Casa ( Chapter2) 7
「お前、一体何をしているのだ。」

カノンが背後から呼び止めた途端、カーサの肩がビクリと震えた。
「…あ、べ、別に何でもねぇ…!」
カーサが大きな麻袋を、慌てて自分の背後に隠そうとする。
「ならば、その袋の中身を見せてもらおうか。」
回廊中に足音を響かせてカノンが近寄っていく。蒼く冴えた美貌を一層冷ややかに凍らせ、
氷のように底冷えのする口調で言う。
「この俺に隠し事は許さぬ。見せろ。」

「・・・・・・っ、」
真っ蒼になるカーサに構わず、カノンが有無を言わさず膨れた麻袋を奪い取る。
一気に袋の口を開き、片手で乱雑に中身を掻き回す。そして、秀麗な眉を顰めて一言言った。
「がらくたばかりではないか」


カノンが袋の中をもう一度覗き込みながら言う。
「壊れた雑兵の鱗衣…折れた鉾…ヒビの入った盾…。…?この汚い彫刻は何だ?」
暫く宙を睨んで考え、ああ、と小さく呟く。
「これは、この回廊に置いてあったものだな。…何故こんなに汚れているのだ?緑の染み
だらけで…指先など、欠けているではないか。貴様がやったのか?」
「う、うん…」
「何故だ?」
カーサが益々青くなって俯く。そろそろと顔を上げては、カノンの厳しい視線にハッと顔を
伏せる。暫くそれを繰り返した後、ついに観念したように話し始めた。
「…汚したら、昔の沈没船の財宝みてぇに見えると思ったんだ。」


「沈没船…?」
カノンが不審気に繰り返す。カーサが堰を切ったように喋り出した。
「いるんだよ。沈没船の財宝を欲しがる奴が。そいつ、表じゃ普通の骨董屋やってるけど、
裏じゃ町のギャングと組んで、盗品売りさばいてんだ。沈没船の財宝盗って来た、って
言ったら絶対喰いついてくる。絶対、金になる。」
吊り上がった唇が、捲し立てるように訴える。
「鱗衣とか鉾とか彫刻とか、「証拠だ」って見せるんだ。古代の財宝だって証拠に。お宝の
山が手に入るって信じさせて、前金を引き出すんだ。欲の皮が突っ張った奴等だから、絶対
騙せる。きっと乗ってくる。」
「・・・・・・・・・・」
無言で見詰めるカノンに、必死で言い募る。
「上手くすりゃ大金になる。あ、あんたは知らねぇだろうけど、そういうやり方が
あるんだ。そりゃ、綺麗なやり方とは言えねぇ。でもさ、汚くたって金は金じゃねぇか。
心配いらねぇ。あんたには迷惑かけねぇ。あんたはただ、黙って金を受け取ってくれりゃ
いいんだ。」
言い張る声が次第に興奮に掠れていく。回廊中に響く声で叫んだ。


「だってあんた、『資金』がいるんだろう?言ったじゃねぇか。俺、ちゃんと聞いてたんだ!
海界の為に、もっと『資金』が必要だって!!」


やっと、やり方が見つかったのだ。
毎日、少しずつ増えていく雑兵の海闘士。装備は神殿の倉庫に大量に保管されていたから
今のところ不足は無いが、奴等を食わせる為にはもっと資金を集めねばならぬ。
そう神官に話すシードラゴンの声を、その背後で聞いたのだ。

チャンスだと思った。
質の良い青銅で、魚の鱗を精巧に模って作られた海闘士の鎧。初めて見た時、これを盗んで
あいつ等の店に持ち込めば、さぞ高く売れるだろうと思った。更に、古代ギリシャ兵士の
甲冑だ、とでも適当な嘘を付け加えれば、もっと高値で売れるに違いない。いつの間にか
そう企んでいた。海将軍となった今はもう、そんな詐欺を働く必要はない。分かっている
のに、その考えを止めることが出来なかった。そんな自分に、改めて呆れていた。

が、今なら。

今なら、その企みを生かす事ができる。あいつ等に、沈没船の財宝が隠された場所を
見つけた、と嘘をつくのだ。あの町には、大航海時代の記憶が未だに残っている。先祖が
当時の船乗りだったと公言する者も多い。思い出したように繰り返し、沈没船の財宝の噂が
流れる。沈みゆく船から持ち出され、秘密の場所に隠された財宝の噂が。
それを発見し、盗み出してきたと奴等を騙せばいいのだ。


そうしたら、役に立てる。

思いついた途端、ドクドクと胸が高鳴った。
そしたら、この人の役に立てる。
使える奴だって、思って貰える。自分が欲しがってた「資金」を持ってきた奴だ、って。
ふいに、脳裏に忌々しげに自分を睨みつける女の顔が走った。ぎゅっと強く眼を瞑って
その幻影を追い払った。
あんたさえいなければ、なんて言われねぇで済む。
必要な餓鬼だって、思って貰えるんだ。

だから、見逃してくれ。

祈るように思った。
頼む。俺を、このまま地上に行かせてくれ。
これなら出来るんだ。嘘で金を手に入れる事なら。偽物で、相手を騙す事なら。
それなら、俺にも出来るんだ。
このチャンスを逃したら、もう俺には方法がねぇ。
俺はもう、あんたの側に居られなくなっちまうんだ。


必死の形相で見上げるカーサを、カノンがじっと見下ろす。
天上の波間から静謐に降り注ぐ蒼い光の中、サファイヤの様な瞳を瞬かせて立つその姿は、
何時もにもまして美しく見えた。カノンが足元の麻袋をちらりと見遣る。そして、いかにも
不審そうな声で尋ねた。



「何故、本物を使わないのだ?」




・・・・・え?

ポカンと目の前の男を見上げた。カノンが怪訝そうに続ける。
「この海には、本物の沈没船が幾つも沈んでいるではないか。鱗衣の力を使えば、沈没船の
ありかなど探るなど容易な話。小宇宙で沈没船を引き上げ、本物の財宝を見せれば良いでは
ないか。何故、わざわざ偽物など使うのだ?」


「・・・・・あ・・・」
パクパクと唇を震わせるカーサをよそに、カノンが腕組みして問い続ける。
「何故、わざわざ危ない橋を渡ろうとするのだ?最初の取引は、誰でも用心するものだ。
まして大金が絡むとなれば尚更だ。何故偽物など使う。本物ならば、疑われる心配も、嘘を
つく必要もないではないか。」
それに、と形の良い唇が不可解そうに続ける。
「そもそも、本物ならばまともな商人と正当な値で取引が出来るではないか。盗品を扱う
町の小悪人などを相手にするより、ずっと良い値になるはずだ。怪しげな輩相手に詐欺を
働くより、その方が余程確実ではないか。」
腰まで伸びた蒼金の髪をサラリと揺らし、カノンがもう一度不審そうに尋ねる。


「カーサ。何故、本物を使わぬのだ?」




「・・・・・っ」
カーサが息を呑んで顔を伏せる。みるみる顔が赤くなっていくのが、自分でも分った。
詰まりそうな息の中、だって、と胸の中で何度も繰り返した。


だって、「本物」なんて。
そんな事、思い付きもしなかった。

嘘をつくことばっか、考えてたから。
どうやって奴等を誤魔化せばいいかって、そればっか考えてたから。
だから、本物なんて。
「本物」を探すなんて、考えもしなかった。

『本物ならば、嘘をつく必要もない。』

益々顔が赤くなった。
その通りだ。本物なら、嘘をつく必要なんかねぇ。真っ当な相手と、真っ当な値段で交渉が
できる。ちゃんとした金で、「資金」が出来るんだ。

だけど、俺はそう思わなかった。

嘘をつく事だけ考えて、まともな方法が眼の前にある事に気付かなかった。
俺の考える事は、いつも嘘ばっかだから。
最初から、相手を騙す事しか考えてねぇから。
本当に嘘をつく必要があるかなんて、考えもしねぇから。


恥ずかしさで、息が詰まりそうだった。
ばれちまった。俺が嘘つきだって。嘘でわざわざ事を面倒にする、馬鹿で使えねぇ餓鬼
だって。
痩せた頬が燃えるように熱くなる。居たたまれず、強く歯を食い縛って頭を垂れた。












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