Casa ( Chapter2) 5
ドサリと音を立ててベッドに倒れ込んだ。
まだ心臓がバクバクいっている。今日一日で、この先一生分の驚きを使い果たして
しまった気がする。俺はこれから、一体どうなっちまうんだ。
海界。ポセイドン様。南氷洋の柱。
男の容姿に心を奪われつつも、その言葉に脳の何処かが激しくざわめいた。きっと、
今日から俺の人生は全く変わっちまう。両手でゴシゴシと眼元を擦って思った。
ああ。だけど俺。


また、嘘をついちまった。


チクリ、と微かに胸が痛んだ。
もう、嘘をついちまった。人生が変わった、初めての日に。何もかも、新しく変わるんだ
って時に。もう嘘をついちまった。
あの綺麗な男に、地上の子供には皆キスが必要じゃないのか、って聞かれた時。
戸惑ったように蒼い眉を顰めて、「違うのか」って聞かれた時。
違わねぇ、って言っちまった。
そんなの、嘘なのに。

だってこいつは、知らねぇんだって、思ったら。


そんなもん、ちゃんとした親がいる奴だけのもんだって。
親のねぇ餓鬼なんか、そんなもん無くて当然なんだって。
相手が子供だからって、無条件にキスする必要なんかねぇんだって。
そんな常識も、この綺麗な男は知らねぇんだって思ったら。
俺が言わなきゃ、バレねぇんだって思ったら。
そしたら、ほんとの事が言えなくなった。


焦ったんだ。

もうしない、って言われたから。
違うならもうしない、って言われちまったから。
正直に言ったら、もうあいつにキスして貰えねぇんだって思ったら。
そしたら、ほんとの事が言えなかった。

だって嘘なんて軽いもんだ。

あれより全然綺麗じゃ無いものだって、俺の手には入らなかった。
あんなに綺麗じゃ無くたって、盗る気か、って触れさせて貰えなかった。
キスされた時、息が止まりそうだった。耳元で伏せられた長い睫毛に、心臓が破裂しそう
だった。
あんなキスが貰えるなら、嘘なんて軽い。
嘘で手に入るなら、いくらだって嘘をつく。
あんなの、俺じゃなくたって欲しくなる。まして俺なら、嘘をついて当然だ。俺は、俺に
とって当然の事をしたんだ。
ちくり、とまた心臓が痛んだ。


だけど、少しだけ。


あの時、少しだけ残念だった。
あの男と初めて交わした会話が「嘘」になる事が。
あの男に最初に返した答えが、「嘘」だった事が。
それが、ほんの少しだけ残念だった。


本当だったらいいのに。


一瞬だけ、そう思った。
あのキスが、本当のことを喋っても手に入るものだったら。それでも、俺はお前にお休みの
キスがしたいのだ、ときっぱり言って貰えたら。
それなら、どんなに嬉しかっただろうと思った。



だけど、そんな事はありえねぇ。結局あれは嘘で手に入れたもんだ。
やっぱり、俺はしょうがねぇ嘘付きで。
初めてきた場所で、俺が最初にやった事は「嘘」をつく事だった。
どこに行っても、俺は「嘘付きカーサ」だ。どこに行っても、「嘘」で何かを手に入れ
ようとする。
あの男だって、そのうち思い知る。
俺がしょうもねぇ嘘付きだって。ただの、嘘付きで性悪な餓鬼だって。
そうして、油断ならねぇ糞餓鬼だって、嫌うか利用するか、どっちかになる。あのキスは
あっと言う間に幻になる。

忘れちまえ。
忘れちまうんだ。覚えてたって無駄だ。俺はあのキスの代価を嘘で払った。嘘がばれれば
どうなるか。何度も経験してきたはずだ。罵りと軽蔑と諦めと。それが嘘の代償だ。
嘘で手に入れた夢なんか続かねぇ。慣れたら駄目だ。慣れれば慣れるだけ、きっと俺は
辛くなる。あのキスを、失う日が辛くなる。

忘れるんだ。
繰り返し思いながらシーツを手繰り上げた。
けれど、なかなか体内の熱は去ってくれなかった。腕も額も耳朶も、男が触れた個所は全て
じんじんと熱く脈打ち続けた。思わずぎゅっとシーツを掴み直した。
凛と切れあがった瞳の、夢のように綺麗な男。初めて会った俺に、躊躇いも無くキスをした。
痩せた身体にシーツを引き込み、男の唇の感触を抱き締めるように眠りについた。









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