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THE

TEMPTATIONS

 

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THE TEMPTATIONS SING SMOKEY (1959)

 

GORDY (G-912)

Side One

01. The Way You Do The Things You Do

02. Baby, Baby I Need You

03. My Girl

04. What Love Has Joined Together

05. You'll Lose A Precious Love

06. It's Growing

Side Two

01. Who's Lovin' You

02. What's So Good About Good Bye

03. You Beat Me To The Punch

04. Way Over There

05. You've Really Got A Hold On Me

06. (You Can) Depend On Me

 

転がり続ける石、テンプテーションズ。結成当初のメンバーは、プライムズのエディー・ケンドリックスとポール・ウィリアムス、ディスタンツのオーティス・ウィリアムスとメルヴィン・フランクリン、そしてエルブリッジ・ブライアントの5人。
1964年には、エルブリッジの後任として、生粋のゴスペル・シンガーであったデヴィッド・ラフィンが加入し、ここに第一期黄金時代のメンバーが揃う。
彼らの初ヒットは、1964年の「ザ・ウェイ・ユー・ドゥー・ザ・シングズ・ユー・ドゥー」。モータウンでは主要なアーティストにヒット曲が欲しいとなると、誰の曲を使うか選考会が行われたが、この曲も、その選考会で投票の結果決まったもので、スモーキー・ロビンソンがベリー・ゴーディーに大差をつけて勝った。この曲でスモーキーはテンプテーションズの中でも自分に一番近い声質のケンドリックにリードをとらせ、ポップ・チャートで最高11位まで押し上げた。
彼らのサウンドに惚れ込んだスモーキーは、65年から66年まで、コンテストというコンテストで他のプロデューサ・作曲家を押さえ彼らのプロデューサの地位を守り続けた。
この時期、彼らにはさまざまな変化が生まれた。髪型、スタイル、ステップ(テンプテーションズ・ウォーク)、そして「5人のリード・シンガー」からデヴィッド・ラフィンがリードをとるようになった。
そうして生まれたのが名曲「マイ・ガール」である。同曲はポップ・チャート、R&Bチャートの両方で1位を獲得。甘さの中にも、荒々しく表現力のある彼の唱法が功をなし、続く5枚のシングルも立て続けにチャートの上位に食い込んだ。
66年には「マイ・ガール」と全く対照的なダンス曲「ゲット・レディー」で再びR&Bチャートで1位を獲得。リードをケンドリックに変えたこともこの曲が成功した一因ではあった。しかし、この曲に不満をもったベリーは、この年の作品評価会議において、テンプテーションズのプロデュース権をスモーキーからノーマン・ホイットフィールドに移した。
69年、デヴィッド・ラフィンがグループを抜け、新たにコントゥアーズからデニス・エドワーズが加入。時代はスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンらが提示したサイケ・ブームの真っ只中。そんな中生まれたのがテンプス流ファンク「クラウド・ナイン」であった。この曲の成功により、ホイットフィールドはさらにこの路線を押し進め、72年には超大作「パパ・ワズ・ア・ローリング・ストーン」が生まれる。
77年の名作「A Song For You」では、ホイットフィールドに変わり、ジェフリー・ボーエンがプロデューサに起用され、よりファンク路線を強めていくものの、ケンドリックの脱退、ポール・ウィリアムスの死、そしてアトランティックへの移籍と、テンプテーションズは窮地に追い込まれることになる。しかし、再びモータウンに戻ったテンプスは、アリ=オリー・ウッドスンという強力なメンバーの加入により、その後も「Truly For You」「To Be Continued」と名作を生み続けている。


MEET THE TEMPTATIONS (1964)

GORDY

(G-911)

テンプテーションズの記念すべきファースト・アルバム。カバーのラインナップは、エディー・ケンドリックス、メルヴィン・フランクリン、ポール・ウィリアムス、オーティス・ウィリアムス、そしてデヴィッド・ラフィン。デヴィッド・ラフィンは、このアルバムが発売された3か月前にメンバーに加わり、実際、「ザ・ウェイ・ユー・ドゥー・ザ・シングズ・ユー・ドゥー」以外ではレコーディングには参加していない。この歴史的名曲「ザ・ウェイ〜」が発売されるまでは、ヒットに恵まれなかった彼らだが、エディー・ケンドリックスのファルセットが光るゴスペル曲「ドリーム・カム・トゥルー」は「ザ・ウェイ〜」に匹敵する素晴らしい出来ばえ。


CLOUD NINE(1969)

GORDY

(GS-939)

皮肉にも、モータウンらしくないスリリングなダンス曲「ゲット・レディー」のヒットを最後にスモーキーはプロデュース権を失う。時代は折しもスライらが提示したサイケ・ブーム真っ只中。テンプテーションズの音楽性も転換期にきていた。ここでノーマン・ホイットフィールドが提示したのは、ずばりテンプス流ファンク。その代名詞ともいえる「クラウド・ナイン」で幕を開ける本作のA面の4曲は、まさに彼らの新しいスタートを予感させるに十分すぎるものであり、以降、この路線にますます磨きをかけていく。その最たるものが、名曲「パパ・ワズ・ア・ローリング・ストーン」。


 

A SONG FOR YOU (1975)

GORDY

(G6-969S1)

本作で特筆すべきは、なんといってもその内容の良さ。プロデューサーがノーマン・ホイットフィールドからジェフリー・ボーエンに変わったこともあり、テンプテーションズの新たな魅力をうまく引き出した作品となっている。2曲のナンバー・ワン・ヒットを含むA面のファンク・サイドでは、エディ・ヘイゼルをはじめとするP-FUNKの面々がレコーディングに参加していることもあり、これまでにない彼らの格好良さを堪能できる。でも、本作の魅力はやはりB面。デニス・エドワーズを大々的にフィーチャーしたレオン・ラッセルのカヴァー「ア・ソング・フォー・ユー」、そして、リチャードのハイトーン・リードが美しい「ファイアフライ」で、身も心もとろけてしまいそうです。


TO BE CONTINUED ... (1986)

GORDY

(6207GL)

アリ=オリー・ウッドスン在籍時の80年代3部作ラストを飾る傑作アルバム。本作では何といっても1曲目の「レディ・ソウル」。アリ=オリーの加入で、初期テンプテーションズの若々しさを取り戻した彼らは、(3部作の)3作目にして、あの名曲「マイ・ガール」に匹敵する曲さえも生み出してしまった。アルバムとしての完成度は、1作目の"Truly For You"(名曲「トリート・ハー・ライク・レディー」収録)に譲るとしても、この1曲が収録されているという点で、やはり本作を外すわけにはいかない。本作ではA面のラストを飾る「サムワン」も同じく必聴である。


 

 

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THE

TEMPTATIONS

 

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