[PEACH PIECE-ピーチ・ピース]




 第一章 サンフレッチェ


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 燃えるような夕日が、広大な大陸の地平に没すると、辺りには闇と静寂がやって来る。だが、関所の周辺にはかがり火の灯りと鬼どもの下品な笑い声が響いていた。
 「どうするんだい……?」
 関所へ続く街道を囲むようにして存在する森の中に桃太郎と英華の二人は身を潜めている。どうやら、鬼どもは関所の守りを固めることにしたようであった。
 「作戦失敗だわ」
 あっさりと断言する英華の一言に、桃太郎は思わずよろめいた。
 「へ? 失敗だって!? 君のことだから、何か奥の手があると思っていたんだけどなあ……」
 「私のことを買いかぶってもらっちゃ困るわ。少しはあなたも案を出しなさいよ」
 確かに彼女の案は、計算違いを生じていた。鬼どもが亥猿勇のことを関所の向こう側まで追いかけて行くことを見越して、彼を囮として先行させたのに、実際は、自分達が落馬させた人間の士官が驚くべき速さで舞い戻り、見事な知恵と統率力を示して、二人の行動を封じてしまったのだ。自分の考えた計画が浅薄であったことを、英華は苦々しくも認めざるを得ないと感じていた。どうやら、少なくともあの人間の士官の能力はあなどれないものがあるようだ。
 ―――あのとき、始末しておけば良かったわ。
 と思い、そして、あわてて首を振った。
 ―――これでは、私が悪役みたいじゃない。私は、ひろいんよ!
 それに桃太郎が落馬した相手に対して、わざわざとどめを刺すような人間には見えなかったこともある。その桃太郎は、真面目くさった表情で何事か考えているようであったが、やがて満足そうに頷くと、言った。
 「中央突破だよ。それしかない!」
 「あなたねえ、考えた挙句がこれなの? もっとまともなことを考えなさいよ」
 「でもね、あれぐらいの数の鬼達を相手に苦戦しているようでは、敵の本拠地に乗り込んで鬼の大将を倒すことなんかできないんじゃないかな?」
 はっとして、英華は事実に気づいた。鬼どもの本拠地はおろか、国境すら越えられないようでは、どのみち先は知れている。それに彼女自身、良い案があるわけではなく、また、自分達の力でどこまでやれるのかを確かめる時が来ているのかも知れない。
 「確かにそうかも知れないわね。ここで遅れを取ったら、亥猿勇に会わせる顔がないものね」
 英華は、桃太郎に頷いて見せると、国境の方へと振り返った。
 「だけど、その前に睡眠を取りたいな。寝ぼけ眼でも会わせる顔がないからね」
 桃太郎は、そう言って茂みの中に横たわる。
 「もう、どうしてあなたはそうなの! 人がせっかくやる気になっている時に!」
 「明け方の方が狙い目だよ。多分、交代で見張りをしているだろうから、その隙を狙うことにしようよ。今は寝ておいた方がいいよ」
 英華はなおもぶつぶつと文句を言っていたが、やがて桃太郎の寝息が聞こえてくると、またもため息をついて、自分も茂みの中に横になる。
 最近、ため息をついてばっかりだわ……。
 ―――女の子は、自分の意見を主張してはいけません。慎ましくしなさい―――と、小さな頃から言われ続けてきた。そう言われる度に、彼女は反発するかように男の子と張り合い、妖術も進んで学んだ。未だ未熟とはいえ、同年代の男達には負けないという自信が確かにあったし、村からも認められるようになった。そして、今、「勇者」の一員となることができた。
 自分は今、桃太郎と亥猿勇から本当に必要とされているのだろうか。近いうちに足手まといになってしまうのだろうか。
 ふと、英華の視界に桃太郎の幸福そうな寝顔が飛び込んできた。
 「ふん! 負けないわよ。明日は、見てらっしゃい!」
 目を閉じて、青臭いくさむらの中に寝転がると、どっと疲れが出て来た。そういえば、今日一日は必死に走り回り、緊張の中で過ごしてきたのだ。
 心地良い脱力感に身を委ね、夢の世界に落ちて行くのには、それほど時間はかからなかった。
 鈴虫の声が次第に遠ざかってゆくのを感じながら、少女は現世にしばしの別れを告げた。

 一方、その頃……。
 「あいつら、何やってんだ!? いつまで待たせりゃ気がすむんだよ」
 自称「のんびり」が身上の亥猿勇少年は、その身上をあっさりと捨て去り、いらいらと歩き回っている。
 無事国境を越え、ブロンスの領内に入った彼は、今、ヤポンの関所より一里(約四キロメートル)先の地点に到達していた。これまで追っ手の姿は全く見えなかったが、桃太郎と英華の姿も全く見えなかった。
 「やれやれ、捕まっちゃったのかな?」
 亥猿勇は頭を掻き回しながら、ひとまず野営のできそうな場所を探した。西方特有のポプラや糸杉の林が街道の両側に立ち並び、さながら森の中を通るトンネルといった感じであった。
 「ふっ、一人寝は淋しいぜ」
 きざっぽい科白を吐きながら、寝床を簡単に作る。二人とはまだ数日しか旅をともにしてはいなかったが、いざ一人だけになってみると淋しさを覚えてくるのも確かであった。彼の頬には、小さいがはっきりと手形が残っている。これは、つい昨日、英華の寝顔にいたずらしようとして彼女に見つかり、その際に殴られてできたアザである。
 寝床に腰を下ろすと、保存食を取り出した。一日走りとおしだったため、腹も減っていた。
 「腹が減っては疾走もできぬ。明日は、また関所に戻ってみるか……」
 そのときであった。亥猿勇は周囲に何者かの気配を感じた。周囲に殺気が走り、亥猿勇は好戦的な光を瞳に湛えた。
 ―――鬼ではなさそうだ。すると、ブロンス国の奴らかな?
 やがて月の光が彼らを青白く照らし出した。今や相手の姿は明らかである。数十人の人影が亥猿勇少年を取り囲んでいる。
 中の一人がゆっくりと、優美ともいえる足取りで彼の方へと歩み寄って来る。波乱に満ちたの勇者達の冒険は、第一のキー・ポイントを迎えていた……。

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