2002年12月19日

此ノ世ハ夢ゾ、タダ狂ヘ

 能楽で『五番目物』と呼ばれる『狂女物』。狂うといっても今日言われる「狂う」とは意味合いが違うらし い。
 この能に登場するシテ(狂女)は後半部において笹を手に持ち現れる。俗に「狂い笹」と呼ばれるこれ は『物狂い』になったことを象表するものであり、精神的な「狂う」ではなく「心がここにない」ことを表わす。 笹は一種の「依り代」であると考えられる。能楽師自身が神が降り立つ「形代」となる能の考え方におい て、たとえば舞台後方の鏡板に描かれた松は、その神が降り立つための依り代、「影向(よごう)の松」と みられている。それと同様、笹は神を捉える「アンテナ」であり、その枝葉に宿る「精(スピリチュアル)」を 感受するためのものなのである。
 京都の三大祭の一つ「葵祭」は冠に葵の葉を挿す。ただシンボルとして挿しているわけではなく、ハレを 表わし且つ挿している人は葵の精を受けているのである。(葵は「夏・南・火」を表わし、五月に行われる ことで、この盛んな気を身に取りこむことを目的としている。ちなみに、夕顔は「水」を表わし、『源氏物語』 の「葵上・夕顔」、豊臣家の瓢箪と徳川家の葵などは意図的に作られた対立のシンボルとみられる。)能 にしろ祭にしろ「ハレ(非日常)」であり、心ここにあらずの状態、つまり常ならぬものとのトランス状態をつ くらねばならない。そのための手段が「依り代」を身につけることなのであろう。


『隅田川』は他の「狂女物」と違い唯一「アンハッピーエンド」の能であるといわれる。(普通は物狂いにな り、この物狂いの原因が最後に解消、大体が恋しい人に逢ったことにより正常に戻って幕を迎える。)
 連れ去られた子供を捜し、東に下った母が物狂いとなり隅田川をさ迷っていると、河原から読経が聞こ える。塚の主を訊ねるとそれは我が子の墓であると知る。シテの母はこの息子の霊と「夢」の中で再会す るが、それが覚めるとただ薄の原に塚があるだけであった。
 この話を作曲家ベンジャミン=ブリーデンはいたく気に入り、訪日中二度も観覧し、帰国後「カーリュ・ー リバー(Carlew river)」という名でオペラ化した。しかし日本の「物狂い」という微妙な表現が伝わらず、母 (女)の発狂(“crazy”と表現)という形で翻訳されている。


『逆髪』は蝉丸の姉をモデルにかかれた能である。このネーミングは元の「坂上(皇女)」という名から狂 気を表わす「逆」、女性を強調する「髪」に置き換えたものである。この「逆髪」、古来から「憑き物」の特 徴としてよく登場する。
 西洋中世の魔女狩りにおいて、魔女は人と何らかの違った特徴があるものとされ、そのひとつに逆毛 があった。(精神的な狂女も魔女として裁かれた。あの時代はすべてに疑心暗鬼なのだ。)歌舞伎の『毛 抜』にも毛が逆立つことで恐れられた娘が登場する(が、これはのちに櫛笄が、磁石で引っ張られていた と知れる。)。「逆」は常ではない。「狂」とは常の状態にないことをいう。『怒髪天を衝く』というのもいわゆ る「逆髪」の状態であり常でない「怒り」がどれほどかを表わす。上田秋成の小説『白峰』の崇徳院はまさ に怨霊となって『怒髪天を衝く』様であったとされる。菅公も同じような特徴があるし、『ポルターガイスト』 の少女の髪が逆立つのは怨霊がとりついている証拠でもあったはずである。
 ちなみに『逆髪』は明治以降皇室を愚弄する(天皇家から狂人が出た事をさす。とはいえ、近親婚の所 為か天皇家に精神異常を起こした人物があまたいることは歴史が語っている。)として禁演になったこと もあるらしい。


 スペインの王国統一を語るのには一人の狂女の存在が不可欠であった。彼女の名はファナ。カスティ リア・レオン女王イザベルの娘で、その美しさは当時スペインでも有名であった。このファナが16歳のとき にスペインの半分を統治していたブルゴーニュ家のフィリップと婚姻が成立、明らかな政略結婚だが、こ れによりスペインは統一される。このフィリップが美男であったため、この後ファナの王位継承によりフィ リップも「美男王」と呼ばれることになるが、これが悲劇の始まりであった。フィリップは美男のうえ「伊達 男(ドン・ファン)」でもあり、ファナ一人に満足するほどの男ではなかった。結婚後、次々と浮気をしてはフ ァナには「本当に愛しているのはお前だけだ。」などとうそぶき、心労をかけ続けた。またファナの父母と フィリップとの確執はひどいものがあった。フィリップはスペインの王でありながら一語もスペイン語を解さ ず、常にフランス語を話しファナに通訳させていたという。イザベラがいまだ王位にあるとき、フィリップが 傲慢な意見を述べたときもこれをファナが通訳した。
 ところがこれだけ好き勝手をしていたフィリップ美男王はあっけなく死んでしまう。ファナはこれまでの精 神の支えを失い、この日をもって発狂、ラ・ローカ(狂女、ファナの別名でもある)となってしまう。幸いフィ リップとの間に生まれた2男4女の長男カルロス(スペイン王カルロス1世、後の神聖ローマ皇帝カール5 世)が摂政を務めることで政治混乱は避けられた。しかし、ファナの奇行はとどまるところを知らない。フ ィリップを埋葬せず、この遺体とともにスペイン中を行幸し始めたのである。果たしてこれは夫への愛情 であったのか恩讐からなのかはわからない。ただ、この行列が尼院にさしかかると、ファナは怒鳴り散ら して道を変えさせたという。死しても浮気への心労は絶えなかったとみえる。
 この女王発狂の報は国民の知るところとなり、ファナはカルロスへ王位を移譲ののちトリデシャスの塔 に幽閉された。ファナは70歳まで生きたと伝えられる。


 ファナの祖母、イザベラは狂乱の因子を持っていたらしい。もう一人の「狂女」を上げておこう。
 ファナの妹カタリーナ(イギリスではキャサリン)はイングランド王ヘンリー7世の皇太子アーサーの許に 嫁した。が、アーサーは早世。弟のヘンリー(後のヘンリー8世)と再婚して7人の子をもうけたが、いずれ も育たず唯一メアリーだけが成人することができた。ヘンリーは最初このメアリーを王とすることを考えて いた。ところが、ヘンリーはよりによってキャサリンの従女のアン・ブリンに手を出し、エリザベスを生ませ る(姉妹して男運がない…)。この後、ヘンリーは王位継承を再考し、エリザベスに継承させようとする。こ のメアリーに対する仕打ちがイギリス全土を恐怖に巻き込もうとは思いもせずに。
 ヘンリー8世の死後、エドワード6世が即位。病弱な王は傀儡となり、その死後に「9日女王」ジェイン・ グレイが即位。これを好機とみたメアリーは攻勢をかけとうとうイングランド王に即位してしまう。新教徒 数千人を惨殺し、死の床においても処刑状にサインをし続けた血の女王、ブラッディーメアリー(メアリー 1世)の誕生の瞬間である(このメアリーと結婚したのはファナとフィリップとの間に出来たカールの息子、 フェリペ2世である。すごく血が濃いな。)。


 ディオニソス教団。この教団こそ、今日の新興宗教のさきがけなのではないだろうか。
 この教団の話をする前にディオニソスについて話さなければならない。ディオニソスは酒と音楽・演劇の 神にして生殖・祭祀の神であり、ギリシア神話オリンポス12神にも数えられる神である。ディオニソスの 誕生は実に複雑だ。
 ある日、主神ゼウスと実りの女神デーメーテールとの間に女神ペルセポネーが生まれた。母なる大地 ガイアはゼウスに、ペルセポネーとの間に生まれる子は、ゼウスの正統な後継者となる、と予言した。こ れを知ったデーメーテールはゼウスが娘に近づくことを恐れ、ペルセポネーをシシリア島に隠し、ゼウス の思いを遂げさせまいと、2匹の蛇に守らせることとした。しかし、ゼウスはくだんの如く変身し、蛇となり ペルセポネーの許に通い、頭に角の生えたザグレウスを生ませる。そしてザグレウスを玉座に座らせ、 警護の神を置くといった、ゼウスの溺愛ぶりに本妻のヘラ(Hera)は嫉妬し、謀略をもってこれを八つ裂き にしてしまう。女神アテナはこの惨劇の中、ザグレウスの心臓のみを救い出し、ゼウスの手によってネク ターと呼ばれる浄水に浸け、これをテバイの王女セレメーに飲ませて息子を転生させようとした。だがこ こでもヘラはやきもちを焼き、セレメーを姦計で焼き殺してしまう。あわてたゼウスはこの胎児を自らのし しむらに縫い付け、無事にディオニソスを産むこととなる。


 長くなったが、ディオニソスはこの経緯からヘラに疎まれ、オリンポスには留まることが出来ず、東方へ 流離うこととなる。ここでディオニソスはオイネウスという王に酒の造り方を教えたという。この話が発端と なり、酒に酔い、音楽に心躍らせるサークルが生まれる。ディオニソス教団である。はじめは穏やかな集 まりであったろうが、酒と音楽によりトランス状態となった狂信者たちの出現によりその教団は危険な言 動をはらんでゆく。この急進派は「マイナデス(バッカイ)」と呼ばれ、すべてが女性でその実は神がかり の巫女集団であった。その姿も異様で、全裸に獣の皮をまとい、頭には蔦や樫の葉の冠、手には松かさ のついた「テュルソス」という杖を持つ。酒を飲み、音楽を奏でては狂乱して、その行く手を阻むものは八 つ裂きにする。また、性に奔放で、人々を誘惑したとも云われている。
 太陽神アポロンの子オルフェウスは竪琴の名手として知られるが、冥王ハーデスに懇願し亡き妻を冥 界から救おうとするが失敗したため、以後女性には見向きもしなかった。このとき、近くをマイナデス達が 通りかかり、オルフェウスを誘惑したが、見向きもしなかったため、猛り狂った彼女たちに八つ裂きにさ れてしまった、と伝えられる。まさに狂女である。ほかにもこの行進に巻き込まれて死んだものの話は数 知れない。


 ディオニソス教団はギリシアに帰ってきたのち、オルフェウスを主神とするオルフェウス教団に移行して ゆく。ディオニソスとオルフェウスは互いに「音楽」と「蘇生・再生」の二点で結ばれる。ディオニソス教団が 酒と音楽で狂乱することを趣旨としたなら、オルフェウス教団は音楽と輪廻転生をお題目に信者を獲得し ていった。この教団の移行はなぜ起こったのか。答えはやはり音楽に求めることにしよう。音楽で「ディオ ニソス的」と「アポロン的」という表現がある。演奏でいえば前者は粗野であるが力強く芯が太い、後者は 洗練され華奢で女性的。ディオニソス教団が変貌しなければならなかったのは、オリエントのような野太 さを好む人々とは違い、スマートさを好むギリシア人たちに受け入れられるために、「アポロン的」オルフ ェウス教団を受け入れることが不可欠な要素であったのだろう。




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