「松下先生、明日の土曜日、何か用事あります?」
職場のデスク上のPC画面に挑むような視線を向けているだろう私の肩に手を置いて、妙に馴れ馴れしい口調が降ってくる。
私は深呼吸を一つして、にっこりと笑顔を作り、肩を掴む手を逸らすように振りかえった。
「申し訳ありません、時田先生。土曜はちょっと・・・。」
「急ですもんね。それじゃあ日曜なんてどうでしょう?」
「日曜も・・・」
ここ数カ月やけに接近してくる時田先生は、明らかに残念そうに肩を落とした。
ルックスは中学教師にしてはいいほうだ、と、音楽の木澤先生が飲み会で話していたし、実際生徒たちにもそこそこ人気があるようだった。
30前半、独身。
詳しい年齢はあえて聞いていない。
実は狙っている女性教諭も数人いるけれど、私には関係がないことだ。
時田先生は私の隣、学年主任の席の椅子を引いて座ると、私が打ち込んでいるPC画面に視線を移し「今週のまとめ?」と呟いた。
背中に数人の視線を感じつつ、私は小さく頷く。
「小テストです」
ふわっと甘い香りが漂って、私はこめかみをそっと押さえた。
私が言った一言をこの人は覚えていて、それでこの甘ったるい香りを身に纏っているんだろう。
彼に向けて言ったつもりはなかったのに、以来、この香りは付ける人を選ぶのだとしみじみと感じている。
「松下先生は本当に真面目ですね。非常勤なんだから、もっと肩の力抜いちゃっていいんじゃないですか? いいなあ〜非常勤。責任がないっていいですよね。」
両手を頭の上で組んで、あまり新しいとはいえない椅子に思い切りもたれかかると、彼は言った。
「空を飛べる鳥はいいなあ」と、憧れと諦めの滲んだような言い方だ。
悪気はないとわかっていても、私はざくりと切りつけられたようなダメージを受けた。
それも相当な深さの。
それでも笑顔を作れるほどには私も成長している、と、思う・・・けれど、どうかしら?
頬の筋肉がぴくぴくとしていないか気にしつつも「そうですね」と答えた。
責任がないわけないじゃない・・・。
そりゃ、正規職員にくらべたら、全然気楽なものかもしれないけれど。
私は産休代替えの非常勤の英語講師だ。
非常勤だから担任クラスはないけれど、そこそこの進学校な為、受験が近づいてきた今は忙しい。
ここに赴任して5か月になり、ようやく生徒の名前と顔が一致した。
「先生方は大変ですよね。通常業務に職員会議・・・それに生徒一人一人、保護者にまで配慮して・・・部活の顧問もあるし・・・休日なんてなさそうですよね。」
「そうなんですよ。まったく、人間として扱われていない気がします」
僕も非常勤でいればよかったな、なんて言われてしまうと、さすがにもう笑っていられなくなって、私はくるりと椅子を回転させてPCに向かった。
「あーあ、だからやっと休みがとれた土曜日を・・・松下先生と過ごしたかったんですけどね」
耳元に顔を寄せられて、私は身体を強張らせた。
顔が赤くなってるのがわかる。
耳まで熱い。
「先生って本当に可愛いですね。なんだかいけないことしてる先輩になった気分ですよ?」
キィを叩いていた指先が固まってしまう。
職員室で何を言い出すんだろう?
無意識に自分の左手首を見つめ・・・ゆっくりと薬指を見つめた。
・・・多分、絶対・・・勘違いしてる・・・。
今日こそははっきり言おうと思った私は、時田先生の顔をしっかり見つめた。
あっさりした顔立ちに笑みを張り付けて、彼は私と対峙していた。
自分で自分に自信がある人が放つ独特なオーラをひしひしと感じて、私はすでに逃げ出したくなっていた。
でも、言わなくちゃ。
じゃないと、苦手な彼に、毎週末予定を訊ねられることになりかねない。
「あの、時田先生・・・以前から言おうと思っていたんですけど・・・・私・・・」
「時田先生! 学年会議始めますよ!」
家庭科の福田先生がまるで引き剥がすように時田先生の右腕を掴んで引っ張った。
そして牽制するように私をひたと見据えた。
誤解ですよ! と叫びたいのに、声がでてこない。
私の意気地なし・・・!
福田先生は迫力ある印象的な瞳で私を見下ろしていた。
思わず「ごめんなさい」と言いたくなるような視線だ。
この間の女性教諭だけの飲み会で、福田先生は"時田先生を落とす!"と高らかに宣言していた。その場にいた私としては、こちらに戦意がないことを伝えたほうがいいと判断する。
・・・・しているのに、それをアピールする方法がわからない。
こうして非常勤をするまで、私は大学にとどまっていて、こんな状況に慣れていないことも大きい。
大学では、こんな色気もない童顔な私に振り返る奇特な人はいなかったし、その上、信じがたいことだろうけど、すでに私は結婚していて、そのことをみんな知っていた。
その相手が、私なんかじゃとうてい釣り合いが取れないような素敵な人だということも。
とにかく、私はくう以外の男の人に免疫もなければ、まして迫られたことなんてないわけで・・・あしらい方など知らないのだ。
それでも、ようやく普通に話をする程度なら赤面しなくなっただけ、マシだ。
最初は中学生の男子生徒相手にすらまともに話ができなかった。
私が困りきった様子でいると、何をどう判断したのか時田先生は「今夜電話してもいいですか? 何か大切な用がありそうですし・・・」と再び顔を寄せる。
私はぶんぶんと首を横に振って「いえ、大した内容じゃないので」と顔を引き攣らせた。
福田先生の顔は最早見ることはできなかった。
男女問わず美人が凄んだ顔は背筋が冷たくなることを、私は身を持って知っているのだ。ごく身近な人で。
「時田先生!」
「はいはい、今行きます。福田先生、あんまり怒ると可愛い顔が台無しですよ?」
振り向きざまに笑顔で時田先生が言うと、福田先生は引っ張っていた手を離して「まっ・・・! 時田先生ったら・・・!」と両手で頬を押さえた。
私はそそくさとPCに向き直り、小さく震える手を握りしめて息を吐いた。
どうしようもない、情けないと思う。
きっと時田先生はこんな私が物珍しくてかまってくるのだろう。
からかわれることには幾分慣れているけれど、社交辞令のように笑うことで精一杯だ。
さらりと言葉を発するなんて、程遠い。
緊張で強張っていた肩の力を抜く。
この仕事に決まった時に、くうに言われた。
"笑顔が基本"って。
人間関係を円滑にするのは"笑顔"だって・・・私だってわかってるんだけど・・・苦手な人にも引き攣らずに笑顔を向けるというのは、なかなか難しいものがある。
くうの営業用の笑顔は必殺技級だから、私にその"基本"があてはまるのかは・・・謎だと思う。
あの笑顔はズルイんだもの。
ほっとした背中に「でも、やっぱり松下先生の初心な反応が一番可愛い。」と小さな声で囁かれて悲鳴をあげかけた。
恐る恐る振り向いた私の背後には、もう時田先生も福田先生も居なくて、副校長がお茶をすすっているだけだった。
それぞれ抱えている仕事があるのだ。
閑散とした職員室。
私は泣きそうになりながら、デスクに突っ伏した。
また言えなかった。
私は結婚してるんですって・・・。
空っぽの左手の薬指を見て、私は溜め息をついた。
「今まで必要性も感じなかったのに。」
私の左手の薬指に、指輪はない。
もちろん、くうの左手にも。
結婚した当時、お金がなかった・・・のは事実だけれど、指輪が買えないほど困窮していたわけではない。
普段からアクセサリーに興味がなかった、というのは理由にはならないね。結婚指輪は、アクセサリーとは違うもの。
ただ、必要性を感じなかったの。
私たちは何かで繋がれた関係じゃない。
縛られる関係でもない。
私たちにとって、私たちの気持ちが一番大切で、その気持ちさえあれば指輪なんていらないと考えていた。
代わりに、私たちは時計を買った。
ずっと一緒に時を刻んでいけるように。
私はそっと袖をずらして、文字盤を見つめた。
同じリズムで刻まれる時。
追いかけっこのようなその針の動きは、くうの腕でも同じように時を刻んでいる。
7年、共に刻んできた時間。
くうと、私と。
今までは、本当に気にならなかったのに。
指輪がない所為で、私は独身だと思われているのだ。
代替えで来た非常勤。
27の私が結婚していてもなんの不思議もないだろうけれど、黙っていればまだ二十歳と言われてしまうほど童顔なこともあり、まさか既婚者だとは思わなかったのだろう。
私だって「結婚しています」とわざわざ宣言する必要なんて感じていなかったから、今更唐突に「旦那がいます!」なんて言うことができなかった。・・・結婚相手を探しにここに来たわけじゃないし、私のようなはっきりいえば鈍くさい人間が興味を持たれるとは考えてなかったのだもの。急に休みが必要となる子どもがいるわけでもなかったし・・・。
だから、物珍しさからだろうとは思うけれど、まさかの展開に私が一番驚いている。もちろん、チャンスがあればちゃんと言いたいと思っている。それでも、切り出すのはタイミングが難しい。
華やかで人付き合いが上手な時田先生。そんな彼に対する苦手意識。経験の乏しい私が"誘われている?"なんて、本当は単なる勘違いかもしれないし、「結婚しているので、誘わないでね」なんて笑顔で言えるほど近しい関係じゃない。
最初の頃は"時田先生は本当に親切心か何かで、週末あれこれ気にかけてくれているのかも?"なんて良心的に解釈していたし。
そう思うと、なかなかタイミングを掴めなかった。
それでも、ここ数週間は身体に触れられることが多くなった気がして、困っていた。
「今日はチャンスだったのにな・・・」
窓の外に視線を移すと、風が枯れ葉を舞い上げていた。
冬は駆け足で夕闇を連れてくる。
ここのところ残業続きだった。
どこで終わり、ということもない。
残業したからと言って、手当がつくわけでもない。
それは先生たちも同じだけれど・・・。
珍しく静かな放課後だ。
就業時間はとっくに過ぎている。
残っていたら、また時田先生に何か言われそうだ。
もうさっきのようなチャンスはないだろうし、福田先生に睨まれるのは御免だ。
「帰ろうかな・・・。」
ぽつりと呟いた声が、PCから放たれる起動音に重なって、なんともいえない寂しさに変わった。
"非常勤は気楽。"
そんな風に思われているのが、やけに悲しい。
まるで半人前だと言われているみたいだった。
職員室の電話がなって、副校長が受話器をとった。
私はファイルを閉じると電源を落とし「お疲れ様でした」とデスク下のバックを引き出して、職員室を後にした。
寒い更衣室で携帯を開き、くうへメールを送る。
"今日は早く帰れます。夕ご飯何がいい?"
返事ができる時間じゃないってわかっている。
だけど、急に込み上げてきた切なさに、私は送信ボタンを押した。
* * *
「ただいま」
私が帰宅して3時間後、すでにお風呂も入ってソファーで髪を乾かしていた私をくうは背もたれ越しに抱きしめた。
「あ〜あったかい」と嬉しそうに冷たい頬をくっつけ、くうは満足そうに言う。
私はそのまま少し首を動かして、その頬にキスする。
たったこれだけのことですら、私は内心どぎまぎしてしまうのだけれど。
「おかえりなさい。今日も遅かったね。」
「いろいろあってさ。遅くなってごめんな。」
くうはもう一度ぎゅっと私を抱きしめて、それから「今日の夕食何?」とコートを脱ぎだした。
「グラタン。」
「かぼちゃのやつ?」
「そう。」
「やたっ!」
私は洗面所で手を洗いながら喜ぶくうの声ににんまりしながら、電子レンジからグラタン皿を取り出した。
"あと10分で駅に着くよ"
お風呂上がりにメールに気がついて、すぐにオーブンにしておいた。
私が送ったメールの返事はなかったから、私は自分が食べたい物を作ることにした・・・といっても、やっぱりくうの笑顔が見たかったから、前回好評だったメニューにしてしまったんだけど。
チーズの焦げる美味しそうな匂いがたちこめる。
私はスープの入った小鍋を電子コンロの上に移し、スイッチを押した。
「ね、パスタでよかった?」
私はバジルと塩コショウで味を調えただけのパスタを皿に移した。
あとはサラダだけ。ちょっと寂しい気もするけれど・・・。
「いいよ。」
くうは椅子に座ると、頬杖をついてくすっと笑う。
「なに?」
「ん? 冬っていいなあ〜って思ったんだ。そらがそうやってもこもこのパジャマ着てるの見ると、なんだか和む」
随分おじさんなこと言ってる。
「・・・羊がいるみたいって?」
「そう」
くすくすと笑い続けるくうをちょっと睨んで「オオカミさんに食べられるのは嫌だから、もう寝ようかな」と背を向ける。
歩き出しかけた腕を掴んで引き寄せられて、くうの膝の上にすとんと座ってしまう。
「ちょっ・・・!」
「あったかくて、ふわふわで・・・心からじんわりする。そらが居てくれてよかったな〜ってドア開けると思うんだ。」
あ、と、私の中で何かが反応する。
何かあったんだ。
何故だろう、私の中にはセンサーがあって、くうが傷ついているとそのセンサーのスイッチが入る。
いつもは恥ずかしくてできないことも、そうなるとできてしまう。
私は真っ赤になりながらくうの首に腕をまわして、自分から抱きしめた。
くうが疲れている時のサイン。
――私の胸の鼓動を聞くのだ。
きっと凄く嫌なことがあったんだ。
だけど、きっと私のメールから、くうも私の中にあった何かに気づいてる。
「・・・私も、くうがこうやって帰ってくると、じんわり心があったかくなるよ?」
恥ずかしさで小さな声になってしまうけれど、私はくうの耳元でそう囁く。
「嫌なことも、全部あったかなもので包まれちゃうの。」
「・・・」
くうは私の髪を片手で撫でもう片方で背中をあやす様に動かした。
甘やかしているつもりが、いつの間にか甘えている。
ああやっぱり、この香りが好きなんじゃなくて、くうが身に纏っているから好きなんだと気づく。
くうに包まれる。
私は胸の中にあったイヤなものが、消えていくのを感じていた。
くうは?
くうはどうかな?
同じように、少しでもくうの中のイヤなものが消えてくれればいいと思う。
「そら、あのさ」
くうが私の髪に指を絡めながら呟く。
私が顔をあげてくうの顔を見つめる前に、リビングのテーブルの上に置いた私の携帯が鳴った。
「くう?」
「や、いいよ。ほら、そのメロディー学校からだろ?」
私に回していた腕を解き、くうは微笑む。
「本当に食べたくなっちゃうと困るから」
そう言って、頭の上に両手を乗せてぴくぴくと動かして見せる。
随分大きな耳の狼だ。
「私よりグラタンの方が美味しいよ?あったかいうちに食べて?」
私が苦笑して言うと、くうは「いただきます」とスプーンを持った。
足早にテーブルの上で私を待つ携帯を掴んで、フラップを開いた。
「・・・・・・・うっ」
この番号は・・・。
くうが包んでくれたイヤな気持ちが、再び剥き出しにされた気分。
私が躊躇していると、くうが「誰?」と訊ねた。
「・・・時田先生」
「出ないの?」
「出るよ」
何か問題が起きたのかもしれない、と頭の中で声がするのに、私の指は強張ってしまって通話ボタンを押せずにいた。
いつの間にか傍に来ていたくうは私を覗き込んで、それから鳴り続ける携帯を取り上げると「はい、松下です」と電話にでてしまった。
『え、あれ?? 松下さん・・・?』
小さな携帯越しに、時田先生の戸惑ったような声が響く。
私はくうのYシャツの袖を引っ張って、無言で首を振る。
くうも首を横に振った。
なんで男が!? なんて聞こえてきて、私は悪いことをしているわけでもないのに、青ざめてしまう。
「ええと、学校の方ですよね? 初めまして、松下の夫です。すみません、妻は今入浴中で。ご用件、承りますが?」
朗らかな声で言って、くうは私をじっと見つめた。
瞳がどんどん剣呑になっていく。
お、怒ってる。くうが、怒ってる〜!!
だけど電話の向こうにはそんな姿が浮かばないくらい明るい声で「ええ、はい、そうですか」なんて答えている。
ひたと私を見据えるくうに、背筋を冷たいものが伝う。
そうだよ、くうは今日何かあったんだよ。それに追い打ちかけちゃったんじゃない・・・・かな??
だ、だから、美人が凄むと怖いんだってば〜!!
「それはわざわざすみませんでした。僕も高校で英語を教えていますので、指導要綱などはこちらでもチェック致します。わざわざご忠告ありがとうございます。」
目が笑っていないのに、にっこりと音が聞こえるくらいにそう言って「それでは、失礼いたします」とくうは通話ボタンを切った。
私が掴んでいた袖を離して一歩後ずさると、くうは両手を組んで溜め息をついた。
「と、時田先生、なんだって・・・?」
「うん? 松下先生が授業の進め方で悩んでいるようだったのでって。随分優しい先生だねえ?」
「え? 私、そんなことで悩んでないよ」
「そうそう、そらが結婚してること、やけに驚いてた。まさか知らなかったとか?」
「え・・・と・・・言うタイミングが・・・」
なんで私がこんな追い込まれなくちゃいけないの!?
そう言いたいのに、私はくうの獲物を狙うみたいな視線に体が竦んでしまっていた。
こんなくうは・・・もう何年も見てない気がする。
「・・・そらは、俺を妬かせたいの?」
「そんなまさか!」
妬く?
くうが私のことで、誰かに嫉妬するっていうの?
反対ならいくらでも考えられるし、実際今まで私がどれくらい嫉妬したかわからない。
だから私は思わず笑い出してしまった。
どうやらそれがいけなかったみたい。
「ちょっと向こうで話そうか?」
綺麗な笑顔で指さされた方向に、私は思わず固まってしまう。
「まだ食事中でしょ」
「オオカミは羊の方が食べたくなりました」
「まだ眠くないもん」
「奇遇だね。俺も眠くない。」
「話ならここで」
「妬かせたそらが悪い」
「そんなつもりないよ〜! あ、くう何か言いかけてたでしょ?」
「あとでいいよ」
せっかくのグラタンが冷たくなってしまうのに、くうはご機嫌で寝室へ私を引きずっていく。
「とりあえず、そいつにはもう笑顔見せる必要ないね」
「円滑な人間関係の・・・」
「円滑にならなくていい」
「ねえ、なんでもないんだよ?」
「あったらどうなるかわかってる?」
「くう〜・・・!」
「あー明日が休みでよかった」
「明日はくうの実家、呼ばれてるでしょ・・・!」
「そら、しーっ・・・・」
キスが降って来て、私の反論を全部飲みこむと、くうは心臓がとまりそうなくらい熱い視線で私を射止めた。
くうの瞳が、私の困った顔を映してキラキラしている。
くうが壊れちゃった?
私、変なスイッチ押しちゃったの??
「7年も夫婦してるのに、そら、もうちょっと自覚しろよ」
「な、なにを・・・?」
「そういうとこ」
「???」
疑問符を浮かべる私に苦笑して、くうは私の左手を持ち上げた。
「愛してるよ」
囁きと一緒にそっと薬指に口づけられて、私の心は激しく震えた。
私の中で、スイッチが押された。
2008,11,24
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