X'mas in 2200〜Their happiest time〜
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12月23日PM…… 進と相原は、予定通り地球に帰着した。到着後の伝達も終了し、ゲート出口で、相原がいつもの通りにこっと笑って、進に最後の挨拶をした。
「古代さん、お疲れ様でした」
「ああ、ご苦労さん」
「明日ですねぇ……」
ふふん、と含み笑いを込めたその言い方に、進の方がカチンと来る。
「何がっ!」
進に噛みつかれて、相原が一歩後退する。戦闘班長のからかい方は、怒らせない程度にしておかないと後が恐いのだ。
「な、何がって……そんなに恐い顔しないでくださいよ。古代さんは雪さんとの楽しいクリスマスデートじゃないですかぁ」
「ふんっ! 人の不幸を喜んでたくせに……」
「そんなことないですって、僕らは寂しくパーティに行って来ますから、古代さんは大いに盛りあがってください」
「あのなぁ……」
まだ、文句を言いたそうな進を制して、相原はアドバイスを送る。
「まぁまぁ、明日の事はとにかく、古代さん!プレゼントだけは忘れないように用意しといた方がいいですよ!! 忘れるとそれこそ大変ですからね」
「あ? ああ…… そんなこと、わかってるっ!」
「あ、余計なお世話でした。じゃあ!」
相原は、逃げ時だとばかりひょこっと肩をすくめると、苦笑しながら帰っていった。
その後姿を見ながら、進はひとりごちた。実は、クリスマスにはプレゼントがつきもの、ってことも忘れていた。
(プレゼントかぁ…… そう言えばそうだな。忘れてた。相原に言われなかったら、また大変な事になってたよなぁ。はぁ…… 女の子と付き合うってのも、結構面倒なもんだな)
明日のクリスマス、行くところもなしプレゼントもない、とくれば、確かに雪の逆鱗にふれたかもしれないと思うと、ぞっとした。
そんな事を考えながら、進はエアポート内の送迎ゾーンまで降りてきたが、雪の姿はなかった。今日は、仕事かな? と進が思ったちょうどその時、携帯のベルが鳴った。発信は連邦中央病院からだった。雪だな、と思って、進は受信ボタンを押した。
「はい、古代です」
『古代君? もう着いたの?』
やはり雪だった。久しぶりに聞く雪の声は、いつもと変わらず華やいでいた。その声にちょっとうれしくなりながら、進は尋ねた。
「ああ…… 雪、今日は仕事かい?」
『ええ…… ちょっと事故があって急患が入ったのよ。今やっと一息ついたところなの。でも、まだ終らないの。今夜は遅くなりそうだわ』
「いいよ、今日は寄りたいところもあるし……」
『そう? じゃあ、明日ね。私明日はお休み貰ったの』
「えっ!?」
明日……と言われて、進はドキリとした。クリスマスイブ、雪は休みを取って進とのデートを楽しみにしているのだろうか?
『あらっ? 明日だめなの?』
「い、いや…… 明日は……さ……その……」
なんて言おう、どこも行くところがないと謝ろうか、それとも…… などと、迷っていると、電話の向こうで雪を呼ぶ声がしたらしい。
『あっ、古代君、ごめんなさい。もう行かなくちゃ。夜にまた電話するわ。じゃあ』
「あっ………… 切れた」
進が何かを言う前に、電話はプチンと切れた。ふぅーっと大きく息を吐く。
(明日、休み取ったって? ってことは、雪はもしかしたら、いや、もしかしなくてもやっぱり大いに期待してるのかなぁ…… う〜ん、どうしよう…… くそっ!)
と、悪態をついてみても、どうしようもない。進は思いつくデートコースを考えた。
(予約の要らないところって言うと……ドライブでもして、星でも眺めるか……)
それは特別でもなんでもなくって、いつものコースじゃないの? と突っ込みをいれる輩は今は周りにいない。結局、それ以上の得策も思い付かず、進はとりあえずプレゼントだけは買わないと、と思った。
「デパートにでも行ってみるか……」
一旦自宅に戻って着替えた進は、繁華街にあるデパートを目指した。とにかくそこへ行けば何か見つかるだろうと思った。なにせ、進は女性へのプレゼントを買うのは初めてなのだ。
幸せな事に、進は、恋をしたのも女性と付き合うのも、雪が初めてだ。その雪との付き合いも始めてまだ3ヶ月余り。雪の初めての誕生日は、ヤマトの艦内で迎えたので、手持ちのものですませてしまった。だから、正真正銘、初の試みなのだ。
「南部でも連れてくればよかったかなぁ…… けどなぁ、あいつを連れてきたら、後々うるさいしなぁ……」
デパートの正面玄関の前に立ち止まり、大きな入り口を見上げながら、進はまたため息をつくのだった。
「よしっ!」
勇んで入ったところが、いきなりアクセサリーなどの女性小物売り場、周りは女性とカップルばかりだった。特に、今日はクリスマスも近い事もあって、カップルが多い。嬉しそうに語り合いながら、色美しい装飾品を見てまわっている。
そんな中にいると、男一人の進は、どうも居心地が悪い。それでも、なんとかちらちらと遠めにショーケースの中を覗きながら、見て歩く事にした。
しばらく歩いて少し落ち着くと、周りを見る余裕ができた。結構男性一人の客もいる。進と同じように、彼女へのプレゼントを買おうというのだろうか。少し安心する。
そんなこんなで、その場に慣れるまで、小一時間かかっただろうか。やっと落ち着いて品物を見始めたが、今度は品数も種類も多すぎて、何を選んだらいいのか、皆目わからない。
スカーフ、マフラー、ハンカチ、ネックレスにブローチ、指輪、バッグに財布…… 見れば見るほど、頭の中が混乱してくる。進にとっては、ワンダーワールドだ。
(明日、雪を連れてきて見てもらおうか…… いや、ここはやっぱり恰好良くプレゼントの包みを渡した方が……いいよなぁ?)
なんといっても初めてのプレゼントだ。第一、明日行くところがないのだから、プレゼントくらいはばっちりきめないと、これからの付き合いに影響が出るかもしれないという思いがある。
(はぁ〜、どうしよう……)
青くなって立ち止まったところが、ちょうどアクセサリー売り場。そこはたくさんのブローチが並んでいた。ふと目を惹かれて近寄った。するとすぐに店員から声が掛かった。
「なにかお探しですか?」
若い女性店員が笑顔で尋ねてくる。
「あ…… ああ、クリスマスプレゼントを……」
「こちらのブローチなどはいかがですか?」
店員は、進の目の前のショーケースから、トレイごと上に取り出して見せた。
「ああ…… そ、そうだなぁ」
進が見始めると、店員は手にとって説明しはじめた。ブローチもデザインによって、似合う年頃があるらしい。これは若い方向き、これは3,40代の方向き、などと一つ一つ説明してくれた。
そして、かわいらしいひなげしの花を形どったブローチを見せて、今一番の人気製品だと言った。
(あ…… それかわいいかもな)
デパートで品物を見始めてしばらくたった。買い物などほとんどしない進にとってはそろそろ限界だった。自分の洋服を選ぶのでさえ、雪に連れまわされて閉口したことがある。
どれこれ迷うのももう疲れた。大体自分が迷ったとして、どれだけ女の子の気に入るものが買えるかどうかわかったもんじゃない、と進は思う。
(それでいいや、よしっ!)
と思ったその時、ふと顔を上げると、数メートル先の入り口から見知った顔が入ってきた。
(やばいっ! 南部だっ!)
広いようで狭い地球の都市、東京メガロポリスだ。彼も予定通り今日帰還したのだろう。
(どうしてこんなところに来るんだ!? あいつは……)
こんなところでアクセサリーを買っているところなど南部には見られたくない。色々根掘り葉掘り聞かれるだけだ。
進は、南部から姿を隠すようにしながら、大慌てで店員に注文した。
「あ、あの……これっ、クリスマスプレゼントに包んでくださいっ! 支払いはこれで」
顔は南部の様子をうかがいながら、手だけで指し示し、その後胸ポケットからクレジットカードを出すと差し出した。店員が進の指し示すブローチを手に取り、カードを預かると、後ろ向きのままの進に確認をした。
「はぁ……こちらで……よろしいんでしょうか?」
「は? はいっ!」
南部が気になって店員の顔も商品もろくすっぽ見ずに、進は頷いた。
「では、包んでまいりますので少々お待ちください」
進の了解を得て、店員はレジに向った。南部は進に気付かなかったのか、そのまま店の奥のほうへと歩いていった。
(ふうっ、助かった……)
ホット安心した進のもとに、さっきの店員が戻ってきた。小さな箱に入ったブローチは綺麗な包装紙で包んで、小さなリボンがついていた。
進は、カードのサインをすませて商品を受け取った。それを差出ながら、店員がにっこり微笑んだ。
「お母様へのプレゼントですか? 孝行息子さんですね」
「はっ?」
なんのことだ? と進は思った。店員はにこにこしながら、言葉を続ける。
「いえ…… とてもシックなブローチですので…… 40代くらいの方にお似合いかと……」
「えっ?」
店員にそう言われて、進は改めてアクセサリーのカウンターを見た。そこには、進が雪にプレゼントしようとして思ってみていたひなげしのブローチはそのまま置かれていた。
(な? あれ?? あのブローチがある……)
そして……その隣りにあった薔薇をモチーフにしたブローチが消えていた。それは、店員が中年女性に人気だと言っていたものだった。
(ま、間違った……)
進の顔から血の気がサーっとひいた。
「あ、何か不手際でもございましたでしょうか?」
進の様子が変なので、店員が心配そうに見つめた。しかし、買い物下手の進のことだ、これは違うとなかなか言いづらい。どうしようかと迷っている時に、後ろから声が掛かった。
「古代さんっ! ゆっきさんへのクリスマスプレゼントですねぇ〜」
「な、なんぶぅ! お前、いつからそこに……」
南部の登場に、進は飛びあがるほど驚いた。なんともまずいタイミングで来る奴だと思う。
「えっ? いやだなぁ。今来たばかりですよ。で、買ったんですか?」
「い、いや…… これからだ。あの、それから、こ、これも包んでください」
進は南部の視線を浴びて、気が動転する。どぎまぎしながら、店員に向って改めて、今度は間違いなく、ひなげしの花を形取ったブローチを指差した。
「こちらも……よろしいので?」
と心配そうに再び確認する店員に、もう一度しっかり見て、進は大きく頷いた。店員は「かしこまりました」と再びレジに消えた。
「ふぅ〜ん、なかなかかわいらしいのですねぇ。で、この手に持ってるのは?」
南部が進の手にしている小さな包みを指差した。
「い、いや……これは……だな」
進がどう答えようと言い淀んでいると、南部が変な憶測をし始めた。
「へぇ〜 古代さんって結構やるんだなぁ。二股かけてたとは知らなかったなぁ…… 雪さんはいいとして、もう一つは誰にあげるつもりなのかなぁ。それによっては、血の雨が降ったりしてぇ」
南部の眼鏡の奥がきらりと光る。これは面白いネタを見つけたかもしれない、という顔だ。
「あ、あのなぁ…… お前はどうしてそう言うことしか想像できないのかなあ。お前とは違うんだ!俺は……」
「ふうん…… じゃあ、誰にあげるんですか?」
「うっ……」
進は言葉に詰まった時、さっきの店員の言葉を思いだした。
「あ、そ、その……(そうだっ!)雪の……お母さんにだよ」
「へぇぇぇ〜!」
南部が感心したような声をあげた。
「なんだよぉ、まだ文句あるのか?」
「いやぁ、古代さんがそんなところにまで気が回るとはねぇ。これはお見逸れいたしました。いいことですよね。『将を射んとすれば、まず馬を射よ』ってね」
南部がにっこりした。
「そ、そうだな……」
進は冷や汗たらり。綱渡りしている気分だ。しかし苦し紛れに言ったこととはいえ、南部に感心されるとは、これは儲けたかもしれないとも思う。なにせ、最初は大反対を食らった相手だ。最近は親切になってきたが、ここでプレゼントの一つも渡せば、対応が良くなるかも……と、心の中でニンマリした。
「それより、お前はなんの用事なんだ?」
「ああ、明日一緒に過ごすギャル達にちょっとしたクリスマスプレゼントをと思ってね」
南部がウインクを一つして歯を見せて笑う。キザなやつめと心の中で思いながら、進は言う。
「はん! 相変わらず、そう言うことには抜け目ないんだな」
今度はこっちの番だと、進が攻撃態勢に入ろうとしたが……
「ま、俺は古代さんと違ってフリーだからね。あっちこっちに愛想振りまいておかないと。ところで、明日はどうやって過ごすことにしたんですか?」
再び、南部の攻撃に早くも撃沈だ。
「うっ…… それは……」
「まさか、二人っきりで星でも見よう。なんて誘って未開発エリアでデリカでもつつこう、って言うお決まりコースだったりしないだろうなぁ?」
「うっ!!」
まさに図星とはこのことである。進が答えられないで顔を赤くし始めたところで、南部はさっとひいた。これ以上突っ込むと、戦闘班長が爆発する。そうなると後が大変だ。相原といい、南部といい、からかい時と引き時を良く知っている。
「あはは…… 二人っきりになれるんなら、雪さんはどこでもいいんだもんなぁ。まあ、明日頑張ってくださいねっ!! さあて俺も選ぼうかなぁ、じゃあ、これで……」
言いたいことだけ言い放って、南部は立ち去った。
(あんにゃろうっ!)
進は、南部を見送りながら苦笑した。しかし、二つのプレゼントを間違って買ってしまったが、かえってそれが南部に誉められた事で、ちょっと気分がよくなる進だった。
(へへへっ、『将を射んとすれば、まず馬を射よ』かぁ…… よく言ったもんだ。と言うことはだな、お母さんに買ったら、やっぱりお父さんのもかわなきゃだめだよな)
進は、雪の父のために、地下のワインショップに立ち寄り、店員の勧める白ワインを一本買ってデパートを後にした。
後は、夜の雪からの電話を待って明日の事を何と言うか……だ。進にとっては、もう一つ大難関が待っているのだった。
心配するな、古代君!! 雪は君には大きな期待は抱いていない……と思うよっ!
(背景:Atelier Paprika)