Hpappy Halloween?
「・・・・・・はい?」
「だーかーらっ、今週はこの衣裳着て店出んの。」
心底俺の反応を面白がっている音哉の頭に獣の耳がついている。
座っているソファーとの間からは、もさもさとした尻尾。
「しょーがないでしょーオーナーからのお達しなんだから。ほら、あれなんてどうよ? 」
音哉が指差した先にあるのは、いかにも怪しげなマント。
テールコートにステッキまで用意されている。
まさか牙まで用意されてるんじゃないか!?
「唯は欧州の血が入ってんだから、やっぱそれがいいでしょ?」
ハロウィンだから、というのはわかる。
でも、先月末の話じゃ、ゲストが仮装してきたら半額にするってことにしてたはず。
「で? おまえは、それなんのつもり?」
猫にしては大きな耳だ。
まあ、聞かなくてもわかっちゃいるんだけど。
「もちろん、これはオオカミだよ。満月にオオカミに変身しちゃう"狼男"」
受けがいいよ、と本性を現す黒い笑顔を見せた音哉は、背もたれに両腕をひろげてもたれかかった。
確かに、普段のエセアイドル風より、狼というほうが音哉らしい。
「それじゃあ俺は、ミイラ男にでもなるよ。」
呆れながら呟くと「そんなこと、許されるわけないじゃん?」と音哉はすらりと立ちあがった。
「かぼちゃでも被るか・・・?」
真剣にそう思案すると「おいおい」と驚いたような顔で首を横に振られる。
「唯の顔を隠すような仮装、オーナーもゲストも許すわけないだろ? それとも、悪魔の王子でもやる? それならそれで喜ばれそうだけど。」
「王子?」
「そ。レザーのショートパンツだって。それでも似合うとは思うんだけど。」
「これで十分です。」
わしっと背後のマントを掴むと、音哉が「残念」と傍らの紙袋をテーブルの上に置いた。
用意されてたのか! と、思わず青ざめてしまう。
「ビジュアル系王子。いいじゃん?」
「じゃあお前がやれよっ!」
「いや、俺はキングって感じだろう?」
どこまでも楽しそうな音哉に、項垂れるしかない。
それに、テールコートの方が抵抗感はないかもしれない。
「頭痛い」
「狼男と吸血鬼、なんかいいコンビだよな?」
「めちゃくちゃ相性悪いんだって思ったけど?」
ご機嫌な音哉は「俺ららしいよな。オンナの子喰い物にしますって感じ。」と鏡越しに囁く。
すでに何組かのゲストを迎えている音哉からは、香水とアルコールの香りがしている。
「喰い物って・・・直接すぎじゃ・・・」
「いやー結構いいんじゃない? 唯に首筋噛みつかれたら喜びそう。あ、どう? 今夜姫の下へその姿のまま行くってのは?」
理子の顔を思い浮かべて、首を振る。
白く滑らかなうなじに、唇を寄せて・・・って、待て、俺。
「悪趣味」
溜息を吐きだすと「ショウさーん、蒼さーん、ご指名ですよ」と扉の前で声がかかる。
「それでは伯爵様、行きましょうか?」
音哉は遠吠えする狼のように伸びをして、視線で俺を促した。
「美女の生き血とお菓子、どちらがお好み?」
「音哉は、どっちもらっても悪戯するんだろう?」
「ご名答。」
くすくすと笑う狼男の横顔に、幾度となく噛みつきたくなったことはあるけれど。
きっとこいつの血なんて、ろくでもない味がするだろう。
「わー、なんか絶対失礼なこと考えてるでしょ?」
「この狼男は、満月じゃなくても危険だなーって思っただけ。」
フロアに集うゲストたちはこの狼に食べてもらいたいのかもしれないけれど。
理子は・・・?
この姿で行ったら、理子は? どう思う?
自分を見下ろして、腕にかけたステッキを手に持ちトンと床を鳴らしてみる。
さすがにこの格好なら、オンナには見えないだろうし。
ハロウィンの夜、理子に悪戯しに行くのもいいかもしれない。
きっと、理子の部屋にお菓子なんてないんだから。
「・・・眠ったら忍びこんでみようか・・・?」
小さく呟いた一言に、先を歩く音哉の背中が可笑しそうに震えた気がした。
・・・Hpappy Halloween?
2010,10,23up