2003年07月06日

ぐるぐるぐる −裏ぐる−

廻るまわるよ「字体」は廻る
 世界中にある様々な文字は発展を遂げると必ずといっていいほど旋回を始める。理由は速記であったり装飾で あったりするが、世界の文字の中で最も美しい文字といわれる「アラビア文字」と「漢字」は、この二つの理由をあ わせもっている。「速記」と「装飾」のという一見相反するものが並び立っているこの文字は、それだけで不可思議な 魔力を有している。
左上(空海筆「飜」) 「翻」の異字体。書体は唐代に流行った「飛白体」と呼ばれるもの。唐風書体にある種逆行するものだが、これをあえて 空海は好んで書いた。小野道風が宮城十二門の額を見て空海の筆跡を批判したのも、この字では仕方ない気がする。   右上(ルネ・マグ リッド「製作メモ」) 『光の帝国』についての自己解説を加えている。フランス語のメモであるが、美しさは感じない。西洋の筆記体は実用性の ものである。   中左(アラビア語「インシャラー」) 「神の思し召し」の意味で、「インシュ アッラー」がくっついた語。読み方は右から左に読 む。   中中(蘭の草書体) 漢字は筆で書くため、左から右へ、時計回りが基本。   左下(の・ゆ・と・を) の・よの様に時計回りの文字 と、と・をの様に反時計回りに書かれる文字がある。   中下(@ アットマーク) アットマークは「at」が元ではない。ラテン語の接頭語「ad」 のことで、場所・人・物・を限定するat・for・ofのように用いた。そこから「address」の意味で使われるようになった。   右下(梵字 キリーク)  「弥陀」をあらわす。空海の「飛白体」はこの梵字にかなり影響を受けていると思われる。


異人は髪を巻きたがる
 グルグルと髪が捩じれる。どういうわけか巻き毛は「異人」に多い。それは聖人であっても邪霊であっても同じこと が言える。同じ螺旋でいえば、常人にもつむじがあるが、「異人」にはいくつもつむじがあったりする。やはり捩じれ は「異常の印」なのだろうか。
左上(螺髪 らほつ) 仏の三十二相のひとつ。頭髪が右に捩じれている。誰もが思った「パンチパーマ」ではない。   右上(『マグダラのマ リア』カルロ・クリヴェッリ[部分 模写]) マグダラのマリアはキリストが処刑される前に足を自らの髪に香油をつけて拭った「聖女」である。こ の絵ではその長い髪を巻き上げ、手には香油壺を持っている。   左下(『崇徳院』一勇斎国芳 画) 讃岐に流された崇徳院が浜辺の岩 頭に立って髪を逆立てて、世を呪っている姿が描かれる。髪ばかりでなく衣も波打つのは、和泉式部を描くとき狂性をあらわすため衣の袖口 を波打たせるのと同じ理由である。   右下(日本橋三越 『天女像』佐藤玄々 作) グロテスクなほど煌びやかに飾り立てられた天女像 は、日本橋三越の中央フロアの吹き抜けに鎮座ましましている。とにかくどこもかしこもグルグル螺旋を描き、色音痴とも思えるビビットな色彩 に見ているほうの目が廻る。日本の根源的美意識はここにあるといってもいい。


右旋左旋は問いません
 模様の根源は唐草にある。西洋でも、シルクロードを経てもたらされた東洋においても、この普遍的な回転模様 は時代を超えて好まれ愛されてきた。そして現代においても様々な形で残されている、キングオブデザインなので ある。西洋も東洋もこれのバリエーションは数限りない。
  しかしデザインということにおいて西洋人の発想は極めて貧困であると言わざるを得ない。自然物や気象に関し てのイメージは東洋のほうが多彩で、西洋はごく基本を抑えるのみで、あまり飛躍したものはない。特に日本は「家 紋」という極小の空間を使い多彩な表現をすることで、デザインの世界をぐんと広げた。現在知られているだけで、 その数は8万を越えるとされる。
上段左から(菊唐草 五色瑞雲 立沸 雲鶴巴 海松) 日本の模様は有職により形式化された。それ以前は描き散らしであり、他国からの 引き写しでしかなかった。ところが身分を区別するためのシンボライズされたものが「色」以外にも必要となってきたのだ。つまり、唐服を色分 けして着ていた時代から、皆一様に黒橡の束帯を着るようになり、そのうえ右も左も藤原ばかりでは差別化がはかれない。そこで登場するの が模様で、以上の理由から織物の地にするので繰り返し模様が好まれた。なのでグルグル回転模様はうってつけなのである。   中段(蛮 絵) これは大陸伝来で、主に鳥獣・花草を円形に描く。染を基本と考えていた大陸は、蝋纈・纐纈・板纈など、「絞って」染めた。よって模様は 連結した物は染められない。のちに生まれる「更紗」も版木で模様を刷ったもの。   下段(ウィリアム・モリスのデザイン) イギリスの詩人・ デザイナー。ラファエル前派に学ぶ。ここに上げた葡萄の絡まる姿は、唐草模様の逆輸入の何者でもない。豪華で装飾的ではあるが、デザイ ン的ではない。   下中(獅子) 回転する模様をこんどは立体化した。獅子は日本では想像上の動物。ゆえに体毛は渦を巻く。立体彫刻、 特に石造に関しては日本は西洋にかなり劣る。   下右(鬼瓦) 火伏せのまじないに、波で飾っている。波は渦を巻くことで、流動的かつ 無尽蔵であることを表現している。


捩じれる知恵
 自然界に直線はない。だが、法則がないわけではない。その中で、植物は螺旋を基調としている。廻る、捩じれ る,渦巻く、巻き込む。すべては厳しい自然界を生き残るため。目に見えて分からないが、植物の体内も螺旋が見 られる。
左上(オニシダ) 志貴皇子の歌や和漢朗詠集の小野篁の漢詩など、古くから詩に歌われる羊歯(蕨とあまり区別がなかったらしい)は春の 使者としてだけでなく、食用としても親しまれた。   右上(ヒマワリ) 一つの花のように見えるが、これは頭花(小さな花が集まり一つの花 のようになっている状態)で、多くの花をつけるためにあいだあいだに蕾をつけている。そのため、中へ中へと螺旋状に蕾が並んでみえる。    左下(クレマチスの種) 日本で鉄線と呼ばれるこの植物は、花が散ったあと綿毛状の「実」ができる。   右下(ケイトウ) 真上から見る と葉が重なっていない。日を多くうけるため、上の葉と重ならないように、わずかづつ角度をずらして葉を伸ばしている。


渦巻く人体
 DNAのせいだろうか。人体は螺旋にあふれている。
 親指を折って、手を握る。こぶしは左右で巴形になる。左手は「左巴」、右は「巴」。指紋も様々種類があるが、そ のほとんどが渦を描いた形である。体毛はすべて「つむじ」を中心に渦を描いて生え、心臓は四つの部屋をねじる ようにして血液を送り込む。
 人が回転を、螺旋を、そしてねじれを好むのは自分自身の相似形を探しているのかもしれない。
(耳模式図)(小腸及び大腸)
いずれも19世紀の医学書の図版模写




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