「あれは……イスカンダルを立ってすぐのことだだったわよね……あなた」

 「むぅっ!……」

 時は遡り、西暦2200年6月のこと。ヤマトは数日前にイスカンダルを飛び立ち、一路地球を目指し、再び14万8千光年の旅を始めたばかりだった。行きと違って、ガミラスを討ち果たしてからの帰路は、リラックスムードが広がっていた。

 その日の夕食後、進は愛機コスモゼロの整備に励んでいた。

 「よしっと、これでOKだ!」

 艦長代理として第一艦橋の勤務がメインの進にとって、コスモゼロの整備は余分な仕事ではあったが、手抜かりするわけにはいかない。進が出来ない分は、専門の整備士が行っているが、やはり自分でもチェックしたい。勤務時間外になっても、できるだけ愛機にまたがる時間を作るようにしていた。

 「はぁ〜。これから、どれくらいで地球に帰り着けるんだろう。ガミラスの戦艦はもういないんだろうなぁ」

 座席にどかりと座って天井を仰いだ。帰りの航海が何事もなく進んでくれるよう願い、数日前の兄との別れのことも思う。
 不思議と寂しさは少ない。兄が幸せになれそうな気がしたことと、もう一つ、自分にも思う人がいることがそんな気持ちにさせるのかもしれない。
 目を閉じると、瞼の中に美しい娘の姿が浮かんできた。

 「雪……か」

 進は、ごそごそとファイルケースの中から写真を数枚取り出した。以前、雪と二人で撮った記念写真だ。焼増しをしようとしていた矢先に、ガミラスとの決戦になってしまった。その後も、イスカンダルであわただしい日を送っているうちに、時が経ってしまった。そして、やっと昨日できたのだ。整備が終わったら、雪の部屋に寄って手渡すつもりで持ってきていた。
 雪一人の写真が数枚と二人で撮った写真が1枚。ただし、二人で撮った写真は、あろうことか手を伸ばそうとした進の右手が雪に思いっきりはたかれた瞬間を捕らえてしまっていた。

 「ちぇっ、ひでぇよなぁ……」

 進は、その写真をまじまじと見た。はたかれた手が痛くて歪んだ顔の進が滑稽だった。あの時は島に見られて笑われてしまった。でもその後、なぜか雪のことをあきらめたらしいという噂を聞いた。あの後、島が彼女のことをどう思っているのか……直接聞けないままになっている。
 それに、雪が好きな相手は誰なんだろうか――ヤマトに平穏の日々が戻ってくると、進の心の中は、ふとした隙にそのことで一杯になる。

 「雪は、誰のことが好きなんだろう。オリオン座のα星に祈っていたあの相手って……いったい誰なんだろう」

 進は雪の気持ちを掴みかねていた。自分のことを心配してくれたり、よく気遣ってくれたりするし、話をしても楽しそうにしてくれる。もしかすると、自分のことを好きでいてくれるんじゃないか、と期待を込めて思うこともある。
 が、またある時は、他の男と楽しそうに話しているのを見る羽目になる。そうすると、やっぱり違うのか、としばらく落ち込んでしまったりする。
 片思いにケリをつけたいと思う。だが――進は思う――地球に無事帰り着くまでは、まずは自分の任務をまっとうしなければ…… 
 進はそう思うことで、自分を奮い立たせてもいたし、また告白をする勇気がなくて、日延ばしする恰好の理由になってもいた。

 進はもう一度、写真を一枚一枚見た。そして最後に二人の写真が一番前に来る。コクピットのシートをにもたれかかり、両手を天井に突き出すように、写真を頭の真上に持ってきて眺めた。

 「この恰好…… やっぱ、俺のこと好きなんじゃないのかなぁ」

 ポツリとつぶやく。そして心の中では、好きだったら、肩くらい抱かせてくれるよなぁ……と思う。ため息がひとつ。と、その時、突然後ろから声がした。

 「まあ、その写真じゃあ無理かもなぁ。わっははは……」

 「だ、誰だっ!」

 進は心臓が飛び出るほどびっくりして、慌てて後ろを振り返った。そこには、ブラックタイガー隊隊長の加藤三郎が立っていた。

 「か、加藤……お前、いつからそこにいたんだ!?」

 「ほんの少し前ねっ」

 加藤はニヤリと笑うと、驚いて固まっている進の手から写真をさっと奪った。

 「あっ、こらっ!」

 進が手を伸ばすが、加藤はすぐに返そうとはしない。そして、くくくっと笑った。

 「しっかし、みっともねぇったらねえな、班長……あ、もとい、艦長代理さま!」

 「う、うるさいっ!」

 進がムカッとする。もう一度手を伸ばして写真を取り返そうとするが、加藤はひょいと手を逸らして掴ませない。

 「ほんとに生活班長って、お前のこと好きなのかねぇ」

 ちょいと意地悪げな斜め目線の加藤だ。本当は、加藤は雪が進の事が好きだと確信していた。
 ビーメラ星の時に、この二人怪しいぞ、と思った。そして、イスカンダルで救助した時に間違いないと思った。念の為、島にこっそり尋ねてみたら、「俺はあきらめたよ」と寂しげに明言された。
 しかし、二人とも地球に帰るまでは気持ちを伝え合う気がないらしい。ならば、いっちょうからかってやるか……と加藤は思った。

 そんな思惑に、進がきちんとはまった。自分に全く自信がないことなど忘れて、腹立った分だけ、威勢を張って叫んでしまった。

 「な、なんだとぉ! 絶対俺のこと、す、好きに決まってる!!

 格納庫中に響く声で叫んだ。言ってから、しまったと思ったが、もちろん口から出た言葉はもう消えることはない。加藤はさらに面白そうに口の端を少しあげた。

 「ほぉっ、言うねぇ。さすが艦長代理サマだぜ。けど、どうしてそんなことがわかるんだ?」

 加藤に理由を問われて即答できない。答えに窮した。
 どんなところって言われたって……本当は自分だってわからない……ただ、いつも自分のことを心配してくれているような気がして、自分が戦闘に行って帰ってきたら、とても嬉しそうな顔をしてくれるような気がして……

 「お、俺のこといつも心配してくれてる。冥王星の時だって、宇宙要塞の時だって……七色星団の決戦の時も…… 無事な顔を見たらうれしそうに笑ってくれて……」

 「ふ〜〜〜〜〜ん、それで?」

 加藤の「そんなこか……」とでも言いたげな見下したような視線に、進はまたもやムッときて大風呂敷を広げてしまう。加藤は解っていてわざと挑発しているのだ。

 「例えば……ここでお前がここから落ちて怪我でもしたら……?」

 「そ、そんなもの決まってるっ! 当然、彼女は血相変えて駆け込んでくるに決まってるさっ!!」

 カッとなった進の回答は予想通りで、加藤はさらに目を輝かせた。

 「よぉし、じゃあ、試してみるか」

 と言われて、進は突然慌てた。

 「た、試すなんて、そんなことっ…… ば、バカなことはやめろ。ヤマトはまだこれから航海が残っている大変な時で……」

 「言いわけ無用! それとも自信がないのか?」

 「むむっ……」

 本当はその通りなのだ。自信はない。しかし負けん気の強い進は、加藤の前ではそうとは口が裂けても言えなかった。加藤は不敵な笑いを浮かべると、館内電話を取った。

 「……ああ、山本か? 今、暇か? うん、じゃあちょっと格納庫まで来てくれよ。ああ、面白いことやろうと思ってな、ああ、すぐだぞ」

 「山本……? どうしてあいつを呼ぶんだ?」

 「いいじゃないか。それより、古代。もしこれで森さんの気持ちがお前に向いてなかったら、この写真は俺が貰うぞ」

 「えっ!?ど、どうするつもりだ?」

 「もちろん、麗しの我らが乙女の写真を大量に焼き増して、欲しいヤツに売ってやるのさ」

 「なっ!? や、やめろっ!」

 「森さんがお前に惚れてないんだったら、彼女はこれからもみんなのアイドルだ。ってことは、みんなで共有するのが当然だろ?古代」

 「ぐっ……」




 その時、山本を先頭にブラックタイガー隊の面々がぞろぞろと入ってきた。10人はいそうだ。

 「なんだ? 加藤、面白いことって」

 「げっ! ナンでそんなに来るんだ!?」

 「はっはっは…… 随分来たもんだなぁ。まあいいさ。実はな……」

 加藤が事情を説明する。その間、進は怒りと恥ずかしさで真っ赤な顔で唸っていた。

 「ふうん…… おい、古代。そんな約束して大丈夫か? 今ならやめられるぞ。素直に謝った方がいいんじゃないか?」

 山本が冷静に、同情を込めた視線で進を見る。しかし、周りは興味深々になっている。ここで、やっぱりやめたなどと言える雰囲気ではない。ヤケクソ半分で進は叫んだ。

 「ば、馬鹿言うなっ! なんで俺が謝るんだ!」

 加藤は、にやりと笑った。

 「だとよ…… じゃあ、決行だな。よし、それじゃあ、山本、お前に協力してもらうからな。山本は、そのあたりに倒れてろ。古代、お前もだ。もう少し奥のほうで、入り口から見えるところ、そうだなぁ、あのあたりがいいな」

 加藤が場所を指差して二人に指示をする。

 「で……?」 山本が続きを促した。

 「俺が今から医務室に電話する。古代と山本が、戦闘機の整備中に誤って足を滑らせて落ちたってな。頭打って気を失ってるようだから、すぐ見に来てくれって。
 さっき、俺は生活班長に会ったんだ。今日は医務室で仕事があるって言ってたから間違いなくいる。てことは、電話すれば、当然看護婦である彼女はここに駆け込んで来るだろう。そして倒れている二人を見て、どちらに先に駆け寄るか……だ」

 加藤が山本を見てから、進の方に目を向けて鋭く睨む。進はびくりとした。

 「森さんが古代(おまえ)に惚れてるとすれば、だ。倒れている愛しい男を見れば、手前に倒れてるヤツがいようがいまいが、ほっとばしといてでも、お前のところに駆け寄るはずだ。で、もし山本に駆け寄ったら…… ま、後は言わなくてもわかるよな?」

 「だ、だが、なんで山本なんだよ!!」

 「そりゃあ、我がブラックタイガー隊きっての色男だからな。女性クルーの人気ナンバー1って噂だしよ。ってことは、森さんだって……なぁ」

 「うっ…………」

 「わぁ〜!! 面しれぇぞ!」 「やれやれぇ!!」 「頑張れ、山本!!」 「古代、負けるな!!」

 周りの連中がやんやと盛り上がって声援を送り始めた。山本も「しょうがねぇな」と苦笑いすると、

 「おいっ、加藤。この借りは高いぜ!」

 と言ってゴロンと床に転がった。そして上を見上げると、コスモゼロの横で、白くなっている男が呆然と下を眺めているのが見えた。
 当の進も、自分が言い出してしまったこととは言え、こんなに大げさになるとは思っていなかった。艦長代理の俺がこんなことしていいんだろうか……迷いと焦りの気持ちが頭を渦巻いていた。

 山本は進の雪への気持ちはもちろん、雪が進の事を憎からず思っていることは承知している。だが、この衆目の中である。雪がどういう行動を取るか、わからない。加藤が言い出したことだ、何か企んでいる可能性も高い。

 (一言だけ言っておくか……)

 「おい、古代。もし、彼女が俺のほうに先に駆け寄ってきたからって、逆恨みするなよ」

 山本の大きな声に、進ははっとした。下を見ると苦笑気味の山本の顔が見える。どうしようかと迷っていた気持ちが、その言葉にカッときてライバル心がむくむく沸いてくる。

 「わ、わかってる!! そんなことするわけないだろう!!」

 言葉とは裏腹に、ぎろっと睨んだ進の目は鋭かった。山本は、痴話げんかのとばっちりだけはこないでくれよと、天を仰いだ。

 そして、二人のやり取りを聞いていた加藤が艦内電話をとった。

 「よし、やるぞ!」

 医務室に電話した加藤の切迫した口調は、なかなかの演技賞物だった。



 
 「佐渡先生!! 早くしてください!!」

 加藤からの第一報を受けた雪は、顔面蒼白で佐渡の私室に飛び込んできた。そして、酒を飲み、いい気分でうたた寝している佐渡をたたき起こした。
 整備中に事故があって進と山本が二人揃って落下して気を失っているらしいと報告した。

 「わかった、わかった。じゃが戦闘でやられたわけでもあるまいに…… たんこぶでも作ってるだけじゃろう?」

 「でも、加藤さんの口調はとっても慌ててて…… ああ、古代君……」

 雪の目が涙目になっている。もし、進の身に何か起っていたらどうしよう…… そう思うと、雪は居ても立ってもいられないのだ。佐渡がやっと靴をはいたところで、雪の我慢は限界に達した。

 「先生!! 私、先に行って様子みてますからっ!!」

 雪はそう言い捨てて、医務室から駆け出ていった。

 「雪のヤツ、最近はすっかりあいつに夢中じゃなぁ。イスカンダルでもなんかあったんかなぁ」

 とぼけた顔の佐渡は、その後ろからやっと歩き始めた。



 格納庫では、加藤が電話を置いた。加藤は進に近寄って来てしゃがみ込んで耳打ちした。
 電話は雪が取った。だから、間違いなく彼女が数分後には書け込んで来るはずだ……と。

 「もうすぐ来るぞ」

 格納庫の床で横たわる進の心臓は、胸から飛び出しそうな位バクバクと動いていた。
 バカなことをやっているような気がして、進の気持ちが揺れる。やっぱりやめて立ちあがってしまおうか、とも思う。だが、駆け込んで来た雪がどんな態度を取るのかもやはり気になる。

 (ああ…… もう、だめだっ! じっとしてられない)

 そう思って、体を入り口の方へ倒したとたん、ツィーンと言う音がして、ドアが開いた。雪だった。

 (げっ!?)

 進が動いた瞬間に入ってきた雪は、その視線をまっすぐに進に向けていた。進も大きく目を見張ってしまった。口も開いてしまった。声はでなかったものの、雪からはあきらかに「あっ」と言ったように見えた。
 二人は間違いなく、その瞬間見つめあっていた。

 (ま、まずいっ!)

 進が慌てて目を閉じたが、その視線で雪は進の無事を確認した。雪の心が少し軽くなる。廊下を走りながら、どうしていいのかわからないほど胸苦しい思いに駆られていたが、それからすーっと開放された気分だ。

 (古代君、今動いた! 目を開けて、口も何かを言いたげで……よかった)

 心の底からほっとした。彼は大丈夫だ……彼女の中で、確信にも似た感触を得た。と同時に、進のことで一杯で、今まで見えてなかった周りが急に見え始める。あのまま、進の目が開いていなかったら、今ごろ一目散に進のところに駆けていって、すがり付いていたかもしれない。
 だが、安心が雪を冷静にした。進のすぐそばには加藤が座りこんで様子を見ている。それに、周りから大勢のブラックタイガーのメンバーが囲んでいる。倒れているのは二人。すぐ手前に山本がいる。
 冷静な看護婦に戻った雪の行動は一つだ。息を一つ吸いこんだかと思うと、すたすたと山本に向かって駆けて行った。

 「山本君っ!! 大丈夫?」

 その瞬間、周りがざわめいた。もちろんそれは、進の方へ雪が駆け込んでいかなかったことに対するものだったが、雪は医療班がやってきた安堵の声だと思った。

 雪の声とそのざわめきで状況を知った進は再び目を開けた。そして目に入った光景は…… まるで本当に高所から落ちて頭でも打ったような気分になる。頭から血の気が失せる。そんな進に、加藤が呟いた。

 「残念だったな、古代。お前の負けだ」

 進のショックは大きかった。

 (やっぱり、彼女は俺のことなんか……なんとも思ってなかったのか……)

 その後すぐに佐渡も駆けつけ、すぐに目を開けた山本と進を寝かせたまま、簡単なチェックをした上で、医務室まで連れて来るように指示した。

 「一応、脳波の検査だけしてみるからな」

 そう言うと、そばに立っていた雪に耳打ちした。

 「ほれ見ろ、たいしたことなかろうが…… 心配ならお前さんが古代に付き添ってきてやれ」

 「なっ! 私は何も……」

 佐渡に進を気にしていることを指摘されて雪は紅潮する。赤い顔で佐渡の背を叩くとチラッと進を見た。進は加藤に付き添われていたが、顔色が悪そうに見える。

 (大丈夫かしら? 古代君)

 心配には思ったものの、佐渡も含めて大勢の視線にさらされ、逆に恥ずかしくて進に近づけなかった。しかたなく、近くにいた山本に再び声をかけた。

 「山本君……一緒に行きましょう」

 その言葉に、山本が当惑げな顔で、後ろの進と加藤を見る。進は眉をしかめたまま、じっとこっちをにらんでいた。まずいな、とは思ったが、実は……と自分がばらすわけにもいかない。仕方なく、黙って雪の指示に従った。



 医務室での検査は滞りなく終わった。当然の事ながら、二人とも脳波に異常は見られなかった。寝ている二人を置いて機器を片付ける雪。
 加藤は佐渡を離れたところに連れて行って何か打ち明けている。佐渡は加藤に小さな声で「ばかもん!」と言う声が聞こえた。気の緩みでも会った事故でそれを叱られているのだと、雪は思った。

 加藤との話が終わると、佐渡が二人のところへ戻ってきた。

 「よし、と…… とくにどこも痛そうでもないし、脳波のほうも問題ない。大丈夫じゃろう。ま、今夜一晩は念の為様子をみたほうが良いな。加藤!」

 「は、はいっ!」

 「お前、山本と同室だったな。今晩は時々山本がぐっすり眠っているか見てやれ」

 「わっかりましたぁ〜!!」

 加藤が大きな声で元気よく答えて敬礼する。佐渡はふっと笑う。そして今度は進の方を見た。

 「古代も何ともないと思うが…… どうも、顔色が悪いな。どっか痛いところとか気分が悪いところとか、ないのか?」

 佐渡の質問にも、進はぶすっとしたまま、ただ「いいえ」と答え、そしてなぜか恨めしそうな顔を雪に向ける。その表情を見た加藤と山本が、ププッと噴出してしまった。佐渡もなぜかおかしそうな顔をしている。雪だけがそれに憤慨した。

 「なあに!? 加藤君、山本君!! 人が具合悪いって言ってるのに、笑うなんて!」

 「すみません……生活班長」

 雪の非難の言葉に、二人は肩をすくめた。それでもどうもむずがゆい顔をしている。なにせ進の顔色の悪さの原因は、頭を打ったりしたことではない。目の前にいる雪のさっきの行動が原因なのだから。それを思うと笑えてきてならないのだ。佐渡も苦笑しながら進に言う。

 「まあ、心配はいらんと思うが、古代は一人部屋だし、念の為今日はここに泊まれ。一晩入院じゃ」

 「えっ!?」

 「雪、お前さん、今日はなんか書類の整理で、ここで遅くまで仕事じゃって言っとったな」

 「はい」

 「それじゃあ、古代の様子を見ていてやってくれんか? ここのモニターONにしておけば、そっちの部屋から画面で見えるし、音も聞けるからのぉ」

 「え゛……!?」 「はい、わかりました!」

 当惑する進の声と、元気よく答える雪の声が重なった。

 「だ、大丈夫です!佐渡先生…… 大丈夫ですから、自分の部屋に帰って休んでますから……」

 進が慌てて辞退するが、佐渡は首を横に振り断固として命令する。

 「だめじゃ、別にベッドがあいとるんじゃから、ここでおれ。朝になったら普通にしててもええから」

 「そうだそうだ、古代、ゆーっくりさせてもらって、森さんに看病してもらった方がいいぞ。なあ、山本」

 「うん、そうそう…… それがいい!」 「そうよ、古代君ここにいた方がいいわ」

 加藤と山本が声援した。雪も諭すように言った。

 「お、お前ら……! な、俺は大丈夫だ、帰る!」

 「古代君!! 私の看病がご不満なの? なら、アナライザーにでも頼みましょうか!」

 あまりにも嫌がる進に、雪が少しばかり腹を立てた。ぎろっと進を睨む。その瞳と一言で、進の抗議は完全に引っ込んだ。

 「あ……い、いや……そんな……」

 「くっくっく…… じゃあ、俺達は帰ります。古代、例のブツは約束通り貰っとくからな。じゃあ! お休み、生活班長。艦長代理のこと頼みますねぇ」

 そう言うと、加藤と山本はまた潜み笑いをしながら医務室を出ていった。


――廊下での二人の会話――

 「な、加藤。どうして森さん、古代んところに行かなかったんだ?」

 「ああん? ああ、あいつ森さんが入ってくると同時に動きやがったんだ。バカだよな。なもんで、彼女も古代は大丈夫だって思ったんじゃないか。
  ま、どっちにしても、森さんが入ってきたら、ケツでも蹴っ飛ばして声でも上げさせてやろうと思ってたのさ。そうすりゃあ、森さんは気を失ってるお前の方を先に見に行くに違いないからな。俺があいつに、そう簡単にいい思いさせわけねぇだろ?」

 「はっはっは……ってことは、こう言う結果は見えてたってわけか。けど、俺はあいつに逆恨みされるのやだぜ」

 「大丈夫だよ。佐渡先生にはほんとのこと言っておいた。だからあの入院命令は古代への温情さ。今晩一晩面倒見てもらえば、あいつは単純だからすぐ機嫌直すって…… あの二人は心の中ではお互いラブラブなんだからよっ」

 「そーゆーことか、ははは」

 「はっはっは…… ああ、しっかし面白かったな。森さんがお前に駆け寄った時のあいつの顔ったらなかったぜ。見せてやりたかったよ」



 「あ、あいつらぁ〜!」

 ベッドの上で掛け布団をぎゅっと握って、進が歯軋りする。二人を見送った雪が振り返って尋ねる。

 「なんなの? 古代君、例のブツって?」

 「い、いや……なんでも……」

 進は、突然口篭もって下を向いてしまった。どうせろくなものではないわね。そんな風に言いたげに、雪は肩をすくめて笑うと、安心したように、ほぉっとため息をついた。

 「でも、今日はホントにびっくりしちゃったわ。二人とも何でもなくてよかった。どうしてこんなことになったの?」

 「あ…… ちょっと……」

 これも答えられない。なにせ全くの芝居なのだから。雪は、もう一度大きく息を吐くと、優しい眼差しになった。

 「もうっ、無茶しないでよ。私を心配させないでね」

 話す口調もやさしい。まるで心から自分のことを心配していてくれているようで、進の胸がキュンと痛む。だが現実は、自分よりも…… その思いが言葉になる。

 「心配って…… でも……君は……や、山本の方が心配だったんだろう……」

 雪のその視線にどぎまぎしながらも、進は少し怒ったように見上げた。どうせ、俺よりあいつの方を介抱したかったんだろう。そんなやけっぱちなことまで言いそうになる。それに、雪が意外そうな顔をした。

 「えっ?」

 じっと見つめられて、進の声が小さくなっていった。

 「だって……入ってきてすぐに山本のところに……その……

 最後は消え入りそうな声。雪はきょとんとして見ていたが、ああっ、と言う顔をしてにっこりと笑った。進はとうとう頭を真下に向けてしまった。

 「なあに言ってるの。やあねっ! 二人ともすごく心配だったわよ。それに、私が格納庫に着いた時、古代君はもう目が覚めてたじゃない! だから、ああ、よかったって思って、それで山本君のほうに……」

 「あ、そう……だった……んだ」

 進の顔がゆっくりと上に向けられた。ゆっくりと雪の顔を見上げる。

 (そう言えば、俺はあの時、雪と視線があってしまったんだ。そうか、そうだったのか……}

 進はさっきからの心のわだかまりがすーっと溶けていくような気がした。雪はにこりと笑ってから、ちょっと頬を染めて小さな声でこう言った。

 「それに……古代君の方が心配よ、私……」

 「えっ!!?? それって……」

 期待を込めた視線で進が雪を仰ぎ見た。

 (やっぱり、俺のことを……?)

 が、雪はくすりと笑うとこう言った。

 「だって、山本君より古代君の方が、いつも無茶しそうなんですもの!」

 「って言うわけよ」

 雪が話し終わったとたんに、航と愛が笑い出した。父親はと言えば、当然苦虫をつぶしたような顔でお茶をすするばかりだ。

 「あっははは……父さん、めちゃくちゃいじけちゃったんだ、あははは…… 今の姿から想像できないよ!」 航が腹を抱えた。

 「ほんとぉ、小細工なんかしないで、早く告白しちゃえばよかったのにっ」 愛は肩を振るわせている。

 「ねぇ…… そうでしょう? パパったら、変なお芝居するからそう言うことになるのよ」 雪がちらりと流し目をした。

 「うむむ……あれは加藤が…… そ、それにもう20年以上前の話なんだぞ! あの時は、俺だってまだ若かったんだから」

 父がなんと言い訳しようとも、残りの3人は笑い続けるのだった。

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