イオ ( Chapter3) 7 |
小一時間も探し回った挙句、やっとイオを見つけた。 神殿の外れ、こんもりと生い茂る珊瑚の下で、紅色の子供は膝を抱えて座り込んでいた。 「…イオ」 呼び掛けると、イオがゆっくりと顔を上げた。何度も擦ったらしい眼元が、血のように 真っ赤に染まっている。心臓にズキリと痛みが走った。ごめん、ともう一度謝ろうとした 瞬間、イオが震える声で叫んだ。 「しょうがないって、言わないで…!」 大きくしゃくり上げながら、イオが繰り返し訴える。 「ごめんなさい。ぼく、いい子になるから、しょうがないって言わないで…!」 「イ、イオ…?」 「ごめんなさい。ごめんなさい。いい子になるから、言わないで…!!」 引き攣れた声が次第にヒステリックになっていく。思わず肩を掴んだ。 「…ちょ!わかんねぇよ!お前、何言ってんだよ!?」 間近でそう怒鳴り返すと、イオがビクリと肩を震わせた。苦しげに息を呑み込み、やっと 絞り出すように言う。 「お父さんもお母さんも、僕のこと、しょうがないって。」 子供の涙が地面にポタポタと落ちていく。 「しょうがないって。しょうがないから、食わしてやってるんだって。ほんとは僕みたいな 悪い子に、食わせる飯なんか無いんだって。」 既に真っ赤な目元を、小さな手がまた強く拭う。 「メイワクだって。メイワクだけど、しょうがないから居させてやってるんだって。僕、 メイワクだから、殴られてもしょうがないって。」 拭った眼からまた涙が滴り落ちる。 「でも僕、メイワクって分からない。ずっと、わかんなかったよ。メイワクってなに? シードラゴンも、メイワクなの?しょうがねぇから、居させてやってるの?」 高く震える声がカーサに問い掛ける。 「どうして、しょうがないの?シードラゴンも、僕を捨てちゃいたいの?そしたら僕、 どこに行くの?」 小さな手が、切羽詰まったようにカーサの両腕を強く掴む。 「僕、帰りたくないよ。帰さないで…!僕、ここに居たい。どうしたら僕、迷惑じゃなくなるの? どうしたら、シードラゴンとカーサと、一緒に居られるの?」 悲痛な声が振り絞るように訴える。 「どうしたら、ずっとここにいられるの…!!」 「ずっと居ていいに決まってんだろ!!」 泣きじゃくるイオを力一杯抱きしめて叫んだ。腕の中で、イオが「帰さないで」と泣きながら繰り返す。 ああ、俺の言葉は信じられねぇんだ、と思った。 だって俺は子供だから。子供の言う事なんか、大人は簡単にひっくり返すから。 優しい大人の手を、イオはずっと待っていて。 だからいつも、シードラゴンにしがみ付いて。 自分はもう安心なんだって。もう大丈夫なんだって、何度も確認したがって。 でも、俺が迷惑だって言っちまって。 眼の奥がツンと痛くなった。視界がみるみるぼやけてくる。 シードラゴンもお前が「迷惑」なんだって。面倒見てくれるのは、しょうがねぇからだ、 なんて言っちまって。 お前が必死で確認してる「大丈夫」なんか、脆いんだって。何時崩れても、不思議ねぇん だって。 そんな事を、こいつに言っちまって。 「しょうがなくなんかねぇ!迷惑なんかじゃねぇよ!お前を、帰したりするもんか!!」 溢れる涙を拭いもせず叫んだ。 ああ。だけど、それは俺が言っても駄目なんだ。俺が何を言ったって、イオはそれを信じ られねぇ。希望はいつも、怖い大人が打ち砕く。 シードラゴンじゃなきゃ、駄目なんだ。 だけどそんな事、言って貰えるか分からない。 泣きながら、途方に暮れて立ち尽くした。 そんな事、聞ける訳がねぇ。 シードラゴンが俺達の面倒を見てるのは、ただ俺達を一人前の海将軍にする為で。 その為に、色々な事を我慢してるかもしれなくて。本当は、迷惑なのかもしれなくて。 本当に、「しょうがない」と思ってるのかもしれなくて。 シードラゴンは子供の為に嘘臭い庇い文句を言う様な男じゃねぇから。 削いだ水晶みてぇに、綺麗できっぱりした男だから。 だから、尋ねれば本当の事を言うだろう。 迷惑なら迷惑だと、はっきりイオに言っちまうだろう。 どうしていいか分からぬ内に、イオがひっそりと泣き止んだ。 「…帰ろうぜ。もう夕方だし。」 何一つ安心させてやれぬまま、掠れた声で囁いた。 「…うん。」 イオが俯きながら答える。なんとか言葉を選んで語り掛けた。 「シードラゴンはさ、お前を帰したりしねぇと思うよ。あの人、お前を一人前の海将軍にするって、言ってたし。」 「…うん。」 でも、メイワクなんでしょう? 悲しげな声が、ポツリと風に乗って耳に届いた。気付かない振りをして、小さな手をぎゅっと握った。そのまま歩き出そうとすると、イオは気遅れしたように一歩後ずさった。 その仕草にも、気付かない振りでわざと大股で歩いて行った。 |
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