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First impression







よく晴れた、とても心地よい朝だった。
私は庭先で洗濯物を干すお母さんの近くで、昨日買ってもらったシャボン玉を飛ばしてた。



幼稚園で岬先生が作ってくれたシャボン液は、針金で作った輪っかで、今まで見たこともないような大きなシャボン玉を作って。
でも、あんまり大きくて空には上れず、すぐに園庭の地面に触れて弾けた。
みんなは「もっと大きいの!」「もう一回!」って喜んだけど、私はなんだかその割れてしまったシャボン玉が可哀想で「普通のシャボン玉がいい!」って言った。
岬先生は私の顔を見て「うん、理子ちゃんはお空に飛ばしたいのね」ってシャボン液とストローを渡してくれた。
私は大きなシャボン玉ではしゃぐみんなから少し離れて、ふーっとストローに息を吹き込んだ。小さなしゃぼん玉がたくさんできて、風に乗って空へ舞った。
隣の教室からは、しゃぼん玉の唄が聞こえてきた。


幼稚園から帰ってすぐ、ママと買い物に行ってシャボン液とストローのセットを買ってもらって、今日は朝からシャボン玉を飛ばしている。


「理子〜そんなにやっちゃうと、シャボン液なくなっちゃうよ〜?」
「だって、いっぱい飛ばしてお空中シャボン玉でいっぱいにしたいんだもん!」
「でもねぇ〜もう1本使いきっちゃったでしょう?それが最後よ?」
「え〜」
「今度岬先生に聞いておいでよ?シャボン玉液の作り方」
「うん!」

青いお空にキラキラしたシャボン玉。
いっぱいいっぱい飛ばしたら、とっても楽しい。
お日様だってきっと喜んでくれるはず。
でも、口の中が・・・ちょっと苦い。

私はそれまで吹き続けていたストローから唇を離して、風に乗って飛んでいくシャボン玉を目で追いかけた。

ふわふわとあちこち飛んでいくシャボン玉は、まるで空に流れる音楽みたい。

・・・音楽?
これ、ピアノ?

まるでふわふわと飛ぶシャボン玉に合わせるように、ピアノの音が聞こえてきた。
今まで聞いたことがないような音楽。
わくわくするような、楽しい歌。

どこから?

私はきょろきょろとあたりを見回して、まるでその音に引き寄せられるようにお隣に流れていくシャボン玉を見つめた。

「・・・お隣、昨日越してきたのよ?キレイな音よね。」

ママは垣根越しのお隣に視線を向けて「これから毎日素敵なピアノが聞けるわよ?」と、うっとりとした顔をして言った。
幼稚園の先生より、ずっとずっと上手!
私もつられてお隣を見つめて、出窓からちょこんと顔を出してる可愛い女の子に気がついた。
明るい色の髪、お人形のように大きな目、白くてほっぺたがほんのりピンク色で。
私が持っているおばあちゃんにもらったお人形みたい。
でも、お人形より大きくて、私よりも小さい。
開かれた窓から、私が飛ばしたシャボン玉に手を伸ばしている。
なんだかその姿がとっても可愛い。

「唯、そんなに乗り出したら、落っこちちゃうわよ?」

歌うような声が聞こえる。
あのコのママかな?
"唯"ちゃんっていうんだ。

「ねえ、ママ、これ、あのこのママが弾いてるの?」

洗濯を干す手を休め、ピアノに聞き入っているママのエプロンを引いて訊ねた。
ママはにこっと笑って「パパさんなのよ?」と答えた。
私はその時まで、男の人がピアノを弾くところを見たことがなかったから、「えー!?」と大きな声をあげてしまった。

パパの大きくてがっしりした手を思い浮かべて(パパはどちらかというと不器用だし)、男の人の手が、こんなにもまあるくて柔らかくて軽やかなピアノの音を出しているのが不思議で仕方なかった。

私の大きな声に、窓から顔を出していた子がシャボン玉からこちらに視線を移して、きょとんとした顔をした。
その顔があんまり可愛くて、私は「こんにちは!」と声をかけた。
すっごく可愛い女の子!
するとそ子の脇から、その子にそっくりな女の人が顔を出して「こんにちは!」と、素敵な笑顔を見せた。
素敵と思ったのは、私が子ども心に"きれい"と思ったからで、ドキドキして顔が急に熱くなった。
「ほら、唯も挨拶は?」と頭を撫でられたその子は、ちょっともじもじして恥ずかしそうに「・・・こんにちは」と頭を下げた。

「早い時間からすみません。窓を開けたまま弾いて。飛んでくるシャボン玉があんまり楽しそうで」

そう言って笑顔で現れた男の人が、窓から顔を出して、ママに向かって頭を下げた。
優しそうな笑顔。

「どうぞ、気になさらないで弾いてください。こんなに気持ちの良いお天気ですもの、窓を閉め切って弾いたんじゃもったいないですよ。」

ママの言葉に「ありがとうございます」と微笑んで、男の人と女の人(パパとママなんだろうな)は見つめ合って、それから私を見た。

「おねえちゃん、この子と遊んでくれる?」

おねえちゃん?理子が?
私はなんだかくすぐったくなって、思わず目をぱちぱちさせた。

「え?」
「おばさんたちね、引っ越してきたばかりで。実はお部屋の中ダンボールでいっぱいなの。」
「お友達もまだ居ないし、唯と遊んでくれるかい?」

女の子はまだ恥ずかしそうにもじもじして、男の人のシャツの袖をぎゅっと掴んでいる。
ママが「どうぞ!ね、理子いいわよね?」と私を覗き込んだ。
ずっと妹が欲しかった私は「うん!」と大きく首を縦に振って、「唯ちゃん、シャボン玉しよう!」と呼んでみた。
唯ちゃんは名前を呼ばれたことにびっくりして、だけどぱあってお花が開いたように笑って「ウン!」と頷いた。


唯ちゃんは唯ちゃんのママと一緒に家の外に出てきて「おねえちゃ」と恥ずかしそうに笑って手を伸ばした。
私は"おねえちゃん"(正しくは おねえちゃ、だったけど)と呼ばれたことが嬉しくて、その小さな手をぎゅっと両手で掴んで「理子だよ、唯ちゃん!仲良くしようね」とぶんぶんと力を入れて手を振った。唯ちゃんが目を白黒させて、ママが「理子、やりすぎっ!」って私を止めた。
やりすぎちゃった?って、不安になって唯ちゃんを見ると、驚いた顔してたけど、目が合うととっても嬉しそうに笑った。

「唯ね、日本のお友達初めてなの。ええと、理子ちゃん宜しくね?」
「初めて?」
「そうなの。唯、ドイツに居たから。」
「ドイツ?」
「でも、ちゃんと日本語話せるから・・、まだ赤ちゃん言葉だけど」
「?」

くすっと笑う唯ちゃんのママに首を傾げると「遊んでくれる?」ともう一度訊ねられて、私は「うん!」と元気よく答えた。
私は、この新しい友達・・・小さな唯ちゃんと友達になりたかったんだもの。

しゃがみこんで、私の顔と唯ちゃんの顔を交互に見て、唯ちゃんのママは頭を撫でた。
また唯ちゃんの家からピアノの音が聞こえてくる。

「片付きそうですか?」
「全然。彼はああやってピアノを弾いてるし。」
「お手伝いにいきますよ?素敵なピアノを聞かせてくれるお礼に。」
「まあ!それじゃあ、日浦クンにもっと弾いてもらわなくちゃ!」

ママたちはそんな風に話しながら、顔を見合わせてくすくすと笑っていた。

ママたちが話している間、唯ちゃんが、手にしていたシャボン液の入ったピンクの容器をじっと見つめていることに気がついて、「やってみる?」とストローを差し出した。
差し出してから、にがくなってしまっていたことを思い出して「ちょっと待ってて!!」と花壇脇の水道まで行き、蛇口を捻った。

「きゃっ・・・!」

慌てて蛇口を捻って、ストローを思い切りくっつけていたから、勢いよく出てきた水が思い切り私の方に飛んできてかかった。
蛇口を閉めようとして、反対に捻ってしまってもっと水しぶきがかかる。

「あ、どうしよ!」
「ひゃあ!」

私はその声に驚いて、蛇口を閉めながら振り向いた。

「唯ちゃん!」

いつの間にかすぐ後ろに来ていた唯ちゃんに、思い切り水をかけてしまっていた。
もちろん、私も。

「唯ちゃん!ごめんね!」
「シャワー」

唯ちゃんは頭からぽたりと落ちる雫を見て言った。
私たちは二人してびしょ濡れになって笑った。

「ママ〜タオルと着替え〜濡れちゃったぁ」

ウッドデッキから部屋の中に入って「唯ちゃんもおいでよ」って声をかける。
唯ちゃんはこくんと頷いて、リビングに上がりこんだ。
ママは本当にお隣にお手伝いに行ってるみたいで、返事がない。
「しょうがないなあ」って、ママの口癖を真似して、洗面所からタオルを持って来る。
言った通り、私の後をついてくる唯ちゃんが可愛い。
ああ、風邪ひかせちゃったら可哀想。
いつもお風呂上りにママが「風邪ひいちゃう!」って頭を拭いてくれるから。
私も唯ちゃんにタオルをかけて頭を拭いた。
「ふふ」とタオルの下から楽しそうな笑い声。

「くすぐっタイ!」
「お水かけちゃってごめんね」
「理子ちゃ、ママみたイ」

唯ちゃんの洋服も濡れちゃっていたから、私は髪を拭いていた手を止めて「洋服持ってくるね!」と隣の納戸に行った。
先週、ママが小さくなった洋服を段ボール箱に詰めて納戸に片付けたのを思い出したから。
大好きなワンピース!
お人形とお揃いで、濃い青で白いリボンが可愛いワンピース。
ママが段ボールに入れるのを、ちょっと寂しい気持ちで見てたから、私はすぐにそれを取り出した。
唯ちゃんに似合いそう!

私はワンピースを引っ張り出すと、タオルを被ったままちょこんと座って待っていた唯ちゃんに「はい!」とワンピースを差し出した。

「お着替えしよう?濡れちゃったから。理子の大好きなお洋服貸してあげる!」

肩のボタンを外してあげながら私が言うと、唯ちゃんは「Witz?」と私のわからない言葉を呟いた。
私はでも、唯ちゃんを着替えさせることに夢中で。
上に着ていたトレーナーを脱がせてみると、シャツは濡れていなくて、私はほっとしながらワンピースを頭から被せた。

「できた!」

肩のボタンをとめて、唯ちゃんを覗き込んだ。
大きさはぴったりだ。
それに、とっても・・・

「唯ちゃん、可愛い!」

私が手を叩いて言うと、唯ちゃんは自分を見下ろして「理子ちゃ?」と不安そうな顔をした。

「唯・・・変ダヨ?」
「変じゃないよ、"可愛い"だよ。唯ちゃん、可愛い!理子の大好きだったお洋服だけど、唯ちゃんにあげる。」

ワンピースの下からズボンが見えてるけど、そんなの気にならないくらい可愛かった。
私は自分の頭を拭いて、さっさと着替えて、唯ちゃんが喜んでくれてたシャボン玉を飛ばしにお庭に戻った。

「ふーってできる?飲んじゃ駄目だよ?にが〜いから!」
「ウン!」

唯ちゃんはシャボン液をつけたストローに、思い切り息を吹き込んだ。
シャボン液が勢いよく飛び出して、シャボン玉は出来なくて。

「理子ちゃ・・・ふわふわナイ・・・」

泣きそうになったから「こうやるんだよ」って優しくふーって息を吹き込んだ。
ふわ、ふわ、ふわわと何個かシャボン玉ができて、風に乗る。

「わ、ふわ!」
「もっと飛ばすね!」

シャボン玉を追いかけてぴょんぴょん跳ねる唯ちゃんの大きなリボンが揺れる。

私は驚いたりきゃっきゃっとはしゃぐ唯ちゃんにもっと喜んでほしくて、何度も何度もシャボン玉を飛ばした。
ずっと流れているメロディーに乗って、シャボン玉はふわふわと飛ぶ。


私たちがはしゃぐ声を聞いて、唯ちゃんの家の窓からママたちが顔を出した。
「可愛いっ」というママたちの声。
うん、唯ちゃんとっても可愛いんだよ!って誇らしい気持ちになってた。
なんでかわからないけれど、唯ちゃんのママが凄く喜んで、唯ちゃんのパパを呼んでた。
唯ちゃんのパパも顔を出して、ちょっと驚いて、でもとっても面白そうに笑った。

唯ちゃんは庭中を走り回ってシャボン玉を追いかけた。
やがてシャボン液が終わったけれど、今度は唯ちゃんのパパが弾くメロディーに合わせて、くるくる回ったりして遊んだ。
シャボン玉は全部割れちゃったけど、そのまあるい音は割れることなく続く。

「理子ちゃ。ダイスキ!」

唯ちゃんは私に抱きついて、そう言った。

「理子も唯ちゃん、だーーーいすき!」

小さくて可愛い唯ちゃんを抱きしめて、本当に妹ができたみたいな気がした。


理子6歳。唯ちゃん3歳。


よく晴れた、とても心地よい日。

それが私たちの始まりの日。











2008,1,26






slowlyx3のイラストを描いてくださっているお友達・まひるさんリクの「幼い理子x唯、理子視点」です。
このお話はまひるさんへ捧げますv(幼すぎですね・笑)





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