悪魔から眼をそらせないまま、そのままのしかかるようにして覆いかぶさる。
頭の芯が酩酊しているように、白い霞がかかってきているのが感じられる。
あの、眠いけれども眠ってはだめだ、と頭では指令を出しているのに、勝手に体の方が負けてしまう感覚によく似ている。
ただもう、何かに操られるかのように、悪魔に吸い寄せられてしまうのだ。
そのあとに起こる事態、などは、当然のことながらいくつも浮かぶというのに、いっそ、今はこのまま、と常にはない考えで一杯になってしまう。
喉の渇いた人が水を求めるように、俺は、今、この悪魔を求めている。
俺の意志ではない、そう自分を制し、自分を律するための神への助力を求める言葉をいくつも祈りの乗せてささげているが効果は表れない。
試されているのだろうか。
誰に。
神様に?
だったらいい。
いっそこのまま。甘くやさしい酩酊に身を任せたい。
禁忌を破ることにこそ、甘い暗い喜びが。
思うままに、悪魔の体のラインをなで上げる。
身じろぎするのもかまわずに押さえつける。
そうして、なで上げられると、傷に触るのか、少々顔をしかめるのにも、煽られてならない。
その甘さに、惹かれるように、首筋に顔を埋める。なにかの花に似た甘い香りがする。その甘い香りにますます目を閉じて堪能したい気持ちで一杯になる。
震源地を求めるように、体中のそこかしこに鼻と唇を寄せていく。
「私が欲しいのか?」
と、聞いてくるその声に、考えるまもなく、口が、
「欲しい。」
と答えている。
欲しい。
いままで、欲しいものなど何もなかった。身も心も、神様にささげるのが、自分の一生だと、そう思っていたのだ。
だが、今は、狂おしく、これだけを欲しいと思っている。
だから、望めば手に入れることができるのなら、何を失っても惜しくはない。
悪魔が、
「望むものをすべて与えるから、契約を。」
と言い出したことは、自分にとっては、願ってもないことだったのだ。
支払うべき代価が自分にあるということの喜びが、それが何を引き起こすかは、頭の奥で鳴っている警鐘と、常日頃からの職業知識から明白だったというのに、俺は、もう、それでも構わないと思っていたのだ。
正直、棚からぼた餅じゃん、見たいな感じである。
もう、すべてを手に入れられるのなら、自分の持てる全てを捧げてもいい、そう思ったのだ。
だから、次の瞬間、間違いなく、契約する、という言葉を自分の口は形作っていたのだが、それは、第三者の手によって妨げられたのだ。
つづく。
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