[PEACH PIECE-ピーチ・ピース]




 第一章 サンフレッチェ


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 ヤポン国に存在する唯一の明確な国境線といえば、ホライズン長壁であるが、そうでない不明確な国境も存在する。
 通称「北の国境」と呼ばれる、大陸と半島の境界には、古くからの大陸側国家との争いの歴史が刻み込まれてきた。時に大陸内陸部まで侵攻したこともあれば、半島内に押し戻されることもあったが、現在では、大陸の隣国ブロンスとの協定により、境界部分に国境線を引くことで、妥協が成立している。
 その国境地帯に、人間に率いられた不遜な鬼の一団が現れ、関所を護っていた百人ばかりのヤポン兵達に襲いかかった。ヤポン兵達は必死になって抵抗したものの、彼らの四倍を超える圧倒的な差の兵力にかなうはずもなく、短い間だか、激しい攻防戦の末、ヤポン兵は全滅し、鬼達の方には十数人の負傷者が出ただけで、死者は出なかった。
 関所を接収すると、鬼協和国軍の指揮官であるニシヤマは、すぐに使者をブロンスに派遣して、今回の軍事行動に関して両国の平和維持には何の支障もない事を伝えた。つまり、今回の件に関しては、ヤポンと自国の問題であり、ブロンスを侵略する意志はないということを示したものであった。これに対し、ブロンス国王ルヒャドリ三世は、使者の労をねぎらうと、彼らの持参した多くの贈り物に感謝し、「平和的中立」を約束した。
 このような配慮は、小国といえど国境付近に兵力を展開する以上、不可欠であり、西山はその手腕にめっぽう長けていた。軍内での彼の評判は、人間であることもあって、それほど上々とはいえないが、人間離れした勇敢さと人間らしい勤勉さに関しては、鬼達も一目置いていた。
 関所を接収してからの数日、ニシヤマは数多くの雑務に追われていたが、三日目の午後、ぽっかりと仕事の空白が生じたので、現地視察を兼ねて、「勇者狩り」の部隊を陣頭指揮することにした。
 「まあ、俺自身、ヤポンの勇者達がどれほどのものか見てみたいからな。運が良ければ、出会えるだろう」
 ニシヤマは、冗談めかしてそうつぶやくと、葦毛の愛馬に跨った。
 この時、すでに彼の意志とは関係なく、運命の歯車は少しずつ動き出していたのである―――。誰にも気づかれることなく……。


 事実は、小説より「奇」であった。
 ちょうどその頃、桃太郎をはじめとする勇者達は、北の国境からあと数里の地点まで達していたのである。野に放たれた鬼達を避けるため街道を避けて進むなどしたため、歩みは遅かったが、ゆっくりと、しかし、確実に北の国境に迫りつつあった。
 「さあ、もうすぐ北の国境よ。ここを抜ければ、ブロンス国には入れるわ」
 一行の主導権を握りつつある妖術師の英華が、前を進む二人に話しかけた。
 「まったく、なんでそんな七面倒くさい事をやらなきゃならないんだ? 『壁』をよじ登りゃすぐじゃねえか」
 韋駄天の足を持つ少年、亥猿勇が不満そうに頬を膨らませて言った。
 「それは無理だよ。第一、『壁』の周辺には見張りがたくさんいるだろうし、運良く越えられたとしても、そこからは、敵地を縦断しないとだめだ」
 と、これは剣士の桃太郎。
 「そんなの気合だよ、気合。根性で何とかなるさ。英華や城の奴らの言う作戦なんかつまらないじゃないか。一気に敵陣を突破したほうが、話的には面白いぜ」
 亥猿勇は、あくまでも『壁』を突破したいようである。それに、あまり物事を深く考えない彼の性格からして、まどろっこしい事をするのが嫌いであった。
 「いや、僕は舟を使うのがいいと思うよ。港で舟を借りて、海から上陸……」
 桃太郎の言葉は中断された。英華が怖い顔をして睨んでいたからである。
 「あ、そんなに怖い顔をしなくても……」
 「違うの。馬の蹄の音が聞こえるわ。それも一頭や二頭ではないみたい」
 舌戦は中断し、さしもの亥猿勇と桃太郎も表情が引き締まる。
 「鬼の奴らか?」
 鬼どもによる勇者狩りが始まっている事は、三人とも先刻承知であった。
 蹄の音は、三人がやってきた方向、背後からものすごい勢いで近づいて来る。
 「隠れろ!」
 三人は街道から離れ、手近な茂みの中に身を潜めた。茂みから様子を伺うと、案の定、鬼どもであった。二十人を超える鬼どもが馬に跨って、三人の潜む茂みの傍をものすごい勢いで通過し、国境の方へと消えていった。
 馬の蹄の音が遠ざかった事を確認すると、三人は再び、街道に姿を現した。
 「どうする?」
 「どうやら北の国境も封鎖されているみたいだ。悔しいけど、北の国境になだれ込むしかないようだね」
 「やれやれ、結局は強行突破しかないわけね。私としては、鬼どもと戦わずに国境を越えたかったけれど、それも無理のようね」
 英華は残念そうに言うと、亥猿勇の方に向き直った。そして、偉そうに指示を出す。
 「北の国境に着いたら、私がまず妖術を使って鬼共の動きを止めるから、あなたはなるべく派手に国境を突破して。桃太郎は、その後から私を守って進むこと。いいわね?」
 「望むところでい! ……あれ、いつの間にか英華に操られているような」
 「えっ!? 僕は女の子のお守りをしなくちゃならないの?」
 「そういうことね」
 英華は桃太郎に対していたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
 三人の勇者達は、再び北の国境を目指して歩み始めた。

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