分岐点2−(5) 弟をよろしく
(1)
ヤマトがイスカンダルから帰ってからひと月余り経った。その短い間に進と雪の周りでもいろいろなことがあった。ヤマトの極秘改造、進の新しい任務、雪の秘書としての業務の本格開始等々…… そして、雪は両親の引越しを期に一人暮しを始めた。
また、地球に帰ってきた進の兄守は、諸派の事情から娘サーシャを真田に預けたが、詳しい話は進たちにはしなかった。その守も地球防衛軍に復帰し、司令本部で多忙な日々を過ごしていた。
そして今日、進は2度目のパトロールから地球へ帰ってきた。雪は仕事が抜けられないと連絡があり、コスモエアポートへ迎えには来ていなかった。到着した進が時計を見ると午後3時。
進は一旦自宅に戻り一息いれると、仕事を終えた雪を迎えに行くために、再び部屋を出た。雪の退勤まで時間もあったので、進は司令本部まで歩くことにした。ゆっくり歩いて30分足らずの道のりだ。
「ずいぶん整備されたなぁ」
歩きながら街並みを眺め、進は一人つぶやいた。白色彗星の攻撃を受けて焼け野原になった東京ネオポリスは、もうすでに再建され、人々がにぎやかに行き交っている。人々は、あの辛い出来事を忘れたのか、忘れようとしているのか、皆明るい顔をしているように思えた。
5分余り歩くと、雪が暮らし始めたマンションが見えてきた。ここは、進のマンションから司令本部に行く途中にある。その立地条件も気に入って、雪はここに決めた。
「雪の部屋か……」
雪の部屋のあたりを見上げた。引越しの日以来、進はそこへは行っていない。
(あの日誰も来る予定がなければ、あのまま雪と……)
進は、ふとあの引越しの日のことを思い出して、一人で熱くなった。
(兄さんがいけないんだ! あの時あんなこと言い出すから…… 雪は結婚するまで待って欲しいって言ったんだから…… いや、でも…… あの時は雪もまんざらでもなかったような…… ああっ!くそっ! 昼間っから何を考えてんだ、俺は!)
赤くなったり、眉をしかめたり…… 歩きながら百面相する進の顔を、すれ違う人が不思議そうに眺めていた。
(2)
進は司令本部に着いた。時間は午後5時を少し過ぎたところだ。定時なら5時で終わるはずだが、まだ残業があるのだろう。雪はまだ降りてこなかった。長官秘書ともなれば、なかなか定時に終わることは少ない。それでも、ヤマトでの過酷な勤務に比べれば楽だと雪は笑っていた。
進は、司令本部のエントランスで待つことにした。帰宅を急ぐ人々を見ながら椅子に座っていると、帰還初日の疲れからか、うとうとし始めた。30分も座っていただろうか、寝そうになって何度か舟を漕ぎそうになった頃、雪の明るい声がした。
「古代君!」
はっとして顔を上げて見上げると、すぐ目の前に雪が立っている。進の大好きないつもの笑顔だ。
「お疲れ様。ごめんね、待った?」
「いや、そうでもない。さっき来たばかりだよ。雪に会えたら疲れなんかどっかへ行ってしまったよ」
雪を見上げながら、進がにっこりと微笑んだ。そしてそれは雪の大好きな笑顔だ。
「まあ、古代君ったら」
珍しく進のやさしい言葉に、雪の頬が染まった。と、その後ろから聞き覚えのある声がした。
「ほぉ…… お前でもそんなことが言えるようになったのか」
慌てて雪の後ろの大きな男の姿を確認して見る。兄の守だった。
「に、兄さん!! いたのか!?……」
雪の後ろに守がいたことに全く気付かなかった進は、今の言葉を兄にも聞かれたことを知って真っ赤になった。
「いて悪かったな。さっきから一緒だったが、お前全然気付かなかっただろう?」
守は進の顔をじっと見て、にやっと笑う。
「い、いや……悪くはないけど、びっくりした」
「うふふ…… 今日古代君が迎えに来てくれるからって、守さんも誘ったの。一緒にご飯食べようかと思って」
「そうか、うん!いいよ。行こう、兄さん」
守はまだ薄笑いを浮かべながら進の肩をばしんと叩くと、またからかう。
「邪魔して悪いな」
「だから、悪くないってっ! もう……」
兄に茶化されて赤くなってムッとする進を見て、雪と守は顔を見合わせて笑った。
雪の見るかぎり、この兄弟はいつもこんなやり取りをしている。かわいがっているのか、いじめているのか、兄は弟が困ってムスッとするのを楽しんでいるように見える。
だが一方で、進のこれほどまでに甘えた表情は、雪にもなかなか見せたことがない。それだけ兄に心を許しているのだろう。仲のいい兄弟なのだ。
(3)
3人は、司令本部を出てしばらく歩いた所にある店に入った。和洋折衷の一品料理が並ぶ、若者たちの大勢集まる店だった。軽く飲めるカクテルやワインなどが置いてあった。先日、雪が友人と来て気に入った店らしい。
それぞれに飲み物と数皿の食事を注文した後、3人は色々な会話を楽しんだ。雪や守の仕事の話、いつも同じ職場で働いている二人は話題が豊富だった。進は面白そうに笑ってその話を聞いている。そして、進はパトロール艇であった出来事、宇宙の基地の様子を話して聞かせる。守は黙って、雪は矢継ぎ早に質問を挟みながら進の話を促した。
そして、雪の両親の引越しの話題が出た。雪の両親は父親の転勤に伴って、横浜に引っ越したばかりだった。
「お父さんたち、もう引っ越したんだろう?」
「ええ、この前の日曜日。無事にネ」
「手伝いにも行けなくてごめんよ」
「そんなこといいのよ。古代君地球にいなかったんだもの。それに、パパの会社の若い人たちが何人か手伝いに来てくださって、あっという間に片付いたわ」
「そうか、俺が手伝いに行けば良かったな。言ってくれれば良かったのに」
守はその引越しの日程を知らなかったらしく、申し訳なさそうに言った。
「そんな、守さんの手をわずらわせることなんかありませんわ」
守は愛娘サーシャを真田経由で宇宙に暮らすある人に預けたと進から聞いた。よくよくのことがあったのだろうと思って、詳しく聞くのはやめた。その上、久しぶりの司令本部の業務は守を疲れさせているような気がした。だから、雪はわざとその話を守にしていなかった。
「そんなことないさ、なあ、進。お前の『大事な』フィアンセのご両親なんだからなぁ」
「そうそう、雪! 力仕事があれば何でも兄さん頼んで使えばいいから…… 力だけは誰にも負けないだけあるからさぁ、兄さんは」
「こらっ! 力だけとはなんだ!? 力だけとは……」
今度は守の方が怒って軽く手を挙げた。進は慌てて両手を頭に乗せて首をすくめて笑った。
「あっははは…… ごめんごめん」
「うふふふ…… ありがとうございます。でも、もうそろそろ落ち着いたと思うし、今度古代君と一緒に遊びにいらしてくださいね」
二人のやり取りを笑いながら、雪が社交辞令で守を誘った。守が「そうだね、そのうちに……」と軽く笑ってこの話題が終わるつもりだったが……
「ああ、そうだな。そうだそうだ!! あさっての日曜日にでもお邪魔するかな」
「えーっ!?」
進と雪が二人揃って声をあげ、守の顔を凝視した。
「どうしてそんなにびっくりしてる?」
「に、兄さん、本気なのかぁ?」
「当たり前だ! 一度ご挨拶に行きたいとは思っていたんだよ。雪さんのご両親には進が世話になってるんだ。保護者としてはきちんとしておかないといけないだろうが」
守が真顔になって進と雪に向かって言った。
「保護者ぁ〜! 兄さん! いい加減にしてくれよ。俺はもう20歳(はたち)になったんだぞ。保護者なんかいらないよ」
守に保護者と言われて進がムッとした。しかし、守は反対に説教でも始めそうな雰囲気だ。
「何がハタチだ…… まだまだお前は……」
「兄さんはいつまで俺を子供扱いするつもりなんだよ!」
二人が喧嘩ごしになってきたのを見て、雪が慌てて止めた。
「古代君っでば! あ、あの守さんも…… そんなに気を使ってもらわなくてもいいんですけど、でももし良かったら一度いらしてください。母も父も喜びますわ」
「雪っ!」
「いいじゃない、ねっ! やっぱりお兄様なんだから一度紹介した方がいいと思うわ、私も」
「ほら見ろ、進! やっぱり、雪さんの方がよくわかってる」
雪を味方につけて得意顔の守が進をつっついた。
「う……確かに、一度は紹介しようとは思っていたけど……」 そう言ってチラッと雪を見る。雪が微笑んで頷くと、進は観念したように言った。「わかったよ」
すっかり乗り気の守はさっそく雪を促して、その場で横浜の雪の実家に電話を入れさせ、今度の日曜日をアポを取ってしまった。こうして、守と進は雪の実家を訪問することになった。
望み通り事が運び、ご機嫌の守は飲んで食べると、レシートを掴み一人先に席を立った。
「さて、俺は先に帰るよ。進に睨まれないうちに邪魔者は消えることにしよう。お二人さん、ごゆっくり!」
「あっ、兄さん!」
慌てて立ち上がろうとする進を制止し、ウインクして守は手を振った。
「じゃあ、日曜日よろしく!!」
(4)
守の後姿が見えなくなると、進と雪は顔を見合わせてくすりと笑った。
「俺達も行くか?」 「ええ……」
食事もあらかたなくなったところで、二人も席を立った。雪の部屋まで歩く道すがら、二人は取りとめもない会話をする。
「もう、兄さんのヤツ、言いたいことだけ言って行きやがって!」
「うふふふ…… いつも仲がよくていいじゃない。私は一人っ子だからうらやましいわ」
「そうかな。うん……」 進が照れたように笑う。
「私もお兄ちゃん、欲しかったなぁ。昔は隣のお兄ちゃん捕まえて良く遊んでもらってたっけ……」
「これからは兄貴を本当の兄さんだと思って頼ってくれていいよ。ちょっと調子良すぎて振りまわされかねないけどなっ!」
うらやましそうな雪の視線を受け、進はちょっとばかし自慢げに言った。
「ええ、ありがとう、古代君」
「それに…… 俺だって君よりは1ヶ月お兄さんなんだから……さ。頼ってもいいぞ」
進がもじもじとしながら、声をくぐもらせて言った。言葉とは裏腹な自信のなさそうな語気に、雪は思わず笑ってしまった。
「そうねっ、頼りにしてるわっ、進お兄ちゃん!」
「あんまり頼られてるように聞こえないな、その言い方じゃ」
「ばれた?」
「こいつぅ!!」
あははは、と二人から笑い声があがる。とりとめもない会話と冗談を言いながら街を歩く。ただこんな普通の事がとても幸せに感じる二人だった。
(5)
雪のマンションが見えるところまで来た時、ふと進が顔を真顔に戻した。そして、さっきの守の様子を思い出したように言った。
「でも兄さん、やけに明るかったよな……」
真面目な顔で雪の方を向いた。雪もそれに頷いた。
「ええ、そう。無理に明るく振舞ってらっしゃるような気がしてたの、私も」
「君もそう思うのか?」
「ええ、司令本部でもね…… この前まで長官のお体の調子が悪かったでしょう。だから守さんとても気をつかってらして、どんどん先頭を切って仕事をされてたのよ。
サーシャちゃんを手放したのだって、本当は一緒に行きたかったのに、長官や私達の事を気遣ってあきらめたんじゃないのかなって思えてきて……」
雪は守の仕事振りを思い浮かべながら言った。守は毎日残業早出をいとわず精力的に業務をこなしている。その姿は、まるで何かを忘れたいものがあるような、そんな風にも見えた。
「……うん。そうかもしれない。サーシャの事、俺にも詳しい事を言ってくれないんだ。話すのが辛いのかもしれないけど、俺に心配かけさせたくないんだろうな」
二人は顔を見合わせてほぉっとため息をついた。
「なんだか、逆に痛々しいわね。だから……たまには、家庭の味でゆっくりさせてあげましょう。ねっ!」
「そうだな、ありがとう、雪。君のお母さんは料理も美味いし……兄さん喜ぶよ」
「私と違って……ね」
「そうそう……っあっ、とっと……ち、違う、違う! 雪だって最近は結構食べられるじゃないか」
失言を慌てて訂正した進だったが、いつものごとくそれがフォローになっていない。雪がぷくっとふくれっつらを見せた。
「食べられる? あ〜ら、美味しくなくてご・め・ん・な・さ・い・ねっ!!」
「あ、いや……そうじゃなくって! 美味しいって、ほんと!」
「もうっ、いまさら遅いわよ! いいのよ、どうせホントの事だもの。これから練習するから、古代君味見してよ! あ、そうだ。明日の晩ごはん、作りに行ってあげるわね」
焦る進の顔を見るのが面白いのか、雪はころころと笑いながら、目だけで進を睨んだ。
「はい……命に代えて、全部食べさせていただきます!」
「んっもうっ! 大げさなんだからあ!」
進がふざけて敬礼する仕草をしながら、そんなことを言うものだから、雪も怒るわけにもいかず、軽く進の胸をつっついて笑った。
(5)
そして日曜日がやってきた。3人はそろって横浜に出かけた。ちょっとしたお出かけ用ワンピース姿の雪とシャツにセーター姿の進と比べて、守だけがしっかりとスーツに身を固めていた。
「兄さん、そんな格好してこなくてもよかったのに。堅苦しいじゃないか」
進がとがめるように言うと、またもや兄の反論にあった。
「何言ってるんだ。弟のフィアンセのご両親に初めて会うんだぞ。きちんとしないとだめだろうが! それにほらちゃんとお土産も買ってきたし……」
「はいはい……」
進は、兄の理屈に言い返せなかった。二人の会話を雪は黙って聞いて笑っている。そして……目の前の高層マンションを見上げた。
「さあ、着いたわ。ここの8階よ」
3人は、エレベータに乗って8階へと昇った。雪を先頭にすぐ後ろに進、そして守と続く。部屋までの廊下からは海が良く見えた。進が少し前に出て雪の隣まで来て話しかけた。
「景色のいいところだね、雪。横浜の港も一望できるなぁ」
「ええ、そうでしょう? このあたりも再開発が盛んなのよ。色々な施設ができるらしいわ。遊園地とかの計画もあるそうよ。できたら来てみたいわ。パパのところに泊めて貰えば、宿泊費もいらないしねっ」
「ああ、いいよ。楽しみだな」
にっこりと微笑み合う二人には、その時横浜湾の風景とお互いしか見えていなかった。雪がそっと進の腕に手を通す。
「あー、コホン!」
守の咳払いにびくっと振りかえる二人。守はあきれたように笑った。
「お前達いつも人がいてもそんななのか? だから、真田や相原君があきれるわけだ」
「べ……別に、そんなこと、な、雪」
「え、ええ……」
またもや兄にからかわれた二人の顔は真っ赤になった。
「ところで、雪さん? お父さんの家はまだなのかい?」
「えっ? あっ、ああっ! すみません、行き過ぎちゃいました!!」
3人が立っているのは、既に廊下の端だった。慌てて駆け戻る雪を、真っ赤になったままの進と笑いが止まらない守が追いかけた。
(6)
雪は『森』という表札のある部屋の前で立ち止まると、息を整えてから部屋の呼び鈴を鳴らした。そして、インターホンから声をかける。
「ただいま。雪です。古代君達も一緒よ」
「待ってたわ。どうぞ入って……」
中から声がして、カチッという音が鳴ってドアロックが開いた。雪はドアを開けると、後ろを振り返った。
「さあ、どうぞ」
3人は続いて玄関に入ると、そこには雪の母親の美里が立っていた。雪と進の二人を見ると、にっこり笑って二人を促した。
「いらっしゃい。待ってたのよ。さあ、早くお上がりなさい」
雪が靴を脱いで上がりながら、振り替えって後ろの二人に声をかけた。
「入って、古代君、守さん」
「お邪魔します」
進は一言そう告げると、気軽に靴を脱いで玄関を上がったが、最後に入ってきた守は玄関先で再び立ち止まると、深々と頭を下げた。
「初めまして、雪さんのお母様でいらっしゃいますか? 私は、古代守と申します。弟の進が大変お世話になりまして、本当にありがとうございます。こちらに戻りましてからも、ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。
あ、それからこれはつまらないものですがどうぞ」
守はそれだけを一気に言うと、手に持っていた紙のバックを美里の前に差し出した。
きりっと立って礼儀正しい挨拶をする守を見て、美里の顔つきが変わった。
雪と進に対する美里はいつも母の顔である。だから今も、まるで小さな子供を家の中にいれるような口調だった。
ところが、守に対してはその声も口調も違った。
「まあまあ、そんなお気遣いいりませんのに。ありがとうございます。雪の母の森美里と申します。こちらこそ娘が大変お世話になりまして……
さあさあ、こんなところではお話もできませんわ。どうぞお上がりくださいな」
美里は、目じりを下げ、うっとりしたような笑顔で、再度守を促した。
「ありがとうございます、お母さん」
守もにっこりと微笑みを返し、玄関を上がった。その姿を美里は満面の笑みを浮かべて見守っている。
美里の後ろからそれを見た進が雪に耳打ちした。
「おいっ、雪。お母さん、俺に対してと随分対応が違う気がしないか?」
なんとなく面白くなさそうな進の声に雪がくすりと笑う。
「守さんってママの好みだったのかしら……」
「ええっ!?」
「うふふ、冗談よ。いいじゃないの、仲良くして貰えたら。さ、入りましょう」
そして、にっこり顔の3人と少し不満顔の約1名は、並んでリビングへと入っていった。
(7)
リビングは広々としていた。海に面した大きなガラス窓は、開けるとベランダに通じている。部屋の南側には、じゅうたんが引かれ、ソファーと小さなテーブルがある。フローリングのままの内側の方は、ダイニングテーブルが置かれ、カウンターを挟んでキッチンと向き合う構造になっていた。
進も守もこの部屋の心地よい雰囲気がすぐに好きになった。
リビングでは、雪の父親の晃司が座っていたが、客が入ってきたのに気付いて立ちあがった。
「やあ、来たね。いらっしゃい。狭いところですが、さあ、どうぞ」
「ただいま」「こんにちは」 雪と進が声をかけ、頭を下げた。そして、
「初めまして、古代守と申します。弟が大変お世話になりまして……ありがとうございます」
守はここでも礼儀正しい挨拶を繰り返した。横から美里が声をはさんだ。
「お土産までいただきましたのよ」
「ああ、それはそれは……どうもありがとうございます。進君とはもう家族同然でやらせて貰ってますから。どうぞ、お兄さんもそのおつもりでざっくばらんにやってください。さあ、おかけください」
晃司がにっこりと笑って、守達に椅子を勧めた。進と守は並んで勧められたソファーに座った。美里が雪に声をかけて台所に立った。お茶を用意するつもりなのだろう。
「景色もいいし、きれいなところですね、お父さん」
進が部屋をぐるっと見回して言った。
「ああ、そうだろ? 会社の紹介で選んだんだが、新築なんだ。まあ、このあたりも被害が大きかったようで、ほとんど新築だがね。海が見えるのが気に入ってね。こんど休みの時にでもゆっくり泊まりに来なさい」
「そうですね。雪ともさっき言ってたんですよ。いろいろ施設もできるらしいし……」
「楽しみにしてるよ。ああ、そうそう。ちょっといいワインが手に入ったんだ。後で飲まないか?」
「えっ? いいんですか? でも昼間から……」
進がパッと顔を輝かせる。
「いいじゃないか。休みなんだから、それに今日は車じゃないんだろう?」
「はい。じゃあ、お言葉に甘えて…… そっかぁ、楽しみだなぁ」
「君もすっかりワイン党になったな」
「あははは…… お父さんのおかげですよ」
進が自然に雪の父の事を「お父さん」と呼び、さりげない会話をしている。そしてそれが、なんの違和感もなく受け入れられている様子に、守は満足げに目を細めた。
「いい家族ができて良かったな、進」
「う、うん……」
進が照れて笑った。晃司もその二人の兄弟をほほえましげに見ていたが、ふと思い出したように、その顔が悲しげに変わった。
「お兄さんは、この度は大変でしたね。奥様の事伺いました。本当に残念な事です。われわれ地球の人々にとっては命の恩人の方ですのに……」
「……ありがとうございます。しかし、なんとか、少しずつ現実を受け入れられるようになりました。それに娘の事では、いろいろとお気遣いをいただきまして、本当にありがとうございました」
守も真面目な顔になって頭を下げる。森夫婦が、サーシャを預かってもいいと提案してくれた事への礼を言ったのだ。晃司は何も言わすただ頷いた。
(8)
そこに、美里と雪がお茶を持って入ってきた。美里は、ティーカップを進と守に勧めながら、残念そうに言った。
「本当に、お嬢さんのこともお役に立てなくてごめんなさいね。なんでも、地球ではしばらく住めないとか…… お父様としてはお辛いですわね?」
「は…… ですが、信頼のおける預け先を見つけられたのが、不幸中の幸いです」
「そう、それを聞いて私達も安心ですわ。こちらに戻って来られたら是非連れていらしてね。本当に楽しみにしてましたのよ。かわいい赤ちゃんなんてしばらく見てませんもの」
美里はやわらかな眼差しで守を慰めるように話した。
「会った事もない私達に、そのようなお心遣いをいただいて、とても嬉しかったです。
ですが、お母様の腕に抱いていただくべき赤ん坊は、私の娘ではないと思いますが…… そうだろ? なぁ、進!」
「へっ!?」
突然話を振られた進がびっくりして目を丸くした。雪が守の意図する事を感じとって、恥ずかしそうに笑った。そして、美里がその言葉に俄然調子づいた。
「そうなのよ! そっちの方がとても待ち遠しいのよっ! 守さん、いいこと言うわ。私も早くね、孫の顔が見たいのよ。あの時に雪達が結婚してたら、もう今ごろ赤ちゃんができてて、生まれる日を心待ちにしてたかもしれないと思うと……ねぇ。ああ、ほんと、早く欲しいわ。ねえ、あなた」
「ん? うん、まあ……」
美里の勢いに晃司が押されたように頷いた。彼女が調子づくと、なかなか止まらない。
「ほんとよ、守さんのお嬢さんだって私、とっても楽しみにしてたの。それも本当に残念なのよ。でもね、やっぱり自分の孫となると…… ねぇ、雪。子供だけでも先に作ってもいいのよ」
「ママァッ! ばかなこと言わないで……」
雪が真っ赤になる。進も絶句して言葉が出ない。守だけが美里の言葉に大受けし、「わはは」と大きな声で笑った。晃司は苦笑している。
守は笑いながら、美里を応援した。
「お母さん、私のほうから進に良く言っておきますよ。でも、本当に子供が先でもいいんですか?」
「もう、いいのよ。この二人に任せてたら、結婚はいつになるかわからないんですもの。どうせ結婚するのなら、どっちが先でも私はいいわ」
守はますます笑いが止まらない。雪と進は既に蚊帳の外だ。
「いい加減にしておきなさい、美里。初めて会うお兄さんが驚かれるだろう?」
暴走気味の美里をさすがに気にして、晃司が止めた。
「あらっ、ざっくばらんに、なんでしょ? あなた」
「ま、まあ。それはそうだが……」
「もう、ママったら、その話はもういいから…… お引越しの荷物はもう全部片付いたの?」
気を取り直した雪が、やっとチャンスを見つけて、話題を変えるため、引越し話を始めた。しかし、それもまた美里にとって格好の話題提供になってしまった。
(9)
「ええ、こっちに来てから、毎日、横浜支社の若い方々がお休みごとに来てくださってあっという間に……ね」
美里がうれしいそうに部屋を見回した。彼女の言う通り、部屋はすっかり落ち着いた雰囲気になっていた。引越しした早々は、こまごましたものがたくさんあって、すぐには片付かないとぼやいていた母だった。
「そう? よかったわ。あの引越しの時にお手伝いに来てらした方々?」
引越しの日、東京を出るときは今までの部下が手伝ってくれた。その彼らは雪も何度か会った事があって知っていた。が、横浜での入居の手伝いに来た連中は、新しい部署の部下で、雪も初対面の人ばかりだった。
引越しの手伝いという事もあって、若手ばかり数人が来ていた。皆、新支社長の美しい娘が気に入った様子で、雪に愛想がよかった。
その事を思い出すように、美里は笑った。
「そうなの。うふふ……でもね。皆さん、来てはがっかりして帰っていくのよ」
「がっかり? どうして?」
美里は、不思議そうに尋ねる雪に向かってちょっと意味深に笑い、進の顔をチラッと見た。進は美里の視線が自分に向いた事で首を傾げた。
「あのね…… 皆さん、あなたがお目当てだってみたいなのよ」
「えっ? 私?」
「そう、あなた引越しの日、一緒に手伝ってくれてたでしょう? だからあなたも一緒に住んでるって思ったみたいでね。ふふふ…… 「今日はお嬢さんはいらっしゃらないんですか?」ってみんな尋ねるのよ。で、「娘は東京に一人で住んでます」って答えたら、みんながっかりした顔しちゃって」
美里は雪と進の反応を興味深げに探りながら話した。
「いやぁね……」
「…………」
照れ笑いする雪の横顔をつまらなそうに進は見た。守の方は、その展開を面白そうにに聞き入っている。晃司も口元が笑い出しそうに緩んでいる。
「その上ね、あなたと付き合いたいみたいなことをほのめかす人もいてねぇ」
「ええっ!」
進がたまらずに声をあげた。晃司と守は笑いを押さえるのに必死だった。
「「娘には婚約者がいます」って答えたらもうだめなのよ。その方の片付けの手が鈍っちゃって…… かわいそうだったけど、可笑しくて…… ああ、でもパパの会社の若い人なら、いろいろと心配いらないし…… ママ、応援しちゃおうかしら」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」 「そうよ、ママ!」
美里は、腰を浮かせて焦る進と、険しい顔をする娘の姿をいかにも可笑しそうに見てから、それを否定した。
「うふふ…… 冗談よ。じょうだんっ!」
「ま、そういうことで、片付けは予想以上に早く終わって助かったよ、雪」
晃司がソファーにどっかりと座りなおし、妻の顔と娘の顔を交互に見た。
「やあね、パパまで……」
困った顔の進に追い討ちをかけるように、守がうそぶいた。
「おい、進。お前も、うかうかしてられないな。司令本部でも、雪さんは人気者だしなぁ。大丈夫か? お前、宇宙なんか行ってふらふらしてる場合じゃないんじゃないか?」
「兄さんまでなんだよ!」
「そうよ。私は別に……」
真剣な顔で抗議する二人だが、守と美里、そして晃司はくすくすと笑い続けるのだった。若いフィアンセ達をからかう事で、守と雪の両親の間に一種の連帯感のようなものが生まれた。場が和み、守の緊張がすっかり緩んだ。
(10)
しばらくすると、また美里と雪が席を立った。そして男3人が、とりとめもない話をしているうちに、昼食の時間となった。ダイニングテーブルに美里と雪の心づくしが並ぶ。テーブル一杯に並ぶ料理に、守は目を見張った。
特にかしこまった料理はない。巻寿司にお稲荷さん、肉じゃが、ほうれん草のお浸し―ちょっとしゃれて薄焼き卵で巻いて芯にしょうがを巻いてある―などの和風料理。ハンバーグ、ヒレカツ、レタスを敷き詰めた上に盛られたミモザサラダ―散らされた裏ごしされた卵の黄身と飾りのトマトの赤が鮮やかだ―などは洋風。さらに、えびチリ、鳥のからあげ、チンジャオロースーなどは中華のメニューだ。
雪から兄弟揃って大食漢だと聞かされていた美里がボリュームたっぷりの料理を用意していた。
「これは……すごいですね。久しぶりですよ。家庭の料理をいただくのは……」
「お母さんの料理は美味いよ。兄さん、たくさん食べるといいよ」
「さあさあ、見てないで早く食べてくださいな。お口にあうといいのですけど」
美里の号令に、皆が頷く。雪が冷蔵庫からビールを1本出してきて、5人で分けて乾杯した。そして……
「いただきます!!」
守と進は同時に一言そう言うと、勢いよく食べ始めた。そして二人ともすぐに舌鼓を打った。「うまい!!」
その食べっぷりに美里も晃司も目を丸くした。二人とも気持ちいいほど豪快に食べた。進の食べる姿は美里達も何度も見ていたが、それが二人揃うと壮観だ。この様子を見れば、誰も見まごうことなく、この2人が兄弟だとわかるだろう。
何度か2人の食事風景を既に見た事のある雪だけが、くすりと笑っただけで、自分も食事を始めた。が、食べる事も忘れて兄弟の姿に見入っている2人に、進が気付いた。
「あれっ? どうしたんですか?」
「あ、ああ…… さ、食べよう、ママ」
「そうね、ほんと、作り甲斐があるわね。あなた達に食べてもらうのって」
「は、はあ……」 「そ、そうですか……」
進と守が口に物を頬張らせたまま顔を見あわせる。雪は声を出すのを必死に我慢しながら笑っていた。
(11)
しばらく食べる事に専念した後で、美里が尋ねた。
「どう? 守さん? 何が美味しいかしら?」
「いやぁ、どれも全部うまいですよ。なあ、進」
「うん、そうだろ。でもひとつ選んだらどれがいい?」
美里が尋ねた理由に気がついた進が、守に答えを促した。雪が期待を込めて守の顔を見ている。
「ん? そうだなぁ…… どうしてもって言われたら……」守はちょっと考えてから「この肉じゃがかなぁ。何か懐かしい味がするよ。昔食べた味がするような……」
守のその回答に、進と雪、そして美里が顔を見合わせてにっこりと笑った。
「ん? どうかしたか?」
「それねぇ、雪が作ったんだ」
進がニコニコと笑いながら、兄に説明した。一番選んで欲しい料理を選んでくれたのがうれしかったのだ。
「へぇぇ、すごいじゃないか。いやぁ、ほんと美味いですよ、雪さん。よかったな、彼女が料理上手で」
「そんなこと……」と謙遜する振りをしながらも、笑顔で得意げな顔をする雪を見て、今度は進と美里が顔を見合わせたかと思うと、プーッっと吹き出した。晃司も可笑しそうに笑っている。
「な、なによ! 古代君もママもぉ!」
「い、いや…… なんでもないよ。なんでも……ぶっははは」
雪は、笑いの止まらない進を小突きながらプイと膨れた。
「どうしたんだ? 進。そういやあ、お前この肉じゃがあまり食ってないんじゃないか? どうしてだ? こんなにうまいのに」
「いいからいいから、兄さん。雪も最初は料理は苦手だったけど最近美味くなったんだ。なあ、雪」
「そうねぇ、進さん、最初に「おいし〜い」卵焼き食べさせてもらった事あったわよね、うふふふ……」
「もう、知らないっ!」
守もなんとなく雰囲気を察したのか、くすりと笑って、そして再び食べ始めた。
「とにかく、今日は全部美味しいですよ!」
こんな調子で、賑やかな昼食は盛り上がった。
(12)
昼食後は、晃司の予告通り、ワイン試飲会になった。進はもちろん、酒はいける口の守も、晃司のワインを美味い美味いと言いながら飲んだ。晃司もすっかり上機嫌になった。3人は、2本もあったお勧めワインをあっという間に飲んでしまい、晃司はほろ酔い加減で次の酒を要求した。
「ママ、他のワインを持ってきてくれないか」
「大丈夫なの? まだお昼の真中なのよ」
「いいからいいから…… ほら、早く」
「もう……」
美里と雪は顔を見合わせて笑う。さすがに女性二人は昼間からそんなに飲む気になれなくて、傍観しているのだ。
しかし、あきれかえる女性陣を尻目に男どもはいい調子だ。特に、勧められるままに飲んだ今日の主賓の守は、すっかりいい気分だ。着てきた上着は脱ぎ捨て、ネクタイをはずし、シャツのボタンも一つはずしてしまった。そして、三人ともがソファーから降りて床の上にあぐらをかいて座っている。
美里が仕方なしに新しいワインボトルを持って行った。2人の勢いに飲まれて飲み具合が一番少なかった進が、美里の顔色をうかがうようにぺこりと頭を下げた。
「あ…… お母さん、すみません。あの、もうこれでやめますから……」
進の気遣いに、美里はそっと「あなたはいいのよ」と囁いた。
「いいじゃないか、せっかくお父さんが勧めてくれてるんだ。俺はいただくぞ」
「兄さんっ……」
ワインの量は、兄の方が格段に多いようだ。守に初めて玄関を入った時に緊張は全く無くなっていた。
「いや、いいんだよ。古代君、私はね、今日はなんだかとてもうれしいんだよ。昔から息子と一緒に酒を飲むっての憧れてたんだ。いやあ、今日はこんな立派な息子が二人もいるんだ。昼間だろうが何だろうが、飲まずにはいられない気分なんだよ」
晃司は本当にうれしそうだった。進と守を目の前にして少し赤くなった顔に満面の笑顔をうかげている。横から美里が軽くつねった。
「あら、娘しか産んであげられなくてごめんなさいね!」
「あは、あははは……」
「さ、さ……お父さん、飲みましょう!」
「やあ、守君は話がわかるねぇ。ほら、進君も……」
「は、はい…… いただきます!」
ここまできたらヤケクソ半分の進。その後は、2人に負けじとグラスを傾けた。盛り上がった3人は、それからワインを2本あまり空にして、とうとうごろんと寝てしまった。
(13)
後片付けは当然しらふの女性陣の仕事…… ごろごろ転がる物体?を避けながら、母と娘はせっせと皿やコップを運んだ。それでも、2人ですればあっという間に片付いてしまう。『マグロ3体』を除いてすっかり片付いた。
雪と美里は、ダイニングテーブルにすとんと座って一息ついた。
「あ〜あ…… もうっ! 困った人たちね」 美里がぼやき加減に笑う。
「うふふ…… パパったらほんとにうれしかったのね。パパがこんなに飲んだの、私ほとんど見たことないわ。それも昼間っから…… ねえ、ママ、パパ、本当は男の子欲しかったんじゃないの? 男の子も産んであげればよかったのに……」
「うふふ…… そうね。でも私はあなた一人がいれば十分よ。後は孫をどっさり抱かせてもらうわ。頑張ってちょうだい」
「ん、もうっ! また、その話っ!」
寝転がる3人をやさしい眼差しで見つめながら、2人は笑った。
「夕方まで寝かせてあげたほうがいいわ。少し寝れば酔いもさめるし……」
「そうね、さあ、女はお茶にしましょ。お兄様がお菓子を買ってきてくださったから」
「はぁい!! 古代君達には置いといてあげないんだから。たくさん食べちゃおうっと!」
お菓子と聞くと、雪の目が輝いた。
「うふふ…… 太るわよ、雪」
「大丈夫よ!」
「せいぜい古代さんに嫌われないように、ウエイトコントロールしなさいね」
「余計なお・せ・わっ!」
(14)
夕方になって3人は程なく起きた。さすがに飲みすぎたなと苦笑いする晃司。恐縮する進と守。だが、妻と娘がそれほど怒っているようにも見えなかったので、彼らとしては一安心だった。
その後、美里が夕ご飯をと勧めたが、進も守もとても食べられそうになく、今回は辞退することにした。そして、守達はそろそろ森家を辞する事にした。
「今日は久しぶりに楽しかったです。ご飯もワインもとても美味しくて…… ですがあの、いきなり羽目を外して失礼しました。お母さんもすみませんでした」
守が気恥ずかしそうに頭を下げた。進もつられるように頭を下げる。「すみません!」
「いやいや、楽しかったよ。進君はもちろん、守さんもまたいつでも来てくれよ」
「そうよ、私も楽しかったわ。それに、私、守さんとは気が合うような気がするわ。ほんとまたいらして」
美里の言葉にギクリとするのは……進と雪。
「は、ありがとうございます。これからも、弟のことよろしくお願いいたします。いろいろとご迷惑もかけると思いますが……」
「こちらこそ、これからよろしくお願いいたします。娘の方こそ、お世話になると思いますが、よろしく頼みます」
「ご馳走様でした」 「パパ、ママまた来るわ」
それぞれが挨拶を済ませ、守の森家訪問は、つつがなく?終了した。
(15)
都心に戻ってくると、守が軽く飲みに行こうと進達を誘った。そして、明日使う資料に目を通さなければならないから、と辞退する雪を部屋に送り届けて、守は進と街に出た。
2人は軽く飲んでゆっくりできる店を探し、小さな間口のピアノバーを見つけ入った。守と進は静かに流れるジャズの音楽を聴きながら、グラスを傾けた。
「本当に今日は楽しかったよ、進。お前もすっかりなじんでたしな」
「そうかい? けど、まだ緊張するんだぜ。なんか、雪の両親の事をお父さん、お母さんっていうのは、ちょっと、なんとなく面映くて……」
進が気恥ずかしそうな笑いを浮かべた。兄の手前すっかりなじんだように見せていた進だったが、それなりにまだ気を使うことが多いのだ。特に……
「けど……兄さんと雪のお母さん、何を言いだすかってマジにひやひやしたよ。案の定あれだもんなぁ」
「あははは…… あのお母さんはいつもあんな調子なのか?」
「ああ、そうなんだ。思った事をストレートに表現するていうか…… 憎めないんだけどさ。最初、雪と付き合いたいって言った時も、「宇宙戦士なんかと雪は付き合せられません!」って追い返されたんだぜ」
「へええ……そうだったのか。あのお父さんも?」
「いや、お父さんはそうでもなかった。お父さんがうまく説得してくれたのかもしれないな。普通なら反対なのにね。お父さんにはいろいろ世話になってる。あの人はいつも包み込むようなやさしさを持った人なんだ」
「そうだな……」
「でも、お母さんもいい人なんだよ。雪のこと心から愛して心配してるんだ。だから、いつもいろんな発言になるんだ。最初は反対もしたけど……そのわけも俺はよくわかってるんだ」
「うむ。だが、お前、結構あのお母さんにかわいがられてるじゃないか」
「えっ? そ、そうかなぁ」
「あはは……そうだよっ。お前、本当にいい家族に出会えたよ。俺もこれで安心したよ」
「ん……」
進がグラスを両手でぎゅっと握って、微かに口元を緩めた。守はその仕草に、弟は幸せなんだと感じた。守のそんな視線を感じたのか、進は顔を上げると兄の方を向いた。
「兄さん、ありがとう。俺の事いろいろと心配してくれて。でも、それより兄さんも自分の事考えろよ。地球(こっち)に帰ってからの兄さん見てると、無理して明るく振舞ってるように見えてならないんだ。無理するなよ…… 俺の前なら泣いたっていいんだぜ。2人っきりの兄弟じゃないか。遠慮するなよ」
「進…… お前は父さんを早くに亡くしたけど…… 沖田さんに森さん……二人もいい父さんに巡り会えたんだな」
何も答えずただにこっと笑った進の顔が、守には印象的だった。
(16)
守はグラスに残っていたカクテルをぐっと一飲みすると、またおどけた顔に戻って、進に「口撃」を加えた。
「それに、雪さん! やっぱりお前にはもったいない人だよ」
「なんだよ、突然に! 雪だって何でもできるスーパーレディみたいだけど、そうでもないんだぞ。ほんとはさ、料理なんててんで出来ないんだから」
もったいないと言われて進は口をとんがらせ、彼女の弱みを暴露した。
「へえ、そうなのか? ああ、そう言やあ、あの肉じゃがの時お前達笑ってたけど、なんか意味深だったな。しかし、あれは確か古代(うち)の肉じゃがの味だったよな。美味かったぞ」
「そりゃあそうだよ! 昨日雪が俺んとこに来て一日がかりでやっと覚えたんだから。最初に作ったのなんか、どうやったらこんな変な味が作れるのか不思議なくらいの味だったんだぞ。それから、俺がしょうゆが少ない、砂糖が多い……って作る度に味見してやってさ。嫌って言うほど肉じゃがばかり食べさせられて……お陰で俺は、もうしばらく肉じゃがは見たくない気分なんだ」
「あっははは…… それで、今日は手をつけてなかったのか?」
「ま、ね。その事を雪はお母さんには話したんだろう。だから、お母さんも笑ってたんだ。でもさ、雪は兄さんに懐かしい味を食べさせてやりたかったんだよ」
「ありがたい話じゃないか。やっぱりいい娘(こ)だよ、彼女は…… お前にはもったいない」
「結局、そこに戻っちゃうのか」
進が苦笑する。守は頷くと、再び弟を急き立てた。
「そういうことだ! お前もいろいろ考える事はあるんだろうが、早く自分の幸せを見つけろよ。彼女に愛想つかされないうちになっ!」
「わかったよ! でも俺は今、十分に幸せだよ。兄さんこそ……」
「そうか……そうだな。俺も探すよ、新しい道を」
年の離れた兄弟は、その晩、夜遅くまで語り合った。
そして……弟は、兄が体験した不幸な出来事を少しでも早く思い出に変え、娘と2人新しい幸せを見つけてくれるようにと願った。
そして兄は、弟が晴れて愛する人と結ばれ、新しい家族を手にする日が、一日でも早く来るようにと、心の底から願わずにはいられなかった。
兄は思った……その時もう一度、あのお父さんとお母さんに言わなければならない。
―――『こんなやつですが……弟をどうかよろしくお願いします』―――と。
−お わ り −