ぱすてるチャイム
Pastel Chime

アナザーシーズン
Another-Season
〜もうひとつの恋の季節〜







第Z章 水のように空気のように






 ゆっくり。
 切っ先をほころびた肉の蕾にあてがう。
 別段力を込めず、重力の導きに従って真下へ。
 容易く、醜いほどに勃起したモノが、柔らかくて温かい湿地に食い込んでいく。
 ぬるり、とした粘膜は痛いほどに緊迫し、また微妙に蠢く。
「は」
 そこに自分の一部を挿れるのは気持ちがいい。
 凄く気持ちがよくてカイトはうめく。
 何も考えられなくなるくらい。
 頭が真っ白になるくらい。
 コレは気持ちいいコト。





 ミュウはベッドに仰向けに寝かせられていた。
 背けられた顔は赤く染まり、どこでもない場所に向けられた瞳は潤んでいる。
 両脇に投げ出した腕は、痛いくらい手首を掴まれている。
 脚の間に感じる、別の人間の重さと体温。
 自分の、酷く敏感な部分に、温度の違うナニかが押し当てられる。
 身体が本能的に強張る。
 そんな、無意識の自分の反応が、ミュウは嫌だった。
 迎え入れるのは今日が初めてではない。
 それどころか、昨日も、先週も、その前も。
 怖がっているのかもしれない。
 だとしたら、自分は何を怖がっているのか?
「あ」
 自分の内側から押し開かれるような、未知の感触にうめく。
 ハラワタを無理やり満たされる奇妙な充実感。
 それは酷く淫らで、とても気持ちいいコト。
 ミュウは目を瞑って現実を締め出す。
 自分の胎に挿った異物が、ヌルヌルと蠢きだす。
 唇を噛み締めて、声を押さえる。
 痛み、は既に喪失した感覚。
 違和感、を感じるには同じ経験を繰り返しすぎた。
 だから、ミュウは唇を噛んで堪えた。
 頭が真っ白に塗り潰されていく。
 それは酷く気持ち良くて、酷く苦しいコト。





「ああ…っ」
 カイトはその明らかな喘ぎ声に背筋を震わせた。
 身体の下で身を委ねる幼馴染は、行為の最中はいつも悲しそうで、泣き出しそうで。
 前後に蠢かしていた腰の動きを止め、ミュウの具合を確かめるように抱き締める。
 火照った身体に挿入したままの逸物がビクビクと震える。
「っく」
 カイトは歯を食いしばって射精感を我慢する。
 ミュウと繰り返したセックスで、性的な肉体のコントロールを学んだ。
 それだけの回数、ミュウを抱いた。
 何回抱いたか、覚えていないくらい。
 昨日も、先週も、その前も。
 週末の時間を、ミュウと一緒に過ごしている。
 排泄行為にも酷似したカイトの刹那的な要求を、ミュウは拒まなかった。
 カイトはミュウの括れたウエストを、両手で掬い上げるように抱えた。
 挿入が深度を増し、ミュウは自分の小指を噛む。
 カイトは下肢の重さで押し付けられるミュウの尻を、撃ち揚げるように突いた。
「…あっ…あっ…や、あ」
 腹の内側に掛かる圧力に、ミュウは切なげな声を漏らす。
 膣口から子宮に当たる部分までを、ゴリゴリと擦られる感触。
 拒否できない性的悦楽に、ミュウの火照った肌が汗で艶濡れる。
 乳房が左右に揺れ、上下に撓む。
 カイトの腰の動きに翻弄されるように、瑞々しく張り詰めた乳房が淫らに舞う。
 単純な作業に没頭する。
「あああっ…ぁ!」
 ミュウが太腿から尻、背中へ波打つように身体を震わせる。
 小さな快楽の頂に押し上げられ、顎を反らせて頭を振る。
 シーツに広がった桜色の髪が、桜吹雪のように踊る。
 だが、カイトには何も見えていないようだった。
 ミュウの腰を押さえたまま、虚ろな眼差しで腰を突き続ける。
「やあ、カイト…くん…許し………っッ」
 再び、ミュウの身体がビクンと跳ねる。
 ミュウは身体を捻ってシーツを掴む。
 だけど、カイトの束縛から逃れる事は出来なくて。
 立て続けに込みあがる性的絶頂にもがいた。
 頭が真っ白に熱くなって、いろんな全部が塗り潰される。
 友達とか家族とか、学校の事とか。
 カイトへの思慕とか。
 誰かへの罪悪感とか。
 だからカイトからの求めを拒まない・拒めない、其れはとても快楽だったから身体・精神が、何故なら苦しい・愛しいと感じる時間を一緒にセックスでも………何もかも忘れるまで真っ白にして欲しかったから。
 ただ、それだけ。





「はぁ…はぁ…はぁ…は、あ」
 息が荒い。
 自分の呼吸音が、カイトには酷く煩わしく感じられる。
 ベッドに座り込んだカイトは、立てた膝に顔を乗せるように俯いた。
 目を開けると、ベトベトに濡れた醜い自分の逸物が見える。
 それは精液の放出を済ませても、曖昧な硬度で勃起したままだった。
 呆れる、というか悪態を吐きたくなる。
 何を欲しがっているのか、自分でも解らない。
 ミュウが欲しいのか、ミュウの身体が欲しいのか、ただ肉の悦楽が欲しいのか。
 黙って振り返る。
 シーツにうつ伏せになったミュウは、身体を隠そうともせずに熱い吐息を漏らしていた。
 その背中のラインはとても美しくて、淫らで。
 もはやカイトには『幼馴染の友達』ではなく、『ひとりの女性』としか捕えられなくなっていた。
 だから、黙ったまま背後に回って、太腿に跨る。
 ミュウは何も言わず、ただ小さく身体を強張らせる。
 カイトはミュウの肉づきの良い尻を両掌で押さえる。
 そして、左右に押し開く。
「や…」
 小さなうめき声を無視し、親指をあてがって、更に肉を剥き出しにさせる。
 ヌメる指先に、ピンク色の淫膜。
 カイトは只ゆっくりと、ミュウの秘部を視姦した。
 褐色の窄まり。
 淡くて薄い、桜色をした恥丘の茂み。
 先程までの乱暴な穿孔で、卑猥に輪郭を崩した肉の蕾。
 小さな豆粒のような肉芽が包皮から剥けていた。
 そこに、曖昧な肉の重なる穴から零れた男性液が、シロップを掛けるように滴っていく。
 眩暈がしそうなほど淫らな、生々しい女の肉体。
「ミュウ!」
「あう」
 躊躇わず挿入。
 ベッドの弾力を使い、叩きつけるようにミュウの尻を犯す。
 ヌルヌルと滑るミュウの胎内は、容易く奥までの穿孔を許した。
 ベッドの軋み、肉が肉を叩く音。
 ミュウは全部を締め出すように、抱きついた枕に顔を押し付ける。
 浅い挿入にもどかしくなったカイトは、ミュウの膝を立てさせるようにして尻を抱えあげる。
 前から手を挿し入れ、繋がった部分を弄りながら腰を叩きつける。
 ミュウもセックスに感じているのがカイトにも解る。
 内腿に滴るように濡らすのは、ミュウの愛液だ。
 肉根を突き挿れた淫蕾は、挿し抜きに蠢いて吸い付くようだった。
 シーツからはみ出す乳房に触れると、乳首が赤くなるほど充血していた。
 射精に向かって小刻みに、押し付けるように腰を振るカイトは、昂ぶる身体とは逆に醒めていく意識を感じる。
 ミュウとのセックスは、悦楽だった。
 ミュウも、同じくらい悦楽に浸っていた。
 多分、俺/ミュウは馬鹿になるぐらいのセックスの快感に溺れてる。
 でも、それが『楽しく』て『嬉しい』のか、今の俺/ミュウには解ってないない。
 イケナイコトをしているという罪悪感だけが確信できて、あやふやな不安に押し潰されそうだ。
 でも、ミュウの身体は確かな温かさを持っていて、忌々しいほどに『欲しい』と感じる。
 だから、どちらかに罪があるのだとしたら、罪人は俺だ。
「か、は」
「あう、ああああっ…ッ!!」
 カイトはミュウの尻を抱き寄せたまま、天井を振り仰ぐように背筋を反らせた。
 臀部の筋肉が痙攣し、強烈な射精の脈動を胎内に撃ち放つ。
 窄まり、共に痙攣する膣内に、再びカイトの精液が流し込まれる。
 それは退廃的で、背徳的で、情熱的な愛情表現。
 それは、受け入れたミュウにしても、同様なコト。





 シャワーを浴びて、何となく会話の無いまま服を着る。
 苦痛ではないが優しくも無い。
 そんな曖昧な空気。
「ね………カイト君?」
「ん?」
 ベッドに腰掛けてスカーフを結んでいたミュウが、そのままの姿勢で問い掛ける。
「ホントに、私のコト…好き?」
 その言葉に動揺した自分に、カイトは酷く動揺した。
 手を伸ばしかけ、口を開いたが喉の奥で言葉が詰まる。
 振り返ったミュウは、阿呆みたいな顔をしたカイトに小さく吹き出す。
「あはは。御免ね」
「あのなー、今更そんなコト聞くなよ」
 カイトの呆れたような台詞に、ミュウは頬を膨らませて抗議する。
「今更じゃないよ。女の子は『好き』だって言葉を何回だって欲しいんだからね」
「はいはい…んじゃ、行こうぜ? 延長料金取られるのも馬鹿らしいし」
「もう、カイト君。最近、デリカシーが無いよ」
 仮にも学生身分のふたりである。
 ホテル代も馬鹿にならない出費だ。
 迷宮で稼げるのは、あくまで学内通貨に過ぎない。
 拗ねたままのミュウの手を取って、エレベーターに乗る。
「ミュウ」
「…なに?」
 膨れたミュウの素っ気ない返事に、カイトは扉を見据えたまま呟いた。
「好きだ」
「…」
 ミュウは握られたカイトの手を、きゅ…と握り返した。
 そして、寄りかかるように、カイトの肩に頬を乗せた。
「………ゴメンね」
 学園への帰り道。
 ふたりに、交わされる言葉は無かった。





 剣を振りかぶり、振り下ろす。
 切先を跳ね上げるように、右足で踏み込んで右へ薙ぎ払う。
 そのまま左へ水平に払う。
 十字を切るような『型』。
 『垣根割』と呼ばれる型だ。
 舞弦学園の剣術教練では基本中の基本の型である。
 元はカザン地方に伝わる数多の武術を、旧王朝が統合・編集した総合戦闘術である。
 カイトは雷電を鞘に収め、校庭の隅に座り込んだ。
 買い換えた雷電の三代目だ。
 心無し火照った身体を反らし、雲ひとつない空を見上げる。
 夏の蒼が薄れた空は、季節の変わりを告げていた。
 何となく、溜息が漏れる。
「よっ、相羽。なにを黄昏てるんだい?」
 視界の上から少女の声がした。
 寝そべるような格好のカイトだったから、スカートの奥まで直視する羽目になった。
 見覚えがあるような、無いような縞柄の下着。
「ああ、竜胆か」
「ああ、じゃないよ。最近、ずいぶんと腑抜けてるみたいじゃないか」
「そー見えるかね?」
 カイトは視点を固定したまま答えた。
 同じ戦士としての『冒険者資格』取得を目指している沙耶とは、一緒の授業を受ける機会が多い。
 そして、沙耶の目から見て、カイトの授業態度は真剣とは見えなかった。
 春先からのがむしゃらに頑張っていたカイトを、好意をもって見ていたから尚更だった。
「見えるね。………って、あんたは何を見てるんだい?」
「パンツ」
 断言するカイトに、呆れた沙耶は腰に手を当てて頭を振った。
「キャア、とか言わないのか?」
「別に下着ぐらい見られても減るもんじゃないし。………ジロジロ見られて気分が良いもんじゃないけどさ」
 蹴られる前に身体を起こしたカイトを、沙耶はじと目で睨んだ。
「何してるんだかね。夏休み明けから、全然スキルレベルも上げてないみたいだし」
「ん、だな。戦士スキルは五レベルなんだよな。ダンジョンで単位稼ぐの少し面倒臭くってさ………」
 カイトは手にした雷電を詰まらなそうに掲げ見た。
 スキルレベルとは、冒険者技能の熟練度を実力テストで数値化したものだ。
 ダンジョンでモンスターを倒すごとに加算される『単位』で、技能資格を獲得していく。
 魔法戦闘で獲得した単位を、スカウト技能の上昇に使用する事も可能だ。
 だから、実際本人の実力とは異なる場合がある。
 だが、学校での待遇は取得したスキルレベルで判断される。
 高レベルの術、高性能の武具は、相応のスキルレベル保持者にしか取り扱いを許していない。
 生徒のプロフィール、レベル、賞罰等は学生手帳に記載されている。
 ダンジョン戦闘で獲得した単位・学内通貨も、自動的に生徒手帳に加算される仕組みだ。
「コイツじゃ、ホンキ込める気なんないんだよな………」
「はぁ。ホンキで駄目だね、これは。うんっ…じゃ、あたしがカツを入れてやるよ」
「ちょ…竜胆」
 にやり、と笑みを浮かべた沙耶は、腰に差した剣を引き抜いた。
 沙耶はオーソドックスな剣士スタイルの戦士だ。
 少女の手に似つかわしくない、大振りでゴツイ剣がギラリと光る。
 普通、授業での模擬戦闘は木刀か、刃を潰した模擬刀を用いる。
「竜胆、それ、刃…ついてる、んだけど?」
「大丈夫だって、手加減してあげるから♪」
 ちなみに沙耶の戦士スキルは六レベル。
 校内でも有数の使い手だった。
 沙耶はニコニコと微笑みながら、カイトをグラウンドの戦闘コートに押し出す。
 構えた大剣は両刃の、真新しいクレイモアだった。
「新しい剣の試し切りかよ?」
「いいじゃないか。慣らしがてらに、ちょっと付き合いなよ」
 カイトは溜息を吐いて、雷電を抜き放った。
 カイトが愛用している『刀』系は、速度で切り裂くための武器。
 沙耶が愛用している『剣』系は、衝撃で撃ち砕くための武器。
 故に。
「手加減、っても手ぇ抜けば骨ぐらいイクな………」
「ホンキ、出しなよ? 相羽」
 身長ほどもあるクレイモアを肩に担いだ沙耶が、唇を悪戯っぽく歪める。
 それが、開始の合図だった。
 ドン、と空気が弾けるような勢いで、沙耶が一気に間合いを詰める。
 右肩に振りかぶった剣を、カイトの頭上に思い切り打ち込む。
 反射的に跳び退さったカイトの額に冷たい汗が滲む。
「良い反応速度だね?」
「竜胆、洒落になんないぜ」
 カイトの声のトーンが落ちる。
 だが、沙耶の瞳は笑ってはいなかった。
「言ったろ? ホンキ出しなよ。あたしも、手抜きされるの、好きじゃない」
 右足の踏み込み。
 クレイモアの切っ先が跳ね上がり、突き刺すような切り上げ。
 左にかわしたカイトを追撃するように、斜めの斬撃。
 更に水平の一閃。
「よく、そんな重い剣を振り回せるな」
 カイトは頬を掻いて素直に感心していた。
「………へぇ?」
 沙耶の顔から笑みが消える。
 刃を打ち合わせることなく、体捌きだけでかわされている。
 それは、剣筋が完全に見切られている、という事。
 グリップを握り締める手に力が篭る。
 沙耶の中で、無意識に戦士としてのスイッチが入る。
 足の踏み込みから、腰、肩に連なる一連の速力を乗せて、本気の一撃。
「竜胆? 殺気、感じるんですけど」
「つあッ!」
 左右からの連撃を、雷電に流される。
 受け止めるのではなく、『力』の打点の角度を弾いて、いなされる。
 次の瞬間。
 カイトの視界から沙耶の姿が消えていた。
 その場で背中を向けて反転した沙耶が、しゃがみ込むようにしてカイトの足元を剣で薙ぐ。
 舞弦学園で教授される剣術ではない。
 子供の頃から通っていた剣術道場で教えられた必殺技だ。
「ウソ! 『独楽落し』をかわされる?」
「竜胆、待って! マジになってるって、マジに!」
 距離を取ったカイトが休戦を申し入れるが、沙耶の目は完全に戦闘モードにイッていた。
 限りなく実戦に近づいていく試合に、生徒たちのギャラリーも増えてくる。
 右上から左、下から正面へ、右から左上へ。
 クレイモアの重い一撃をまともに受ければ、細身の雷電はへし折れる。
 だが、踊るような素早い沙耶の斬撃を、カイトは右手一本で構えた雷電で捌いていく。
 実際、カイトには沙耶の攻撃が『見えて』いた。
 『質量』と『速度』を流れる糸のような線として知覚する。
 正面から受け止めるのではなく、流れの方向を変えてやるように、力線の起点に雷電で触れる。
 打ち込みを止めた沙耶が、跳び退さって距離を開ける。
 打ち込みが、真綿で吸い込まれるように無効化される。
 初めて感じる戦慄。
 だから、本気になる。
 『殺す』レベルにまで気を練り上げる。
「ふうぅ…一閃牙・改!」
「馬、鹿っ」
 轟!と圧縮された闘気が上段からの一撃と共に放たれる。
 直線広範囲攻撃。
 カイトの後ろで観戦していた生徒たちが、慌てて逃げ出す。
 模擬戦ではない、本気の攻撃に、グラウンドの地面が捲り返る。
 逆さに流れ落ちる滝のように、剣気のカーテンがグラウンドを走る。
 カイトは始めて雷電を構える。
 正面から見据え、衝撃波の流れを『切断』した。
 弐堂式絶招・刃之弐『閃翼』。
 皿が割れるような音を響かせて霧散する一閃牙の衝撃波。
 だが、同時に響く、ガラスの砕け散るような音。
 放った閃翼に耐え切れなかった雷電が、根元から砕け散っていた。
 痺れるような衝撃に、カイトは右腕を押さえてうめく。
「わ、悪い! 相羽、大丈夫か?」
「いてて…やっぱ、雷電じゃ閃翼を使うのは無理か………」
 カイトは駆け寄った沙耶に苦笑いした。
 二代目の雷電も、実習の時に閃翼を使って砕いてしまったのだ。
「ゴメン………ホンキになっちゃったのは、あたしの方だったね」
「はは、流石にヒヤッとしたぜ」
「いやいや。なかなか見事な模擬戦でしたよ。ふたりとも」
 背後からの賞賛に振り返ると、ジャージ姿のメガネ男が拍手をしていた。
 戦士技能担当のレパード教師だった。
 抜けた外見のイメージとは違って凄腕の剣士で、女性に興味が無いという事で、男子生徒にはある意味恐れられている。
「レパード先生」
「余りにも見事なので、止めるタイミングを忘れてしまいましたよ。あっはっは」
「………笑い事じゃないっスよ」
 カイトは柄だけになった雷電を拾い上げる。
「あ、そうだ。あたしが弁償するよ」
「いや、いいって。折ったのは俺だし」
「どちらにしろ、カイトには雷電では役不足のようだね? 自分の腕に見合った武器を使わないと、怪我をしてしまうよ」
 通常購買で販売している武器に、刀系最上位である『零式』がある。
 だが、スキルレベルの規制上、カイトには購入できなかったのだ。
「しょうがないので、ボクがおキクさんに一筆書いてあげよう。………ところでカイト」
「なんスか?」
「キミは珍しい技を使うね? 弐堂式戦闘術は何百年も前に失伝したと思っていたよ」
「知ってるんですか?」
 カイトは驚いてレパードを見返した。
 カイト自身も興味から『弐堂式絶招』流を調べたのだが、全然見つからなかったのだ。
 余程マイナーな流派だと思っていたのである。
「古い文献で、一度見ただけだけどね。どこで身に付けたのか、教えてくれないかな?」
「あ、そ、そんじゃ。俺、急用を思いつきましたんで」
 カイトは猿でも解るような嘘をついて、ダッシュで逃げた。
 別に隠すような事ではないのかもしれないが、善意で教えてくれている式堂兄妹に迷惑を掛けるわけにもいかない。
「はっはっは。逃げられてしまいましたね」
「センセ。その弐式なんとかって、どういう流派なんですか?」
 沙耶がクレイモアを鞘に収めながらレパードの隣に立つ。
「センセも使えるの?」
「いや、ボクにも使えませんよ。アレは特殊な流派ですからね。対魔王戦闘用に編み出された一子相伝の流派だったと記憶していますが、その血筋は絶えていますから」
 レパードは笑って話を打ち切った。
 式堂の一族は、すべて死に絶えたはずだった。
 そして、あらゆる記録からも抹消されているはずだ。
 その黒い伝承と共に。
 前魔王大戦時の英雄でもあり、最後の伝承者の名前と共に。





「いやっ………カイト君」
「いいから、黙って」
 嫌がるミュウの腰を抱いたカイトは、強引に唇を奪った。
 舌先で唇を割り、口腔を舐める。
 ミュウは一瞬目を見開くが、震える指先でカイトの肩を押さえて受け入れた。
 舌を絡ませられ、吸い付くような。
 まるで性交のようなキス。
 一瞬、離れて熱い吐息を漏らしたミュウの唇に、貪るように口づける。
 ぬちゃぬちゃ…とネバい淫らな音が響き、ミュウは目を瞑ったまま赤面する。
 昼休みの体育用具室に人影は無い。
 体育マット、跳び箱、ハードル、バレーボールの網。
 無秩序に投げ込まれた、猥雑な箱。
 かび臭い、すえた匂いの充満した、薄暗い空間。
 遠くに校庭で遊ぶ生徒たちの、微かなざわめきが聞こえた。
 ミュウの腰に回していたカイトの手が、下がってスカートをたくし上げる。
「や、やだよ…これ以上…ッぅ」
 カイトはミュウの弱々しい抵抗を抑え込み、制服の中に逆の手を入れて胸を揉んだ。
 カイトに仕込まれた身体は、ミュウの意思とは別に、行為に反応を示す。
 ブラの生地越しに尖った乳首を抓み、パンティの上から尻を掴む。
「ね? ………お願い、カイト君…ココじゃ嫌だよ」
「欲しいんだ、ミュウ」
「そ、んな…酷い、よ」
 カイトは獣のように息を荒げ、ガクランの前ボタンを外す。
 跳び箱に追い詰められたミュウは、しかし目を逸らしたまま逃げ出しはしなかった。
 着乱れた姿のまま、カイトが半裸になるのを黙って待つ。
 カイトは無抵抗のミュウを抱き上げて跳び箱に跨らせ、膝頭を掴んで左右に押し開く。
 自分も足元にしゃがみ込み、ミュウの白いシルク地のパンティに指を掛ける。
「尻を上げて」
「…」
 捲れたスカートから白く形のいい脚を剥き出しにされているミュウは、顔を逸らしたまま命令に応えず身動ぎもしない。
 抵抗しない事が、切ない、それは抗議。
 鼻の奥に刺すような、苛立ち。
「きゃ…っ」
 強引に、突き飛ばすように、ミュウを跳び箱の上に押し倒す。
 毟るようにパンティを剥ぎ取る。
 殻を剥いたゆで卵のように、ミュウの尻が体育用具室の空気に晒される。
 カイトは太腿を肩に担ぐようにして、ミュウの股間に顔を埋めた。
 桜の花びらのように儚げな恥丘の茂みに鼻先を当て、貪るように淫唇を咀嚼する。
 微かに熱く膨らんでいた粘膜を、カイトの舌が無造作に這い回る。
 味覚の変化、という形で、カイトはミュウの身体の昂ぶりを知る。
 ちゅくちゅく、くちゃくちゃと、次第に大きくなる粘音が、停滞するように澱んだ空気に満ちる。
 身体だけがカイトの愛撫に反応していく。
 ミュウはカイトから下肢を自由に弄ばれながら、脱力して顔を逸らしたままだった。
 焦点のぶれた青い瞳が、光の差す方に向けられている。
 格子のはまった小さな窓。
 差し込むのは午後の穏やかな日差し。
 塵の舞う用具室の空気に、光の階段のように。
 ガタン、と跳び箱が揺れる。
 カイトはミュウの足首を掴み、思い切り腰を振り始める。
 ミュウの肉付きのいい臀部を打つカイトの腰が、肉の打ち合う音を響かせる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
 乱れた互いの息遣いが、それぞれに耳障りだった。
 カイトは己のモノを挿し込んだ場所を、ただ凝視していた。
 内腿の筋、脂肪の一片も無いようなウエスト、蜜と唾液に濡れた陰毛。
 そして、内側から盛り上がるようにハゼ割れたミュウの性器を、自分の性器で攻撃的にねじ込んでいる。
 肉の穴に打ち込む。
 腸を掻き出すように引き摺り出す。
 濃い緋色に充血した粘膜が捲れ返り、ねっとりした体液を逸物の根元に滴らせる。
 ねっとりした汁が泡立つように、白く絡みつく。
 ふたりは、お互いに、お互いを見ていない。
 身体と体液を、曖昧に交わしている。





 スカートを叩き、襟元を調える。
 乱れた髪を撫でるように。
 脱げた片足の靴を履く。
 扉に手を掛け、開く。
 振り返らず、言葉も残さず、ミュウは体育用具室を後にする。
 カイトは床に蹲ったまま、同じく顔を上げようともしなかった。
「何やってんだよ………俺は」
 ガツン、と額を跳び箱に打ちつける。
 授業の始まりを告げるチャイムが鳴っても、そこには小さな影が蹲ったままだった。





「あははっ、ホンットに馬鹿ね。カイトってば」
「ヤカマシイ。いちいち突っ込むな」
「だって、今時バナナの皮踏んで転ぶ? 三十年前に帰りなさいよ」
 机に腰掛けたコレットが、脚をパタパタさせて笑い転げる。
 額に×字にバンソーコーを貼ったカイトは、憮然として椅子に寄りかかっていた。
「ていうか、ナニ? あんたお猿? ウッキーとか叫んで、そこらへん練り歩いてきなさい」
「何で命令形なんだよ! お前、王様か?」
「キャーキャー、食べられるぅ!」
 キレたカイトから追いかけられ、コレットが嘘悲鳴を上げて逃げ回る。
「………元気ね〜、あの子達」
「ホントね。羨ましくなっちゃうくらい」
 机に突いた肘に頬を乗せた陽子に、頷いたクレアが眩しそうにふたりを眺める。
 捕まったコレットがウメボシでグリグリと攻撃され、子猫のようにうめいている。
 本人達は真面目なのだろうが、傍から見ればそれは、酷く楽しそうだった。
 春先からのお馴染みになった教室の光景。
 だが、全部が同じシチュエーションでは、無い。
 教室の扉から顔を出した、欠損していたワンピース。
 会話が途切れる。
 描きかけの絵のように動きを止めた三人の周りが、教室の静かなざわめきに取り残される。
「…も、ミュウったら、どこに行ってたのよ?」
「ご、御免なさいね、コレット。ちょっと、おキクさんの所に寄ってたから」
 スイッチを入れたコレットが、更にテンションを上げる。
「あっはは、ミュウは購買のおばちゃんに気に入られてるもんね〜。お見合いの写真まで見せられたんですって? でも、幾らなんでもおばちゃん相手には結婚する気はしないわよね………って女同士でしょ、って突っ込みなさい!」
 ビス、と鳩尾に水平チョップを食らったカイトが咳き込む。
 とはいえ素面でなくとも、今のコレットのテンションに乗れる人間は少ないだろう。
「何だって、そうハイ=ポテンシャルなんだよ、お前は」
 小さな身体の中に、ニトロでも搭載してるんじゃないかと、カイトはホンキで疑う。
 あの、ツインのポニーテールが怪しい。
 引っ張るとスイッチがオンになるとか。
「カイト。手をワキワキさせながら人の頭を睨むのは止めた方がいいわよ」
 天井に向けた掌を左右に掲げ、気だるげに頭を振って溜息を吐く。
「指使いが熟練した変質者って感じ? プロ級っていうか、既にレベルA?」
「やっぱり、どうあっても、俺を犯罪者にしたいらしいな………」
「あ、あはは」
 握り締めた拳を震わせるカイトに、ミュウがようやく困ったように表情を崩す。
 ダンジョン実習の開始を告げるチャイムの音が、適度に騒がしい校舎に響き渡る。
「あ、実習始まっちゃう。それじゃ、私、先に行くね?」
「お、おい。コレット」
 愛用の魔杖を袖から抜き出したコレットは、先端をカイトの鼻先に突きつける。
「あんたはちゃんと、ミュウを守ってあげなさいよ。自分の彼女でしょ? しっかりして無いと、いつか後ろから刺されるわよ〜」
「あ、あのなぁ」
 カイトとミュウが正式に交際を始めたコトは、少なくともクラスには知れ渡っている。
 元から秘密にする意図は無かったものの、噂の流布にはコレットも一枚噛んでいるらしい。
 だがクラスメートの反応は、驚きよりも『やっぱり』というのが大まかな反応だった。
「でも、コレットはどうするの…?」
「私? あはは、心配しないで、ミュウ。適当にパートナー見つけるから。イザとなったら、ランサーでも借りていくから」
 魔法使い系は、どうしても前衛で盾となる護衛が必要である。
 体格に恵まれないコレットなら、尚更の事だ。
「気合入れなさいよ。保健室に直行なんて、格好悪いでしょう? じゃ、ね。おふたりさん」
 カイトに突きつけていた杖を肩に担ぎ、ダッシュで教室を後にする。
 全力で。
 その場所の風景から逃げるように。
 廊下を、全力で駆け抜けていく。
 残されたカイトは、伸ばした自分の手を、不思議なものでも見るように見つめた。
 何となく、理由も解らずバツが悪くなり、頭を掻く。
「………御免ね。邪魔、しちゃった…かな?」
「な、何で…だよ」
 自分でも解るぐらい動揺するのが、忌々しい。
「ご、御免ね」
「…ミュウが謝んなよ」
「………御免なさい」
 苛々する。
 酷くイライラする。
 イライラする自分にイライラして、熱くなってしまうぐらいイライラする。
「もう、いいって!」
 口から出た言葉は、カイトが自分で驚くぐらい、刺々しく響いた。
 周りの生徒が何人か振り返り、それを、睨みつけて黙らせる
「………早く、行こうぜ」
「うん………御免ね」
 ふたりは互いに視線を合わせぬまま、放課後のざわめきに満ちた教室を抜け出した。





 鈍色に輝く質実剛健な刃。
 完成された武器に共通する。
 それは、危険な美しさ。
 ドラゴンのブレスをしゃがむようにかわして、更に一歩前へ。
 古式名刀『零式』の刃を立て、呼吸と共に気を練り込む。
 右から左への袈裟切り。
 次いで、切り上げ、切り下ろし、突き上げ。
 左右の四連撃を一呼吸の間に打ち込む。
「剣技奥義・鳳凰襲」
 単体攻撃剣術では、最高の技のひとつである。
 カイトは零式の反応を試す。
 指先から、刀の切っ先にまで神経が感じられるような、絶妙なバランス。
 そして、武器自身のキャパシティ。
 目の前に黒い殻を纏った、甲殻類が湧き出る。
 ハサミを鳴らし、隊列を組むようににじり寄るカニの群れ。
 生徒たちに『戦士殺し』と異名をとる、カニラスの最上位種だ。
 真っ黒い外骨格は、物理攻撃を全くに弾き返す。
「カイト君!」
「ふう…ゥ」
 呪文で援護しようとするミュウを尻目に、カイトは零式を正眼に構えて息を吸った。
 舞。
 演舞のようにミュウの目には映った。
 先程のような激しい連撃ではない。
 高いところから低いところに流れる水のように、止まらない動きは舞踊のように見えた。
 風を切る音すらさせず。
 いっそ優しいと表現できる手つきで、空間に零式の刃を滑らせる。
 バターのように容易く、切られ、削られ、裂かれるカニラス。
 弐堂式絶招・刃之弐『閃翼』。
 あらゆる物理的、魔法的防御圏を切り貫く技。
 本来在り得ない角度で、本来在り得ないモノを切るため、武器にも凄まじい負担が掛かる。
 だが、零式の刃は閃翼の連撃にも刀身の輝きを失わなかった。
「いい、剣だ」
「凄い」
 ミュウはその後姿を見つめながら呟いた。
 一瞬にして凄然と。
 反撃も許さず、圧倒的に駆逐する。
 『戦士』としてカイトは理想的な戦いをして見せたのかもしれない。
 同時にそれは、排他的な戦いなのではないだろうか?
 サポートも、フォローも必要が無いのだとすれば、自分がここにいる理由があるのだろうか。
 カイトはまるで迷宮に魅入られたように、奥へと突き進んでいく。
 総てをその力で切り伏せながら。
 堕ちていく。
 撃ち出された弾丸に、行き先を選べないのと同様に。
 目的の見えない戦いの先に、闇雲に突き進んでいく。
 戦闘、それが唯一絶対の目標であり、目的であり、救いをもたらしてくれる唯一のもの。
 頭が真っ白になるまで、身体が鉛のようになるまで酷使する。
 カイトは機械仕掛けのランサーのように、剣を振るい、剣を振るって、ただ剣を振るった。
 それは愉快でも楽しくも無い行為の繰り返し。
 ただ、戦闘に熱中している瞬間の連続は、余計な考えに責め苛まれる事が無い。
 だから、けしてシたい訳ではなかったが、いつの間にか止められない領域に行っていた。
 何か、似たような馬鹿な行為を、最近繰り返しているような気がする。
 愚かだと、間違っていると解っていながら、オナジコトヲ、してイル気ガスル。
 それが何だったか。
 自分は余計な事を考えている。
 考えたくないから、闘ッテイルノニ。
 ソレ自体ガ間違ッテイルッテ、多分自分ハヨクワカッテイルノニ。
 ナニモカンガエタクナイバショニタダニゲテイク、ソンナジブンハヒキョウダトワカッテナオサラアアオレハヒドクダイジナヒトヲキズツケテシマッテイル………
 思考と無意識と、身体と反射がズレる。
 頭が熱い。
 何かヌルヌルした硬いものが頬に押し付けられた。
 真っ赤な。
 酷く真っ赤な。
 嫌な色。
 真っ赤に塗り潰された視界の中で、ミュウの声が聞こえた。
「………イト君!? カ…イト、カイト君!!」
 血だまりに倒れこんだカイトを、ミュウは泣きながら抱え込んでいた。





「うん、大丈夫よ。命に別状があるような怪我じゃないから」
「良かっ…た」
「出血は結構、酷かったみたいだけど、骨にまで異常は無いし。少し休めば、直ぐに歩けるようになると思うわ。勿論、今日の実習は終わりにしなきゃ駄目よ?」
 クレアはカイトを寝かせたベッドの境カーテンを閉めた。
 ダンジョンの中で意識を喪失したカイトは、作動した安全機構により地上へと転送されていた。
 その際、同行するパートナーも一緒に転送される事になる。
 クレアは番茶をふたり分煎れると、俯いたまま椅子に腰掛けたミュウの向かいに座る。
 保健委員としてほとんど保健室に入り浸っているクレアは、買い置きしていた秘蔵の茶菓子の封を切った。
「でも、さすがミュウね。応急処置も完璧だったし。私の出番が無かったくらいだもん」
「………ううん、私…は」
 手渡された茶碗を両手で包み、ミュウは言葉を詰まらせた。
 口をつけないまま、茶碗の中に映った自分の顔を見つめる。
「ね。ミュウは…」
「えっ…?」
「相場君と、お付き合い、してるのよね?」
 クレアは曖昧に視線を外して、自分の三つ編みの毛先を弄る。
 ミュウの肩が小さく震える。
 口を開きかけて、言葉が出てこない。
 だが、クレアにとってそれは確認に過ぎず、わずかに頬を染めたまま先を続ける。
「その、付き合ったきっかけとか、そういうの聞きたかったんだケド。あはは………そうだよね、ふたりとも幼馴染だったんだよね。馬鹿だな、私」
 勝手に自己完結するクレアが恥ずかしげに笑う。
「クレア………今、好きな人がいるのね?」
「えっ…あは、まぁ………うん」
「そんなに、難しく考える必要はないと思うよ? 誰かを好きになるのって、素敵な事だと思う。そして、その思いが叶ったら、それはとても幸せな気持ちになれる…ハズだから」
 最後に微かに歪んだ声に気づかず、クレアはミュウの言葉を心の中で反芻した。
「そ、かな。そう…だよね。そうかもしれない」
「…」
「そうね。私も、それは素敵な事だと思う」
「う、うん」
 頷いたクレアの顔はまるで霧が晴れたように明るくて。
 ミュウはまともに見れなくて顔を逸らす。
「有難う、ミュウ。私は今まで、誰かを好きになるのって苦しいコトだって思ってたの。叶わない想いなら、最初から好きにならなければ良かった…って。でも、きっと違うのかもしれない。先生を好きになれたってコトが、私にとって凄く素敵なコトだもの」
「そう…ね。きっと」
 ミュウは曖昧に頷いた。
 自信がある言葉じゃない。
 確信がある実感でもない。
 言葉は言葉にしか過ぎないけれど、受け取ったクレアが導き出した答えが、クレアにとっての真実の言葉。
 だが、ふとミュウは小首を傾げた。
「でも…クレア。先生って?」
「あ、いや…ヤダっ、わ…私ってば」
 クレアは顔を手で隠すと、居た堪れないといった感じで逃げ出してしまう。
 ミュウは開け放たれた扉を振り返ったまま、苦笑して頬を掻く。
 クレアが体育教師ティオに惚れているのは、クラスでは結構周知の事実だったりした。
「ぁ………て」
「カイト君?」
 奥から聞こえた呻き声に、ミュウは慌ててカーテンの奥に足を踏み入れる。
 額に真っ白い包帯を巻かれたカイトは、ベッドの上で半身を起こして頭を振った。
 そして、自分の額に手を当てる。
 傷は額の裂傷。
 派手な出血が生じたが、肉体へのダメージとして残るものではない。
 だが、自分の掌を見つめるカイトの瞳は、虚ろな色をしていた。
 何も見ていないような。
 夢の続きの景色を見ているような。
 そんな不確かな、不安な目の色。
「オレ………なに、を?」
「カイト君…大丈夫、だよ」
 ミュウはベットの端に腰掛け、カイトの手を両手で包み込む。
 ブルーの瞳で、ただ優しくカイトを見つめる。
 カイトは虚ろ色の瞳のまま、握られた手を見つめる。
 カチ、コチ。
 カチ、コチ。
 カチ、コチと、柱時計の時を刻む音のみが響く。
 廊下を誰かが走り去る音。
 窓の外で、下級生たちが部活に勤しむザワメキ。
 ただ、普通に流れさっていく放課後のサウンド。
 ギシ、と軋む音。
 重いものが、ベッドに落ちる音。
 衣擦れの音、それは粗暴に。
「あ…」
 カイトは熱っぽい吐息を吐いた。
 ミュウを押し倒している自分に、初めて気づいた、そんな愚者のツブヤキ。
 左右に裂かれ、ボタンを千切り、押し開かれた胸元。
 たくし上げられたスカート、太腿の奥まであらわに剥かれ。
 限りなく白に近いピンク色の下着を晒し。
 その上に跨っている自分。
 バンサイするように頭上に掲げさせた両手首を、ベッドに押し付けていた。
 ミュウは何も言わず、抵抗らしい抵抗もせず、ただ顔を背けていた。
 窓の外に向けられている視線は、ただ虚ろで。
 カイトは何も考えられないまま、その柔らかい乳房の膨らみへと手を伸ばす。
「………ィ、ャ」
 小さなツブヤキ声。
 吐息より小さな拒絶。
 弾かれたように身じろぐカイトが、戒めを解いて身体を起こした。
 俯いて、そのままへたり込むように尻を着く。
 不恰好に壊れた銅像のように、自分から動くこともできずに。
「………ゴメン」
「ッっ…!」
 パン、と乾いた打音が響く。
 ミュウは口元を押さえ、乱された制服を取り繕う間もなく、その場から逃げ出す。
 目元に一杯の涙を溜め、保健室の扉を開ける。
「ミューゼル…っ!?」
「ロ…イ」
 ミュウはちょうど保健室に入り掛けていたロイドの胸に衝突した。
「身体は大丈夫なのかい? ミューゼル、君が保健室に運ばれたと聞いて………」
「…ロイ」
 ミュウの姿に安堵したロイドだったが、魂が抜け落ちたようなその表情に息を呑む。
 その涙と、着乱れた格好に。
「ミューゼル、一体…?」
「御免なさい…ロイ」
「ミューゼル! 待って」
 駆け出す後姿が、その先の全部を拒絶していた。
 ロイドは唇を噛み締め、扉に手をついて天井を見上げた。
 そして振り返り、ミュウの飛び出してきた保健室の中を睨んだ。
 踏み出す足音が、彼にしてはいつに無く荒い。
 まっすぐ室内を横切り、ベッドの仕切っているカーテンを乱暴に引き開けた。
「キミは、ミューゼルに、一体何を…!」
 ベッドに座り込んだカイトに、ロイドはいっそ唖然として言葉を失う。
 息を荒げているわけでもなく、恥じているわけでもなく、憤っているわけですらなく。
 だた、呆然と。
 置いてけぼりにされた子供のように途方にくれている。
「やあ…ロイド」
「キミは………何を、してるんだ?」
「ああ、そ…だよな。何してんだろ、俺? ずっと考えてたんだケド、思い出せなくてさ。頼むよ、ロイド…教えてくんないか」
 不抜けた顔と、甘ったれた物言いにロイドはカイトの胸倉を掴み上げて吊るした。
 それでも視線を合わせようとしないカイトを、床に放り投げる。
 サイドに置いてあったタオルを搾るための金オケが倒れ、中の水を撒き散らしながらカラカラと甲高い音で回る。
「少しは、目が覚めたか?」
 ずぶ濡れたカイトが俯いて呟く。
「ナニ言ってんだか………解んねぇよ」
「ならば聞け! キミはミューゼルを何だと思ってるんだ? 人形か? キミの都合の良いように機嫌を取ってくれる、ロボットか何かだとでも思ってるのか!」
 ガンガンと頭痛がするぐらい、煩わしい声で喋る。
 コイツの声はイツモ五月蝿い。
 ロイドはもう一度カイトの胸倉を掴む。
「答えろ! キミはミューゼルを、愛しているんじゃないのか?」
「………うぜぇ、な」
 半端に吊り下げられた操り人形のような姿勢で、カイトはロイドを睨みつけた。
 犬のような、暗い眼差し。
「ウザッタイんだよ、お前イチイチよ! 俺がミュウとナニしてようが、お前には関係が無いだろがよ! 大体、口先じゃ格好良いコト言っても、お前だってミュウとヤリたいんだろが!」
 カチ、コチ。
 カチ、コチ。
 カチ、コチ。
 そんなに間が生じたわけでもない。
 ただ、硬い空気に響く音は敏感に過ぎた。
 カイトは放り出された姿のまま、勝ち誇るようにロイドの背中を笑う。
「は、図星なのかよ」
「その言葉がキミの本心なら、ボクには何も言う事はない」
 扉が、開く音と閉まる音。
「ひとつだけ、教えてやる。ミューゼルがキミの元に帰ることは、無い」
 そして、放課後の時間が流れ始める。





 いっそ不自然なぐらい、平穏な日だった。
 実習が開始された新年度なら兎も角、ダンジョンに慣れた生徒が保健室に運び込まれるのは珍しいくらいだ。
 それでも、担当の保健委員さえ居ない保健室は、やはり不自然だろう。
 最も、床に倒れたまま身動ぎもしないカイトは、誰が居ようが騒ごうが無知覚だったろう。
 起き上がって固まって。
 立ち上がって固まって。
 カバンと零式を担ぎ上げて。
 それだけで実習のチャイムが鳴る、それほど時間をかけて。
 考える。
 本当に久しぶりに、考えて行動をする。
 正確には、思い出す。
 間違った場所まで、さかのぼる。
 今自分が立っている場所が誤っているのは明らかだったから、それが叶うならば間違った場所にまで戻らなければ、多分このまま一歩も進めない。
 多分ずっと。
 これからずっと先の時間が、間違ったまま流れる。
 頭の包帯をむしりとる。
 行かないと。
 扉を開けて、行かないといけない。
「カイト!」
 後ろから駆けて来る、小さな足音。
「も〜、ダンジョンでぶっ倒れて保健室に運ばれたんですって?」
 パンパン、とコレットは小馬鹿にしたようにカイトの背中を叩く。
 だが、今のカイトには自分を心配して気遣ってくれている、コレットの気持ちを素直に理解できる。
「あーもー超情けなーだわよ。ていうかダサダサだね、カイト先生!」
「ああ、ホント…ダサいよな」
「ダサい、もーダサ過ぎって。妙に素直じゃん? 落ち込んでる? 柄じゃないよー」
 振り向いて、本気で心配そうなコレットに微笑む。
 ああ、こんな当たり前の事に気づかないぐらい、自分ひとりで一杯々になってるつもりでいた。
 ホント、ダサいな。
 でも、だから。
「ゴメン」
「はぇ…?」
「俺、行かなきゃ」
 カイトは丸めた包帯をコレットに握らせ、階段に足を乗せる。
 待たせてる人がいたから。
 多分、待っててくれてる。
 俺が行かなくても、ずっと待ってる。
 ずっと待たせてた。
「カイト」
 踊り場で、振り返る。
 階段の下で、チェシャ猫のようなワザとらしい笑みを浮かべたコレットが叫ぶ。
「行っちゃイヤだ! ………って、言ったら困る?」
「俺、ミュウが好きだ」
 気張らず、意地を張らず、そういう当たり前の言葉。
 だからかもしれない。
 そんなに悲しくも、そんなに驚きもしなかった。
 大きく息を吸って、吐く。
 そして、もう一度大きく息を吸った。
「知ってるわよ、馬鹿! ミュウはあんたを待ってんだから、さっさと行っちゃいなさい!」
 もう振り返らず、拳から親指を立てて答える。
 だが、それに付き合ってやるほど、コレットはお人好しではなかった。
 後退るように壁に寄りかかり、天井を振り仰ぐ。
「相変わらず恥ずかしい男よね。ホント、三十年前に帰りなさいってのよ………」
 天井のタイルが、抽象的に歪み始める。
「………カイトの馬鹿」





 屋上への鉄の扉はけっこう重い。
 施錠されていなくても、ひとりで動かすのはほとんど無理に近い。
 下校時間が過ぎて、校舎から人がいなくなる。
 少しずつ時間を早めていく夕日が、地平線に沈んでいく。
 雲を赤色から緋色、紫から黒くグラデーションをかけたように。
 凄く綺麗だと思った。
 凄く愛しいと思った。
 胸が切ないぐらいに締め付けられる美しさだと思った。
 毎日昇っては沈む、そんな繰り返しだと解っていたけれど。
 今までの時間の中で、繰り返されてきたサイクルだと解っていたけれど。
 今からの時間の中で、繰り返されていくサイクルだと解っていたけれど。
 こんなに愛しい風景を、愛しいと日々思い続けることが、こんなにも難しい。
 でも、人はそれを忘れるからこそ、改めてそれを確認した時、こんなにも感動するのかもしれない。
 それが言い訳だと解っていたけれど。
 フェンスに掴まって夕陽を眺めていたミュウの隣に立つ。
 夕陽の残滓が、校舎をパステルのような色合いに染め上げている。
「綺麗だね…」
「ああ、綺麗だ」
「泣きそうなぐらい、綺麗」
「ああ、泣きそうなぐらい綺麗だ」
 馬鹿みたいな繰り返しが可笑しかったのか、ミュウが小さく微笑んだ。
「私ね。屋上で夕陽を見たのって、初めてかもしれない」
「俺は、何度かあるぞ。自慢じゃないけど」
「ウソ?」
「ホントだって。授業サボって屋上で昼寝してた時に寝過ごしてさ。一回、鍵掛けられて閉じ込められた時、あったっけ」
「うん。それはホントに自慢じゃないよ」
 ミュウは本当に可笑しそうにクスクスと笑った。
 ああ、そんな笑い顔を見たのも、本当に久し振りかもしれなかった。
 向かい合って相手を見つめる。
 子供の頃から一緒に学んで、遊んできた。
 幼馴染、という関係。
 恋人、という関係。
 それのどこに違いがあるのかなんて、今も解らない。
 でも、それは酷く大切な。
 例えば水のように。
 例えば空気のように。
 あまりにも身近すぎて、その大切さに気づくのが酷く難しいぐらいに。
 大切な、人。
「俺、ミュウのコトが好きだ」
「私も、カイト君のコトが大好きだよ…」
 こんなに愛しい人を、愛しいと日々思い続けることが、こんなにも難しい。
 でも、人はそれを忘れるからこそ、改めてそれを確認した時、こんなにも感動するのかもしれない。
 それが言い訳だと解っていたけれど。
 けれど、それは優しい言い訳なのかもしれないと思えた。







Back][Next