Departure〜彼らのスタートライン〜

2.俺とヤマトと彼女と人生

Chapter 5

 (1)

 空がうっすらと明るくなってきた頃、進の乗った車は、南九州まで到達していた。無意識のまま車を走らせてきたつもりだったが、やって来たのは結局ヤマトゆかりの地であった。

 あるサービスエリアの駐車場―そこにはレストランらしき建物があるが、まだ営業は開始されていなかった―に滑り込んだ進は、カーナビの地図を拡大表記させた。

 「……次の出口を出れば……そこからが一番近いな」

 そうつぶやく進の視線の先の画像には、九州南端にある小さな岬の名前が書かれていた。その名は―――

 ――坊ヶ崎※

 「あれからもう、5年か……」

 進は車の外に出て大きく伸びをすると、天を仰ぎながら初めてこの地を訪れた日のことを思い出していた。

 2199年、ガミラスの遊星爆弾の攻撃で死滅への道をまっしぐらだった地球に、たった一つだけ生まれた光明、それがイスカンダルからのメッセージとそれを受け取るために改造された宇宙戦艦ヤマトだった。
 あの時、進と島は、一緒にガミラスの偵察機を追尾し逃げられ、そのままエンジントラブルを起こして緊急着陸した。その場所がこの坊ヶ崎の沖合いだった。
 もちろんその当時は、海水は干上がっており、目の前には完全にスクラップ状態の太古の戦艦、大和があった。完全に朽ち果てた戦艦大和は、それでもその大きさから異様なほどの威圧感を感じたことを、進は思い起こしていた。

 だが進たちは、大和の下に最新鋭の戦艦が眠っていることを、その時はまだ知らなかった。

 それから……5年の月日が経って、ヤマトは再び眠りについた。坊ヶ崎ではなく、アクエリアスの海の中で……

 そんなことを進が夢想している間に太陽が昇り始めたのか、あたりは急に明るくなり始めた。

 「さぁて、行くか……」

 進は再び車の座席に戻ると、エンジンをかけた。

 走り始めた車の中で、進は考えていた。
 どうしてここに来たのか、坊ヶ崎に行って何をしたいのか、今この場にあってもまだよくわからない。だがここまで来た以上、その場に行ってみたいと強く思っていることだけは確かだった。
 もちろん、ヤマトの建造現場までは陸続きで行けないこともわかっている。ただの岬があるだけ。そこには何もないことも承知の上で、それでもなぜか行ってみたかったのだ。

 (2)

 ハイウエイを数分走ると目的の出口があった。進は指示器を出して横道に入り、予定通りハイウエイを降りた。
 それから、もう一度カーナビの地図と道路を確認しながら、未開発の土地が続く細い道を岬に向かってゆっくりと走り続けた。
 早朝でもあるからか、対向車も歩く人も見えない。まったくの静寂の中、進が駆る車のエンジン音だけが響いていた。

 ほどなく眼前に海が見え始め、そのまま海岸線に沿ってしばらく走ったところで、岬を示す小さな標識があった。その標識の指示通り脇道に入り、ほんの数分走ったところが目指す終点だった。

 岬の先端は広い空き地になっている。木も草も人工の建造物も何もなく、ただ荒涼とした広場の先が断崖絶壁となっていた。その地面が終わるギリギリのところに、申し訳程度に柵が作られ、誤って滑落しないようにだけはなっているようだった。

 だが、その柵がところどころ破損したり傾いているところを見ると、太陽異常増大によって、1年近くも暑い日差しにさらされた後、まだ復旧作業がされていないのだろう。
 その崖の向こうには、海が360度の視界をもって大きく広がっていた。

 進は車を止め、その乾いた赤茶けた大地に足を下ろした。靴の下でさくりと乾いた音がした。

 ガミラスの攻撃で地球全土が放射能に侵され、その後、都市を中心として再開発、再緑化がされてきたが、度重なる宇宙からの攻撃のために、まだ過去の姿を取り戻すことができていない地区も多い。
 ここも見る限り、ほとんど人の手が入った様子はない。この坊ヶ崎も未開発地区のひとつであるのだろう。

 進は岸壁まで歩み寄ると、遥か海の彼方をじっと眺めた。

 (この沖合いで……ヤマトは生まれたんだ……)

 (3)

 5年前のあの日、250年の眠りで朽ち果てた大和を見た場所は、ここからさらに南方の海中にある。あの時は海の水が涸れていた。だが今は……
 アクエリアスの功罪でもあり恩恵でもある降雨が、渇き切った地球を潤し、再び豊かな海を形成している。

 かつてヤマトを建造した大和の地下工場も今は閉鎖されているという。大きな海原のどこにそれが存在したのか、ここからは全くわからなかった。
 ただこの岬から遠く、かつての姿を思い起こすことしか、進にはできなかった。

 進は青い海の水平線の向こうをただひたすら見つめ続けた。

 思い起こすのは、やはり5年前の出来事。ヤマトという戦艦の存在を知らされてから出発するまでにも、様々なことが起きた。

 兄を見捨てて帰って来たと非難した人が、ヤマト艦長に着任すると知ったとき、堪えきれないほどの大きな憤りを感じた。そして同時に、本当に自分はそんな人間と一緒にやっていけるのかと、ひどく不安にもなった。
 また、一目惚れも同然に出会った一人の少女が、一緒にヤマトに同乗することを知り、密かに心躍らせたのも、あの頃のことだった。

 その後、進はその二人のどちらとも深く強い絆で結ばれることとなった。一人は父とも思えるほどの人生の師となり、一人は人生をともに歩むべき生涯の伴侶となった。
 ヤマトという艦があり、ヤマトの旅があってこその出会いであり、つながりであった。

 しかし、その人生の師と仰いだ人と、出会いを導いてくれたヤマトを、進は今なくしてしまったのだ。

 (ヤマト……君はもう一度ここに戻ってきたかったんじゃないのか? ここでもう一度、ゆっくりと永遠の眠りにつきたかったんじゃないのかい? 俺は……俺は……君をもう一度ここに戻してやりたかった……)

 進の瞳に涙が溢れ始める。悔しさと悲しさと虚しさと…… 負の感情が全て湧き上がって来るような気がした。

 ――ばかやろうっ!

 自分に対して、そして自分を置いて逝ってしまった者たちに対して、大声でそう叫びたかった。大声で叫んで、この気持ちから解放されたかった。
 だが進の口からはその声は発せられはしなかった。

 今、目の届く範囲には、進以外は誰もいない。どんなに大声を出しても、おそらく誰にも聞こえないだろう。どれだけ大きな声で叫んだとしても、誰も文句は言わないだろう。
 それでも…… 進の口からは、どんな叫び声も出てくることはなかった。

 人は本当に悲しい時、涙が出ないと聞いたことがある。だが、涙は出るのに、声が出ないというのは、どういうことなのだろうか……

 静かな朝の海は、進のそんな心の問いにも何も答えてはくれなかった。

 (4)

 それから進は、一歩二歩と足を前に踏み出し、腰の辺りが柵に軽く触れるところまでやってきた。眼下を見下ろすと、岸壁に太平洋の荒波が大きく打ちつけているのが見える。青く澄んだ海水と真っ白な大波が、寄せては跳ね返っていく。

 進は、ふとこのままその波の中に吸い込まれてみたい衝動に駆られた。この海の中に身を投じれば、その流れに乗ってヤマトの生まれた場所まで連れて行ってくれるような気がしてきて……

 そこでヤマトの代わりに、自分が眠りにつこうか……

 ふっと意識が遠のいてふわりと体が浮き、頭から海に吸い込まれそうになった瞬間、何か心の中で強い衝撃と抵抗を感じて、進は我に返った。

 「あっ!……」

 進は慌てて絶壁から2,3歩後ずさりし、その拍子で尻餅をついてしまった。

 「何をやってるんだ、俺は……」

 ブルンブルンと何度か首を左右に振ってから、進はつぶやいた。
 死ぬつもりなど毛頭なかった。今もそんなつもりはない。それでも……さっきの衝動はなんだったんだろう? この悲しみからただ逃げ出したかったのだろうか。

 しかし、それを止めたのも自分だ。あの心の中の抵抗はなんだったんだろう? あのまま空虚な心のままだったら、もしかしたら今頃岸壁の下に身を投じていたかもしれない。
 だが、進は自分でそれを押しとどめた。

 「生きていたいのか?俺は……」

 生きていかねばならないということは知っていたし、頭の中でも理解している。雪と二人でこれからの人生を生きていこうと約束したことも事実だ。
 だが、己自身がまだ生きていたいと思っていることに、進はこの時、ヤマト亡き後初めて気が付いた。

 「俺はまだ……死にたくないんだ!?」

 進は、無意識の中にある自分の生への執着心を初めて感じた。誰のためではなく、自分の深層の部分で自身がそう願っている……
 そう思うと、進は急に可笑しくなった。

 「ははは…… はは…… あはははは……」

 (なんだよ俺は、結局は死にたくないんだ。自分はヤマトと一緒に死んでもいいなんて思っていたはずなのに、本当は……本当は……俺は死ぬのが嫌なんだ。
 雪のために生きていかなければとか、沖田さんのためにも命を捨てちゃだめなんだなんて言いながら、最後の最後になったら、やっぱり俺は自分が大事なんだ。
 なんだよ…… ああ、なんか……無性に情けなくなっちまった)

 進は両手を頭の後ろに持っていくと、そのままその場でごろんと仰向きになった。
 東の空から上がってきた太陽が、その位置をだんだんと高くし始めている。秋とはいえ、太陽の直接の光はまぶしくそして熱かった。じりじりと当る陽の光を浴びたまま、進はその場で目を閉じた。

 (どうして人は生きていたいんだろう…… 人はなぜ死にたくないんだろう……?)

 自分の生への執着を知ってなお、進はその疑問を抱かずに入られなかった。

 (5)

 それからどれくらい経ったのだろうか、進はまだそこで仰向けのままだった。
 直接太陽の光を浴びている顔面はもちろん、じっとしていても、あちこちが汗ばんでくるのがわかった。それでも進はただ大の字になったまま動かなかった。

 その時、遠くからエアカーの微かなエンジン音が聞こえ、それがだんだん近づいてきた。そして進の後ろで止まった。
 進が慌てて体を起こし、振り返って身構えると、一人の男性が近づいてきた。

 (ポリスパトロールか?)

 進が気付いたとおり、近づいてきた男性はポリスパトロールの制服を着ていた。銃は携帯しているようだが、それをこちらに向けてはいない。自分を警戒しているわけではなさそうだと、進は安心した。

 「ああ、大丈夫なようだね?」

 進が起き上がったのを見て、その男性はにこりと笑った。
 既に初老の域に達しているように見えるその男性は、進が倒れているのかと思って様子を見に来たらしい。

 「あ……すみません」

 「いやいや、大丈夫ならいいんです。このあたりをパトロールしていたら、人が倒れているように見えものですから。まだお若い人のようだが、具合でも悪くなったわけではないのですね?」

 「いえ、違います。別に…… ただ、その……寝そべってただけで……すみません」

 立ち上がりながら照れたように謝る進に、男性は穏やかに笑った。

 「そうですか、それならいいんです。しかしあなたも酔狂な人ですね。この時期、まだ地上には、ほとんど人が戻ってきてないっていうのに、いったいどうして? 驚きましたよ、こんな時間にこんな場所で人に出会うとは思いませんでしたから」

 「…………」

 探るように見つめる男性の視線を見返すように、進がやや鋭い視線を向けると、その男性は苦笑しながら自己紹介を始めた。

 「ああ、申し遅れましたが、私は連邦中央日本支部ポリスパトロール隊南九州第5分隊所属の重松と申します。と言いましても、一旦は定年を迎えまして嘱託ですがね。今は人手が不足していまして。私のような年寄りでもパトロールくらいはできるわけでして……」

 人手不足については、ガミラスの攻撃以降慢性的なことであることは、進もよく知っている。確かに近くで見ると、重松と言う男は、60をゆうに超えているように見えた。
 相手に自己紹介され、進も何も言わないわけにはいかなくなったが、今の自分の心境を考えると、あまり詳しく話したい気分にはなれなかった。

 「私は……古代……と申します」

 進がやっとそれだけを言うと、重松は軽く頷いてから目を細めた。そしてそれ以上自分のことを話そうとしない進を非難するつもりはないらしかった。

 「古代……さんですか。いえ、別に職務質問しているわけじゃありませんから、名乗っていただかなくても結構ですよ。ただ……」

 そこまで口にしてから、重松は再び笑顔を引っ込めて、少し重々しい口調で話した。

 「ここで何をされてたんでしょうか?」

 「別に何っていうわけでは…… ただ、ドライブしていてここにたどり着いたので……少し寝ていただけです」

 「本当にそれだけですね?」

 念を押すような口調が警察官らしい。職務質問はしないと言いながら、そんな問いをする彼の真意を、進はつかめなかった。

 「は?」

 「あ、いえね、ここではたまに自殺する人がおりましてね。ほら、そこを乗り越えてどぼ〜んと……」

 重松は海側を見ると、手で柵を超えるような仕草をしてから、振り返って進をじっと見た。

 「あなたもそういうお気持ちがあったのではないかと思ったわけです」

 「それは……そんなつもりはありません!」

 さっきの自分の姿を見ていたかのような彼の問いに一瞬言葉をつまらせた進だったが、すぐにはっきりと否定した。そのきっぱりとした口調に安心したのか、重松はさっと相好を崩した。

 「そうですか、すみません。失礼なことを申しました。これも職務だと思ってお許しください」

 重松はぺこりと頭を下げた。

 (6)

 「そんなに多いんですか? ここで」

 進は、柵の方に視線をやった。確かに切り立った崖から見える深い海は、人を誘い込む魔力のようなものがある。ここから飛び降りれば、間違いなく一巻の終わりだろう。

 「いえ、実際実行する人はめったにいないんですがね、願望のある人は時々いるんですよ。私も何度か説得したことがあります」

 「そう……なんですか……」

 「自分で命を絶つ……なんてことをするなんて、この場を冒涜しているようで、私には許せないんです」

 重松の口調が幾分か厳しくなった。さらに「この場を冒涜している」という言葉が、進にはひっかかった。

 「どういう……意味ですか?」

 「はは……すみません。年寄りのたわごとと聞き流してください。お若いあなたには、まだわからないことでしょうから」

 重松は軽く笑って言い流そうとしたが、進はその言葉がひどく気になった。

 「いえ、もしよかったら聞かせてもらえませんか?」

 すると重松の視線が再び厳しく光った。

 「なぜ? やはり死にたかったのですか?」

 「いえ、僕は自ら自分の命を絶とうとは決して思ってはいません。ただ……」

 そこまで言ってから、進は次の言葉を言いよどんだ。自分が今背負っているわけのわからない思いを、見ず知らずの人に話していいものか迷ったのだ。
 しかし、このヤマト縁(ゆかり)の地の出会いには、何かがありそうな気がして、急に自分の今の気持ちを吐露したくなった。

 「ただ、どうして人が生きているのか、生きなければならないのか…… 今の僕にはよく……わからないんです」

 重松が驚いたような顔で進を見た。その視線が耐えられずに進はうつむき加減に視線を逸らした。
 そしてしばし沈黙が続いた後、重松は静かに口を開いた。

 「そうですか。何か悩んでおられるのですね?」

 「…………」

 答える代わりに、進は遠く彼方、ヤマトが生まれたであろう海の中をじっと見つめた。

 「あなたの悩みを解消できかどうかは疑問ですが、話してみますかな。この年寄りの話を……遠い昔の人々の思いを……」

 (7)

 重松は、崖淵にある柵に軽く手を添えて、海をじっと眺めながら話し始めた。進もその後ろに立ち、同じように海を見た。

 「……あなたはここが坊ヶ崎という岬だということはご存知ですか?」

 「はい、それは……知ってます」

 すると、重松はくるりと振り返って嬉しそうに微笑んだ。

 「そうですか。ご存知でしたか…… それではこの岬の沖で、大昔、もう200年以上も前のことになりますが、戦争で大きな戦艦が沈んだことはご存知ですか?」

 「戦艦……大和ですね?」

 「そう、そして5年前我々地球の救世主である宇宙戦艦ヤマトが生まれたのも、この沖合いでした。こっちの方は、当然ご存知でしょう」

 進は無言で頷いた。
 知っているどころか……そのヤマトに乗り、最後の最後まで戦ってきたのだ。そのヤマトを置いて自分はこうして戻ってきてしまった。その深い悲しみと辛さは、当事者の自分たちにしかわからないだろうと、進は悲しく思った。
 ところが、重松の言葉は、意外なものであった。

 「私の遠い祖先は、250年前に沈んでいった戦艦大和の乗組員の一人でした」

 「!?」

 それを聞いた進の反応は、穏やかに話す重松とはまさに対照的であった。息を呑む進に、重松はゆっくりと次の言葉を綴った。

 「私の家族は、昔からこの南九州の地に住み続けていましたが、いつなぜここに住むようになったのかは、誰も知りませんでした。学生時代、歴史に興味を持った私は、我が家がこの地に住むようになった経緯や歴史が知りたくなりましてね。
 もう数十年前になりますが、自宅の納屋にある古い書物を整理し始めたんです。その時に祖先に当るある人の日記を見つけたんです。どこにどう紛れていたのか、ぼろぼろになったその日記は、ずっと人の目に触れることなく我が家の納屋で眠っていたのです。

 それが私があの戦争と戦艦大和の存在を身近に感じた最初の時でした。

 私の祖先、彼……と言うことにしておきますが、彼はあの頃の日本海軍の少尉だったようです。彼は、大和には建造直後からずっと乗り込んでいたようです。
 歴史をご存知かどうかわかりませんが、その頃の日本は、アメリカ、いえ、全世界を相手に戦争を仕掛けていました。いわゆる第二次世界大戦、太平洋戦争というのがそれです」

 進は黙って頷いた。学生時代、歴史についてそれほど真面目に勉強したわけではないが、自分が住んでいる地区の過去の歴史くらいは知っている。
 太平洋戦争に敗れた日本は、全国土がほぼ焦土と化したが、その後は戦いを捨て経済大国として世界の中心国家の一つへとのし上がった。

 その後250年たった今、国家はすべて地球連邦に所属するようになり、さらにガミラスの攻撃の影響が比較的少なく終わった事情等から、日本の東京は地球連邦の中心都市にまでなっていた。

 (8)

 重松の話は続いた。

 「しかし、その戦いは非常に無謀な戦いでした。戦艦大和が戦線に投入された頃には、既に日本の劣勢は免れなくなっていました。
 そして終戦間近の年1945年の4月のことでした。何度かの苦しい戦いを切り抜け、呉の軍港に戻っていた大和が、再び戦いの場沖縄戦線に参戦することが決まったんです。

 大和が二度と戻ってこれない戦いだということは、彼を含め士官クラスの人間には十分わかっていたようです。いや、乗組員全員が薄々は感じていたことかもしれないと、彼は日記の中でも書いていました。

 それでも当時の軍隊では上からの命令は絶対ですから、戦いに赴くしかなかったのです。特に職業軍人だった彼の場合は、戦って死ぬことを潔しと感じていたようです。ですから、彼も心置きなく戦って日本のために死のうと心で誓ったんです。

 当時の軍国主義の日本の軍隊は、今の地球防衛軍とは比べようがないほど、上意下達が徹底されていましたし、死をかけても戦うことが日本のためになるのだと、幼い頃から教育され信じさせられていましたからね。当時の国の方針は間違っていたかもしれませんが、国を守ることが自分達の家族を守ることだと信じた彼らの心は、純粋だったと思うんです」

 進は、黙って重松の話を聞き続けた。
 間違った戦争を仕掛けた国家の軍隊であったとしても、それがその国のためになるのだと信じて戦い続けた彼らの姿は、地球を守るために戦った自分や、それぞれの事情で地球を攻めてきた敵星の人々とも、なんら変わることはないのだと思う。

 戦いは、いつの世でもいつの世界でも、人々に悲しみだけを残していく。

 「それでも、その時の大和の艦長は、配属後間もない若い兵卒や臨時で応援に来ていた他部隊の隊員達を出陣前に解任し下艦させたそうです。立派な方だったんですね。若者を一人でも多く生かしてやりたいという艦長の配慮に、彼も感動したと日記に記していました」

 「!!」

 250年前の大和の艦長も、若者を生かすための最大の努力をしていたのだ。進は瞼の奥に沖田の姿を思い出していた。

 「そして大和は呉港を出航し、沖縄戦線に到達することなく、この坊ヶ崎の沖合いでアメリカ軍機の攻撃を受けて沈没しました」

 重松はそっと目を閉じた。遠い過去に命を落とした戦士達の冥福を祈るかのように…… 進も大和とともに眠りについたであろう彼の先祖のことを思った。と同時に、攻撃を受けて海に沈む戦艦大和の姿が、アクエリアスに沈んでいくヤマトの姿と重なった。
 こみ上げるものを堪えながら、進は重松に尋ねた。

 「それでは、その方も大和と一緒に亡くなったんですね?」

 が、答えは進の予測とは違ったものだった。

 「いえ……彼は、生きて……戻ってきました」

 「えっ!?」

 (9)

 想像通りの進の反応振りに軽く微笑みながら、重松はさらに言葉を続けた。

 「大和は沈没しましたが、このとき数艦の護衛艦は無事に生還しました。大和の沈没前に海に投げ出された彼も、その艦の一つに助けられ……幸い軽傷ですみ、そのまま終戦を迎えたそうです。そして、彼はその後80歳の天寿を全うしました」

 「そう、なんですか……」

 進の胸がちくちくと痛みはじめた。

 「彼は日記で書いていました。大和とともに死にたかった、と。だが、生きて戻った以上は、亡くなった艦長や同僚達の分まで生きていかなけばならないと……ね」

 進の胸の痛みがさらに増し、心が鈍い軋(きし)み音をたてた。立場や事情は違うが、250年前の『彼』も、今の進と同じ思いをしていたのだ。

 「さぞ……辛かったでしょうね」

 重松は進が置かれている立場を知らないし、進も教えるつもりもない。進は自分の感情をできるだけ抑えてつぶやいた。

 「そうですね。あの時の彼は、死ぬことよりも生きることのほうが辛かったでしょうね。いえ、彼だけじゃなかったでしょうな。あの戦争の後には、そんな人たちがたくさんいたはずです。ここ鹿児島には特攻隊の部隊の拠点もありましたから…… 資料館には多くの資料も残っています」

 「特攻隊……というと、飛行機ごと敵艦に突っ込んだという?」

 「そうです。今の我々から見れば無謀以外の何物でもない行動でしょうが、さっきも言いましたように、当時はそれが国のためであり、自分の家族のためであると信じきっていましたからね。
 ですが、その中で、飛行機の故障で出陣できなかったり、出撃の順番がこないうちに終戦を迎えてしまい、心ならずも生き残ってしまった人たちもいたんですよ。
 彼らは生き残ってしまったことを後悔し、死んだ人間に申し訳が立たないと、皆多かれ少なかれ思っていたようです」

 人は歴史を繰り返すもの、と言われている。2世紀以上前の戦争は、間違った思想の元に起こった不幸な出来事ではあったが、そこに生きたほとんどの人の心は、自分の故郷や家族を守りたいという純粋なものであったに違いない。
 その思いを抱き死をも恐れぬ戦いに挑もうとした彼ら。そして、それが叶わず幸か不幸か生き延びてしまった彼ら……

 進は、この地に眠る多くのそんな人々の姿を思い浮かべ、ぽつりとつぶやいた。

 「それでも……生き続けてきた」

 重松が大きく顔を上下させて頷いた。

 「そうです。亡き仲間の残した思いを背負ったまま…… その重みを一生持ち続けるために、この鹿児島の地に住みついた人も多かったと聞きます。もちろんわが先祖、彼も、大和の沈んだ海の近くに住みたかったでしょうね」

 (10)

 そして進は、彼らに問うて見たかったことを、重松に尋ねた。

 「なぜ……そこまでしても彼らは生き続けたんでしょう?」

 彼らが『死』以上に辛い『生』を受け入れたわけを、進は知りたかったのだ。だが、重松の反応は芳しくなかった。

 「さて……そのことについては…… 彼の日記は、終戦直後で途絶えていましたから」

 「そうですか」

 進は、ほぉとため息をついた。
 同じ思いをしてきた人々がどんな思いで生きていったのかを知れば、自分も何かをつかめるかもしれないと思ったのだが、それは遠い過去の中に埋没してしまっているらしい。
 だが、がっかりした進を励ますように、重松は再び話し始めた。

 「けれど、彼は懸命に生きましたよ。まあ、あのご時世ですからね、その日その日を生きることに精一杯だったんじゃないかと思いますが……
 私が調べた記録によると、彼には年老いた両親がいましたし、戦後すぐに結婚もしたようですから、その家族を食べさせていかねばなりません。特に食糧事情の悪かった戦後数年間は、家族みんなを食べさせていくのが精一杯だったんじゃないかと」

 つまりは、悩んでいる暇さえなかったと言いたいのだろうか? そんな少々投げやりな気持ちで、進は重松を見た。

 「なぜ人は生きていたいのかわからない、とあなたはおっしゃいました」

 「……はい」

 小さく頷く進に、重松は包むような優しい目をした。

 「その答えは、残念ながら私もこの年になってもわかりません。ですが……逆に思うんですが、それに自分で理由付けする必要なんてあるんでしょうかね?」

 「え?」

 「人は生きていくために生まれた。生まれたから生きていく。そして命を次の世代へ繋いでいく。そんな単純なことじゃありませんか?」

 「人が生きているのは自然の摂理……だと?」

 少しばかり強引に思えるこじつけに感じた進が、挑むように尋ねると、重松は肩をすくめた。

 「さあ、それこまで私には言い切れませんが。ただ、今の私にわかるのは、彼があの戦いで死なずに生きて戻ってきたからこそ、250年後、私という人間がこうやってこの場に存在している、ということです」

 重松が、両手を広げて見せた。はっとしたように進はその身体を見る。確かに、その先祖である彼が、その時点で亡くなっていれば、今ここにいる重松と言う男は存在していない。

 「人が生きている意味なんて、自分自身ではわからないのかもしれませんね。
 250年経った今、私はその彼が生きてくれたことに感謝し、私があることを嬉しく思っています。少なくとも……私と言う人間が存在できたというだけでも、彼が生きていた理由があったと思いませんか?
 そしてまた……私には家族があり、子供がいます。その家族が、私を必要としてくれていることが、私が生きていたい理由なのかもしれません。

 あなたにも、あなたを必要としてくれる人がいらっしゃるでしょう? いえ、今はいなくても必ず将来いるはずです。そして未来にも……」

 進の瞳が大きく見開かれ、食い入るように重松を見つめる。脳裏には雪や友人達、そして近い未来、遠い未来の新しい命のことが溢れるように湧き上がってくる。

 「その人が生きている理由は、自分ではなく、周りの人や後の時代の人が決めるものなんじゃないかと……思ったりするわけです」

 「生きているわけは……自分で……決めるものじゃない……」

 進は重松の言葉を繰り返すようにつぶやいて、それから振り返って再び海の彼方を見つめた。眉をしかめたまま、じっと何かを考えるように、進は動かなかった。

 (12)

 しばらく沈黙が続いた後、重松は軽い口調で笑った。

 「ははは…… 申し訳ありません、年寄りの長話になってしまいましたな。ずいぶん昔の戦争だの特攻隊だのを引っぱり出して、若いあなたには迷惑な話だったでしょう」

 「いえ、そんなことは…… 重松さんのご先祖の方のお話、とても心にしみました」

 「そうですか。そう言っていただくと嬉しいです。彼の話に感じ入ったと言うことは、あなたもどなたか大切な人を失われたのですね?」

 進は頷く代わりに、目を伏せた。それだけで重松には十分わかったようで、軽く頷いた。

 「数回に渡る宇宙からの侵略を受けて、本当に大勢の人々が亡くなりましたからね。私も妹一家を白色彗星の戦いで失いました。
 ですが、その災禍をくぐり抜けて私達は生き残った…… 今はただ、がむしゃらに生き抜くことだけを考えてもいいんじゃないですかな?」

 「そう……かもしれませんね」

 進の口元が重松と話してから、初めて僅かに緩んだ。それを見たのを機に、重松はふうっと大きく息をついた。

 「さぁて、私はパトロールがありますので、これで失礼します。もしまた何か話したいことがありましたら、枕崎にあるポリスパトロール第五分隊の詰所にお立ち寄りください。いつでも話し相手になりますから」

 「ありがとうございます」

 「では、お気をつけてお帰りください。お元気で……」

 立ち去る重松を見送った後で、進は再び振り返って遠い海の彼方を見た。

 遠い過去の悲しい出来事に遭遇した人々が、この地に、そしてこの海のどこかで大勢眠っているのだと思うと、なぜかとてもこみ上げてくるものがあった。

 (ここに今、俺があるのも…… 遠い昔に生きたあなた方があったから……? そして、未来は……?)

 進は、『ヤマト』を求め遠い南の地まで来た自分が、間接的ではあるが『大和』の彼に出会えたことは、やはり何か導くものがあったのだと思わずにいられなかった。

 進は再び、ひたすら海を見つめ続けていた。

Chapter5 終了




※坊ヶ崎……宇宙戦艦ヤマト(PART1)の中で、戦艦大和が沈んだのはこの岬の沖合いと表現されていますが、実際には実在しない地名です。
 ちなみに実在するのは、坊ノ岬(鹿児島県南部枕崎付近にある岬)で、沖縄本島での決戦を目指して出航した戦艦大和は、この岬の沖合いで、米軍艦載機の攻撃によって撃沈されました。

 また、この章の太平洋戦争に関する記載については、歴史事実とは異なる部分も多々あります。あくまでもフィクションとしてお読みください。

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