ラランドの白い花

Chapter6

 (1)

 6月に入って数日が過ぎた。ラランド星基地は、相も変わらず何事もなく平和である。
 副司令の進も、順調に仕事をこなしていた。数日後にはラランド星艦隊の演習に、指揮官として司令艦に搭乗することになっている。

 ラランド星の司令官イワノフは、同乗しない。進が着任時に、司令からラランド星艦隊の指揮は、副司令に依頼すると言われていた。ヤマト艦長を勤めるなど、歴戦の戦艦の艦長としての実績を持つ進である。経験を生かすという形で、艦隊の演習については、一切を任されていた。

 規模の小さな辺境の基地であり、隣接地域に敵対する星間国家もないことから、艦隊の規模は最低限、指揮艦1隻の他、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻という小規模なものである。
 その分有事の際には、地球防衛軍第七外周艦隊が応援に駆けつけることになっていた。その第七艦隊との合同演習が、明後日から行われる。
 進としても、着任後最も大規模な演習のため、周到な準備のために、ここ数日は多忙な毎日を過ごしていた。

 その第七外周艦隊が今日の午後には、ラランド星基地に到着する予定である。
 司令室内では珍しく慌(あわただ)しい空気が流れていた。進が中津に声をかけた。

 「中津、第七艦隊の到着は予定通りか?」

 「はい、先ほど入った通信によると、予定通り14時に到着とのことです」

 中津の回答に頷くと、今度はコンピュータの前で懸命にキーボードを叩いているナギサに尋ねた。

 「わかった。ナギサ君、演習の打ち合せは明朝9時から第一会議室でということで、大丈夫だな?」

 「はい、変更ありません。準備も整っています」

 ナギサは顔だけ振りかえって答えた。進が忙しくなると、それにも増してナギサは多忙になる。いつも静かな司令室が数ヶ月ぶりに活気付いていた。

 「うむ…… よしっ! これで迎える準備の方はOKだな。今夜は懇親会だったな?」

 「はい、18時から中央ホールで行います。特に用意するように指示するものはありますか?」

 「いや、明後日からの演習が控えているんだ。あまり長時間にならないように切り上げるつもりだ。食い物と飲み物だけたっぷりあればいいだろう。と言っても、あまり飲むわけにもいかんがな」

 残念そうに苦笑する進を見て、ナギサもクスリと笑った。

 「ふふふ、お願いしますわ。一応、副司令もホストのお一人なんですから」

 「それにイワノフ司令もおられるし……」

 「はい、私もお手伝いしますから」

 「君は、イワノフ司令の手伝いの業務があるんじゃないのか?」

 「いえ、今回は司令の奥様も出てくださいますから」

 イワノフ司令の妻は、同じく防衛軍職員でラランド基地の経理部長を務めている。誰にも好感の持たれる温和な美しい女性である。

 「ああそうか。経理部長も来てくれるのか。それは助かるな。だいたい、俺は接待ってのが、未だに一番の苦手なんだよ」

 頭をかく進の顔が、まさにその言葉通りに苦虫をつぶしたような顔つきなのを見て、ナギサがおかしそうに言った。

 「わかるような気がします!」

 「おいっ! それはどういう意味なんだ!?」

 「あっははは……」 「ふふふ……」

 ナギサだけでなく、中津達も含めて一斉の賛同の笑いに、進は不服を表したが、部下達は笑うばかりだった。

 まだ若い副司令は、いつも誰にでもざっくばらんに話をする気さくな人間として、まだ着任間もないというのに、基地の所員達に慕われていた。それだけに、逆に堅苦しい挨拶やお世辞などは大嫌いなタイプだと見える。
 だからこそナギサにも、進が上官や他部署の要人相手に、接待をする姿など想像がつかなかったのかもしれない。

 そして14時、時間通りに第七艦隊はラランド星に到着した。

 (2)

 定時を少し過ぎた頃のことだ。イワノフと進が司令官室で、無事到着の報告のためにやってきた第七艦隊司令との挨拶を済ませ、懇親会までの時間に雑談をしているところに、訪問客がやってきた。

 司令室のドアが開いて、眼鏡の上級士官が入ってきた。それに気付いたナギサがすぐに自席から立ち上がって、受付にでた。

 「司令室に何かご用ですか?」

 きりっとした表情ではあるが、以前とは違い穏やかな微笑を浮かべる美女を前に、その男は驚いたような顔でポカンと口を開けた。

 (あれ? この娘!?)

 何も言わないその士官に対して、ナギサは怪訝な顔をした。

 「どのようなご用件ですしょうか? ここは司令室です。用のない方はお引き取りください」

 視線をやや鋭くしたナギサが強い口調で言うと、男は慌てて用件を話し始めた。

 「あ、ああ…… 私は第七艦隊所属サザンクロス艦長南部康雄と申します。古代副司令の業務が終っておられたらお会いしたいのですが」

 その答弁にナギサはほっとしたように、再び美しい笑みを浮かべた。

 「南部艦長ですね。副司令は、先ほどからそちらの艦隊司令と司令官室で話されています。まもなく終ると思いますので、こちらでお待ちになりますか?」

 ナギサは南部に丁寧に説明すると、すぐ前に見えるオープンスペースの応接セットを手で指し示した。南部はまだ、まるで鳩が豆鉄砲でも食らったかのように、目をしばたかせている。

 「あ、はい……お願いします。あの……」

 「は?」

 「つかぬことを覗いますが、あなたは以前からこちらにいらした女性の方ですよね? 確か、ナギサさんとか」

 南部にはどうしても、あの男と言う男に鋭い視線を投げつけていたあの娘と同一人物に見えなかった。それがぶしつけだとは思いながらも、こんな質問が口を突いて出てしまった理由だ。

 「えっ? ええ、そうですが、それが何か?」

 ナギサは、南部を応接セットに案内しようと一歩足を出してから、再び立ち止まって、不思議そうな顔をした。

 「い、いえ…… 失礼しました。ちょっと以前と感じが違って見えたので」

 南部が慌てて言い訳をすると、ナギサはまたにこやかに答えた。

 「そうですか? それはお褒めの言葉として受けとってよろしいのかしら?」

 そう言いながら微笑む姿は、とても美しかった。元々土台がいい彼女であるが、今日は二ヶ月前の彼女よりも格段美しく見えた。

 「あはは、それはもう、もちろんです! 一段とお美しくなられたなぁと思いまして……あっ」

 言ってしまってから南部は慌ててしまった。彼女は大の男嫌いだ。それも見え透いたお世辞を非常に嫌っていた。少なくとも前回の寄港時には。ところが……

 「うふふふ、お上手なんですね。でもお礼を申し上げますわ。ありがとうございます」

 そんな南部の軽い言葉にも、ナギサは、すんなりと反応し笑顔で受け流したのだ。

 「は、はぁ、とんでもない……」

 (あの男嫌いのギスギスしていた娘が……!? 一体、どうなってんだ!?)

 南部をソファに案内した後、自席に戻るナギサの後姿を見つめながら、南部は狐につままれたような気分になっていた。

 (3)

 南部がソファに座っていると、しばらくして司令官の部屋のドアが開いて、進と第七艦隊司令の上月(こうづき)が並んで出てきた。進はすぐに座っている南部に気がついた。

 「おっ! 南部じゃないか! 来てくれたのか!」

 進の声に振り返り、その隣に自分の上司の上月を見た南部は、立ち上がると直立不動で敬礼をした。すると上月は穏やかに笑って言った。

 「ああ、南部艦長か。今は、そんなにかしこまらなくていいぞ。オフタイムだからな。こちらの古代副司令とはヤマト以来の仲間だったな」

 しかし、南部はその姿勢をまだ解こうとはしなかった。

 「はっ、ヤマトでは私の直属の上司でした」

 かしこまった南部に、今度は進の方が照れたように笑った。

 「おいおい、南部。それはやめてくれ。上月司令、私と彼は同期なんですよ。今は気の置けない友人として、家族ぐるみで付き合わさせていただいています」

 「あははは、そういうことらしいぞ、南部艦長。気楽にやってくれ」

 「はっ、ありがとうございます!」

 「ふむ、私がいるとどうしてもそういう口調になってしまうらしいな。古代副司令、それでは私は先に会場のほうへ行っております」

 上月が苦笑いしながら配慮を示すと、進も笑顔で軽く頷いた。

 「はい、後ほど南部艦長と一緒に参りますので」

 そんな3人のやりとりを見ながら、ナギサは、進が遥か年上の艦隊司令を相手にも堂々と対応しているのに、驚いてしまった。

 (接待が苦手だなんて…… すごく立派に応対してるわ。古代副司令ってやっぱり不思議な人)

 そんなナギサの目の前で、またすぐに進と南部の態度が一変したのには、ナギサも吹き出しそうになった。

 (4)

 上月が司令室から出て行くのを見送ると、進は南部の方に振り返った。その表情は、さっきまでの副司令らしい引き締まったものから、友人に再会した喜びを示す笑顔に180度変わった。

 「久しぶりだな、南部! 2か月ぶりか…… 相変わらず元気そうだな」

 「ふうっ、ああ、変わらないよ。上月司令は、こうしてると穏やかな紳士風だが、あれで結構厳しい司令なんだ。俺はどうもあの人の前だと緊張してしまうよ。お前はさすがだな、副司令殿」

 南部はやっと緊張が取れたと言わんばかりに、大きくため息をつくと、再びソファに腰掛けた。進もその向かい側に腰を下ろす。

 「やめろよ、南部。今日の業務は終了だ。ここでは古代でいいよ。懇親会場で会えるかと思っていたんだが、時間があったんだな」

 「ああ、まあ無理やり作ったっていうか、ほれっ」

 南部は頷きながら、自分の横に置いていたぷっくりと膨れた大きな封筒を、あいだのテーブルにぽんと投げるように置いた。

 「なんだ?これ」

 不思議そうな顔で手を伸ばす進に、顔を近づけるようにして、南部が言った。その口調には笑いが含まれている。

 「大事な奥様からのお預かり物だよ!」

 その言葉に、進がビクリと反応する。すぐに首筋に赤みがさしたのが、南部にもわかった。

 「あっ…… す、すまない。後でも良かったのに……」

 などと言いながらも、進はさっそく手にして封の中を覗き込んでいた。

 「良く言うぜ。1秒でも早く見たいんじゃないのか?」

 「うるさいなぁ…… まあ、いい。せっかくだから見せてもらうとするか」

 南部がくくっと小さな声で笑った。こいつは相変わらず変わんねぇな、と思う。

 進が包みを解いて、中のものを取り出すと、中には数十枚の写真と数枚のディスクが入っていた。進はディスクを脇に置くと、さっそく写真を見始めた。

 「へぇ、これが始業式のときかぁ。守の奴、すましやがって…… おっ、航と愛の始業式もだな。愛の服、見たことない服だなぁ。またおばあちゃんに買ってもらったな。甘いんだから困るなぁ」

 写真を見る進の目が、すっかり父親の目になっている。我が子の成長がこの上なくうれしいというのがありありとわかる。

 「誰が甘いって? お前だって負けないだろうが」

 「それはそのままお前にも返してやるよ」

 進は上目遣いで南部を睨むと、南部はまたぶっと吹き出した。

 「言うな、お前も…… あははは……」

 (5)

 そんな風に笑いながら写真を見ている二人のところに、司令室の所員達も近づいてきた。ランバートがニコニコしながら、興味深そうに写真を覗いた。

 「副司令のご家族の写真ですか?」

 「あ、ああ…… あっ、すまないな、こんなところで」

 進が慌てて写真を集めて照れたように顔をあげると、ランバートはさらに嬉しそうに笑った。中津もその後ろに一緒に立っていた。

 「いいじゃないですか、もう今日の仕事も終ったんですから。それより、僕らも見せてもらっていいですか?」

 そう尋ねる二人に、進は笑顔で了承して、座る位置をずらして二人に席を譲った。

 「あ、ああ、いいよ。どうぞ」

 ランバートと中津も加わって写真を見ながら、皆で進を冷やかし始めた。すると、ようやく仕事の終ったナギサもそこへやってきた。

 「私も見せていただいていいですか?」

 「あ、ああ…… なんか恥ずかしいな。みんなに見られるなんて」

 ナギサの言葉に、進は照れ笑いを浮かべる。すると、南部がさっそく突っ込みを入れた。

 「へっ、自慢したいくせに。俺の子供はかわいいだろう。奥さんは美人だろうってさ」

 「なっ、南部!」

 顔を赤らめ笑う進の姿がおかしくて、皆がどっと沸いた。

 「あはは、でも本当にかわいいお子さん達ですよね。奥様もお美しいし…… うらやましいですよ」

 中津がお世辞なのか本気なのかわからない誉め言葉を言うと、進はデレッと目じりを下げた。

 「ははは、そうかぁ?」

 「ほら、鼻の下伸びてるぞ」

 「いちいちうるさいな!」

 南部に再び突っ込まれ、進の顔は笑ったり照れたり怒ったり忙しい。すると子供達の写真を見ていたナギサも、冷やかしに仲間入りした。

 「ふふふ、でも本当です。副司令のお子様達、みんなかわいいわ。でももうお兄ちゃんの方なんて、しっかりしてそう。きっと大きくなったら、すごいハンサムになるわ。絶対副司令より素敵な男性になりそう……」

 「ナギサ君まで…… それって誉め言葉に聞こえないぞ!まったく!」

 笑顔でナギサを睨む進に、中津達は大受けだった。

 「あっははは……」

 しばらく全員で写真を回しながら見ている時、ナギサはチラリと進の顔を盗み見た。すると、いつもよりずっと優しい瞳でその写真の一つ一つを大切そうに見つめている。

 (副司令のあんな優しい目、見たことがない…… 奥様やお子さんのことをとっても愛してらっしゃるのね……)

 そんな家族を大切にする進だからこそ、彼に好感を持つようになったのだが、なぜかナギサの心はズキリと痛んだ。

 (どうして……? こんなに心が痛いの? なぜ?)

 その時ナギサの手にしていたのは、雪の写真だった。どこかの公園のベンチらしきところに、一人すまし顔で写っている。雪の美しさを余すことなく現していた。それをじっと見つめながら、ナギサは小さくため息をついた。
 そんなナギサの様子に気がついたのは、南部だった。

 「ナギサさん、どうかしましたか?」

 南部に突然声をかけられて、ナギサはハッと我に返った。

 「えっ!? あっ、いえ……本当に素敵な奥様だなぁって思って……」

 「えっ? あ、ありがとう」

 進がはにかみながらも、素直にそして嬉しそうに礼を言った。しかしそれも半ばに聞いて、ナギサは写真をテーブルに戻すと、慌てて立ち上がった。

 「あ、あの…… 私そろそろ先にって会場のほうチェックしてきます。皆さんは時間に間に合うように来てくださいね」

 「あっ、すまないな。よろしく頼むよ」

 「は、はいっ。それではお先に……」

 進が顔を上げてそう叫ぶと、ナギサは軽く会釈をして、自席からバッグをとって、逃げるように司令室を出て行った。

 「どうしたんだ? あんなに慌てて……?」

 「…………」

 進が首を傾げる横で、南部はじっと彼女の出て行ったあとを見ていた。

 (6)

 しばらくして、中津達が帰り支度の為に自席に戻ると、南部がニヤリと笑った。

 「それでなあ、このディスクなんだがな……」

 「ああ、子供達のビデオなんだろ? 雪がそんなこと言ってた」

 「ああ、そのパステルカラーのディスクの方はそうだが、こっちの黒いのはな……」

 そこまで言うと、南部はキョロキョロとあたりを見まわして、中津達が近くにいないのを確認してから、進にこっそりと耳打ちした。

 「俺からのプレゼントだ」

 「?……お前からの? 一体なんだ?」

 進が不思議そうに尋ねると、南部はにやけた顔のまま、さらに声のトーンを落とした。

 「大きい声じゃ言えないがな、お前もひとり寝が長くなると辛いだろ。そういう夜のお供にだな……」

 そこまで言うと、南部はバチンとウインクをした。その意味深な表情から、進もそのディスクの中身をすぐに察した。

 「なっ、何をっ! そ、そんなもんいらないぞ!」

 「まあまあ、旦那。そう恐い顔しなくてもいいだろう。まあ、奥方にはかなわんだろうが、なかなかの美形揃いだから結構楽しめるぞ。俺の保証付きだ!」

 「いいよ、間に合ってる!」

 「間に合ってる? ふうん……てことは、こっちで誰かそういう相手ができたってわけかなぁ?」

 「ば、馬鹿なことを言うな! 冗談じゃないぞ!! うん、まあ……こ、こほん、せっかくだから預かっておく」

 「ふふん、それなら最初から素直に受け取れよ!」

 「うるさいっ!」

 (にゃろ、南部の奴…… 人の弱みにつけ込みやがって、このままじゃすませんぞ。おっ、そうだ!)

 進は貰ったディスクや写真をしまい終わると、まだにやついている南部を睨み上げた。

 「お前の保証付きってことは、お前もこれを見たってわけだな。ふ〜〜ん」

 今度は進がニヤリとする番だった。

 「な、なんだよ!? いいだろ?別に……」

 「いやぁ〜、奥さん聞いたらどうするかなって思ってな。若くて純粋な奥さんだからなぁ、お前がこういうものを見てるって知ったら、ショックで泣きだしちまうんじゃないのかなぁ」

 南部の顔色が一瞬で変わった。
 彼は9つ下の年若い妻をとても大切にしている。もちろん、彼女と出会ってからはプレイボーイも返上し、周りも驚くほどの妻一筋の男に変わったのだ。
 そんな彼だから、進にそんな事を言われて、眼鏡を落としそうになるほど焦りだした。

 「お、お前、俺を脅す気か!?」

 「あっははは、いや、そう言うわけじゃないが…… まあ、その代わりと言ってはなんだが、ちょっと頼みたいことがあるんだ」

 「へん! わかったよ。俺にできることなら何でも聞いてやるから、女房には変なことを言うなよ。雪さんにもだぞ! どこから伝わるかわかったもんじゃないからなぁ。女房連中の情報網はすごいんだぞ」

 「ははは…… わかってるよ。しっかし、お前も結構恐妻家なんだな」

 「うるさいっ!」

 眉をしかめて、小さく叫ぶ南部を見て、一矢報いた感じになった進は、さもおかしそうに笑った。

 (全く、せっかくの温情がすっかりやぶ蛇だぜ)

 進の笑顔を見ながら、南部も苦笑いするしかなかった。

 (7)

 その後、懇親会の場に移った二人は、食事と少々の酒を楽しんだ。といっても、南部の方にはその時間が十分にあったのだが、さすがに新任の副司令である進は、各艦の艦長や幹部達との挨拶回りにいろいろと忙しかった。
 明日の演習会議のこともあるので、意志疎通がうまくいくように、進も精力的に各幹部達の間をまわっていた。
 その進に、ぴたりと付いて離れず、愛想をふりまいたり飲み物の補充を怠りなくしているのが、ナギサだった。

 南部は、少し離れたところから、そんな二人の様子をじっと見ていた。

 (あの娘、本当に変わったな。今までも懇親会というと、それなりに働いてはいたが、今回は随分あいつに肩入れしてる。片時も離れねぇ。その上動きも自然になって女らしくなった。
 それに……問題は、彼女のあいつを見る視線だ。時々、ドキッとするほど色っぽい目をすることがある。あれは一体どういうことだ?
 あいつはそれに全く気付いてないようだがな。その割には鼻の下伸ばしやがって、雪さんが見たらなんて言うかねぇ)

 いい雰囲気の二人を見ながら、ナギサの変わりようの原因が進にあるらしいことを、南部はこの時ほぼ見抜いていた。

 そして2時間後、懇親会は盛況の内に終了した。お開きになると同時に、進は南部のところに戻ってきた。

 「やれやれ、やっと終りだ。おうっ、南部、もうちょっといいだろう? 俺の部屋で飲み直さんか? それとも長旅で疲れてるか?」

 進の誘い文句に、南部も二つ返事でOKである。

 「待ってましただなっ、疲れ!? 飲むと聞いて、南部の辞書にそんな言葉は出てこないぜ!」

 「了解っ! じゃあ行こう! 荷物もとって来いよ。俺の部屋は家族用だから、ベッドも余分にあるから泊まっていけよ」

 「おうっ、そうさせてもらうよ」

 旧交を深める算段がたった二人は、連れ立って基地を後にした。

 (8)

 進の部屋でどっかりと座り込んだ二人は、今度は周りを気にすることなく、話し笑いそして杯を交し合った。
 南部が一通り友人達の消息を話した後で、ナギサのことを話題に出した。これを聞かないことには、今夜は眠れそうにない。

 「なあ、古代。俺びっくりしたんだが、例の司令室のかわい子ちゃん、随分変わったじゃないか。2ヶ月前は、会ったばかりのお前にまでつんつんしてたのに。お前、彼女に何したんだ?」

 ひじでつんつんと進の脇を突つきながら、南部がニヤリと笑う。それに対して進は、はじけるようにビクンと体を浮き上がらせて怒った。

 「何したって!? どういう意味だよ、人聞きの悪い!!」

 グラスをテーブルにトンと置いて恐い顔をする進とは正反対に、南部の顔はさらに興味津々といった顔つきになる。

 「まあまあ、そんなに怒るなよ。今日のあの子の様子を見てりゃ、誰だってびっくり仰天だぞ。男だって言うだけで目の敵にしてたあのすごい視線がなくなって、随分女らしくなったじゃないか」

 「そうかな? まあ、最近は彼女も接し易くなったし、仲良くやってるさ」

 進は、とぼけた顔で得意げにグラスの酒をぐびりと飲んだ。すると、南部はいきなり飛躍した問いをした。

 「仲良く? もしかしてお前、あの子と……! やったのか?」

 「は? やったって?」

 進は口につけたグラスを離して、意味がわからないといった様子で南部の顔を見た。
 それが南部には、わざと知らぬ振りをしているように見えた。嬉しそうに進の肩をポンポンと数度叩くと、訳知り顔になった。

 「とぼけるな。そうか…… いやぁ、まさか2ヶ月でできちまうとは思わなかったなぁ。そうかそうか、お前もやっぱり男だったんだなぁ。あの子を落とすなんて、お前もなかなかやるじゃないか。うん、やっぱり女は男で変わるもんだなぁ。あははは…… あ、心配するな。女房殿には内緒にしておいてやるから」

 「な、何を言ってる! ちょっと待て!早合点するな! 俺と彼女はそういうんじゃないぞ! 断じて違う! 全然違うぞ!!」

 南部の邪推には、さすがの進も大慌てだ。ここでちゃんと否定しておかないと、とんでもないことになりそうで、進は何度も「違う!」と大声で繰り返した。

 「ん? あれ?そうなのか。なぁんだ」

 期待?も込めて、言ってみたものの、やっぱり違ったかと南部は思った。つまらん、とでも言いたそうな顔を進に向けた。

 「なんだ、とはなんだ! はぁ〜、ったく、何を言い出すかと思ったら…… だいたい彼女にも失礼だぞ」

 あらぬ疑惑をかけられそうになったのを、なんとか否定した進だが、南部の疑問はまだ解決されていなかった。

 「ははは、すまん。だが、彼女が変わったのは事実だぞ。何もなかったとは言わせないぞ。どうしたんだ?」

 マジな顔で尋ねる南部を見て、今度は進がニカッと笑った。

 「ああ、まあ一言で言うと、俺の人柄をわかってもらえたってことだな」

 ボカッ…… 間髪を入れず、南部のこぶしが進の頭を上から小突いた。

 「あほか。何自慢してんだよ」

 「ってぇなぁ。ほんとのことだから仕方ないだろう。まあ、いろいろあったんだがな、実は……」

 進は、叩かれた頭を手でさすりながら、ナギサとの今までのことを、南部に話し始めた。

 (9)

 出会ってからのことを一つ一つ思い出しながら、進は話を進めていく。元々このことを話して、南部に例の調査を頼むつもりだったから、内容の整理もだいたいついていた。

 最初の出会い。事あるごとに進に反抗的な視線を送ってきて、つっけんどんな態度だった頃のこと。
 射撃練習で初めて礼を言われたこと。
 そして、権藤と言う男に出会い、緑化運動を一緒にやるようになったこと。
 その権藤から聞いて、彼女が父親が原因で男嫌いになったらしいということ。
 ラランドティアレの花が咲いて、二人で大喜びしたこと。
 その後、ナギサの態度が軟化していったこと。
 先日聞いたナギサの身の上話のこと。

 南部は進の話を、グラスを時折口元に持って行きながら、真面目な顔で聞いていた。

 「ふうん、そういうことがあったのか…… つまり、父親に裏切られたことが原因で大の男嫌いになったというわけ?」

 「ああ、それに彼女、母親や祖父を亡くして近い親戚もなくて、天蓋孤独らしいんだ」

 進は、うつむき加減に心配げな顔をして、グラスを揺らした。

 「お前と同じ境遇だったというわけか。それでお前は彼女に同情したってわけか?」

 「うーん、よくわからんが、とにかくほっとけない気がしてるんだ」

 そう言う進の目が、優しげな視線に変わる。彼女のことを心から心配しているようだ。それがわかっていながら、南部はわざと揶揄ってみせた。

 「なんだやっぱり彼女とそういう仲になりたいってことか?」

 「だからっ! お前、そこから離れろ!」

 「わっはっはっは…… ムキになるところが、またなんとも妖しいなぁ」

 「ううう…… ったく、もういい! 頼みたいことがあったんだが、止めた、止めた!!」

 再び怒り出した進を見ながら、南部はくすくす笑いだした。この手の話でこの男をからかうのはいまだに面白いなぁと、思う南部であった。

 (10)

 南部は進をなだめるように、ぽんと一つ背中を叩いた。

 「まぁまぁ、そう怒らずに、旦那ぁ…… かわいいナギサちゃんのためだ。俺も人肌脱いでやるよ。で、その父親を探せってんだろ?」

 「はぁ〜、さすがそう言うことは察しがいいな。頼むよ、暇なときでいいから。俺がそんなことの為にわざわざ地球に行くわけにもいかんし……
 まあ、結構詳しいこともわかっているし、すぐにわかると思うんだ。彼女も日本に来た事はあるらしいんだが、恨みやらなにやらで、探そうとしなかったらしいんだ。それに今はもう、探すつもりもないってそう言ってた。
 けどな、もし父親を探し出せて、彼女のことを思っていることを知らせることができたら、きっと彼女の心ももっと開かれると思うんだよ」

 進が真剣な眼差しで南部を見る。確かにあれだけの美人が男嫌いだと言うのは、いかにももったいないと、南部も思った。

 「そうすれば、彼女の男嫌いも本当の意味でなくなるってわけか? だが、逆にその父親がロクでもない奴だったら?」

 「その時は彼女に知らせなきゃいいだろ」

 そうであって欲しくないと思いつつ、進は答えた。

 「ふむ…… まあ、いいだろう。俺もそんな話を聞いたら気になるし興味もある。やってみるよ」

 南部はこくりと頷いた。すると、進がはにかんだような妙な笑みを漏らした。

 「頼む。雪に頼もうと思ったんだが、なんとなく言い出しにくくてな」

 「はぁん…… やっぱり後ろめたいことがあるんだな」

 「だっ、だから違うって……俺は彼女のことはなんとも……」

 南部が何度目かの突っ込みをすると、進は即座に否定したが、なぜか語尾を詰まらせてしまった。そういうところには、南部はすぐに反応を示す。

 「ん?」

 「い、いや…… とにかく俺は彼女に対しては、有能な部下で大事な友人だっていう気持ちしかないんだ! 誤解するな」

 今度は、進ははっきりと二人の関係を否定したが、南部にはさっきの進の躊躇が何を意味しているのか、少しばかり気になるところだ。だが、南部は今は深追いをしなかった。
 たぶん進本人が、まだその気持ちに気付いていないか、もしくは必死に抑えようとしているのかもしれない。

 (この男の女房はなんてったって、あの雪さんだからな。いくらこっちで一人だって言ったって、そう簡単にはよその女に心を移すことはないとは思うが…… とりあえず今は、静観するとしようか)

 怪しげな雰囲気でもあれば、元ヤマトの仲間として解決に乗り出そうものだが、今のところはまだその段階ではないと思った。

 (11)

 そう決めると南部は、また話題を笑い話の方へと持っていった。

 「ふふん、まあいい。いい年のオヤジが二十歳(はたち)そこそこの小娘に手を出すってのも罪な話だしな」

 「あ〜〜ん、誰がオヤジだって!?」

 酔いも任せてか随分据わった目で、進がぎろりと睨んだ。しかし、そんなことで怯む南部ではない。

 「目の前にいるだろうが!」

 南部が進の方へグラスをぐいっと差し出して笑う。すると、進も口では笑いながら怒り始めた。

 「なんだと!俺はまだ若いぞ! 彼女とだって9つしか違わないんだ……」

 と、ここまで言ってから、進はちょっと首を傾げて「ん?」と考えるそぶりを見せて、それからおもむろにやたら嬉しそうな顔で叫んだ。

 「ああっ、お前っ! 9つも下の小娘に手を出して嫁さんにしたのは、一体どこの誰だよ!」

 これで形勢が一気に逆転した。再び愛妻の話題に振りかえられた南部は、返す言葉がない。

 「えっ?あ、ああ、ははは…… そう言えばそうだな。あはっ」

 焦る南部の姿が面白くて、進も笑いだした。それ以上相手を責める気もないようだ。

 「ぷははは…… まったく! 何笑って誤魔化してんだよ! で、その小娘さんはお元気でしょうか?」

 わざとらしく丁寧に尋ねる進の問いに、南部は肩をすくめた。

 「ん?元気にしてるよ。まあ、ちょっと体は重そうだけどな」

 「ああ、そうだったな? 二人目か、いつだ?」

 南部には既に2歳になる男の子が一人いる。そして、近々もう一人生まれるという話は、進がラランド星基地に来る前から聞いていた。

 「来月の予定だよ。俺が地球に戻るまで、生まれるのは待ってろって言ってるんだ。しっかし、なんだな。昔からもそうだったけど、あいつ最近とみに強くなったよ。あれだな、『女は弱し、されど母は強し』ってやつだな?」

 南部は照れ隠しもあってか、顔をしかめながらウインクするので、進は思いきり受けて笑ってしまった。そして、南部の妻にも勝るとも劣らない我が妻の姿を思い浮かべると、こう言ったのだ。

 「ぷっ……はっはっは、だがそれを言うなら、あいつらの場合は『女は強し、さらに母は強し』だろ?」

 「わっはっはっは、そりゃあ言えてるなっ!」

 二人の会話、とても女房達には聞かせられない。それからも、しばらく男同士の雑談に花を咲かせた後、明日の演習に備えて二人は寝ることにした。

 すぐに眠りについた南部を横目にしながら、進はさっきの会話を思い出していた。

 (あの時、俺はどうして口篭もってしまったんだろう…… 彼女のことは、本当に友人としてしか思っていない。そうだろう、進。そうだよな!)

 その後、進も酒の力とその日の疲れからか、すぐに眠りに入った。

 そして、翌日からのラランド星周辺での合同演習は、多少の問題点はあったものの、進としてもほぼ満足の行く内容で無事に終了した。
 そして1週間後、南部は他の艦隊と共に、また次の寄港地へと旅立って行った。

 (12)

 それからのひと月は、平穏なまま過ぎた。
 演習が終って落ちついてから、進は南部が届けてくれたビデオを見た。すくすくと育つ子供達の姿を見ることは、何よりも幸せなことだと思う。

 週一の電話もいつも通りだった。こちらからかけることもあるし、地球からの場合もあった。ビデオを見た後は、雪とその話で盛り上がったし、子供達はつかの間のTV越しの父親との接触を、とても楽しんでくれる。
 その度に、雪や子供達への愛情も全く変わりないことに、安心する進だった。

 ナギサと進の関係も特に変わりはなかった。演習の後は再び平穏な基地に戻り、業務もスムーズに進んでいる。
 ただ、南部から指摘を受けて以来、ナギサの視線が気になり始めたのも事実だった。

 出会った頃に見せた、あの挑むような鋭い視線は、既に全く見えなくなった。それどころか、彼女が時折とても女らしい視線で自分を見つめることがあるのに、最近になってようやく気がついたのだ。
 かといって、ナギサが何か具体的に意志表示をするわけでもない。
 ただなんとなく意識してしまう自分を、進は少々持て余していた。

 (まさか……なぁ。南部の奴が変なことを言うから悪いんだ。きっとそのせいで、俺が意識し過ぎなんだ。しっかりしろよ、進!)

 進は不可思議な思いに陥りそうになる度に、そう言って自分を叱りつけた。

 (ここに雪がいてくれれば、そんな事考えることなんかなかっただろうに……)

 机に置かれた妻の笑顔の写真をじっと見る。今更ではあるが、この件に関しては、単身赴任でやってきたことを少々後悔したくなる。目の前に愛する妻や子がいれば、自分がこんな気持ちになることなどないんじゃないかと、そう思うからだ。

 この前など、子供達が寝てから雪と二人で会話した時に、ふとこんなことを口走ってしまい、心配させてしまった。
 あれは笑い話をした後で、ちょっと会話が途切れた時だった。

 「なぁ雪。仕事がひと区切りついたら、一度休み取ってこっちに来れないのか?」

 「えっ? あら、進さん淋しくなったの?」

 「ん…… まあ……な」

 言ってしまってから、しようのないことを言ってしまったと思っても、後の祭である。

 「うふふ…… うれしいわ。でも、それは無理よ。あなただってわかってるじゃない。ラランド星の基地へは、民間の定期便はないのよ。どうしてもってことになれば、輸送船にでも便乗させてもらうしかないんだから。ちょっと休みとれましたから遊びに行きます、なんて出来るわけないでしょう?」

 雪は寂しそうに微笑んだ。

 「そうだよな。いや、すまん」

 進はあっさりとそれに頷いた。元々、進だってそれくらいのことは重々承知している。それだけに、随分気弱なことを言う夫に何か異変でもあったのかと、雪は心配そうな顔になった。

 「どうしたの? 何かあったの?」

 「いや、なんでもないよ。ただ、直接会いたくなったっていうか。画面越しで毎週話してても、やっぱりな…… 雪は違うのか?」

 愛する夫に、画面の向こうから切なそうな目で見つめられると、雪の胸がきゅんと痛んだ。やっぱりついていけばよかったのかしらと、ちらりと後悔の念がわいてきたりする。

 「それはもちろん、私だって淋しいわ…… でも、私には子供達がいてくれるから、少しは違うかも…… あなたこそ、一度こっちに帰ってこれないの? そうすれば子供達にも会えるし……」

 「ああ、そうなんだが…… 何年も地球に帰ってない職員が大勢いるんだ。俺なんか1年で帰れるっていうんだし、まだ来て数ヶ月で淋しいなんて言ってちゃいけないんだよ。ああ、すまんすまん、変なことを言っちまったな」

 妻が懸命に心を砕いてくれているのを感じて、進は努めて明るく振舞おうと笑顔を作った。妻の優しさが心に響く。

 「ううん、嬉しい。あなたの帰ってくる日を指折り数えて待ってるわ」

 「ああ、そうだな」

 妻の愛に包まれて、その夜進はとても幸せな夢を見た。その中で再会した妻を強く抱き締めながら、進は囁いていた。

 (愛してる……雪。誰よりも……君だけを……)

 (13)

 一方ナギサの方も、進への気持ちをどう解釈していいのか困っていた。ただ進に対して好意を持ち始めていることは、自分でも認めざるをえなかった。

 まず第一に仕事に行くのが楽しい。なぜなのか? 仕事の内容は変わらない。いや、副司令が来てからは、さらにハードになったかもしれない。それなのに、楽しくてしょうがないのだ。
 そして、司令室に来ると、進の顔を見るのが何よりも嬉しい。ふと気が付くと、自然に進の姿を追ってしまっていて、ハッとして仕事に戻ることもしばしばだった。

 (副司令に気付かれなかったかしら? 気付かれてませんように……)

 自分の中では、それが恋だと思うことを、今でも否定に否定を重ねている。
 いつからこんな気持ちになってしまったんだろうと、ナギサは不思議な気がした。

 なにせ最初はけんもほろろ、そばにいて欲しくもなかった存在のはずだった。そんないけ好かない男だと思っていたのだ。
 しかし、彼への認識が間違っている事がだんだんと解るに付け、ナギサの心の中は、何やら複雑な気持ちでいっぱいになっていったのだ。

 古代進という男性は、非常に優秀な防衛軍の幹部であると同時に、妻を愛し子供達を思うごく普通の父親だった。さらに、ナギサと同じように緑を愛し、そしてナギサと同じように、子供の頃に両親を亡くした。
 人間としての好ましさと、同じ境遇を生きた人間としての共通の感覚が、ナギサをより惹き付けるのかもしれない。
 しかし、同時に妻子ある男を愛することで不幸になった母のことが頭から離れない。

 (あの人への思いは、絶対恋じゃない…… 恋しちゃいけない人だから…… だって、あの人には……奥様がいる。だけど……)

 ナギサの心も様々に揺れ動いていた。

Chapter6終了

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(背景:Atelier paprika)