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   accel.  〜言えなかったI love you〜   ♯7







気温はぐんぐん上がり、炎天下で試合のあるソフトボールが早めに優勝クラスが決まって、僕らはほっとしていた。

「水分補給、ちゃんとしてくださいね〜!」
僕が声を張りあげると、「了解〜」と疲れた声ながらもしっかりした返事がかえってきた。

「優勝は2−1、と。」

メモをとる宮沢さんが、残念そうに言う。

「1点差でしたからね。」

宮沢先輩も出場した決勝戦は、最終回で逆転負けしてしまった。
先輩が必死に走ったけれど、大きく伸びた打球に追いつけなかった。

悔しそうに言いながらも、先輩たちはどこかすっきりとしていて、受験勉強に追われる夏休みを前に、最後の思い出作りだと笑って話してる。

「先輩、シャワー室使ってきたら?あ、そうだ!皆さんっ!会長がプールも借りてますので、プール入りたい人はどうぞ〜!」
「やったー!」
「水着持って来いって、こうゆーことか!」

会長はどこまでも抜け目ないというか、みんなを喜ばせる術を知っている。
その為の労力は、僕たちが出してるわけだけど、人を使うのも盛り上げるのも得意な人間というのは、本当に居るんだな、と僕は感心してしまう。

あちこちでTシャツが放り上げられ、男子は飛び上がりながら走っていく。
女子は「えーどうする〜?」なんて言いながらも、この汗まみれの状態から開放されるのだから、内心嬉しいのだろう。
困ったような表情ながら、口元は嬉しそうだ。

「いやー!もう、私もシャワーじゃなくてプール入りたいっ!!」

宮沢先輩も叫んで、土ぼこりにまみれたTシャツを脱ごうとした。

「うわっ!先輩、ここグラウンド・・・っ!」
「きゃー!先輩、漢ですね!」

真っ赤になって顔を背けた僕の後ろで、カンナさんがパチパチと手を叩く。

「カンナ先輩っ!?」

驚いてカンナ先輩を見つめると、先輩はにこりと笑って宮沢さんを指さした。

「こんなとこで裸になんてなれないわよう〜」

くすくすと笑う宮沢先輩にゆっくり視線を戻すと、Tシャツの下は・・・・あ、水着じゃないか。

「・・・それでも充分、恥ずかしいですよ」

僕はもうなんて言っていいのかわからずに、ただ俯いて言った。

我ながら免疫ないな・・・。
タンクトップや競技用のユニフォームで、女子の露出には慣れてるつもりだったんだけど。
ああ、もー絶対、遊ばれてるよ・・・!

「なんだ!宮沢、いいよ?プール入ってくれば?腹いせにイタイケな少年で遊ぶくらいならね。」

僕の頭をくしゃくしゃっとして、会長がスポーツドリンクのペットボトルを宮沢さんに投げて渡した。

「うるさいっ。会長に言われたくないです。一番、晃くんで遊んでるの会長なんだから!」
「何言ってるの。僕は久遠が可愛いだけだよ。次期生徒会も支えてもらわなくちゃ。」

ね?と口端をあげて笑う会長に、僕は溜め息をついた。
僕って先輩たちにとって、おもちゃでしかないんだから。
たった2つ年上ってだけで、僕はなんでこんなに遊ばれちゃうのかな?
グラウンドでは、どんな競技場でも、3年生だろうが2年生だろうが関係ないのに。

・・・・そう、だから、他の奴らなら・・・先輩とのたった一年の年の差なんて、少しも気にしないのだろうけど。

カンナさんに視線を向けて、宮沢さんの肌に触れてはしゃぐ姿に苦笑する。

ま・・・でも、ここでは、この生徒会では、こんな扱いが親愛の情の表れだということも、この4ヶ月で学んだ。
だから、僕は弄られながらも、特別な居場所を見つけた歓びの方が勝っていて。
そこにはカンナ先輩が居るのだから、あたり前なんだけど。

そのカンナさんはと言えば、僕の視線に気がついていたかのように、にっこり笑って見せる。
あたり前に見つめてくれることに感謝する。
ここに居ればこそ、なのだから。

不意にカンナさんはちょっと眉をあげて、挑むような表情を作ると、僕に人差し指を向けて告げた。

「晃くん決勝は敵同士だからね?」
負けないわよ、私のクラス、この優勝に海の家かかってるんだから。

言いながら、瞳は優しいから、僕は思わず微笑んでしまう。

「いいですよ、受けて立ちます。」
「ああそうか、バスケは1−3と2−5の決勝か!久遠、本気出せるの?」

頬を緩める僕に、会長が意味深に笑うから、慌てて「どういう意味ですか?」と見上げた。

「言葉どうりの意味。ああ、でも、浅生が出るわけじゃないからね。応援してもらえないってだけか。」
「カンナちゃん、出たほうがいいわよ?きっと晃くん、透くん抑えてでもシュート決めさせてくれるんじゃない?」
「ええ!?そうかなあ?」

カンナさんは真剣な表情で二人に聞き返し、僕を見た。

「・・・・カンナさんが出るなら、少しくらい遠慮してやってもいいですよ?」

僕はほんの少し、意地悪な気持ちで言った。

会長や宮沢さんは、僕の気持ちに気づいてる。
先輩は?
カンナさんは、どう?
僕の・・・この気持ちに気づいて言ってるの?
それに。

「それに・・・カンナさん、バスケ得意ですよね?」

次の段取りを話す会長たちに聞こえないように、僕は小さな声でカンナさんに訊ねた。
カンナさんは驚いたように僕を見つめた。

「ど・・・して?そんな風に見える?」
私、運動苦手だよう?

カンナさんは何気ない風を装って、両手に指を絡めて組み、空に向かって伸びをした。

「カンナさん、中学まではバスケしてましたよね?確か、キャプテンでしたよね。」

ずっと言いたかった、聞きたかったことを口にして、僕は馬鹿みたいに胸がどきどきしていた。
ざっと風が吹いて、カンナさんの髪を攫うと、僕の頬に一筋触れた。

「・・・・」

ゆっくりと腕を下ろしたカンナさんは、少し困ったような、でも、嘘をつくつもりはないようで、なんと言ったものかと思案している風だ。

「久遠、第二体育館の鍵閉めてきてくれるか?ゴミとかないか、浅生と確認してきて。その後、休憩して決勝に備えて。」

会長が振り向きながら言って、鍵を投げた。
カンナさんが咄嗟に手を伸ばし、大きく狙いの外れた鍵をしゃがみこみながらキャッチすると「はーい」と明るく返事をした。

「いこ?晃くん」

カンナさんは視線で促して、僕たちは体育館に向かって歩き出した。






日差しが眩しい。
教室から声が響く。
プールからは、歓声が響いていた。

僕はただ、カンナさんのちょっと後ろを歩きながら、細く白い腕を見つめた。
バスケとバレーの決勝は、昼過ぎに講堂で行うことになっていて、第二体育館には誰も居なかった。
コートには1つだけ忘れ去られたようにボールが転がっていた。
そのバスケットボールを手にして、カンナさんはリズミカルにボールを弾ませながら、じっとバスケットゴールを見つめた。
周囲のざわめきとは対照的に、ここはまるで取り残されたように静かだった。

「・・・晃くん、知ってたの?それとも、誰かから聞いた?」

手に吸い付くように戻るドリブル。

懐かしい、と小さく呟くのが聞こえ、カンナさんは両手でボールを掴むと、真っ直ぐにゴールに構えて――ふわっとジャンプした。
流れるようなフォームでボールを放り投げると、ボールは綺麗な放物線を描く。
なんの迷いも感じさせないその行く先に、ゴールは待っていて、ボールはそのまま吸い込まれた。
ポンポンと床に落ちたボールにゆっくりと向かいながら、カンナさんは小さく片手を引いてポーズして見せる。
それは、あの最後の試合でゴールが決まると見せたポーズだった。

「僕、カンナさんのラスト試合見たんですよ。・・・覚えてませんか?カンナさん体育館裏で泣いたでしょう?」

あの日の、震えるカンナさんの肩を思い出して、僕はあの日感じた不思議な愛しさが甦るような気がした。

抱きしめたいと、唐突に感じたあの熱情。

「"ナイショね?"って、すれ違う時に僕に言いましたよね?」

ボールを拾い上げると、カンナさんは驚いて僕を見つめた。
そして、泣き笑いのような表情で「参ったな」と呟く。

「あの時の、彼が、晃くんだったなんて。」
涙で曇って、あんまりよく見えなかったんだ。

そう言いながら、それでも、カンナさんは嬉しそうに僕にボールを投げた。

「そうだよ、私、バスケ部だった。あれが、最後の試合だったの」

カンナさんのパスは、真っ直ぐに僕の胸に届いた。

「私ね、もうバスケはできないんだ。」

力強いパスに、僕は痺れるような感覚を掌に感じながら、カンナさんを見つめていた。

「最後の試合で、晃くんに出会ってたなんて、なんだか不思議だね?」

カンナさんは、あの日の試合終了の笛の音が鳴り響いた時のように、体育館の天井を見上げ、一瞬、崩れ落ちそうな表情を見せて。
・・・・けれど、あの時と同じ、すぐに両手で自分の顔を叩いて笑顔を作った。

「バスケ・・・やってたよ。うん、大好きだったな・・・。」




2006,7,16







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