インタビューより抜粋、アレンジして掲載しております。インタビュー全文はこちらから
インタビュー:宮川さんご夫婦(北九州市より宮崎市へ2009年移住)・設計:柴設計
インタビュア:松本、柴、柳本(WEB担当スタッフ)
新聞社におりました。最終勤務地は北九州市で退職後の終の住処に故郷である宮崎を選びました。15歳で宮崎を出てからは、高校も大学も就職も県外だったので、約半世紀ぶりに宮崎ですね。
基本は、宮崎がふるさとであることと、住みやすいこと。あらゆる面で住みやすいという意味で宮崎かなあと思ったんですよ。家内もたまたま宮崎出身ですから。両親は残念ながら結局私が帰るまでは長生きできませんでしたね。兄弟はまだ宮崎に住んでいます。親類もたくさんおりますよ。ただね、半世紀ぶりに帰ってきたら、まるっきり道や景色が違いますね。
第一条件は海が見える事、その次は基本インフラがそろっている事、そして、あまり明確に伝えなかったのは、交通機関な のです。この三つの条件で土地探しを開始したのです。そうしたらね、要件なんか、宮崎の人はある面でおおらかなのでしょうね。全然違う所に連れて 行ったりするのですよ。
日南海岸のほうは海が見えるけどインフラが整っていなかったり、街のほうは海が見えなかったり。この場所も交通機関はちょっと難があったのですが、駅も近いし、妻はバイクもあるので。
最初から決めていたのは、この地形を考えて一番眺めの良い所を台所と食堂にしようということですね。書斎と遊び場の場所もなんとなく決めてました。本当を言うと、お風呂も海が見える東側にしたかったのです。デッキを併設して裸でお昼寝したくて。でも2階建てにすると予算も上がるし、あきらめました。
現場への訪問は7回だけでした。それでもこれだけの密度の家ができたのは、担当していただいた柴設計の柴さんとの信頼関係と、蜜な連絡があったからですね。柴さんはマメに現場写真をメールに添付して送ってくださったので助かりました。またブログにばんばん写真を載せてくれるので、現場の進行状況がよ〜くわかりまりした。
それを別の場所に住む息子たちも見ていて、ブログに感想を書き込んだりしてましたね。みんな家を見る前に間取りがわかってました(笑) 今の時代だからできるやり方なんでしょうね。
僕は、建築家というのはホームページをかなり充実させておいた方が良いと思いますね。絶対見ていますよ、団塊の世代を含めて、団塊の世代がたぶん62歳から下何年かでしょ。あの連中で、そういうことを都会で思っている人がいっぱいおりますよ。今は逆にチャンスじゃないですか。ホームページを充実させておくというのは、玄関の窓口を広く広げておくのと一緒ですよね。
あと、家づくりは建築家にとってはビジネス。日常のことなんです。でも施主にとっては非日常。一生に一度か二度のイベントなんですよね。その意識の差がどれくらいお互い理解し合って歩み寄れるか、ということが重要ですね。
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