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accel. 〜言えなかったI love you〜 ♯6
期末試験も終わり、後は結果を待って夏休みに入る。
開放をほんの少し先延ばしにされた気だるさが漂いながらも、皆やっぱり浮かれていた。
僕はインターハイの強化合宿を3日後に控えていて、束の間の休息気分。
「ねえ、晃くん、いいんだよう?今日くらい、ゆっくりしたら?」
本部の置かれたテントの中で、宮沢先輩が試合結果を書き込みながら言った。
今日は生徒会主催の球技大会だ。
1クラスをバスケ・バレー・ソフトボールの三つのグループに分け、それぞれの競技でトーナメント方式で優勝を決める。
僕はバスケに参加することになっていた。
「ゆっくりしてますよ?走ることが苦痛にならない程度に休ませてもらってます。」
なんでも優勝クラスは近隣の3校と試合があるとかで(その内の1校は名門女子高だとか)、妙に盛り上がりを見せていた。
総合優勝したクラスには、海の家ご招待券が進呈されるから、その所為かもしれないけど。
「晃くんのクラス、ソフトは惨敗だったみたいよ?」
宮沢先輩は試合結果が書かれたメモを僕のほうに渡して、僕が持っていた他の競技の結果を覗き込んだ。
「ああああ!私のクラス、バスケがもう敗退してるじゃない・・・・!」
「バスケのキャプテン、聞いたら怒りますね。」
「ホントよ、バスケ部はバスケの試合には出れないとはいえ、山本怒るわ・・・!山本、今バレーの試合中だから・・・バレたら怖いなあ・・・・」
宮沢先輩はぶるっと体を震え上がらせ、僕の計算していた得点表を取り上げた。
「晃くん、時間だよ。1−3の試合そろそろじゃない?ええと、対戦相手は・・・・あ、一年同士なんだ!頑張って!」
校舎の時計を指さされ、僕は慌てて立ち上がる。
「やばっ!ホントだ!先輩、後はお願いします。」
「もうすぐカンナちゃんくるし、大丈夫よ。あ、ほら!」
手を振る先輩の視線に促されるように、僕は振り向いて体育館から歩いてくるカンナ先輩を見つめた。
カンナ先輩は僕たちと目が合うと、にっこり笑って駆け寄った。
一瞬、ユニフォーム姿の先輩がだぶって見えて、あれから凄く痩せたことを改めて感じた。
しなやかだったイメージは、今はもうない。
ここで先輩のトレパン姿を見るのは初めてだ。
・・・・そういえば、体育とかも?
「会長のチーム凄いよ!強すぎ!バレーは3−7が優勝かもしれないよ!」
掠れた声で言って、胸を押さえて呼吸しながらテントに入り、カンナ先輩は結果表を宮沢先輩に渡した。
「・・・・あのクラスズルイのよ。理数系だから、男子多いしね。だから総合優勝より、3校試合を狙ってるのよ?バレーにほとんどの戦力をつぎ込んでるの。」
「会長の計算ですか?」
「決まってるじゃない。他クラスの参加メンバー見て決めたのよ?きっと!」
肩までの髪を耳にかけながら、宮沢先輩はおもしろくなさそうに言う。
「みんな受験生なのに、出会いを求めて、ね!」
そんな姿にくすくすと笑いながら、カンナ先輩は僕を見た。
「川崎先生も応援してたよ」
小さな声で僕に耳打ちして、先輩は悪戯っぽく小首を傾げた。
「それじゃ、会長、力入りますよね。」
二人だけの秘密みたいで、僕は小さく笑って頷いた。
「透くんが探してたよ?もう試合始るからって。」
椅子に座りそう言って、ボールをパスする真似をしたので、僕もキャッチする真似をした。
「バスケだったよね?頑張ってね!」
指先がしっかりと伸ばされ、まるで本当にボールを投げて寄こしたかのようで、僕はまた2年前を思い出した。
コートを走り回っていたのは、紛れもない先輩で。
「・・・先輩のクラスは?残ったの?」
カンナ先輩が、バスケの補欠だと言っていたことを思い出して、僕は恐る恐る訊ねた。
何故か、その話題はいつも踏み込めずに居たから、タイミング的に今しかないように感じた。
"先輩、バスケなんでやめたの?"
僕の中で、ずっと輝いていたあのコートの先輩。
体育館裏で一人泣いていた先輩。
僕の中に、何故か入り込んできた、あの日の先輩。
走ることを、唐突に好きだと再認識させられた、あの日。
先輩に会わなかったら、僕は陸上を嫌いになっていたかもしれなかった。
・・・・今も。
先輩は、いつも走りたそうにグラウンドを見つめているのに。
誰よりボールを追いかけたそうな、そんな表情をしてるのに。
そんなに好きなのに、なんでバスケから離れたりしたんだろう?
「残ったよ。みんな凄いの!女子バレの子と男バレが多いのよ。だから、高さ的にいい感じなの。」
先輩はにこにこと言って、宮沢先輩が「ここもズルイわよね」と呟いた。
「見てて、わくわくしちゃった。今年はいいとこまで行けるかもしれないな♪」
明るく言いながら、その瞳はどこか寂しそうで、ペンシルを握り締めた指先が少し震えているように見えた。
その姿に僕が質問を躊躇うと、宮沢先輩が質問した。
「カンナちゃんは出ないの?」
あまりにさらっと言うので、内心どきっとしながら、僕は宮沢先輩とカンナ先輩を交互に見た。
「私、鈍だからダメですよ。それにまともに走れないから、足でまといになっちゃいます」
「えええ!?そうかなー?でもさ、少しはやってみたら?折角全員参加の球技大会なんだし!」
「・・・・ですねえ」
さらりとこたえたカンナ先輩は、僕を見上げてぎょっとした顔をした。
「晃くん?大丈夫?どうしたの?どこか調子悪いの?」
「え?」
そんな顔してた?と訊ねるより早く、入学式にそうされたように、カンナ先輩は立ち上がり、冷たい白い手を僕の額にあてて覗き込んだ。
「熱は・・・ないみたいね?」
どきんと、胸が跳ね上がる。
「大丈夫ですよ・・・・」
頬が紅く染まるのを感じて、僕はそっとあとずさった。
不意打ちだ。
こんな風に触れられると、どうしていいのかわからなくなる。
「今度は払いのけないのね。」
「っ・・・!」
「なんのこと?」
カンナ先輩が「あの反応も可愛かったのにな」なんて言うから、僕は慌てて駆け出した。
悔しくて、嬉しい。
カンナ先輩の行動に、言葉に、一々反応してしまう自分が。
「一勝してきますっ」
「頑張れ!久遠!」
「がんばれ〜!」
生徒会のテントから声援を送られ、僕は体育館に向かって走った。
頭の中ではただ一つのフレーズが駆け巡っていた。
『先輩が好き』
傍に居るだけじゃイヤだ。
もっと近くに行きたい。
先輩の心の中を暴きたい。
そして、僕の心を奪ったように、僕も先輩の心が欲しい。
傍に居ると、自分がどんどん贅沢になっていくのがわかる。
そんな自分が怖い。
それでも、気持ちは深まる。
先輩が好き・・・。
* * * * *
「アキラ!遅いよ!」
コートに並んでいた透が、走ってきた僕にゼッケンを投げてよこした。
「俺、この試合にかけてるんだ・・・・!聖フェリアの子とお知り合いになりたいんだから・・・・!」
「透、日本語変だぞ?」
「うるさい!先輩しか見えてないアキラと違って、俺はいたって普通のオトコノコなんだよ!」
僕の胸を指でとんとつついて、透はむくれて見せた。
「僕だって、普通の男さ・・・」
呟いた声は、鳴り響くホイッスルでかき消された。
僕だって、先輩と・・・!
ジャンパーに転身できそうなほどの見事な跳躍を披露して、透は僕の前にボールを落とした。
「アキラ!てめっ、試合中は聖フェリアのことだけ考えてろ!」
咄嗟に反応できずに転がったボールを追いかけると、背中に透の厳しい声が投げつけられた。
「だから、それ、日本語変だろ・・・っ!」
ボールがなじまないまま、ドリブルをしてゴールまで駆けた。気がつけば、ゴール脇に透がスタンバッていた。
僕は透にパスをして、透が流れるようにゴールするのを見つめた。
歓声が、コートに響く。
ああ、本当に懐かしい。
あの日の僕は、コートを見つめていたけれど。
コートの中は異様な興奮に包まれている。
グラウンドに吹く風もなく、いつもと勝手が違う。
でも、ボールを求めて走り回るのも、案外楽しい。
「晃くん!シュート決めて!」
パスが廻ってきた僕の耳に、彼女の声が届く。
「今よ!シュート!」
まるでカンナ先輩の声に導かれるように、ボールはゴールに吸い込まれて行った。
「ナイスシュッー!」
カンナ先輩の笑顔を見つけて、僕も笑顔になった。
僕らの夏は、ただただ輝いていた。
いつまでも、こんな時間が続くんだと、僕はそう思っていた。
2006,6,13