Casa ( Chapter2)2
瞼を開けた途端、宝石のような男が眼に飛び込んできた。
意味が分らなかった。
清潔な白いシーツが張られたベット。その上で半身を起したまま、まじまじと男と
眼を合わせ続けた。
俺は死んだはずだとか、ここは何処だとか、思う事は色々あるはずなのに、そんな事は
一切頭に浮かばなかった。
眼の前の男が、奇麗すぎて。

豪奢に流れ落ちる長い蒼金の髪。
艶やかな鳥羽のように、優美に揃った長い睫毛。その奥にきっぱりと輝く、サファイヤ
の様に蒼く切れ上がった大きな瞳。
すんなりと、滑らかに通った鼻梁。彫像のように整った、淡く瑞々しい薔薇色の唇。
夜明けの薔薇のように、清冽で華やかな完璧な造形。
そのくせ、そこには弱々しさが一片も無かった。
薔薇色の唇は、意志の苛烈さを示す様に、しっかりと緩み無く結ばれていた。
サファイヤ色に輝く蒼い眼差しは、凛とした男の力に満ちていた。
煌めく黄金を宿した青が、光の渦を作って白磁のような頬を零れ落ち、金色の鎧に
包まれた引き締まった長身を守るように包み込む。
唖然とするような、美しさだった。

自分を見詰めたまま、男が低い声で話し出す。
正直、話が耳に入らなかった。
お前はポセイドン様に選ばれたのだ。これからは、七将軍の一人として海界に尽くすのだ。
次々に語られる現実離れした話の、そのどれもが大して耳に残らなかった。
それが、大事な話だと脳のどこかが痛切に叫んでるのに。今、最も必要な情報だと必死に
訴えてるのに。
それなのに、残るのは玲瓏と響く男の声だけだった。
声までも美しかった。凛々と水紋のように響く声まで、この美しい男に相応しかった。
何も考える事ができない。心臓が締め付けられるようにギュッと痛んだ。



何てこった。
こんなの、今まで許して貰った事がねぇ。



指先が緊張に小さく震える。思わずシーツを強く握りしめた。
こんなの、初めてだ。
こんな綺麗なもんの、側に寄らせて貰えるのは。


頭の芯がドクドクと熱くなる。どうしたらいいか分らねぇ、と思った。
今までずっと、追い出されてきた。綺麗な場所から。綺麗なものから。
だって俺は嘘付きだから。
嘘しか持ってねぇ、小汚ねぇ餓鬼だから。

ちょっとでも綺麗だと思ったもんに手を伸ばせば、触るなって怒鳴られた。出て行けって、
ドブネズミみてぇに追い払われた。
綺麗なものには代価があって、俺はその代価を持ってねえから。
俺の差しだす物は、汚ねぇ嘘に決まってるから。
だから、近寄れねぇんだって思ってた。
近寄っちゃ、いけねぇんだって思ってた。


それなのに、この男はこんな近くにいる。
今まで、見た事もない程綺麗なのに。
俺だけじゃない。きっと町の誰も見た事が無ねぇくらい、綺麗なのに。
どうしたらいいか分らなくて息が詰まる。
神様が特別に、大事に大事に腕を振るって作り上げたみてぇな男。俺みたいな汚ねぇ
餓鬼には、触る事も見ることも許されねぇような綺麗な男。
それが、何でも無い事みたいに俺の側に近寄って、何でも無い事みたいに語りかけてくる。
そんな事、あるわけねぇって思ってたのに。

喉が詰まって息が出来ない。
分らねぇ。どうしていいか分らねぇ。一体、どうしたらいいんだ。
掴んだシーツを手放す事が出来ない。喘ぐように胸の中で繰り返した。
こんな事、絶対ねぇって思ってたのに。








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