難南山抄

晩秋・初冬句
百日紅昔男の裔(すえ)の夢

 夏も盛りから咲き続け、秋を迎えてもなお花を絶やすことのない百日紅(さるすべり)。この古塚は武田信玄をも悩ませた名城箕輪城(みのわじょう)城主長野業盛(なりもり)の墓とされている。父業正の跡を継ぎ、堅固に城を守り通したが、寡衆敵せず十七(一説に十九)歳の命を散らした。
 長野氏は在原業平の子孫を称していた。同じ十代を不遇をかこち悶々と暮らした者と、何千の命をその双肩に担った者。咲いては散り、散っては咲く百日紅。夢はひとときの現、現れては消える泡沫(うたかた)。
紅葉の筆遅々として進まざり

 吾妻郡岩櫃山。全山紅葉燃え立つようなこの山
を、カメラに収めようとここには毎年多くの人が訪れ
る。その中に一人、老画家が50号もあろう木炭紙を
前に格闘をしていた。朝から描き始めたのであろう
が、時事変化する山の全影を捉えた頃にはすでに日
も西に傾いた午後4時過ぎ。飄々と岩肌を眺める老
人に代わり、夕陽がカンバスを紅に染めた。
空高し天国までの100マイル

 青い青い青い、わずかに覗いた空の色。天国の色は突き抜けるほど青くあってほしい。登る石段の先には飛び切りの青。天国まであとたった
100マイル。
今日はマナでも降りそうな空

 初冬にしてはほかりと暖かい日。
 山々に薄もやがかかり、架空の庭には厚く垂れ込
めた雲間から光が差し込み、重厚な調べとともに天
使が降り立つ。
『見よ、主は我らに祝福を与えリ。』
 指差す先に白い羽のようなものが触れる。蜜の如く
甘くウエハースのように軽い、これをマナと呼べり。
 キリスト教徒ではないが、こんな幻想をしたくなる
ような景色。
ベット軋む僅かにしし座流星群

 今年が見る事が出来る最後とニュースキャスタが言った。天文少年を卒業して早十数年。久しく夜空を眺めていないことに一抹の寂しさを感じ、天候と埃にまみれた星図版を睨みながら、時の過ぎるのも忘れ藍色の天井を凝視した。雲居にまごう月の色、弱弱しくも存在を主張する星辰。心がざわめいた。
 星降る空は我が家の窓辺には現れなかった。だが、それから毎日のように夜空を眺めるようになった。
宮参り祝詞に負けず泣く子かな

 11月最後の休日、国内の神社でも珍しい参道が
下っている上野一ノ宮貫前神社に行ってきた。四五
組の七五三の宮参りに来ていた家族とすれ違う。ど
のお父さんも自分と同じぐらいの年恰好、いまさら己
の歳を省みる。太鼓の音とともに宮司の
祝詞が始まった。