[PEACH PIECE-ピーチ・ピース]
第一章 サンフレッチェ
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「では、作戦開始!」
妖術使いの少女は、掌を鬼達のいる地面付近に向けると、空気を押し出すような動作をした。すると、こもったような音がして、鬼達の立っている付近の地面が盛り上がったかと思うと、周辺の土が爆発したかのように吹き上がった。
「何だ!?」
「敵襲か!?」
突然の事態に鬼達はざわめき、結果として相手側に自分達の正確な位置と人数を教えることになった。
「今よ! 左側が薄いわ!」
「合点承知! 亥猿勇君、堂々の初でびゅうだーい!」
どこで覚えたのか、怪しげな科白とともに、目にも止まらぬ速さで飛び出したのは亥猿勇少年である。同時に背中の小剣を抜き、目前に立ちはだかる鬼の首筋に的確な斬撃を送り込む。血しぶきを上げて、鬼が倒れる頃には、さらに前方にいた鬼の急所を蹴りつけて再び走り出した。
「そいつだ! ひっ捕らえろ!」
あちこちで鬼どもの怒号が飛び交い、関所付近は騒然となった。今や鬼どもの目は、亥猿勇少年一人だけに向けられている。
「ざっとこんなものよ。私達も行きましょう」
英華が言い、桃太郎を振り返ったその時、偶然にも桃太郎の背後に一体の鬼が現れた。
英華は驚く間もなく、反射的に掌を鬼の頭部に向けて突き出した。異様な音とともに鬼の頭部が陥没する……同時に剣光が閃き、血の尾を引いてその頭部が吹き飛んだ。
「気づいていたのね……。それにしても大したものだわ」
見ていて気持ちの良いものではなかったが、首の切断面はすっぱりと両断されていた。
「いやいや、君の術の方がすごいよ。一見、派手に見える術だけど、あれは破壊力が的確に制御されている」
太刀を鞘に収めながら、桃太郎は言った。
「あら、分かる? 妖術っていうものは見た目や恰好が派手ならいいってものではないの。術を使っていることが他人にはなるべく分からないようにすることが大事なのよ」
このことには、妖術使いが長年、人々に白い目で見られていたことに由来する。英華のその一言には、語り尽くせぬ思いがあるに違いなかった。
「僕も、強い剣士だとばれると困るから、わざととぼけているんだよ」
「そう? でもあなた、とぼけている方がお似合いよ」
桃太郎は、しんみりとしかかった二人の間の空気を冗談で紛らすと、英華の前に立って歩み始めた。この前、顔にできたたんこぶは、もう半分くらい治っている。二度目はごめんだな、と思いながら、若き剣士は慎重に歩を進めるのであった。
茂みから勢い良く少年が飛び出してきた。
「何だ?」
軽快な動作で鬼どもの間をするりと走り抜けていく亥猿勇少年の姿を見て、ニシヤマは驚いた。……あの少年が噂の勇者か? 少なくとも、あの動きは、並みの者ではない。
「進路を塞げ! 一人ではなく、二人一組で止めろ!」
ニシヤマの的確な命令にもかかわらず、小柄な少年は、鬼どもの追撃を振り切りつつあった。鬼の方が身体が大きく、敏捷性に欠け、茂みに入られると手も足も出ない。そのうえ、相手の動きが速すぎた。
「関所で止めるしかないか……。それにしても、勇者とは、あのような少年一人だけなのだろうか?」
若き指揮官は、首をかしげながらうまく馬首を巡らせた。部下の鬼達のうち、大半は超人的な速さで駆け抜ける亥猿勇少年を追いかけることに必死になっていた。
その時である。ニシヤマは、茂みからこっそり街道に出ようとする二人の人物と出くわした。
お互い、どちらがより驚いたかは分からない。
「この人間は、鬼どもの仲間か?」
「まだ幼いじゃないか……。しかも、一人は女だぞ。先ほどの少年といい、これがヤポンの勇者なのか……」
しかし、双方ともすぐに敵意が沸騰し、対決が避けられないのは確実だった。
桃太郎は太刀を引き抜くと、気合の声とともに馬上の男に斬りかかった。ニシヤマも、西方風の軍用サーベルをかざして防戦する。
お互いの剣と剣が激しい火花を散らす。最初の勝負に勝利したのは桃太郎の方であった。ニシヤマの持つサーベルは、甲高い音とともに根元から折れ飛んだ。
武器を失ったニシヤマは、馬を竿立ちさせて、桃太郎の次の攻撃を封じ込める。しかし、突然、馬の口から泡が吹き出し、非常に不安定な体勢のまま、馬はニシヤマもろとも茂みの中に横倒しになる。
「さあ、桃太郎。先を急ぎましょう。もう大分差がついているわ」
「ありがとう。それにしても、馬を一瞬にして倒すなんて、つくづくすごいな。君の術は」
「ただ気絶させただけよ。それに、無用な殺生は避けたいしね」
ニシヤマは、倒れた馬から投げ出される恰好になったが、何とか受け身をとり、馬の下敷きにならずに済んだ。しかし、すぐには動かずに、相手をやり過ごすことにした。自分よりも一回り以上も年少の相手だが、その強さは彼の想像を絶するものであったからだ。
また、そのことを認めることは彼にとって屈辱以外の何物でもなかったに違いない。彼自身、若くして出世してきただけになおさらである。
「あの剣士は桃太郎というのか……。そして、怪しげな術を操る少女に俊足の少年。彼らにいっぱい食わされたのは悔しいが、ヤポンの誇る勇者の正体を知ることができたのだから良しとしよう」
気絶した彼の愛馬は、しばらくして息を吹き返したが、その頃にはもう二人の姿は見えなくなっていた。
「まだ間に合うはずだ。それに奴らの行く先には関所がある。何とか持ち堪えて欲しいものだ……」
ニシヤマの軍服と顔は、いまや土埃に汚れていた。彼は立ち上がると、それを振り払おうともせずにそのまま馬に飛び乗り、街道を全力で走らせた。
今は無人の街道に馬蹄が轟き、若き将校は悔しさを紛らせるかのように馬を走らせるのであった。
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