それから、悪魔は寝たり起きたりを繰り返していた。

時折、助けた猫とじゃれあったりしている。

えらくのんきな、と思わないではないが、生きているか死んでいるのかわからない状態でいられるよりはずっと精神衛生上に問題が少なくていい。

俺の頭の手帳の中に、「悪魔に対する手当ては、若干荒っぽくても生命力が強いため、それほど問題はない。」と明記しておいた。

あんだけこんがり焼けてて、この短期間に復活できるとは、やはり悪魔は違う。

ということは、深手を負わせたからといって、もういいやと、そのまま逃がした場合も、実は結構元気だったりするのだろうか。

だとすると、とどめをきっちり刺しておかないと、結局は元の木阿弥なのかもしれない。

そんなことを考えつつも、ときどき、悪魔に話しかける。

はかばかしい回答はなく、会話という会話にはあまりならないが。

いろんな事情を聞きだすには、あまりにも弱りすぎていた。

人間の治る速度に比べれば、驚異のアンビリーバーボーな世界だが、それは速度の問題であって、状態としては、やはり、生きているより死んでいるにより近いようだ。

これも、まあ、人間の基準から見てだから、悪魔は違うのかもしれないが。

ただ、二三言、交わす言葉から、ここが神様を奉じているということはわかっているだろうから、元気はつらつな悪魔はもちろん、はつらつじゃない悪魔も鬼門にして近寄らないし、中に連れてこられても早々に、さようならしたい場所であることは想像に難くない。

それでもなお、ここにいるということは、やはり、外に出られるほどには回復していないのだろう。

そういえば、目が覚めてからも何も口にしないので、なにか食べるかと、すすめてみても、首を横に振るばかりだ。

人間の食べるものは食べないらしい。

悪魔は何を食べて生きるのか。噂どおり、人の血肉を食べたりするのだろうか。それとも、千人のように霞?

普段何食べているのか聞いてみても、ふいっと顔を背けるだけで返事をしない。

それでも、外見的には急速に回復しているように見えるが、ぜんぜん元気になる様子がないため、気になって、食べられるものを聞いてみる。

一度乗りかかった船だから、用意できるものは用意する。

それで、元気になったら、再度元の場所に戻ってもらうべく、一戦するなり、説得するなりするのだ。

まあ、返事をあまり期待せずにそんなことを考えながら聞いてみると、

「なんだ、私が食べられるものを知りたいのか?」

と、今回は珍しく返事が返ってきた。

声が聞き取りづらいので、聞きやすいように枕もとの近くまで近づく。

見上げてくるオパールのような眼が、眼を覚ました当初は、落ち着いた海のブルーを基調にしていたはずなのに、今ではピンクと薄紫の入り混じった色に変っている。

吸い寄せられるようにその瞳に眼が釘付けになる。

まずい、と、しまった、の両方が頭に点滅するが、眼をそらすことができない。

魅了されてしまう。

はやく、離れなければ、と急く心とは裏腹に、もっとそばに近づきたい、とそう思う心が膨大に加速をつけて増えていく。

もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと・・・

誰の声が耳元で聞こえるのか。

一つだった声が、次第にかぶさるように、数が増え、ボリュームが上がっていく。

これが悪魔のささやきなのか。

次第に、もっと、と唱え続けている声が自分の声に変り、自分の中の欲求として認識されそうになる。

自分が、何かを、欲しがっているのだと。

何か、何を?



頭の奥で警鐘が鳴っている。

鳴っているというのに、暗闇に光る眩く瞬く光に魅入られたように、俺は、その瞳から眼がそらせないのだった。



つづく



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