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   accel.  〜言えなかったI love you〜   ♯5









「それにしても、音楽の中山って、ちょっと陰険ですよね!」

僕が鞄を椅子に置きながら言うと、先輩が可笑しそうに顔をあげた。
夏服になったカンナ先輩は、軽やかなイメージで。
夏服に期待する男子生徒が思い切り目の保養をさせてもらってる。
って、本人は気づいていないんだろうけど。

練習がハードだったから、しばらくぶりに生徒会に顔を出すことができて、僕は着替えを終えて駆け込んだ。


雨でトラックが使えない。
校舎内で基礎トレをしていたけど、急に「偶には体をゆっくり休めよう」ということになった。
もうすぐ試合もある。
緊張しすぎている僕らを気遣ってくれたのだろう。
流石に3日も校内を走り回るのは、苦情が出たのだろうか?
何にせよ、久々の休部はちょっとした気分転換になる・・・はずだったのだけど。


「珍しいじゃないか、久遠からそんな言葉がでるなんて」

生徒会長が片手に書類を持って僕の後ろから入ってくると、いつものようにぽんぽんと頭を叩いた。

「イタッ!」

生徒会長は僕よりずっと背が高い。
カンナ先輩と並ぶとめちゃくちゃ絵になるから、悔しいくらい。

でも・・・今では夢だったのかな、と思うくらい、嘘のような・・・まるで初めてデートする恋人同士のように手を繋いで帰ったあの日。
あの日よりは・・・また少しは背が伸びたかな?
もう一ヶ月も経つんだ。
あの日、何か進展があったわけではない。
先輩は僕の問いかけに慌てたように立ち上がり『今日、課題が多かったんだ!』と言った。
ようやく、先輩の、何か一番深い場所にたどり着けそうな、先輩のグラウンドを見つめる悲しい瞳の意味を、わかってあげられるって思ったのに。
先輩は、まるであの時吹いた風のように、僕の質問からするりとすり抜けた。

痛みとともに、胸に甘い想い出が甦ってぼうっとした。

「どうした?そんな強く叩いてないぞ?」

会長は、僕をからかうように頭をぽんぽんと叩くのが癖だった。
ぼうっとした僕に、先輩はちょっと可笑しそうにわざとまた頭に触れた。
それがちょうど、僕から珍しく出てきたという言葉の原因の場所だったから、涙がでそうなほど痛かった。

「・・・・森先輩のせいじゃ、ないです・・・・中山に・・・・イテテ。」

選択科目に音楽を選んだのは間違いだった。
今更言っても仕方ないことだったけど、僕は3,4時限の音楽の授業を思い出して憮然とした。

「中山って、時々ヒステリックになりますよね?なんでだろ?」
椅子を引いて座ると、生徒会長が「何かあったのか?」と楽しそうに訊ねる。

「何故か今日はやけに突っかかって来て・・・いい気になるなって。」
「ああ、俺も言われたよ。確か2年の試験前には毎回。」
「今日はまた特別でした。おーーいて・・・」
「・・・・ねえ、もしかして、居眠りしてたでしょう?音楽鑑賞の時とか。」

カンナ先輩はずばり言って、僕は生徒会長と目を合わせて苦笑した。
どうやら生徒会長が厭味を言われたのも同じ状況――居眠り中だったらしい。
今日は目をつけられてるってわかってたのに、寝ちゃった僕が悪いんだけど。

「・・・子守唄に聞こえちゃったんですよ。」
「その為に音楽選択したんだしな。」

生徒会長がうんうんと頷いて呟く。

「中山先生、寝てる子ばっかりあてるもんねえ。」
カンナ先輩は飴玉を一つ僕の前に転がして、くすくすと笑う。

先輩はいつも何かを持ち歩いてる。
チョコとかキャンディー、ガムなんかを。
疲れてたりイライラした時に、不意にくれる。
自分自身はほとんど口にしていないのに。

「でも、中山って『すみません、寝てました』って言えば、尊大に『よろしい、ちゃんと聞いていなさい』ってすぐ引き下がるだろう?」

生徒会長もカンナ先輩からの飴玉を口に放り込んで、僕の頭を覗き込んだ。

「うわ、たんこぶになってる・・・!」
久しぶりに見たよ、と手を合わせ「ご愁傷様」と拝まれる。

ホントにご愁傷様だ・・・と情けなくなる。

「・・・うわあ・・・ホントだ・・・・痛そう・・・・でも、変ね?いつもはその一言で、先生の厭味は終わるんだけど?それでも突っかかってきたの?こんなたんこぶになるほどって、晃くん、何で叩かれたの!?」

髪を掻き分けて見せる生徒会長の手元を見て、カンナ先輩が眉をしかめながらも不思議そうに首を傾げる。

「・・・・僕が、うっかり質問に答えちゃったんです・・・。『この曲の作曲者は誰だ?』って聞かれたんで、つい・・・」

そうか素直に謝っておけばよかったんだ・・・!
つい、条件反射で答えてしまってた。

僕も飴を口に入れて右頬に寄せながら、溜め息を吐いた。

「でも、そんなこと知らなかったんですよ。メンデルスゾーンだって、わかりながら寝ちゃったんです。だから、顔色がみるみる変わっていくのに気がついた時には、もう出席簿で頭叩かれてたんですよ。」
しかも角で!縦に!

がっくり肩を落とした僕の両手をカンナ先輩が優しく撫でてくれた。

「偶々機嫌が悪い日だったのか・・・・それだけじゃ飽き足りず、昼休みは音楽室の掃除をさせられて。その間ずっと監視されてたんです。・・・なんだったんだろう?」

そこまで恨まれるような、何かをしたつもりはないんだけどなあ。
今までも、そりゃ、こっくりこっくりと眠りかけたことはあったけど。

「災難だったね」

高校生にもなって、コブができるなんてなかなかないよなあ、と改めて思いつつ、こんな風にカンナ先輩が触れてくれるなら、これもラッキーかなと思えてしまう。
僕って意外とお気楽な人種かも、と可笑しくなる。

「目から星が出るって、初めて経験しましたよ。」
苦笑しながら、僕は手を頭の上でひらひらとさせた。
「あんまりしたくない経験だな。」

・・・・きっと何か他に気に入らないことがあったんだ・・・・

僕は図書館に新しく配属された司書の先生が急に思い浮かんで、はっとした。

「そういえば、中山、昨日司書の川崎さんにしつこく声をかけて・・・・」

随分強引に迫っていた気がする。僕たちが校内をゆっくり流していると、図書室から困ったような声が聞こえて、透と二人で覗き込んだんだ。
慌てて中山が「校内を走り回るな!陸上部!」と怒鳴った。

「まさか、昨日のアレのせい?」

言いかけて見上げると、先輩も生徒会長も無言で『後ろ!』と目配せをしている。
僕は冷気が漂うその背後を、そっと振り返って、思わず悲鳴をあげそうになった。

「せっ・・・!」
「随分、楽しそうに話をしていたようだね?」

そこには冷たくひきつり笑いをする中山が立っていて、僕は一気に嫌な汗が背中を伝うのを感じた。

「それで、久遠くん?昨日のアレ、とは一体何のことだろうね?」

いつの間に扉を開けたのだろう?それとも生徒会長がドアを閉め忘れてたのか?
まったく気がつかなかった。
慌てて背をむけて、口元を押さえた。

「言いたいことがあるなら、ちゃんと言った方がいい。」

その言い方は、静かに怒気を含んでいて、いいようのない恐ろしさを感じた。

「先生、何か御用ですか?」

カンナ先輩が立ち上がってにっこりと笑顔を向けると、僕と中山の間に立った。
僕は何か言おうとしたけど、飴玉が邪魔して、上手く話せそうにない。
それは生徒会長も同じようで、カンナ先輩が対応してくれているのに手を合わせている。
神経質そうな瞳を眼鏡越しに細め、中山は僕を見下ろしている。

「ああ・・・・吹奏楽部の練習日程と、運動部の試合応援の予定表を受け取りに。」

他の先生ならともかく、中山にだけには飴を舐めてるなんて見つかっちゃヤバイ。
どんな難癖をつけられるかわかったもんじゃない。
僕は背中を向けたまま、小さくなる。

「これと、この書類ですね。・・・・ちょっと待っててください・・・・あ、夏休みの使用書も持っていかれますか?合宿とかされるんですよね?」

なるべく僕につっかからないようにしてくれているのを感じながら、僕は馬鹿みたいに急いで飴を噛んだ。
まだ口に入れたばかりのソレは、思うように噛み砕けず(それにあんまり盛大な音はだせなし)、僕はひたすら焦ってしまった。

「ああ、ついでにその書類をいただいていこう。なんならそこの二人が口にしてるものも頂いて行っていいのだが?」

意地悪く言われ腕を掴まれて、軟弱そうなのに、どこにそんな力があったんだろう?と思うほどに、僕は中山に半ば強引に立たされ振り向かされた。

「忘れたわけじゃないだろうね?君ほどの生徒が。教室内は菓子類の持ち込み禁止だ!久遠、小学生のおやつじゃないんだ。口に入っているモノを出しなさい。」

にやり、と口元を歪めるその表情に、昨日僕が見たものがやはり直接の原因ではないかと確信していた。

司書の先生が短大出たてだからって、うん、可愛い感じの人だったけど、しつこく口説いてる方が悪いんじゃないかっ。
口を開けることは出来ないので、もちろんそんなことは言えなかったけど。
言ったらこの先卒業するまで・・・・ああ、2年で選択は終了するけど、ずっとネチネチやられるんだろうな、と思うと言えやしない。
授業中ならともかく、すでに放課後だ。他の先生なら、こんなことを咎めることなんてないだろう。
煙草を吸ってるわけでも、アルコールを飲んでるわけでもない。

でも、中山は、さも重大な校則違反とばかりに眼鏡を掛けなおした。
頭の中は、とにかく飴玉をどうしよう!ということだけで、ぐるぐるしてる。
噛み砕いたと言っても、まだ口の中に残っている。
中山はそんな僕を見て、心底嬉しそうに「さあ、口を開けてみろ!」と促した。

「先生、そういえば、川崎先生の母校もこちらと聞いたのですが、先生が赴任された時にはもういらっしゃったんですか?」

生徒会長がどんな早業で飴を食べたのかわからなかったけど、すらすらと言って僕から中山の視線を引き剥がした。

「ああ、僕も久遠も、何も食べちゃいませんよ?」

会長は口をあーんと大きく開けて、中山に「ね?」と笑いかける。

悔しそうに眉を上げ、中山は会長の質問は聞こえなかったように僕に向き直ると「いいから口を開けてみろ!」と怒鳴った。
心臓が破裂しそうなほど緊張が走ったけど、僕はゆっくり口を開けた。

「・・・・・!その舌もあげてみろ!・・・・・もっと大きく開けて・・・・・・・・・・!舌を出せ!」

言われるままに舌を出したり上げたりするが、中山はみるみる顔色を変えて僕の腕を乱暴に突き放した。

「先生?何もないでしょう?」
会長が腕を組んでにっこりと笑う。

その笑顔が、どこか冷たさを感じる・・・馬鹿にしたかのような表情に見えて、僕は内心焦ってしまった。

会長が、中山に喧嘩を売って、る?

「それで、川崎先生とは・・・・」
興味津々と言った表情で会長が一歩前に出ると、中山は舌打ちして睨みつけた。
「もういい、これさえもらえばいい!」
驚くほどの敏捷さで踵を返すと、中山はドアが勢いで開いてしまうほど強く閉めて、来た時とは対照的に足音も荒く出て行った。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」

僕と会長は同時に息を吐いて、思わずその場に座りこんだ。

「晃くん、どうやったの?まだ口に入れたばっかりだったでしょう?あんな大きな飴、ごめんね・・・!」

カンナ先輩はしゃがみこんで、僕の背中に手を置いて覗き込んでくる。
僕は顔をあげて、「それより」と会長を見つめて「森先輩こそどうやったんですか!?」と訊ねる。
会長はバツが悪そうに右手を握り締めたまま差し出した。

「中山がお前を睨んでいる間に、出した。」
見たい?

悪戯っぽく言われて、僕は苦笑して頭を振った。

「森さんのそうしてるとこは見えたんだけど、晃くんはどうやったの?」
まさか丸飲み!?

カンナ先輩が目を見張る中で、僕は舌先に平たくなった飴をちょこんと乗せて出して見せた。

「ここ、口の中、上に貼り付けたんですよ。」

僕はあーんと口を開けて、さっきしたように飴を上顎に貼り付けた。

「あははははは!」
「久遠、偉い!咄嗟によくできたね」

カンナ先輩が涙が出るほど笑って、会長は感心したように顎に左手を当てた。

「あああああ、ホント、落ちてきたらどうしようって、生きた心地しませんでした・・・!」

僕も笑いながら、床に両手をついて天井を見上げた。

「いや、しかし、よかったよ。【生徒会室でキャンディーを舐めていた2人】とかって校長室に連れてかれるなんて、これほど恥ずかしいことはないからね。」
「晃くん、上手!あははは」

よほど心配してたんだろう。「止らないよう〜」とカンナさんは笑い転げている。

「そういえば、森先輩の言ってたこと、ホントなんですか?中山、焦って出て行きましたよ?」

会長は右手を開けて飴玉を口の中に戻して、ゆっくりと掌を舐めた。
その仕草が・・・やけに色っぽい。
挑戦的、と言っていいその仕草は、いつもの余裕が少し消えているように思えた。

「ああ、うん。本人から聞いたから、間違いないよ?」

その言葉にはどこか含みがあって、なんともいえない突き刺すような輝きを瞳に秘めているような気がした。
僕とカンナさんはお互いにピンとくるものがあって見つめ合ってしまった。

まさか、会長と川崎さん?

「とりあえず、手を洗ってくる。あ、ちょっと図書室に資料を取りに行って来るよ。」

会長が手をひらひらとさせながら廊下に出るのを見送り、思わず二人で呟いた。

「・・・会長を敵に回すのが、一番怖い・・・・」

「なんで座ってるの?そんなとこで?」

入れ違いに副会長の宮沢さんが入ってきて、ぎょっとしたように呟いた。

「会長、凄く怒った顔して走っていったわよ?」
何かあったの?

僕も、カンナ先輩も、思わず中山を気の毒に思って苦笑した。



2006,5,24







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