイメージ!"

でもね、カードを読みながら、私は思ったんだよ。
とーこちゃんこそが、私の月の女神――アルテミスなんだけどな、って。

チョーカーから視線を上げると、直人君と視線がぶつかった。
1,2年と同じクラスだった直人君とも、今年は進路別のクラス分けだからついに離れてしまった。
相変わらず直人君はもててる。
だけど、今年は理数系クラスだから女子が極端に少なくて、とーこちゃんが帰るまでの間の監視係を引き受けた(勝手にね! )私としては、ちょっと安心だったりする。

私がくすっと笑ったから、直人君は「何? 」と首を傾げた。

「なんでもないよ。きゃんっ! 」
「危ないって! 」
「有菜! 」

カーブでこけた私に咄嗟に手が伸びる。
わかっているのに、私はいつもこのカーブを忘れてしまう。

「ごめんね、ありがとう」

ぺこりと頭を下げて二人を見上げれば、いつもの表情。
"まったく有菜は"って声が聞こえてきそうな。
それはずっと変わらなくて、私はもう一度「ありがとうね? 」と笑う。
そうね、とーこちゃんが居なくても、二人ともやっぱり優しいんだと思う。
でも、やっぱり何か足りないの。

早くとーこちゃんに会いたい。
そして、いろんな話がしたい。

空港に向かう電車とバスの中、私はそればかり考えて。

「だいたいね」と雄介の説教が再開してしまったけれど、私は知らん顔で窓の外を見てた。





アルテミスの恋  * 有菜視点 *






とーこちゃんは、転校したてで不安だった私に、一番に声をかけてくれた。
おどおどしちゃったり、ドジってばっかりの私をいつも気にかけてくれて。
優しくて、強くて、とーこちゃんは私にとって特別な存在で。
それまで男子と仲良くしたことのなかった私にとって、男子の中で元気に駆け回るとーこちゃんはセンセーショナルだった。

その頃読んでいたギリシア神話に出てくる月の女神アルテミスに、私はとーこちゃんを重ねていたくらいだ。

大好きなとーこちゃんが、大好きな人を、私が好きになるのは、たいして時間がかからなかった。

憧れに近かったキモチに、いつしか変化が生まれて。
私はみんなに好かれるとーこちゃんに・・・女神のようなとーこちゃんを・・・妬むようになっていた。
あんなに優しくしてもらったのに。
あんなに甘えていたのに。
いつだって私を優先してくれていたから。

私はとーこちゃんと直人君の罪悪感を利用した。

そんなことをしても、無駄なんだってどこかで気づいてたのに。



「そのまま行くと激突」

雄介の声に、私ははっとして立ち止まった。
目の前にガラス張りの壁が迫っていた。

「いい加減落ち着けって」

到着ロビーのベンチに座っている雄介が、溜め息交じり私を見た。
携帯をさっきからいじってるところを見ると、多分、修君か佐々木君あたりにメールしてるのかもしれない。
明後日、直人君の模試が終わったらみんなで会うことになってるから。
ちなみに今日は二人とも教習所だ。

「だって、もうすぐ、とーこちゃんが帰ってくるんだよ?」
「有菜が行ったり来たりしてても、まだ飛行機は空の上。」
「そ、だけど、だけど!」

雄介の言葉に反論しかけた私を、直人君が見て笑う。
その笑顔が、やけにカッコよくて、もう好きとかそういう気持ちはないはずなのに、どきんと胸が跳ねあがった。
し、仕方ないよね?
これは断じて浮気なんかじゃないんだから!
誰に突っ込まれたわけじゃないのに、思わず心の中で叫んでしまう。
監視役の私が、直人君にときめくなんて、ありえない! ・・・よね。

直人君は、変わった。
昔から、私には凄く優しくしてくれてたけど、なんだろう、女の子に対しての接し方が、微妙に変わった。
中学時代の直人君は、自分に好意を抱いている女子に対して冷たすぎる対応をしてた。
その線引きの内側にいた私には、それがとんでもなく優越感だったんだけど、ううん、今もその基本的なスタンスは変わっていない。
・・・絶対に自分の内側に入れたりしない、うーん、難しくて言葉で言い表すことできないんだけど・・・。
そんな内側に居た私は、ある日気がついた。
直人君は本心を見せるのが苦手なんだって。
そんな直人君が、唯一本当の自分を出せるのが、とーこちゃんで。
私はとーこちゃんの前で見せる直人君の表情が、凄く好きになってた。
いつか、私だけに見せて欲しいと・・・思わず欲張ってしまうほどに。

でも。
結局。
私は直人君の"本当"を見せてもらえなくて。

二人の間に無理やり割り込んで、とーこちゃんを遠ざけて。
それから気付いた私は救いようがない。
とーこちゃんと一緒の直人君が大好きだったんだって。

だから今は、心からとーこちゃんと直人君を応援してるんだよ?
学校で直人君に近づく女の子が居ればとーこちゃんに報告してるし(雄介には怒られるけど)、だから、どきんとしてたのだって、純粋に直人君の笑顔が素敵になってたからで!
・・・そんな笑顔を見せるのは、絶対、とーこちゃんの影響で。
それにね、私も今凄く凄く好きな人がいるんだから。
野球部の応援に行って知り合った谷沢君。
告白してきてくれたのは高1の夏だったんだけど、高2でクラスが一緒になって・・・それで付き合うことにしたの。

「とりあえず、まだ30分以上あるし、座ったら?」

直人君の言葉は雄介と違って厭味がないから、私は「うん。」と素直に頷いて雄介の隣に座った。
私を見ていた雄介は「随分態度が違うくないか?」って、ちょっと怒った顔をした。
そんなこと言われたって、それは雄介のせいだと思うの。

「谷沢に言ってやろう。有菜はまだ直人のことが好きみたいだって。」
「な、なにを・・・!? そんなことないもの! 有菜、谷沢君のことが一番好きだもん! 雄介こそ、まだとーこちゃんのこと好き・・・」

そこまで言って、慌てて口を塞いだ。
なんてベタな展開に持ち込んでしまったんだろうって後悔しても、いつもフォローしてくれる雄介を敵に回した展開にどうしたらいいかわかんない。
そうっと雄介と、その隣に座る直人君を見た。
雄介の顔はMAX怒ってて、直人君は・・・うわーん直視できなぁあい!

「有菜、おまえね・・・っ!」
「うわぁーん、だって、今日の雄介怖いんだもん!」
「だもんじゃないだろ! 理由になってないよ、それっ! 」

涙が勝手に溢れて来てもう少しで流れ落ちそうだ。
せっかく可愛くメイクしてきたのに、とーこちゃんに会う前に崩れちゃちゃったら雄介のせいなんだからーーーっ!
心の中で叫んでいると、それまで静観していた直人君が突然「ふーん・・・そうか・・・」と妙に納得したような声をあげた。

「な、直人君?」
「なんだよ?」

私たちは二人揃って、きょどった声で直人君を見た。

「有菜がしてるように、俺も谷沢にメールしとく? 」
「え?」
「あれ、実は困ってるんだよね? 俺も谷沢に報告する義務あるんじゃない?」
「いやぁ!」
「雄介は・・・そっか、それは、困るな。まだとーこのこと・・・・」
「うぉいっ、違うって・・・!」

直人君は、言葉とは裏腹。
ちっとも困った風じゃない。
ニヤニヤしてるのに、あ、でも、やっぱり目は真剣かも・・・。

私はベンチの端をぎゅっと握った。
すぐに立ち上がって逃げ出せるように。
ああでも、直人君じゃすぐ捕まっちゃうよう。

パニクる私は「ごめんなさい、もうしません」なんて口走りそうになってしまう。
雄介なんて両手を必死で振ってる。

「くっ・・・くくく・・・二人とも凄い顔っ・・・!」

しばらくして、直人君は突然破顔して、口元を隠した。

「直人っ!?」
「ふわぁあん!」
「や、うん、なんていうか、二人とも凄くテンションが高くて。とーこが帰ってくるの待ち遠しいんだなって、うん、よーくわかった。」

ごめんごめんと笑いながら話す直人君に、雄介が苦虫を噛み潰したような顔をした。
私はほっとして、ベンチの固い背もたれに思い切り寄りかかった。

でも、でも、直人君、ひどぉーーーい!

直人君のくすくす笑いにむくれてしまう。
だって、ちょっとどきっとしたのは本当だから、谷沢君に心の中で「ごめんね」って思ってたから。
でも、私が泣きごと吐く前に、雄介が反撃に出た。

「そんなこと言うけど。直人、お前誕生日プレゼント届いた日から、顔ニヤけっぱなしなんだよ! 」
「は?そんなことは・・・・」
「嘘よう。女子の間でも噂になってたもん。直人君が壊れちゃったって。」
「壊れてないし!」

良くも悪くも、直人君は噂の対象になりやすい。
今回はロリコン説が出てたんだから。
小学生にしか興味がないって。
先日、高校の前にある総合体育館で小学生の音楽交歓会があって、直人君はその一団に手を振ってたって。凄−く優しい笑顔で。
それはミニバスでコーチしてるからなんだけど、そんなこと知らないみんなが面白可笑しく噂してたのよね。
その前日、直人君はとーこちゃんからの愛のプレゼントを受け取っていたらしんだけど。

もちろん、これもちゃんと報告済み。
だって、とーこちゃんが帰ってきて、直人君がロリコンなんて噂流れてたら、事情を知らないとーこちゃんはびっくりするでしょう?
まあでも、そんな姿が意外で可愛いなんて言われてたみたいだから、問題はないんだ。

「ああ、それに。」

今度は雄介がにやりと笑った。
それはとても楽しそうで。

「あのDVD、見終わった? どう? 参考になった? 」
「なっ・・・」

DVD?

到着ロビーのたかーい天井を見上げて、首を傾げる。

DVD・・・・
え、ま、まさか?

そそりゃ、直人君だって、その、男の子だし、とーこちゃんと付き合ってて、それでもって離ればなれで。

さっきよりもっとパニックしてしまってる私の頭は、この間クラスの女子とこっそり見てしまったDVDを思い出してしまった。
『有菜もお勉強しなくちゃね』なんてからかわれたのよぅ。
あんなDVDを!? 直人君がっ。
まじまじと見ている私の視線を避けるようにして、直人君は立ち上がり面白がっている雄介の腕を掴んで立たせた。

「こんなとこで、お前っ」
「いやーだって、直人が恥ずかしそうに借りてるの見ちゃったからなぁ。あれってやっぱ、とーこを喜ばせ・・・」
「やめろっ!」

きゃー! きゃー! きゃー!

こそこそとボーイズトークを繰り広げる二人に、私は耳まで赤くなってしまう。
谷沢君もよくお友達とそんな話をしている。
野球一筋だった彼は、周りが驚くくらい純情なんだけど、それでもやっぱり男子はそんな話が好きなのよね。
そりゃ私だって、ね?

・・・でも、直人君がってことは、それはとーこちゃんと、その・・・・。

「それはダメなのっ!!!!」

ロビーに響き渡るような大声で、私は叫んでしまっていた。
近くに居た家族連れも、遠くに居た外人さんも、警備員さんまでもが一斉に振り返っている。
ざわめきもぴたりと静まる。
だけど、そんなこと、今はどうでもいいの!

とーこちゃんは、私のアルテミス。
アルテミスは月と狩りの女神で。
太陽神アポロンの双子の妹。
男勝りのお転婆娘であると同時に、月の光と気品を身に纏う乙女。
純潔を誓った処女神、なの!

「駄目、なんだから! いくら直人君が相手でも、とーこちゃんを穢すなんてこと、許さないんだからぁっ!」

アナウンスさえかき消すほどの大声。
絶叫に近かったかもしれない。

「直人君の、えっち!! 」

すると直人君と雄介が必死の形相で飛びかかって、私の口を塞いだ。

「有菜!」
「何勘違いしてんだよっ!」
「ふがっ!? 」

二人に両腕を掴まれて、私はベンチに座らされた。
そうしてようやく口を塞いでいた雄介の手が離れた。

「なんのDVDと勘違いしてるっ!? 」
「え、だって! 」
「料理、だよ。料理のDVD! ネットじゃちょっとわかんないとこあって、それで」
「え、え、えーーーーーーーーー!」

真っ赤になって説明する直人君と、心底呆れた顔で背もたれに寄りかかった雄介に、私の方が赤面してしまった。
だって、その、あんな顔でちょっと恥ずかしそうにコソコソと話してたら、そう思うでしょう!?
二人を交互に見てしまう。
どうやら、本当に、私の勘違いだったようで・・・。

「あ・・・・え・・・・わぁぁん!」

雄介が大きくふうと息を吐いた。

「あんな純粋だった有菜が、ねえ・・・・当たり前なんだろうけど・・・・猥談してたってきょとんとしてたのになあ。」
「軽くショック・・・」

項垂れる二人に、両手で顔を抑えて「ごめんなさい〜っ」と消え入りそうな気持で俯いた。

――その頭上で、直人君が複雑な表情で雄介を見て、それをからかうような瞳で雄介が楽しんでいたことを、もちろん私は知らなかったんだけど。

「・・・・・・・・どうかしたの?」

不意に掛けられた声に、私は顔をあげた。
少し離れた場所で不思議そうに私たち3人を見る瞳に、涙がこみ上げた。

「とーこちゃん!! 」

立ち上がって駆け寄って、思い切り抱きつく。
私の、大好きな、とーこちゃん。

直人君が居るのに、とか、その瞬間は頭からキレイさっぱり消えていた。

「待ってた! 待ってたよ!」

抱きついて、そして思った。
やっぱり、私とーこちゃんが大好きなんだなって。

「何があったの? みんな見てたみたいだけど・・・」
「なんでもないよ。いつもの有菜のワンマンショー」
「違うもん!」

おかえり、と雄介が笑った。
「ええー」ととーこちゃんが私を覗き込む。
そしてチョーカーを見つけて「やっぱり有菜似合う! 可愛い!」と目を細めた。
「そう思うでしょ? 関くん」ととーこちゃんは言った。雄介は肩を竦めてる。

それから。

その後ろに立っている直人君を見つめた。

「――ただいま。」
「おかえり。」

お互い、たった4文字の言葉。
それだけ。

他に言葉はなくて、ふたりはただ恥ずかしそうに笑った。
それだけなのに、確かに心が繋がったのを感じる。

それは、二人だけにしかわからない、特別な繋がり。
私がどうしても入りこめなかった、特別な領域。

「ず・る・いーーーーー!」

離れていたはずなのに、誰よりも近くに居たような空気。
どうしてなの?
私には、真似できない。

スーツケースを持つ直人君ととーこちゃんの間に入り込み、私はもう少しだけ、二人のお邪魔虫でいることにした。

アルテミスを手に入れるんだから、これくらいのイジワルはいいよね?
だって、もうすぐ・・・。

「?」

首を傾げるとーこちゃんと苦笑する直人君の間で、私は微笑んだ。
雄介が背後で溜め息を吐いた。



2009,11,21




◇END◇


 White breath に続く


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