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Besondere Erinnerungen








「それにしても、よく眠らないで起きていられたね。」
パパの大きな手がボクの頭を撫でながら、隣に座るママの顔を見た。
「ドイツに居た頃は、うるさくて眠れなかったけれどね?」
ママがふふっと笑って、理子ちゃんのママの空いたグラスにワインを注ぐ。
「うるさかったの??」
理子ちゃんが大きな口を開けて、スプーンで掬ったアイスを頬張り、隣に座るボクを覗き込んだ。
ボクは首を傾げる。
「わからない・・・覚えてないよ」
だって、ボクがドイツに居たっていうのは3歳の頃まで。
理子ちゃんに会う前だ。

「あのね、ドイツではもうすぐ年が明けるよーっていう時には、みんなでカウントダウンするの。」
「それで年が明けるとね、そこかしこで花火が上がるんだ。」
パパはそう言って、ちょっと困ったような顔をしながら笑う。
「そりゃ、盛大にね。」
「唯はもうびっくりして、大泣きしちゃったのよ!」
「覚えてないってば。」
ボクはちょっと口を突き出して、目を逸らした。
今そんな小さな頃の話しなくてもいいのに。

「でも、私はやっぱり日本での年越しが一番好きだわ」
ママはそう言って、片手を耳にあててふっと黙り込んだ。
パパも理子ちゃんのパパとママも、目を閉じて耳を澄ましている。
「・・・?何?」
ボクは不思議に思って、静かに目を閉じる大人から、まったく気にしてない様子の理子ちゃんを見た。
「ん?・・・・あ、もう除夜の鐘が鳴ってる」
「除夜の鐘?」
「そう。ほら、聞こえるでしょう?」
理子ちゃんはまたアイスを掬って、口に運ぶのを少しだけ止めて耳をすました。ボクも同じように耳をすます。

微かに重たく鈍い音が聞こえてくる。

「これは?」
「これが除夜の鐘よ。」
「どこで鳴ってるの?」
「幼稚園の近くにお寺があるでしょう?あそこよ」
「へー」
「そうか、唯は日本でお正月を迎えるの初めてだったな。」

今年のお正月は、ウィーンだった。
パパの友達の指揮者ウーヴェさんのニューイヤーコンサートに、パパも出演したから。
その前はフランス。
その前もどこだったかな?・・・ママと外国のホテルで新年を迎えた。ボクは眠っていたけど。
パパは、お仕事。
小学1年生になって、ボクは初めて日本でのお正月を迎えることができた。

だから、理子ちゃんたちと一緒にパーティーをして新しい年を迎えられるなんて、ボクは凄く嬉しくて。
日本での初めてのニューイヤー。
大好きな理子ちゃんと一緒の。
ボクは、眠い目を擦ってその時を待っている。

「こんなに静かに新年を迎えられるなんて、やっぱりいいものよね」
ママはパパにそう言って「来年も仕事入れないでね」 なんて笑いかけた。
「おいおい、オファーを断ってばかりいたら、僕はピアノ弾きじゃなくなってしまうよ」
「あら、今日は"日浦 悟ニューイヤーリサイタル"に招待してくださったんでしょう?」
「俺たち、凄いラッキーだよな。」
理子ちゃんのパパとママが嬉しそうに言って、パパのピアノを見つめた。

「よーし。何を弾こうか?」
腕まくりして立ち上がるパパに、ママが「"誰も寝てはならぬ"」と手を上げる。
トゥーランドット"誰も寝てはならぬ"、みんなでお正月を迎えようってこと?

「除夜の鐘には・・・ちょっと合わないかな?」
「ホントだね。君は本当にプッチーニが好きだね」
「あら、私はプッチーニが好きなんじゃなくて、日浦クンが弾くピアノが好きなのよ?」

パパとママが見つめ合ってると、理子ちゃんのパパがちょっと照れたように「わー熱いなあ」って手で顔をパタパタと扇いでる。
ボクには見慣れた光景でも、理子ちゃん家にはちょっと違ったみたいだ。

「それでは、ゲストを差し置いて、愛しの奥様のリクエストを優先してかまわない?」
「もちろん!」
「どうぞどうぞ」

一つ深呼吸をして、そっと目を閉じる。
緩やかに落とされた指先が鍵盤に触れ、音楽が奏でられた。



みんな目を閉じて、パパのピアノに耳を傾けている。
ボクは、ふと理子ちゃんがやけに静かなことに気がついて、隣でアイスを食べていた理子ちゃんを見た。
「理子ちゃん?」
パタン、と、スプーンを持った手がソファーに落ちる。

ボクはそっと理子ちゃんの座っているソファーの前に下りて、俯いている理子ちゃんを覗き込んだ。
「・・・」

すーすーと心地よさそうな寝息が聞こえ、瞼を閉じた理子ちゃんがソファーに沈み込むように眠っていた。
「さっきまで起きてたのに」
思わず小さく呟いて、ボクは理子ちゃんの口の端っこにアイスクリームがついてるのを見つけてくすっと笑った。
「理子ちゃん4年生なのに」
膝の上でかろうじて落ちずにいるアイスの入っていたお皿をそっとテーブルに移して、ボクはまた理子ちゃんを見つめた。

「"誰も寝てはならぬ"なのに」

ボクが言うと、理子ちゃんのママが「唯ちゃんと一緒って、凄く興奮していたからね〜理子」と羽織っていたカーディガンを脱いで、理子ちゃんの胸元にかけた。
「あ〜あ、アイスつけて〜」
理子ちゃんの口元をハンカチで拭きながら、理子ちゃんのママは苦笑する。
「唯ちゃんの方が、よっぽど"お姉ちゃん"よね」
なんだかフクザツな気持ちになりながら、ボクは理子ちゃんの隣に座りなおして「唯ちゃ・・・」って呟いてほにゃって笑う顔を見て、理子ちゃんに寄りかかってパパのピアノを聞いた。

ボーンボーンと柱時計が鳴って、パパの演奏も終わると、理子ちゃんのパパとママが拍手する中、ママはパパの隣に行き「Ein gutes neues Jahr!」と頬にキスをした。
ドイツ語で「良い新年を!」という言葉だ。

「おめでとう、唯ちゃん」
「明けましておめでとう」
「おめでとうございます」
「なんだ、理子は寝てるのか?」

みんなで挨拶して、一人すやすやと眠っている理子ちゃんを見つめて笑った。

「あ〜!そういえば、お蕎麦食べるの忘れてた!」
パパの一言に、ママたちは「これから食べようか?」とキッチンへ向かう。
「僕たちも手伝うよ」
パパたちもその後へ続いた。

ボクは理子ちゃんの寝顔を見ながら「明けましておめでとう、理子ちゃん」と小さな声で言った。
「ん、今年もよろしくぅ〜・・・」
理子ちゃんは眠りながら少しだけ瞳を開けようとして、でもすぐに諦めたように寝息を立て始めた。

そんな理子ちゃんに、ちゅっとキスした。
アイスクリームがまだ少しついていたのか、そのキスはとても甘い匂いがした。

「お蕎麦食べたら、何を弾こうか?」
「やっぱりラデツキー行進曲じゃない?」
「お蕎麦に合わない〜!」

楽しそうな声を聞きながら、ボクはまた理子ちゃんの肩に頭をのせて、幸せな気持ちになりながら目を閉じた。

「Ein gutes neues Jahr!」











2007,12,31






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