X'mas in 2200〜Their happiest time〜


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 クリスマスイブの午前10時30分。古代進は、徒歩で自宅を出た。車は雪に預けたままになっている。それほど遠い道のりでもないので、雪の家まで歩くことにした。
 一部の大型店舗は既に地上に移転していたが、地下都市でも、まだまだ小さな店はあちこちで店を開いている。クリスマス商戦最後の追い込みとあって、商店街では賑やかな音楽と飾りが並んでいた。

 地球は、3ヶ月の間でこんなにも元気になったのか……と思うと、進は感慨深かった。

 (もう二度とあんな思いをせずにすみますように……)

 通りを眺めながら、進が思うことはそればかりだった。

 30分ほど歩いて雪の家の前に着いた。ドアには手作り風の布製のリースが飾られてあった。雪の作った物だろうか? 違うな、と進は思った。おそらく彼女の母親の仕事だろう。この手のことは、彼女は苦手なはずだ。仕事のことならなんでもこなす雪が、と思うと少しおかしくなる。くすりとを笑うと、さっそくドアホンを押した。

 ピンポーンという音に反応して、すぐにドアがガチャリと開く音がした。

 「いらっしゃい! 古代君っ!」

 その声と共に、雪が家から飛び出してきた。その勢いに進は面食らう。

 「ゆ、雪っ! びっくりするじゃないか。それに……いきなり開けるなんてあぶないぞ。誰だかもわからないのに! ちゃんとドアホンで声を聞いてからにしろよ」

 「ごめんなさ〜い…… でも、古代君が来る頃だと思って待ってたから……」

 ぎろっとにらむ進の顔を、雪がバツの悪そうな顔で上目がちに見つめる。その手の顔には、進はとても弱い。

 「い、いや…… 気をつけてくれればいいんだ。雪のことが……心配なだけだから」

 「ん…… ありがとうっ! 古代君」

 「お、おいっ!」

 今度は嬉しそうに、進に抱きついた。進は、その勢いで後ろに倒れそうになった。とその時、後ろから近づく人の気配がした。

 「まぁまぁ、いきなり…… 仲がよくてよろしいわね、お熱いお二人さんっ!」

 雪の母の美里が、呆れた顔で見ていた。慌ててぱっと離れる二人の姿を見て笑いだした。

 「こ、こんにちは…… あの……お招きくださって……ありがとう……ご、ございます……」

 しょっぱなからまずいところを見られてしまった進は、すっかり上がってしまった。最初にすごい勢いで反対されて圧倒されて以来、進は雪の母を前にすると、なんとなく緊張してしまう。だが、美里はそんな事は忘れたかのように、愛想がいい。

 「いらっしゃい、古代さん。固い挨拶はなしよ。さあ、お上がんなさい」

 「古代君、どうぞ」

 「あ、ありがとう……」

 進は奥のリビングの方へ入っていった。リビングの端っこに、人の背丈くらいありそうなクリスマスツリーが置かれてある。部屋も綺麗に片付いていた。
 雪は、昨日部屋の飾り付けでもして欲しいと言っていたが、見たところもう既に完了しているように見える。

 「あ、あの……なにか手伝おうと思って早く来たんです。なんでも言ってください」

 まだ緊張が取れない進の様子に、美里は笑って言った。

 「うふふ……いいのよ。とりあえず、座って。もうお昼でしょう? まずは腹ごしらえね。簡単な物作るから、雪は古代さんのお相手しててもいいわよ」

 「は〜い!!」

 雪の返事のトーンが高い。とてもいい返事だ。もちろんそれは美里にもバレバレだった。

 「そう言う時の返事はいいわねぇ、雪」

 「やあねっ、ママったら」

 「ははは……」

 美里が台所に消えると、雪は進をソファに勧めて、自分もその隣りに座った。進の傍らにピタリと体を寄せて、嬉しそうに話し始めた。久しぶりの再会なものだから、会話が弾む。

 「どうだった? 今回の航海は?」

 「ああ、特に何もなし。良好だったよ。それに、タイタンでちょうどみんなに会えたんだ。島と太田と南部と相原……」

 「まあ、悪友大集合ね!」

 「あはは…… まあね」

 「そう言えば、みんな今日はパーティに行くんですってね」

 「うん、南部がチケット持ってて、中央病院の看護婦さん達を誘うって言ってたよ」

 「ええ、絵梨達が行くって…… 綾乃は仕事で行けなくて悔しがってたわ」

 「そうか……残念だったなぁ。雪も行きたかったんじゃないのかい? 南部の奴が二人きりのほうがいいでしょう、なんて言ってチケット分けてくれないんだぞ」

 「うふふ……また何か私のことでも噂してたんでしょう? やぁねっ!」

 雪がちらりと横目で進を睨んだ。進は苦笑する。

 「そ、そういうわけじゃあ……」

 「でもいいのよ。この前古代君が航海に出てからだけど、クリスマスはうちに呼んでしようって、パパがね……ヤケに主張するのよ」

 雪が小首を傾げて、不思議そうに言う。

 「そう? きっと、やっと帰ってきた娘との久しぶりの楽しいクリスマスだから、一緒に過ごしたいんだろう。俺の方は本当に助かったけどさ……」

 「うふっ、昨日はすねてたくせに……」

 「言うなよ…… ま、来年は間違いなく、ばっちり決めてやるさ」

 「うふふふ…… 期待しているわ」

 いたずらっぽく笑う雪の顔。本気で期待しているとは思えない。その時、食事の準備が出来たわよ、と声が掛かった。

 「楽しいおしゃべりに私も参加させてね」

 にこりと微笑む美里に、進は雪の父晃司の不在を尋ねた。

 「あの……お父さんは?」

 「仕事なのよ。夕方早めに帰って来るって言っていたわ。なにかお土産買ってきてくれるそうだから、楽しみにしてて。さあ、お昼にしましょう」

 3人は美里の用意した昼ご飯を食べた。その後、しばらく3人で午後のお茶の時間まで歓談した。
 2時を過ぎると、雪と美里は夕食の仕度をすると言って席を立った。随分早くから仕度を始めるんだな、と思いながら、「なにか雑用でも」と立ち上がる進を、二人は制止した。

 「古代君はいいのよ。航海から帰ったばかりで疲れてるでしょう?」

 結局、ソファに押し戻された進は、雪の持ってきたアルバムを開いたり、雑誌を見たりして過ごすことになった。



 台所では、美里と雪が色々な料理を作り始めているのだろう。最初は静かだったのが、だんだんと賑やかになっていく。

 「雪、これ切ってちょうだい」 「は〜い」

 おっ、調子いいな……と、進は思った。が、それもつかの間、雪の料理の腕はまだまだおぼつかない。

 「あらぁ〜!! 雪ったら、なぁにこの切り方は?」 「えっ!?」

 進がこっそり台所を覗くと…… 美里が持ち上げた、雪の切ったきゅうりはだらりとつながっていた。ぐっと笑い声を堪えて進はリビングに戻った。やれやれ。

 しばらくすると、今度は……ガッシャ〜ン!と大きな音と「きゃっ! あつっ!!」という声。再び進が覗くと、雪がなべを落として中の具が台所に散乱していた。熱いなべを素手で持ったらしい。

 「だ、大丈夫か! 雪っ!」

 思わず出してしまった声に、雪と美里が振り返って進を見た。雪は顔を真っ赤にする。美里が肩をすくめて笑う。

 「大丈夫よ、古代さん…… お料理はやりなおしだけどね」

 「あの……やっぱり僕も手伝いましょうか?」

 見かねて進が提案する。しかし、それは雪にきっぱりと断られた。

 「い、いいわよっ! 古代君はあっちに行ってて!!」

 怒ったような声の雪に押し戻され、進は再びリビングへ。ふと視線があうと、進は思わずプーと噴出してしまった。

 「んっ!もうっ!!」

 雪はつんとふくれて、台所に戻っていった。それからも、台所はドタバタを繰り返していたが、5時を過ぎた頃からは、だんだんと静かになった。料理が完成に近づいたらしい。

 (雪がお母さんの料理を手伝うっていうのは、逆に邪魔してるようなもんだもんなぁ。そのせいであんなに早くから支度を始めたんだな)

 将来の為にも、雪には是非料理の腕を上げてもらいたいと思う進であった。



 こうして、6時前には、クリスマスの準備が整い、ちょうど6時の時報に合わせたように、父の晃司が帰宅した。

 「ただいま」

 「今晩は、おじゃましています」

 晃司の帰宅を、手持ち無沙汰にしていた進が迎えた。晃司も進の顔を見て笑顔で挨拶した。

 「ああ、よく来たな。よかった、よかった。さあ、さっそくクリスマスパーティだな」

 晃司がダイニングに入ると、既に料理がテーブル一杯に広がっていた。晃司もいつになく上機嫌だ。4人はテーブルにつくと、晃司の買ってきたワインで乾杯した。

 食事が始まる。どの料理も美味しかった。今日の料理には、雪が単独で作ったものはないらしいな、と進は思った。もちろんあえてその事に言及するのはやめることにしたが……
 進もワインを勧められたが、帰りは車を運転していくからと、乾杯の1杯だけで遠慮した。雪も進にあわせるように遠慮がちだった。その分、晃司とそして珍しく美里が飲んでいた。

 食事が一段落して、リビングに場を移す。進と晃司が地上の都市の完成具合などを話している間に、女性たちは後片付けをすませていた。
 片付けが済むと、美里が食後のお茶を持ってリビングに入ってきた。雪は自室に戻ってから、胸に抱えられる大きさの包みを抱いて現れた。それには綺麗なピンクのリボンが結ばれている。

 そしてその包みを、雪は少し恥ずかしそうに、そっと進の前に差し出した。両親は、ニコニコ笑って見ている。

 「古代君…… あの、これ…… クリスマスプレゼント」

 「あ、ありがとう…… 開けていいかな?」

 進は嬉しそうに受け取って包みを見た。持った感じは、柔らくてとても軽かった。なんだろう? クッションかな?

 「ええ……いいわ。でも……びっくりしないでね。ちょっと出来が悪いの……」

 「?? なんだろう? じゃあ」

 進がリボンを解いて包みを開けた。出てきたのは、オフホワイトの毛糸の塊……ではなくて、セーターだった。進は大きく広げてみた。所々に幾何学的な?模様が入っているシンプルはセーターだった。

 「あっ…… ありがとう。雪が編んだの?」

 「ええ……始めてだから……あんまりうまくできなかったのよ」

 「いや、そんなことないよ。これ、変わった模様だね? 穴の大きさもいろいろ違うんだね」

 「えっ!?」

 「ん?」

 雪が真っ赤になっている。進は良くわからずに不思議そうな顔で雪を見つめた。と、両親二人が我慢し切れなくなって、わっはっは、うっふふと笑い出した。

 「やだぁ!! パパもママもっ!!」

 「ど、どうしたんですか?」

 「い、いやぁ…… あははは……」

 「あの……ね。それ…… 模様じゃなくて…… ただ、ちょっと雪の網目が不ぞろいなのよ。ああ、うふふ……ちょっとじゃないわよねぇ。古代さん、模様に見えた? うふふふ……」

 二人とも笑いが止まらない。雪の顔が茹蛸のようにどんどん真っ赤になって、進からそのセーターを取り上げようとした。

 「や、やっぱり返してっ! 編みなおすわっ!!」

 「えーっ! だ、だめだって!」

 雪がそのセーターに手を伸ばすが、進はその手が届かないように手を上に掲げる。空振りした雪の身体が、進の胸に勢いよくどしんと乗るような感じになった。バランスを崩しながら、進はさっと反対の方の手で雪を抱きとめた。それがちょうど雪を自分の胸に抱きしめたような形になった。甘い香りが進の鼻腔をくすぐった。

 「あ〜 うぉっほん!!」

 晃司の技とらしい咳払いで、二人ははっとして慌てて離れた。顔はもちろん、真っ赤だ。言うまでもないが、ワインのせいではない。
 そんな二人を美里はおかしそうに笑って見ている。晃司は……少しばかりむっとしていたが……

 「あ…… す、すみません…… だ、だから、雪。これでいいんだって」

 「だって……」

 「いいんだよ。雪が編んでくれたのだから、俺、このままでいい。きっととてもあったかいと思うよ。雪の気持ちがこもってるから」

 「古代君……」

 進は、そのセーターをもう一度見なおすと、今度はそれを着て見せた。

 「ほら……いいだろう?」

 少しぶかぶかだった。その上、着てみるとその穴はさらに大きく目だった。それをじっと見ていた雪が泣きそうになる。

 「やっぱり……変よ」

 「いいんだって!! 雪の作った物だから、いいんだ!」

 「古代君……」

 「なんかすごく嬉しいんだよ。俺のために誰かが作ってくれたっていうのが…… 子供の頃、母さんが作ってくれたことあったけど……それ以来だよ。な、これ俺にくれ、いいだろう?」

 「うん……」

 雪の両親も、二人のやり取りを黙って聞いている。晃司の顔がつまらない顔から、苦笑いに変わり、妻を見やる。美里が微笑むと、晃司もそれに微笑を返した。

 「よかったわね、雪。古代さん、それ本当に不恰好だけど、雪がこの一ヶ月、本当に一生懸命作ったものなのよ。最初始めた時は、とても完成するとは思わなかったくらいへたくそでね。だから、努力賞ってことで許してあげてね」

 「あ……はい、もちろんです! あ、そうだ。俺からも、プレゼントが」

 進は、リビングの隅においてあった紙包みを取りに言った。ごそごそと中身を選んで、まず雪に差し出した。

 「はい、雪。メリークリスマス」

 「……ありがとう」

 進は振り返って、今度は美里にも同じ大きさの小箱を渡した。

 「あの……これ……お母さんに」

 「まあ、私にも?」

 美里が予想もしていなかった進のプレゼントに驚きを隠せなかった。そして、だんだんとそれが笑顔に変わっていく。

 「ありがとう、古代さん」

 最後に晃司にも手渡す。形からすぐワインボトルだとわかる。

 「お父さんに…… あの、お口に合うかどうかわかりませんが……」

 「私にもかね? ありがとう、古代君。ワインだね」

 3人はそれぞれにもらったプレゼントの封を開け始めた。そして、3人揃って嬉しそうに声をあげた。

 「まあ、かわいい!」 と雪。

 「あらぁ、きれいだわ」 と美里。

 「おおっ! このワイン、正月の料理にあいそうだな」 とは晃司の言葉だ。

 3人とも気に入ってくれている様子を見て、進はうれしくなった。買ってきてよかったと心から思う。

 進にとって、人からプレゼントを貰うのも、人にプレゼントをするのも、本当にしばらくぶりの出来事だった。貰う事もあげる事もとてもうれしいことなんだと、雪の家族を見ながらつくづく思った。

 (なんだか感動する…… うれしいなぁ)

 進の目が潤んでいるのに、雪が気付いた。

 「どうしたの? 古代君」

 「いや…… 僕のプレゼントをそんな風に喜んでくれるのを見るのが、嬉しくて……さ」

 「えっ!?」

 「プレゼントを貰うのも、あげるのもこんなに楽しい事だって…… 久しぶりに思い出したよ」

 「古代君……」

 進が、長い間家族や親しい友人とのこんな交流から遠ざかっていた事を、雪は今更ながらに感じた。暖かい家族とのなんでもないやりとりが、進にとってはかけがえのないものだと言うことを……
 進の潤んだ瞳の思いを、雪の両親もしっかりと受け止めていた。



 こうして、進のプレゼント作戦は大成功を収めた。美里も晃司も機嫌がよくなり、場が盛りあがる。会話も弾んだ。
 その中で雪が何気なく思いついて、両親に尋ねた。

 「ねえ、パパとママは恋人時代クリスマスってどんな風に過ごしたの?」

 「えっ!?」

 晃司が、不意をつかれ驚いたような声を出した。

 「そ、そんなこと……忘れたよ」

 何か不思議なくらい焦っているように見えるのは、気のせいだろうか。すると、美里の方が、うふふと笑い出した。今日の彼女は、いつもよりアルコールが回っているらしく少し気分が高ぶっているようだ。

 「クリスマス…… なつかしいわね、そう、あのねぇ」

 「こ、これっ! ママ!! 余計な事を……」

 晃司が慌てて美里を制止しようとするが、美里はクスクスを笑うだけだ。

 「なぁに、パパ!だぁめ!! ママ教えて!」

 これは何かあるな、と思った雪は、美里を一生懸命急かした。進はというと、一応黙ってはいるが、心中興味津々だ。もしかしたら、お父さんの失敗談なのだろうか?

 「うふふ…… あれは付き合い始めて最初のクリスマスだったわ。付き合い出して半年くらいだったわね。パパがね、その頃話題になってたとっても素敵なホテルのディナーを予約したよって誘ってくれたの」

 「まぁっ!素敵ぃ! さすが、パパね」

 ずきり…… 雪が羨ましそうに両手を合わせて両親を見る姿に、進の胸が痛んだ。

 (どうせ……俺は……)

 「そのディナーは本当に素敵だったのよ。ママ、もう夢見心地で……うっとり」

 美里が思い出すように、目を閉じる。が、晃司が自慢げな顔をしているのかと言うと、なぜか逆にばつが悪そうな顔をしている。

 「それでそれで……?」

 「そのあとね…… パパったら、うふふ……」

 「何よ、もったいつけないで!」

 雪が焦れて続きをせがむ。美里はちらりと夫の姿を見たが、晃司はもう既に渋面を作っていた。しかし、美里の口は止まらなかった。

 「ホテルに部屋取ってあるよって…… もちろん、その時が……初めてだったのよ」

 「きゃっ、うわぁっ!!」 「えっ!!」

 もちろん、その意味がわからないわけがない。両親の初めての体験談に、雪はちょっぴり頬を染めた。両親にもそんな恋人時代があったことを今初めて知った気がした。
 進の方は、もう心臓ドキドキ状態だ。

 (そ、そっかぁ…… お父さんって、さすがスマートだと思っていたけれど、やっぱりやるなぁ)

 少し尊敬の念で、晃司の顔をまじまじと見てしまった。

 「うふふふ…… 素敵だったわよ、クリスマスの夜は……」

 本当に幸せそうな顔で、夫の顔を見つめる美里は、雪や進から見ても素敵な笑顔をしていた。

 「え〜っ! やだぁっ! ママったら、かわいいっ!」

 「だ・か・ら……ね、パパってそういう前科があるものだから……」

 美里が進の方を見て意味深に笑う。進はギョッとなって、背筋が一気に伸びた。雪も一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに美里の言葉の意味を理解したようだ。それが証拠に、赤く染まり加減だったその顔が、すっかり真っ赤になっている。

 「や、やだぁ!! パパったら、だから古代君をクリスマスには家に呼ぼうって熱心だったの?」

 「そうなの……あ・た・りっ!」

 進がどぎまぎして、真っ赤な雪の顔、苦虫をつぶしたような晃司の顔、そして……美里の顔を見た。

 「えっ? ええっ!? あ、あの…… ぼ、僕はそんなこと……」

 「そうよねっ、古代さん!」 美里がウインクした。

 「あ、当たり前だっ……」 晃司が怒鳴るように叫んだ。

 しかし、その声が裏返っているような妙な発音だった為に、雪と美里は顔を見合わせると、声に出して笑ってしまった。もう少しで固まってしまいそうになっていた進も、二人の笑い声につられて笑い始める。3人の笑い声に囲まれて、とうとう晃司も最後には小さく笑った。

 ちなみに、この話にはまだ続きがあった。その翌年の秋結婚した二人は、再びクリスマスに思い出のホテルに行き、前年と同じように食事をとり、泊まったという。羨ましそうに話を聞く雪に、美里は小さな声で囁いた。

 「その時に……雪を授かったのよ」

 美里の耳打ちと同時に、また頬を染める雪を、晃司は大体の想像がつくらしく困った顔で見ている。進には……もちろんなんのことなのかさっぱりわからなかった。

 それからも、しばらくとりとめもない話に盛りあがり、笑いあった。そして笑いが収まった頃、進はいとまごいをした。

 「あ……そろそろ失礼します」

 「あら? もうそんな時間? ゆっくりしていらして」

 美里がまだ進を引きとめたが、進は礼を言って立ちあがった。時計を見ると、9時を過ぎたところだった。雪も一緒に立ちあがる。

 「私、ちょっとそこまで送ってくるわ」

 そんな二人に、美里が粋な提案をしてくれた。

 「そうね、せっかくのクリスマスイブだし、二人で地上まで出て星でも見てきたら?」

 雪の目が輝いた。進と二人きりになる時間が欲しいと思っていたが、今日は見送りの時間くらいしかないだろうとあきらめていたところだった。

 「えっ? いいの? ママ」

 「いいわよねぇ、パパ!」

 「あ……ああ…… まあ、遅くならないんなら……な」

 美里が夫に同意を求めるが、その歯切れの悪い受け答えに、美里が二人に耳打ちした。

 「パパが反対できる立場じゃないわよねっ!」

 それを聞いた進が慌てて言葉を付け加えた。

 「あっ、い、いえっ、その……すぐに送ってきますから!」

 晃司がそれに反応する。ちらりと若い二人を見ると、ぼそりと言う。

 「今日中には帰ってくるんだぞ」

 「はぁ〜い!!」

 雪のいい返事と、美里のウインクに送られて、二人は森家を後にした。



 二人は、進の運転で地上に上がった。地上は、雲一つない晴天で、星々が美しく瞬いていた。外へ出て見たいという雪の言葉で、二人は車の外に出た。さすがに12月の冬の夜はひどく寒かった。

 「うっ…… 寒いっ!」

 「ほらっ、だから外は寒いっていっただろう」

 進は、仕方ないな、という顔をして、雪に自分の着ていたジャケットを羽織らせた。

 「ありがとう、でも古代君……寒いでしょう?」

 雪が心配げに進を見つめるが、進は首を振って笑う。

 「大丈夫、雪の編んでくれたセーター着てるから……あったかい」

 進のやさしい言葉に、雪はドキッとする。そしてもう一度そのセーターを見る。穴が目立っている。

 「……穴だらけの……?」

 「いいんだよ、これが……」

 「でも……それ、自分の部屋にいるときだけ着てね。人に見せるの恥ずかしいわ。来年は、もっと上手に作るから」

 そんな風に進に念を押す雪の姿がおかしくて、進は笑った。

 「あははは…… わかったよ。来年を楽しみにしてる」

 「ん。私も、どんな素敵なクリスマスに招待してくれるか……楽しみにしているわ」

 「えっ? あ、ああ、そうだな…… 雪は…… ホテルのディナーがいいのかな?」

 進が、少しニヤリとして雪の顔を覗き込んだ。もちろん、さっき聞いた話のことを模して言っているのだ。

 「えっ?…… ば……か……」

 雪は、言葉とは裏腹に、進の腕を取ってぎゅっとその腕を抱きしめた。そして頬を染めながら進の頬にそっとくちづけをした。冷たい頬に温かくてやわらかな唇が触れる。進は雪の方を向くと、優しくだが強く抱きしめた。

 「あったかいね、雪……」

 「ん、古代君……」

 雪は進の胸に顔をうずめ、胸をこするように頭を何度か振った。再び「ゆき」という声を聞いて顔を上げると、進の顔が少しずつ近づいてくる。雪はそっと目を閉じた。そして……待ちわびていたものが、雪の唇に触れた。ゆっくりと……そして、やさしく……

 12月の寒さも恋人たちの前には、なんの障害にもならなかった。熱いくちづけと抱擁が二人を包んでいた。



 しばらくして車に戻った二人は、にこりと微笑みあう。

 「今日は本当に楽しかったよ。ありがとう、雪。お父さん、お母さんにもよくお礼を言っておいてくれよ」

 「私もよ。古代君…… とってもあったかくて楽しいクリスマスだったわ。素敵なプレゼントもありがとう」

 どちらからともなく再び唇があわさって、二人の体も心もとても温かくなる。唇が離れてから、進は車の座席の後ろに持たせかかって、もう一度天の星々を見た。雪やその家族との楽しいクリスマスを思い出しながら、遠く星の彼方に思いを馳せていた。

 (僕はこんなに素敵なクリスマスを過ごしたよ、兄さん…… 兄さんはどうしてるんだろう? 僕に負けないくらい楽しいクリスマスを過ごしているだろうか?)

 進は、雪との幸せの中で星々を見つめ、遠く14万8千光年の彼方にいる兄、守を思い出していたのだ。

 「何を考えているの?」

 「ん? ああ、兄さん達、どうしてるかなって思って……」

 進の切ない顔を見て、雪が優しく微笑んだ。

 「きっと……私達に負けないくらい幸せなクリスマスイブを過ごしているわ、きっと……」

 「そうだね、きっと……」

 二人はそう語り合うと、再び互いをしっかりと抱きしめあった。
 

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