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accel. 〜言えなかったI love you〜 ♯2
あの再会から、僕は彼女に近づく方法を模索した。
とはいえ、部活に縛られる僕にとって、彼女との接点は見つけられないまま、ただ時々すれ違うその瞬間を密かに楽しみにしていた。
入学式で、彼女がつけてくれたリボン。それは今も制服のポケットに入ったままだった。
そんな僕に、彼女との繋がりを持たせる出来事が、とんでもない雑用とともに舞い込んだ。
「クラス委員は、アキラがいいと思う。お前、この間の実力テストで5位だったよな?」
「はっ?」
連休前の、どこか浮かれたクラスの中で、僕は透の一言に耳を疑った。
「他に立候補もいないし、久遠、引き受けてくれるか?」
もうすぐ5月になるというのに、1−3だけクラス委員が選出されていないと、HRに担任の前原が面倒くさそうに言い、そのままなんの進展もなく放課後にずれ込みそうな雰囲気の中で、透が大きな声で言ったのだ。
前原はほっとした表情で、僕に視線を送った。
「ちょっと、先生!冗談でしょう?僕、練習だけでもかなりキツイのに。」
「それは、お前が有望視されてるからだ」
担任の前原は、腕を組んで頷きながら答える。
「透、お前どういうことだよ・・・・!?」
僕が透に不満の声をぶつけようと立ち上がると、女子が何人か手を挙げて立ち上がった。
「あたし、クラス委員立候補する!」
「私も立候補するわ!久遠くんと一緒なんて、ラッキーだもん!」
透はにやりと笑って、僕に手を合わせた。
「悪いな、アキラ!クラス委員決めに時間割いていたら、部活の時間に遅れるだろう?もうすぐ新人戦だし。」
「女子はとりあえず後で決めよう。今日は委員長だけでいいんだ。さっそくだけど久遠、今日の放課後生徒会室に行ってくれよ。」
前原は伸びをして立ち上がると、呆気にとられる僕に声を掛けた。
「委員長、号令」
「透、お前っ!」
前原が出て行った後、そそくさと教室を出ようとする透を捕まえて、僕は羽交い絞めにした。
「悪かった!アキラ!っでも、お前、俺に絶対感謝するって!生徒会に入り込めるんだから、お前にとって悪い話じゃないんだぞ!」
「どういう意味だよ!?幼馴染に身売りされるなんて思ってもみなかった!僕だって、新人戦・・・」
急に、透が僕の首筋に息を吹きかけた。ぞわっと恐ろしいほどの寒気が走る。瞬間力が抜けて、思わず掴んだ手を離してしまった。
「おまっ・・・!何するっ」
「アキラは首筋が弱いよな!まあ、諦めて生徒会室に行くんだね。部活で待ってるよ。きっと、お前俺に抱きついて感謝するって!」
「勝手な事言って!」
「ほら、委員長、お呼びだよ!」
放送で会議が始まることを知り、僕は透が手を振って走って行くのを呆然と見送った。
新人戦前の貴重な練習時間を割いてまで、透に感謝するようなことがあるとは思えなかった。
生徒会室のある3階まで駆け上がり、やけくそな気持ちで扉を開けた。
その扉の向こうに、誰が居るのかも知らないで。
「遅くなりました!」
腑に落ちないことは多々あったけれど、そんなこと言ってられない。
僕はもう、1−3の代表でここに来たんだから。
すでに席は埋まっていて、一番後ろの一席だけが空いていた。
「すみません、ここいいです・・・」
言いかけて、僕は言葉を飲み込んで見つめた。
目の前に居たのは・・・僕の心を掴んで離さない人。
2年間、会いたくて、話したくて、近づきたかった人―――――浅生果奈がいた。
栗色の長い髪は背中に緩やかに広がり、真っ白な肌を柔らかく包んでいた。
入学式と同じように、間抜けにも固まってしまった僕を見て、浅生先輩はちょっと驚いたような顔をして、すぐに笑顔を見せた。
「どうぞ、1年3組の久遠晃くん。」
椅子を引いて、そこに載せていた荷物を床に置くと、彼女はまた少し掠れた声で、入学式で挨拶をしてた眼鏡の生徒会長に声を掛けた。
「森先輩、1−3も揃いました。」
「・・・・・・・・・・・透、お前に感謝するよ。」
思わず呟いて、覗き込むように見上げる彼女の視線にぶつかりどきっとした。
「独り言?ふふ・・・君って・・・晃君って面白いのね。」
くすくすと笑う先輩に、僕は真っ赤になって・・・でも、ようやく彼女の目を真っ直ぐに見つめることができた。
「そんなに可笑しいですか?」
僕は先輩が名前を覚えてくれたことが嬉しくて、そして僕も先輩の名前を呼びたくて、そっと名前を呟いた。
「・・・・・・・・・・浅生先輩?」
僕に唐突に名前を呼ばれ、先輩は目を見開いてまじまじと僕を見つめ、そしてまたふっと笑った。
「名前、知ってたの?・・・何か悪い噂でも聞いた?」
わざと困ったような顔をして、椅子に座った僕にひそひそと耳打ちしてくる。
「いいえ、先輩の噂は、いいことだけしか聞いた事ないですよ?」
どきんどきんと胸が打ち付ける音まで聞こえてしまいそうで。
「そう、ならいいんだけど。晃君って・・・しっかり目を見て話すのね。
その目凄く印象的。私、人の目を見て話す人って好きよ。宜しくね、アキラくん」
先輩は、そう言ってとても可愛く微笑んだ。
透のお陰と言うべきか。
先輩・・・カンナ先輩とは、それから生徒会の仕事で一緒に過ごす時間も話す機会も増えた。
カンナ先輩は部活をしていないということもあって、よく生徒会の仕事を引き受けていた。
アンケートの集計や、予算案の取りまとめ。
先輩はなんでも引き受けてしまう。
なんで中学時代キャプテンをするほどだったバスケをしていないのか、その事は聞けずにいた。
あんなに綺麗なフォームだったのに。
僕は先輩の手伝いをしながら、少しづつ彼女に近づいた。
頼りがいがあるくせに、実は凄くおっちょこちょいで。
一人でわたわたと片付けていることもあった。
いつもみんなに囲まれて笑ってるのに・・・・どこか寂しそうで。
きっと、僕は知ってるから・・・躍動感に溢れた先輩のもう一つの姿を。だから、今とのギャップが激しい。
そんなアンバランスな先輩に惹かれていく自分が怖かった。
どうしても、先輩の隣を確保したかったから、時間を見つけては生徒会室を覗いた。
打ち解けあうのにそんなに時間は必要なかった。
「カンナ先輩、それ、また引き受けたんですか!?集計するの苦手なくせに!」
僕は、休憩時間になると、うきうきしながら生徒会室に行った。
こんな風に、先輩が雑用を引き受けていることが多いってわかったから。
「うるさいよ、晃君。いいのよ、だって君が手伝ってくれるんでしょ?得意だモンね?」
椅子を引いて向かい側に座る僕に悪戯な笑顔を向ける。
「・・・僕が手伝わなかったらどうすんですか?」
先輩は、はっきり物事を言う裏表のない人だった。
だから、お互いずけずけと言い合えるのが楽しくなっていた。
「ピンポンパンポーン♪1−3組の久遠くん、至急生徒会室まできてくださーい!浅生先輩が計算できなくて困ってますー」
アンケートの束をマイク代わりにそう言うと、先輩は僕の顔を覗き込んで首を傾げる。
「こうやって呼び出せば、晃君は来てくれるでしょう?」
どきん、とまた血液が逆流するような感覚に陥るけど。
僕は「仕方ないなー」と先輩が差し出したアンケート用紙を困ったように受け取った。
部活が忙しい僕は、生徒会の仕事を掛け持ちするのが苦痛なはずであったのに、先輩の存在がそんな苦痛を感じさせないくらいに僕の心を満たしていた。
生徒会室からは、グラウンドがよく見えた。
西日がもろにあたるその部屋は、夕方オレンジ色に染まり、そこから窓の外を眺める人影を浮かび上がらせていた。
カンナ先輩はいつも3階の生徒会室から、校庭を見下ろして僕の練習を眺めていた。
ふと見上げた先にあるその表情は、自由に走り回りたいと訴えていた。
本当は、こんな場所に居るだけでは、物足りないのだと悲しげな表情を浮かべていた。
僕は思わず声をかける。
「カーンナさーんー!アンケートの集計終わった!?」
僕が声を張り上げると、カンナ先輩はつまらなそうに首を振りちょっと考えた風に空を見上げ、それから笑顔で彼女も声を張り上げた。
「アキラくん!今日はスランプでしょう!?全然足があがってないよ!ねえ、気分転換に手伝いしない!?」
頬杖をついてちょいちょいと僕を人差し指で呼ぶ仕草に、僕は苦笑する。
ほんと、僕をオトコとして見てないんだから。
カンナ先輩にとって、僕は弟みたいなものだ。
ううん、もしかしたらペットみたいなものかもしれない。
でも、それでもいい。
カンナさんの一番近くで、笑顔を向けてもらえて、冗談言い合ったりできることが、夢のようだった。
「昼間も手伝ったけど?カンナ先輩、何かお礼してくれるんだ!?」
「そうだね、考えておく!」
僕はそう言って、タイムを計り終えて寝転んでいる透に歩み寄り、声を掛けた。
「透、生徒会行くから。」
「ちぇっ!何だかアキラばっかりずるいぞ・・・!俺も練習サボりたい!」
「掛け持ちがどれだけ辛いか、透もやってみろよ!」
そう言いながら、笑顔になる自分が可笑しい。
「感謝してる、透には!」
僕が走り出すと、透は上半身を起こして大きな声で叫んだ。
「じゃあ俺にもなんか奢れよ〜!」
その時の僕には、先輩と過ごせる時間がただ楽しくて仕方なかった。
憧れでなく、同情でなく、これが『恋』なんだと、気がついた。
僕は先輩に恋をしてる。
オレンジ色に染まる生徒会室で、先輩と過ごす時間が――永遠に続くと・・・そう信じていた。
2006,2,24