突然服を脱ぎ出した。
それは気前がよすぎるくらいの脱ぎっぷりだった。
傍若無人。
こちらが呆然としているのに気づきもせずに、ここは銭湯の脱衣所かというくらいの脱ぎっぷりだ。
結局パンツ一丁・・・
几帳面に服をたたんで、地面に置いている。
「じゃ、服はまかせたからな。」
といって、火の中に向かおうとしている。
その豪快な脱ぎっぷりに、(ストリップショーというには色気がなさ過ぎた。)魂を抜かれているところを急に引き戻された。
「ちょっと、待って下さい。なんでわざわざ服脱ぐ必要があるんですか?」
「おい、押し問答している時間はないぞ。はやくいかないと、そろそろやばいぞ。」
悪魔に理を諭されてしまった・・・
つい、あまりにも普段起こらないことの連続で、頭の回路がショートしかかっているのかもしれない。
「わかりました。じゃあ、いろいろ聞きたいことは戻ってきてから聞くことにしますんで、気をつけて。」
といって、身を守ってくれる祝福の印を悪魔に向かって結ぼうと、手を相手の額にかざす。
そして、印が発動しかかったときに、
「お前、殺す気か!!!」
と、手を撥ね退けられて、目をむいて怒鳴られた。
悪魔に、神のご加護はそういや、必要なかったな・・・
正直に、
「すみません。職業病で。」
と謝り、ただ、口でだけ、気をつけて、と再度重ねて走り去る後姿に届くように声を掛けた。
走り去る後姿が、燃え盛る火の中に消える。
その背中が見えなくなるまで、見送る。
闇夜に白く浮かび上がる肌、その背中には羽。
カラスの濡れ羽色とでもいうのだろうか、黒なのに、光が当たると強く銀紫に鈍く光る。
腰くらいまでしかない大きさの羽では飛ぶことができないのか、火の中に入るときも飛ぶことなく、走っていった。
ふと、そういえば、あの悪魔が、火の中にわざわざ入って、救助に入る必要がないことに気づく。
逃げるための方便かもしれない、という事実に気づいたのだ。
だいたい、悪魔が何の益もないことに尽力することなどありえない。
俺は、みすみす、悪魔を捉える機会をそこなってしまったのか。
悪魔のいわれるままに、洋服の見張り番として、ボーっと突っ立っている、という事実が、重くのしかかる。
眉間にしわがよる。
できることなら、火の中に飛び込んでいって真偽を確かめたい。
が、これといった用意をしていないただの人間が火の中に入ったとしたら、焼死体が一体出来上がるだけだ。
そう思って、ジリジリしながら火にくるまれて燃えている家を見守る。
すると、消防車が到着した。
あの悪魔が呼んだというのが、ようやく来たのだろうか。
近隣住民が連絡したのかもしれない。
だいたい悪魔が消防車の出動を要請するなどとは、本人の口から聞いても俄かには考えづらい。
完全にあの悪魔に対する評価がグレーからほとんど黒のほうに移行している最中に、車から降りてくる消防隊員の一人に声をかけられ、消防署に通報した人かどうか確認された。違うと答えると、若い男の人の声だったんだけどなあ、とつぶやいているので、横柄な?と聞くと、怪訝そうな顔をしつつも、そういえば、という回答が得られた。
・・・ほんとうに通報していたらしい。
火の専門職の消防署の人ががんばって消火にあたっているのをぼんやりみながら、なんとなく笑いがこみ上げてくる。
なんでかわからないが。
少しずつ、勢力を弱められる火を眺めながら、早く、無事に戻ってこられるように、俺は、祈りはじめた。
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