月   光



−3−




 あれから3年以上の月日がたった。僕の隣には、美しい裸体を惜しげもなくさらす雪の姿がある。彼女を初めて抱いてから、もう半年以上経っている。

 だから、あの頃に比べたら、僕の心はどれほど平安に満ちているだろうか。

 なぜなら、手を伸ばせば彼女がそこにいて、いつでも僕の望みに答えてくれるのだから。

 それなのに、僕の心と体は、いまだに彼女を求めて渇望を繰り返している。

 抱いても抱いても、まだ欲しくなる。まるで、砂漠の砂に水をしみ込ませているかのようだ。

 僕は彼女のとりこになってしまったのか……


 一晩で何度もということも珍しくもない。と言うより、一回で終わることのほうが珍しい。

 僕の仕事柄、月に数日かしか一緒にいられないから余計なんだろうが、彼女をほとんど寝かせなかった夜も……何度かあった。

 幸い、彼女も僕との行為を楽しんで受け入れてくれているように思う。そういう点でも、僕らの相性は抜群だったのかもしれない。

 それにさすがヤマト戦士だけあって、彼女も細い体ながら体力も相当あるらしい。

 一旦寝てから、夜中に目を覚まし、また愛し合うなんていうこともしばしばだった。

 だから二人で寝るときは愛し合った後は、そのまま裸で寝るのが常になってしまった。


 そして今、隣には彼女が眠っている。愛しい。そして、やっぱり欲しくなる。

 それにあのことを思い出している間に、俺の目はすっかり冴えてしまっていた。

 僕はとうとう、さっき止めた手を再び動かすことにした。

 彼女の豊かな膨らみの一つを掴んで柔らかくもむ。

 ああ、この感触が……たまらない! するとすぐに彼女も反応を示した。

 「ううん……あ……あん」

 僕に胸を愛撫されて、当然のように彼女は色っぽい声をあげた。それから瞼をしばたかせながら、ゆっくりと瞳を開けた。

 「古代……くん?」

 そして僕の手が自分の胸の上にあるのを、視線だけ落として見た。

 「あぁん、もうっ、よく寝てたのに〜」

 口調は非難っぽかったが、それに反して彼女の目は妖しげに笑っている。僕もそれに答えて目で笑った。

 「なあ、雪…… しようよ」

 「んふん……」

 嬉しそうだ。

 よしっ、彼女もやる気だな。僕はほくそえんだ。

 もっとも、万が一やる気になってなくても、その気にさせるつもりではあったんだけど……

 「目が覚めたら、ちょっと昔のことを思い出してしまったんだ」

 「昔のことって?」

 「イスカンダルへの旅の時のこと」

 「?」

 きょとんとしている。一体何のことなのか、彼女にはまだ見当がついていないらしい。

 「雪にめちゃくちゃ色っぽい格好見せられた、あの日の事さ」

 「えっ!? なんのこと……かしら?」

 僕の答えに、雪はちょっと焦った風に答えた。僕が思い出したことが何なのか大体察したようだ。が、口では、まだとぼけている。

 「決まってるだろう? あの……スケスケのさ……」

 僕はニヤリ。

 すると彼女もさすがにとぼけきれなくなって、恥ずかしそうな顔で、言い訳を始めた。

 「や、やだわ。あれは慌ててたから……」

 「けど、あの格好で寝てたのは事実だろ?」

 「あれはその…… ん〜っ! とにかく、ちょっとロマンチックな気分になりたくなったのよ、あの時は……
 でもあの後、私だってものすごく焦ったわよ! あの後しばらくは、あなたの顔を見るのが恥ずかしくって……
 それを悟られないようにするのに苦労したんだから」

 え? そうだったのか!? そんなこととは露知らず、自分ばっかり焦ってたっていうのに……

 なんかごまかされたような気もしたが、今はそんなことはどうでもいい。

 それよりも、急にいいことを思いついた。今なら雪に頼めそうな気がする!

 何をかって? それはもちろん……

 「ふうん、ロマンチックねぇ…… じゃあさ。今もう一度見せてくれないか? ロマンチックになるためにさ」

 「えっ?」

 「だから、あれ着てみてくれないかなぁ?」

 「や〜よ、恥ずかしいもの……」

 ほんのり頬を染めて、彼女はあっさりと頭(かぶり)を振った。

 恥ずかしいだって? その格好しててか?

 「なに今更言ってるんだよ。俺の隣で裸で寝てるくせに……」

 「んっ、もうっ……」

 痛いところを突かれたって顔で、さらに頬を染めた雪は、それを隠すように、くるりと背を向けてしまった。

 すかさず僕は、後ろから彼女を抱き締めた。

 「なぁ〜 まだ持ってるんだろう? あれ」

 確か前に一度、雪が一人暮ししていた頃に、たんすの中で発見したことがあった。

 あの時もめちゃくちゃドギマギしたんだよな。まだ二人の間がここまで深まってなかったし……

 あっ、もしや!? こっちに引っ越した時に置いて来たってことはないだろうなぁ?

 その疑問が聞こえたかように、雪がぼそぼそと小さな声で返事をした。

 「それは……持ってるのは持ってるけどぉ」

 ふうん……ちゃんと引越し荷物に入れてあったんだ。

 ってことは、僕に着て見せたい気持ちもあったってわけだよな? 

 よし、あともうひと押しだ!

 「俺、一度あの格好の雪を抱いてみたかったんだ。なぁ、雪?」

 僕は彼女の耳元で息を吹きかけるように囁きながら、体をさらに彼女に強く擦りつけた。

 擦れる部分が何気に気持ちいい。擦りつけられた方も、くねくねと動いているが、逃げる様子はなかった。

 「んんっ、あん……でも……」

 しぶといな、甘い言葉がダメなら、今度はちょっと脅してみるか? ちょっと語気を強めて……

 「あれからしばらく、俺達眠れなくて大変だったんだぞ! その借りを返させろよ」

 「……俺達?」

 と、雪は、その部分に引っかかったようだ。言わなくてもいいことを言ってしまったようで戸惑ったが、今更隠すこともあるまい。

 「あ、ああ、俺と……島だよ。あの時二人一緒で目撃したからな」

 「あ、ああ……そうだったわね」

 雪は顔をポッと赤らめた。

 今頃になって島も見たことを思い出して恥ずかしがったってどうしようもないだろうに。だが今はそんなことはどうでもいい。

 「あの晩から、しばらく毎晩トレーニングルーム漬けだったんだぞ。判るだろう、男の辛いところさぁ」

 と答えながら、雪のうなじにチュッと音をたてて口付けをした。

 「あっんっ……」

 「あっと、言っとくが島には借りは返さなくてもいいからな」

 一応釘をさしておかないとな。

 すると、雪は驚いたような真剣な眼差しの僕を見てから、くすくすと笑いだした。

 「もう、やぁね! 当たり前でしょう? 島君だって嫌がるわよ」

 「ばか言うな。男なんてもんはなぁ〜」

 「ふうん、そうなんだ。男なんてもんは……」

 雪は俺の揚げ足を取るように、瞳をいたずらっぽくきらきらと輝かせた。

 「俺は違うぞ!」

 即座に否定。これはちゃんと釘を刺しておかなくては……

 「うふふ、そういうことにしておくわ。でも、どうしようかなぁ、そうねぇ……」

 笑いながらまだ考えていたが、

 「雪〜〜〜〜」

 ともう一度甘えるような声を出して、彼女のやわらかい胸元をぎゅっと抱きしめると、雪はとうとう腹を決めたように微笑んだ。

 「わかったわ。もうすぐあなたの誕生日だし、そのプレゼントってことにしましょ」

 「えぇっ!?誕生日プレゼント代わりだって? それはずるいぞ」

 「あら、じゃあやめる?」

 「む……」

 ここで彼女に逆らうのはまずい。せっかくここまで進めたんだから、チャンスを逃す手はない。

 誕生日のプレゼントの件は、またあとで考えるとして、ここはそういうことにしておこう。

 「わかった! それでいいよ」

 「じゃあ。支度してくるわ」

 「ああ……」

 期待に満ちた瞳で、彼女を見ると、雪はシーツを体に巻きつけたまま、恥ずかしそうに僕を睨んだ。

 「だめよ! 私がいいって言うまで、こっちを向かないで。そうねぇ、壁の方を向いて目を閉じてて。いい?わかった?約束よ。じゃないと、やめちゃうからね!」

 「ああ、わかった、約束する!!」

 僕は真面目な顔でこっくりと頷いた。すると、雪は僕の頬に軽くキスをして、命令を下した。

 「うふふ…… それじゃあ、あっち向いてて」

 「うん」

 僕は、言われるがままに彼女に背を向け、壁を向いた。すると、すぐにしゃらしゃらという衣擦れの音がして、彼女がベッドから降りたことがわかった。

 それからひたひたという静かな足音がして、部屋の中を移動する気配がした。

 きっとあのネグリジェは、彼女のクローゼットの中にこっそりと入っているんだ……

 そう思うと、またドキドキして体中がうずき始めた。

 ああ、たまらない……

 このどうにかして欲しい感覚も、今は楽しい。

 なんてったって、今夜の僕は、この後ちゃんとこのうずきを、彼女の中でたっぷりと癒してもらえるのだから。

 そう、あの頃とは違って……

 いや、あの頃というより、去年のあの日まで、と言ったほうがいいのかもしれない。

 付き合い始めてからも、こうやって彼女を抱けるようになるまでは、幾度となく眠れぬ夜を過ごしたものだ。

 結婚の約束をしてからも長い間、僕達は結ばれなかった。何度もそんな雰囲気になりそうになっても、結局最後まで行き損ねては、やり切れない思いで過ごしたことは数え切れない。

 彼女を大切にしたいという思いと、彼女の全てを自分の物にしてしまいたいという思いが、僕の心の中でずっと葛藤を続けていた。


 そんなことをあれやこれや考えていると、後ろから人の気配がした。雪がベッドに戻ってきたらしい。

 心臓の鼓動の動きが一段と激しくなる。

 ああ……彼女は本当にあのネグリジェを身に着けてきてくれたんだろうか……

 「古代君……」

 やっと聞こえるようなか細い声で、彼女が僕を呼んだ。

 僕は、プレゼントの前でやっと目を開けることを許された子供のように、恐る恐る体を起こしながら、振り返った……
 

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(背景:La Moon)