あなたをユ・ウ・ワ・ク
あれは、数日前の休憩時間のこと。雪は、同僚の亜美とコーヒーを飲みながら、お互いの夫のことで話が盛り上がっていた。
特にその日は話がエスカレートして、ちょっとうふふな会話になっていった。お互い新婚の二人、女同士ともあって、たまにはこんな話も楽しかったりもするのだ。
亜美が、雪の脇をツンツンとつついて尋ねた。
「雪さんって、あの時はやっぱり旦那様にリードされるのが好き?」
「えっ? ええ……っていうか、なんとなくそうなっちゃうのよね。この前の旅行の時だって……あっ、やだ、うふふ」
雪は、結婚半年の記念旅行のことを思い出した。あの夜は彼にすっかり翻弄されてしまった……
「あっ、途中でやめるなんてずるいですよ〜〜! でもあの旅行はすごく楽しかったみたいですものね」
「ええ……とっても。でも夜は彼にすごく余裕見せられたって感じでね、ふふふ」
雪はそれ以上は口にしなかったが、少し紅潮した顔付きから、亜美は、それなりの艶やかさを感じ取った。
「へぇ〜 そんなにすごかったんですか? やっぱり、旦那様は戦闘指揮のプロですものね。主導権握るのは得意ってわけですねぇ?」
亜美の目がからかい気味にキラキラと光った。
「ん、もう、やあね。でも当ってるかも。でもね、普通の家庭生活では私のほうが主導権握ってるのよ。それを考えたら、ちょっと悔しい気もするわ。たまには、私が彼を翻弄してみたいわ」
「うふふ…… 雪さんの魅力に振り回されてる旦那様の姿、想像しちゃいました。そうだわ、それじゃあ、これ試してみられたらどうですか?」
「え?」
亜美は、いそいそと立ち上がると、自分のロッカーの中にあった女性雑誌の最新号を取り出してきた。彼女が手にしていた雑誌の記事には、『SEXの主導権を女性が握る5つのストーリー』という特集があった。
「あら、やだ、今の話にピッタリのテーマね?」
「でしょ?うふふ……」
そして雪と亜美は、頭を突き合わせてその記事を読んだ。読みながら、ちょっとドキドキしてきてしまう、そんな内容の記事だった。
読み終わってから、亜美が少し興奮したように口を開いた。
「ねぇ、結構すごいでしょ? でもとっても楽しそうだし、たまにはこういう刺激っていいかも、なんて思ったりして…… 特にこのPART5なんてすごいと思いません? なんか想像するだけでもドキドキしちゃいそう」
意味深な視線を送ってくる亜美に対して、雪はドキリとした。
「もしかして亜美さんも、試したいの?」
「うふふ、ちょっとね、今度やってみようかなって思ってたりするんです。ねぇ、雪さんもどうですか?」
亜美がほんのり染めた顔でうふふと笑う。確かになんとも魅力的な設定で、雪も少し心が動かされた。けれど……
「でもこんな大胆なこと、私にできるかしら? なんだか恥ずかしいわ」
女性側が相当大胆にならなければ、できない手法である。羞恥心を抑えなければならないかもしれないと思うと、それだけで雪の胸は高鳴った。
「でも、他の誰にもわからないし、二人だけの秘密って感じでしょ?」
「それはそうだけど…… ああ、なんだか読んでるだけでドキドキしちゃうわ」
「でも実際やってみたらもっとかもしれませんよ」
半分冗談、けれど半分本気の二人の会話だった。その時は、本当にそうしようと決めていたわけではなかったのだけれど、今日、家を出る前に、雪は急に思い立ってしまった。
――たまには、あの人をほんの少しでいいから翻弄してみたい…… だって最近はいつも私が翻弄されてばっかりなんだもの。
愛する夫とちょっぴりアバンチュール気分を味わうのも悪くない。それも自分が主導権を握る形で……
きっとそれは、二人の間をもっともっとHOTなものにしてくれるはず。雪はそう思った。
それから意を決して、でもすごくドキドキしながら支度をして、家を出た。そして今ここに至っている。
雪は、さっきの夫の反応振りに、その成果が少し現れたような気がしていた。
――進さん、気付いたみたい? さっきチラッと私の胸元見てたもの。ああ、ドキドキしちゃう。でも刺激的! だけどもし彼が私のしたことにあきれちゃったりしたら? ううん、そんなことないわ。だってこの間も彼は……
先日の夜、早く帰ってくるはずの夫が帰ってこなくて、待ちぼうけを食わされてしまった。焦らされたみたいで我慢できなくなった雪は……自分で自分を慰めてしまった。
それを帰ってきた夫に見られてしまったときは、どうしようもなく恥ずかしかったけれど、逆にそれが夫の心に火をつけることになって……
あの夜はとても素晴らしいひと時を過ごすことができた。
――少しくらいみだらな私も、彼はきっと喜んで受け入れてくれるはずだわ……
雪はあの時の夫の燃えるような視線を思い出して、一人体を震わせた。
――だから今夜は私があなたを焦らしてあげるわ。あなたが、もう我慢できないって言うまで……ね。
雪の視線を感じていないのか、進は雪に背を向け資料を整えている。その広い背中が逞しくて、雪は今すぐにでも、彼の背中に抱きつきたい衝動を必死に抑えていた。
――まだ、だめよ、雪。これからなんだから…… ああ、でもなんだか変な気分。こんな格好をしているから、こんなにセクシーな気持ちになるのね?
雪は熱い思いを心に秘めて、夫に頼まれた仕事をこなしていった。
(背景:Four seasons)