恋をするころ(2)



あれから何度同じ事を繰り返しただろう。
ガイ先生を独占するカカシ先生。たまに思い出したように小声で聞かれる俺の私生活。
そして何時の間にかなだれ込む大乱闘。そのうち繁華街のブラックリストに載ってしまいそうだ。
そして今日もやっぱり来てる。しかも一番乗り。
7班の集合には遅刻しても、飲み会には絶対遅刻しない男はたけカカシ。うう。憎い。どっかいけ。
・・・いかん。荒んでるぞ俺。しっかりしろ。
でもなぁ。
溜息をついて思う。この人、何度一緒に呑んでも、全然態度変わらないしさ。
ふと、首を傾げた。
・・・いや、ちょっとは変わったか。

カカシ先生は食い物を仕切るようになった。
やたらとメニュー表を持ち出して、俺に食いたい物を尋ねる。何故かいつも隣に座らされるので、
まるでカップルのようにくっ付いてメニューを検討するハメになる。
一度、品名が妙に凝った店(ただの厚揚げを「森の狐の盆踊り」って何なんだ)に入って、これは一体
何だろうと額をつき合わせて相談しあって以来、どういうわけか仕切り屋に変貌してしまったのだ。
と言っても、会話はそれだけで、その後はまた無視されまくりなのだが。
あと、そういえば最近よく口布を下ろす。
初めて見た素顔は、驚くほどすっきりと涼やかに整っていた。その端正な顔を近づけて「これ、どう?」と
囁くように聞かれると、時々不覚にもドキリとした。男の俺ですらそうなんだから、女なんか尚更だろう。
こんないい男で、忍者の世界では知らぬ者のない凄腕の上忍。天は二物を与えずって、ありゃ嘘だな。

そんなカカシ先生に、またガイ先生を独占されるのかと思うと、げんなりしてくる。
しかし今日は簡単に引き下がるわけにはいかない。俺は今日、どうしてもガイ先生と話したいのだ。
何故なら明日、俺の生徒が一人退学するからだ。

試験に落ち続けた挙句の退学だった。
今までありがとうございました、と健気に頭を下げていた。
その子はガイ先生に憧れていた。劣等生から上忍になったガイ先生のようになりたいと言っていた。
あの子が忍の道を諦めたのは、別に構わない。残酷なようだが、諦めるのも一つの選択肢だ。
しかし、俺はガイ先生にその子の話を聞いて欲しかった。度重なる落選に耐えてアカデミーに通い続けた
子供がいた事を、知って欲しかった。ガイ先生の言葉が欲しかった。
それを、挫折を味わい続けたその子への餞別としたかった。

だから今日は絶対にカカシ先生に邪魔されたくない。いや、させない。
その日初めて、二人の会話に強引に割って入った。無礼だと思われてもいい。カカシ先生が俺を無視する
なら、こっちだって無視するまでだ。
俺はいい加減、カカシ先生に腹を立てていたのだ。

ガイ先生はちゃんと話を聞いてくれた。
考え深げに頷いた後、「どの道を行こうとも、見上げる太陽は一つだ。共に光を目指して歩こうと
伝えてくれ。」と言ってくれた。その場で号泣しそうになった。
俺の気合が伝わったのか、カカシ先生は隣で沈黙したままだ。
おお。今日はいけるかも。
チャンスとばかりに話し続けた。途中、例の小さな声で「何か食べたいもの・・・」とか「飲み物は・・・」
とか聞こえてきたが、聞こえないふりをした。ここで話を中断したら、また何時ものパターンだ。
この機に今まで溜め込んでた色々な話題を、一気に吐き出すつもりだった。


夢中になって熱弁を振るっていると、つん、と袖口をもどかしげに引っ張られた。
そのまま、つんつん、と躊躇いがちに引っ張られる。

ああ。この感触は。

俺はふっと横向いた。袖口を引く手に、包み込むように自分の手を重ねる。
そして、精一杯の優しい声と笑顔で囁いた。

「どうした?」


その瞬間、カカシ先生のもう一方の手からメニューが滑り落ちた。

ぎゃ―――――――――――――っ!!!

心中で大絶叫した。どどどどどどうしよう。何て事をしてしまったんだ。
この上下関係に厳しい上忍に、子供相手みたいな口きいて。やばい。やばすぎる。
カカシ先生の気だるげな半眼が、今まで見た事も無い程丸く見開かれてる。呆然自失って感じだ。
その顔が、みるみる赤くなってくる。元々の顔色が白いだけに、その変化は劇的だった。
益々パニックに陥った。どうしよう!屈辱で真っ赤だよ!!写輪眼のカカシが怒ってるよ!
俺ここで殺されるのか!?うみのイルカここに死すか!?
「ち、違うんです!!あ!いや!俺、そんなつもりで!」
何言ってるんだか自分でも分からないが、とにかく何とか怒りを解きたくて、両手でカカシ先生の
手のひらを握り締めた。
「違うんです!ホント、違うんです!」
そう。違うんだ。勘違いしたんだ。
だって、あんまり似てたから。俺の袖口を引っ張るその手が、あまりに似てたから。
アカデミーの、子供の手に。

時々、そういう子がいるのだ。
上手く自分の気持ちを伝えられない子が。言葉に出来ない子が。
ナルトや俺のように、悪戯で気を引くことすら出来ない子が。全て内面に溜め込んでしまう子が。
そういう子は、大抵我慢強い。それでも時々、その寂しさに耐えられなくなるのだ。
そして、その子は手を伸ばす。躊躇いがちに、弱弱しく、無言で袖を掴むのだ。
張り裂けそうな想いを込めて。


俺を、見て。



それは、見逃してはいけない瞬間なのだ。
どんな大事な仕事をしてても、手を止めて、その子の眼を覗き込んでやらねばならない瞬間なのだ。

だいじょうぶ。ちゃんと、見てるよ。

そう伝えてやらねばならないのだ。


・・・・なんて事言える訳ない。写輪眼のカカシに。このプライドの高い上忍に。
寂しんぼの内気な子供と間違えました、なんて瞬殺ものだよ。いや今も既に生命の危機だけど。
「あの、俺・・!そんな・・・!」
頭が混乱して、上手く言葉が出てこない。意味もなく握った手をぎゅっと強く締めると、カカシ先生の
身体がビクリと強張った。掴んだ指先に、チャクラが集中してくるのが分かる。
俺の手までビリビリと痺れるような、強烈な力だった。恐怖で頭の中が真っ白になった。
こ、これはもしや千鳥!?千鳥かっ!?
雷をも斬ると言われる伝説の技、千鳥か!?俺、千鳥を自分の体で体験しちゃうのか!?
「カ、カカシせん・・・」
あまりのショックに吃りつつ名前を呼びかけると、はっきりとした大声がそれを遮った。
「何をしてるんだカカシ。大人気無い真似は止せ。」

ガイ先生――――――――!!

地獄で仏。写輪眼にガイ先生。安堵の余り涙が出てきそうだった。
ガイ先生がカカシ先生に指を突きつける。
「子供のように腕を引かずとも、口で呼べばいいだろう。」

呑気な忠告に腰が砕けそうになった。
問題は其処じゃないんですガイ先生!この人中忍にプライド傷つけられて、もの凄く怒ってるんです。
お願いします!助けて下さい!
カカシ先生から手を離して、縋り付くように呼びかけた。
「が、ガイ先生・・・・っ」

その途端、激しい力で手が握り返された。
そのまま、体ごと持ってかれそうな勢いで引き寄せられる。
「・・・!わ・・・!」
余りの勢いに、抱き抱えられるようにカカシ先生の胸に倒れこんだ。
「・・・な、何・・・・」
上目使いにカカシ先生を見上げる。その顔を見た瞬間、思わず息を呑んだ。
ジリジリとした怒りを浮かべる瞳。沸き立つようなチャクラの放出。
全身から血の気が引いた。ハッキリ理解した。
苛立ってる。俺は今、この男を死ぬほど苛立せた。

絶望で目の前が暗くなった。
駄目だ。俺、やっぱり死ぬんだ。死なないまでも、半殺しだ。
今までの人生が走馬灯のように駆け巡る。ふと、退学する生徒の顔が頭をよぎった。
そうだ。俺には明日ガイ先生の言葉をあの子に伝える義務があるんだ。ここで殺されてる場合じゃない。
「申し訳ありません!でも今日はとりあえず勘弁して下さい!失礼します!!」
一気にまくし立てて席を立った。素早く空に印を結ぶ。遠くへ。出来るだけ遠くへ。
この男から逃げなくては。
その一心だった。


翌日は受付業務が入っていなかった。この時ほど、シフトの巡り合わせに感謝した時は無い。
一日置けば、カカシ先生も少しは頭が冷えるだろう。俺の謝罪を受け入れてくれるかもしれない。
そんな事を考えながら職員室で教材を整理していると、急に入り口にざわめきが走った。
何だろうと顔を上げて、全身が固まった。
銀髪の上忍が、そこに立っていた。
まっすぐ俺を見詰めながら。

「ちょっと、いい?」
張り詰めた声で呼びかけられる。外に出ろ、と親指でゼスチャーされる。冷や汗が額から吹き出た。
わざわざ朝一でアカデミーまで来るとは。何て執念深いんだ、この男。
「は、ハイ・・・!」
裏返った声で返事すると、同僚がくっと袖を引いた。
「ど、どうしたんだよ。お前。あれ、写輪眼のカカシだろ?」
カカシ先生の異様な緊張が伝わったらしい、顔が青ざめてる。
「・・・・俺、生きて帰れないかも・・・・」
小声で返事すると、同僚は眼を丸くした。
「何したんだよ一体・・・!」
昨日、タメ口きいてそのまま逃げ出してきた、と言うとそいつは体を仰け反らせた。
「・・・安心しろ。骨は拾ってやる。」
しみじみ言って肩を叩く。
「・・・・よろしくな。」
そう呟いて、俺は曳かれる罪人の様にしおしおとカカシ先生の後を付いていった

人気のない裏庭で、ようやくカカシ先生が足を止めた。低い声で尋ねられる。
「・・・・何で昨日、突然帰ったの?」
殺られたくなかったからです。
うな垂れつつ、心中で言い返した。と、カカシ先生が早口で喋り出した。
「俺、昨日のイルカ先生思い出すと寝れなくて。何か、頭がカーッとなって。」
そんなに怒ってんのか。
思わず溜息が出た。ここまで上下関係に厳しい人も、そういないよな。何て運が悪いんだ、俺。
顔を引き攣らせる俺を尻目に、カカシ先生が一人で話し続ける。
「俺、今まで・・・・でも、違うのかなって・・・、大丈夫なのかなって・・・、そう思ったら、もう全然
寝られなくて、すごく興奮して・・・」
よく分からない事を呟きつつ、銀色の頭をガリガリと掻く。そして急に思い切ったように頭を上げた。
「先生、今夜空いてますか?」
「え?あ、ハイ。」
ヤバイ。反射的に頷いてしまった。カカシ先生が大きく息を吸って、一気に言葉を吐き出す。

「じゃ、誘ってもいい?俺と会ってくれる?ガイ抜きでもいい?俺だけでも、会ってくれる?」

・・・・どう判断していいか分からない。
ポカンと口を空けたまま考えた。
何だろう。これって酒の誘いなんだろうか。いや、言葉だけで判断すれば多分そうなんだけど。
でも、不自然過ぎないか。
だって、昨日あれだけ怒ってた人が、今日また一緒に呑みたいなんて、あるか?
カッカして夜中眠れなかったって、さっき自分で言ってたじゃないか。大体、朝一番でアカデミーに
来てまで言う事か?それに、何で「ガイ先生抜き」って強調するんだ。
そこまで考えてハッと気づいた。

もしかして、昨日はガイ先生に邪魔されて俺を制裁出来なかったから、今日は二人で、って事か!?

うっわー、陰険な奴だなー。
半ば呆れながら思った。
今この場じゃなくて夜まで待たせるあたりが、最高に陰険だ。精神的拷問ってやつだ。
この男の怒りの根深さに、全身鳥肌が立った。タメ口にトラウマでもあるんじゃないか?この人。
ナルトから漏れ聞く「カカシ先生」は「遅刻はするけど仲間思いのいい上司」らしいのに。
やっぱ駄目だなあ子供は。判断甘くて。だから放って置けないんだよアイツはよう。

が、考えてみれば俺はまだ、ガイ先生の言葉をあの子に伝えてない。いま迂闊に断って即千鳥即入院、
なんて事になっちゃマズイ。覚悟を決めて頷いた。
「分かりました。今夜ですね。」
返事した途端、カカシ先生がさっきより一層激しく頭を掻きだした。このまま放って置くと、爪に血が
付きそうな勢いだ。と、突然ぱっと顔を上げる。
「えーと、夕方また来るから。」
まるで弾んでるような口調で言うと、一陣の風と共に掻き消すように姿を消してしまった。
残された俺は、一人溜息を吐いて立ち尽くした。


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