4年目のサプライズプレゼント
街に戻ってきた進は、とにもかくにも雑貨屋でも冷やかしてみようかと車を走らせていた。
と……ちょうど都心に住む真田の家の近くに来ていることに気がついた。
(今日の相談事には役に立たないだろうけど、せっかくここまで来たんだから、真田さんのところも寄ってみようか……)
かくして、進は目的とは外れた第三の訪問地、真田宅を訪れることにした。
真田は、未だ独身を通して一人暮らしをしている。仕事に便利なようにと、司令本部に程近い都会の真ん中のマンション暮らしだ。
基本的に仕事中毒の真田のこと。もしや、正月も不在かも?思ったが、めずらしく自宅にいた。
というよりも、正月休みは部下達に取らせ、自身はそれが明けてから休みに入ったというのが真相らしい。とにかく在宅していたのは、幸いだった。
「あけましておめでとうございます」
月並みな挨拶をして、真田を訪れた部屋に招き入れられた進は、まだ昼間ではあったが、正月くらいいいだろうという真田の勧めに従って、二人で酒を飲み始めた。
酒を酌み交わしながら、近況を語り合ったり、新造艦の話になったりと、話題は尽きない。
ちなみに真田は正月休暇を利用して、久しぶりにイーゼルに向かって絵を描いているようだった。それはまだ半分くらいの描きかけだったが、どこか山村の風景のように見える。
進はそれを眺めながら、目を細めた。懐かしい香りのする風景だ。
「いいですね、その絵…… 緑は心を和ませる」
「ああ、そうだな。昔俺が小さい頃よく遊びに行った田舎の風景を思い出しながら描いていたんだよ」
真田が嬉しそうに説明した。絵の話をする真田は、いつもの厳しい科学局長の顔と180度違って見えるから不思議だ。
「俺も描いてみたくなりますねぇ」
「描いてみればいいだろう。絵の巧拙は関係ないんぞ。要は気持ちだ。趣味を持つってのはいいことだぞ。まあ、お前は本物の緑をいじる方が好きだろうがなぁ」
「はは、そうですね……」
進は絵などは学生時代の美術の授業以来描いたことがない。描けるとも思っていなかったが、思い通りに絵がかけるのは楽しいだろうな、とも思う。
進がそんなことを考えながら、また一口酒を口に含むと、真田は急に真顔になった。
「で、今日はひとりでどうしたんだ? 正月早々、夫婦喧嘩でもしてきたのか?」
その問いに、進は「へっ?」と目をぱちくりさせてから、「はぁん……」と軽く笑った。
「そりゃあひどいなぁ、勝手に夫婦喧嘩させないでくださいよ! 雪は今日は仕事なんです」
「ああ、そうだったのか、はは……それはすまなかった。で、ひまつぶしか?」
取り越し苦労だったかと、安心したように真田が苦笑した。
「そういうわけじゃあ、あの、実はですね……」
始めは真田にそんな話をするつもりはなかったのだが、話の成り行き上、進は解決しない問題を、さっきの訪問宅での出来事も含めてかくかくしかじかと説明した。
一通り、言った先と話の内容を聞き終わった真田は、腕を組んで考えた。
「ふうん、思い出に残る品ねぇ〜」
それから、ぽんと手を打った。
「それじゃあ古代、絵を描いてみたらどうだ? さっき描いてみたいって言っただろう?」
「絵、ですか? でもそんなに簡単には描けないですよ。だいたい時間だってかかるでしょう?」
「いや、ラフ画でもいいんだ。たとえば奥さんと子供の似顔絵とか描いてやれば、喜ぶんじゃないか?」
真田は自身なかなか名案だと思った。絵には写真とは違う魅力がある。気持ちがこもるものだから。
すると、進のほうもひらめいたらしく、目を輝かせた。
「似顔絵……ですか? ああっ! そうですね、いいかもしれませんねっ!!」
「そうだろ? 世界でたった一つのものになるしな」
「ですね。で……どんな風に描けばいいんですか?」
すっかり乗り気になった進は、身を乗り出すようにして真田に尋ねた。
「ん、そうだな、ちょっと描いてみるかな。雪の顔は……えっと、こんな感じだったかな?」
真田は、近くにあったスケッチブックを手にすると、雪の顔を思い出すように、鉛筆でさらさらと顔の輪郭を描き始めた。続いて目鼻口をつけ、あっという間に似顔絵を描き上げてしまった。
「ほら、こんな感じでどうだ?」
ついと差し出して見せてくれた真田の絵は、雪の特徴をよく捉えていた。いや、それ以上に美しいところはさらに美しく強調されている。まさに本人の心をくすぐる素晴らしい似顔絵だ。
「うわっ…………本物より綺麗だ……」
と進は思わずつぶやいてしまった。真田は、万が一の時は似顔絵師になっても食べていけるに違いない、などととんでもない思いまで浮かんでくる。
「は? ははは…… まあ、褒め言葉としてもらっとくよ。だが本物より綺麗だなんて、本人の前では言うなよ」
真田が進の感心ぶりに照れたように苦笑した。
「これ、もらっていいですか?」
「いいけど、雪にやるのはお前が描いたのだぞ」
「あっ、は、はいっ……」
「よし、それじゃあ試しに描いてみろ」
ここからが本番!とばかり、真田はその描いた絵を進の目の前において、スケッチブックの新しいページを開いて鉛筆と一緒に差し出した。
「はいっ!!」
いい返事?をした進は、さっそく真田の絵を参考にしながら、スケッチブックと格闘し始めた。
「……っと、顔の形がこうで、目がこうで、鼻と口が……」
それから、真田の描いた雪の似顔絵を見ながら、鉛筆を動かすこと十数分。その間、真田は再び描きかけの風景画に色をつけていた。
しばらくして真田が進のほうを振り返ると……どういうわけか、進の顔の表情はひどく険しくなっていた。
「どうだ?」
「え? あの……一応、できたんですけど……うう〜〜ん」
どうも返事の歯切れが悪い。
「どれ、見せてみろ」
手を差し伸べる真田に、進は恐る恐るそのスケッチブックを差し出した。
「う…………」
進の描いた絵を見た真田は、固まったように絵を凝視した。進と同じようにどんどんその顔が険しくなっていく。それから絶望的なまなざしで、進を見た。
「ふうっ……これは奥さんに見せない方がいいな」
真田は大きくため息をついて、同情的な視線を送ってきた。進も予想していた反応ではあったが、やっぱりがくりと肩を落とした。
「やっぱり……ですか……」
真田は最後の追い討ちをかけるような一言で締めくくった。
「殴られたくなかったら……な。お前がピカソなら別だがなぁ……」
「はぁ〜〜〜」
結局、古代進に画才はなかったとあきらめるしかない。おばけ?のような絵を妻に渡すくらいなら、他のものを考えた方がいいという結論に、二人は無言のうちに達したようだった。
真田は進を慰めるようにわざとらしく微笑んでから、立ち上がった。
「まあ、他のもの考えた方がいいな。まあ、ちょっと休め。音楽でもかけるとするか……」
真田は、手元にあったリモコンのボタンを数回押した。しばらくすると、進もよく耳にする曲が流れてきた。
「威勢のいい曲ですね。聞いたことありますよ」
「ああ、有名な曲だからな。威風堂々っていうんだ。エルガーって言う昔のイギリスの作曲家の作った曲なんだ。古代に似合う曲かもしれんな」
真田がにこりと笑った。芸術を愛する科学者は、音楽にも造詣が深いらしい。
「はは……俺になんてとんでもない」
と恥ずかしそうに笑ってから、進はじっとその曲に耳を傾けた。
「そうか、威風堂々か…… たまにはクラシックもいいもんですね。雪は好きなんですけど、俺にはどうも……子守唄になってしまって、はは……」
「いいんだよ、子守唄で。それだけ曲が心地いいって証拠だからな」
「そうなんですか? そう考えれば気楽ですね」
「ああ、たまには二人で聞いてみるものいいかもしれんな。おっ、そう言えば、同じエルガーの曲で、お前達にぴったりのがあるぞ」
「本当ですか?」
「ああ、聞いてみるか」
「はいっ!」
真田がかけてくれた曲は、進も耳にした事のあるとてもポピュラーな曲だった。そして、真田が説明してくれたエルガーがその曲を作ったいわれを聞いて、進はさらに気に入ってしまった。
「そうだっ、これをプレゼントすれば!!」
[ん? 曲を? CDでも買って贈るのか?」
「いえ、小物ですよ、小物っ!!」
進の中で、妻へのプレゼントが形になってきたようだった。こうして、ひょんなことから、進はようやく、妻への4年目の記念のプレゼントを決めることができたようだった。
(背景:pearl box)