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星空の下で、さよなら &君に繋がる空 続編




binary star ― 連星 ―  1







想いが通じ合って、それから先のことなんて考えてもいなかった。
・・・違う、さよならすることばかり考えていたから、距離を置くことだけに専念してきたから、直人の傍らに居ることに・・・どこか違和感を感じてしまう。
それほど長い間離れていたわけじゃない。一緒にいた年月を思えば、短いほど。
なのに、こうして隣に立つことさえ少し怖い。
直人が伸ばしてくれなければ、自分から手を伸ばすのを躊躇ってしまう。

「とーこ?」

名前を呼ばれるだけで、心が震える。
嬉しくて、苦しい。

「どうかした?」

心配そうに覗きこまれた瞳に、あたしは笑顔で首を振る。
「ううん」

心の中で感じる痛み。
それをどう表現すればいいのか・・・わからない。


求めちゃいけないと思っていた、あたしの一番欲しかったもの。
でも、これは本当の出来事?
ずっと馬鹿みたいに求めてたたから、勝手にあたしが勘違いしてるなんてこと・・・ないかな・・・?


凍らせて、遠ざけて、目を背けていたあたしのココロ。
あたしのココロは一度バラバラに砕けて。
それでも何度も勝手に再生して、性懲りもなく直人のココロを求めてた。
誰も傷つけたくないなんて、ひどい思い上がり。
あたしは確かに傷つけてしまった。
誰かを傷つけても、自分自身が傷ついても、欲しかった。

長い時間をかけて再び繋がり合うことのできた手のひらは、確かにその温もりを伝えていた。泣きたくなるくらいの幸せを沸きあがらせながら。
なのに、胸の中にあちこち開いたままの小さな傷口―― 一度は完全に壊れてしまったもの ――が、時折震えるくらいの痛みを走らせる。
それは罪悪感とは少し違う。
その痛みの正体を言葉にするのは難しい。




夏草の中に沈み込むように寝転んで、星を見上げていた。
田に引く水音だけが、澄んだ空気に小さく流れていた。
昼間太陽に熱せられていた空気が、今では夜の闇に冷やされ目に見えない水のベールに姿を変えていた。そのベールがあたしたちを覆うように降りてきて肌をひんやりと湿らせる。


全部壊してしまうんじゃないかと思っていた。
4人で星を見ることが、できなくなるのではないか?と。
一日前のあたしには、こんな気持ちで星を見上げてるなんて想像もできなかった。

ひとしきり話したあと、あたしたちは時間とともに表情を変える星空を無言で見つめていた。
夜中に顔を出した下弦の月に、星たちは主役の座を譲ったようだったけれど、遠く離れた何億光年も先から届く微かな光は、まるであたしたちに囁きかけるているように瞬く。
月の光はどこか温かさを感じ、星たちの煌めきは舞い落ちる雪のようで――。
どうしても、あの雪に日に想いが重なる。
その波動の異なる月と星の饗宴は、あたしの胸をどうしようもなくかきむしり、愛しさと切なさでいっぱいにした。



「とーこ」
「ん?」

直人の声に、あたしは隣に寝転ぶ直人の方に視線を向けた。
瞳が悪戯っぽく細められ「ほら」とあたしの視線を促す。
あたしは身を捩ってうつ伏せになり頬杖をついた。
直人の促した視線の先、微かな寝息をたてる有菜と関君に思わず笑みが零れた。
半身を起した直人が関君の頬をつつく。
「ん〜っ」
関君は一瞬眉をしかめ、ごろんと寝返りを打って横を向いた。
その隣で可愛らしく寝息をたてる有菜が、つられるようにして横を向き、まるで仔猫のようにくるんと体を丸めて関君と向き合った。

「毎回寝ちゃうよな」
「かわいいよね」

去年は・・・眠ってしまった二人に気づかないふりをして、星を見続けていた。
あの時、直人は何も言わなかった、けど、やっぱり気づいていたんだ?

一年前。
眠ってしまった二人に、直人とあたしの間に生じていた緊張感。
何か言葉を発したら、きっとパリンと音を立てて壊れてしまいうんじゃないかと、黙り込んだ。少しずつ崩れていく均衡に怯えて。
あたしはだから、来年もみんなでペルセウス流星群を見れますように、と・・・それだけを願っていた。


「ちょっと歩こ」
直人は体を起して草の上に立ち上がり、夜空に向かって大きく腕を伸ばした。
あたしは思い出してしまった記憶に引きずられ、一瞬"今"を忘れ、直人の言葉に反応できずにきょとんとした。

「・・・・」
「・・・・とーこ?」

不思議そうに覗きこむ直人の瞳が、月明かりの下で優しく可笑しそうに細められた。
あたしを見つめる瞳に、思わず零れた笑みを見て「ああ、そっか」と小さく息を吐く。
「なんだよ?」と、怪訝そうな声で問いながら、だけどそのまま微笑む直人に泣きそうになり、あたしは「えい」と勢いよく立ちあがった。

違うんだ。
去年とは違うんだ。
もう好きな気持ちを締め出さなくていいんだ。

罪悪感でいっぱいになりながら、その隣に立つことを止められずにいたあたし。

本当に泣いてしまいそうだ。
ココロが混乱して、嬉しくて・・・苦しくて。

混乱する気持ちを気づかれたくなくて背を向けたあたしに、直人が後ろから近づく。

ふ、と。
風が揺らぐ。

ほんの一瞬、後ろから抱きしめられたような気がした。
それは数秒だったかもしれない。
ううん、ただ風が纏わりついただけかもしれない。
すぐ後ろに直人の息遣いを感じて、あたしは思わず体を強張らせた。
直人は小さく舌打ちした。
そしてすっとあたしの前に立った。

「・・・行こう?」
「・・・」

言葉と共に、伸ばされた手のひら。
あたしはその手のひらを見つめた。
それから、ゆっくりと直人の顔を見つめた。
直人の顔に、不安そうな寂しそうな影が揺れた。
まるで、あたしが直人の手を拒絶するんじゃないかと・・・怯えているかのような顔。

そんな顔させたいわけじゃないのに。
ただ、どうしていいのか戸惑う。
あたしたちの間には、確かに壊れてしまった何かがあって、だけど新たに生まれようとしている何かがある。

「とーこ?」
「・・・ずるい」

思わず呟きながら、あたしはそっとその手のひらに指先を乗せた。

ずるい。
あたしが直人を拒絶するなんて、できっこないのに。
ただ、怖いの。
今手を繋いだら、寂しさを知ってしまう・・・

怖い。
また、直人に拒絶されたら?

怖くて、あたしからは伸ばせなかった手。
そのあたしの指先をきゅっと握り、ゆっくりと指を絡める。
一晩中、離れては繋いでを繰り返した手のひらが、直人の手のひらと重なった。



「好き」と呟いたあたしに、直人は掌を震わせた。
いつもあたしの心を揺さぶり続けた直人が、小さく息を吐きながら「・・・今は、何もかも不安だよ」と漏らした。
そんな直人が可愛いと思う自分に驚いた。
だけど、あたし自身、得体の知れない不安を感じてる。



確かなのは今また触れたこの指先だけ。
この手は、ずっと繋がっていてくれるのかな?

"好き"

祈るような気持ちで心の中で呟けば、大きな手が包み込むようにあたしの指を握り返す。
繋がっている。
だから、本当はこんな風に思っていちゃいけない。
怯えてる気持ちが・・・伝わってしまう。

それでも離したくないと思うこの愛しさに、胸がちくんと痛む。
この痛みは、なんなのだろう?
うまく言葉で表現できない。

捻くれて、嫌なことを考えたりズルイことをしているあたしのココロが、いびつになってしまったからなんだろうか?
直人だけじゃない、あたしだって・・・ズルイ・・・。

この感情を言葉で伝えるのは、とても難しい。

想いが通じ合っても、こんなに切ない気持になるなんて思っていなかった。

「・・・そう、だよ。俺はずるい」

直人はそう言って自嘲気味に笑って歩き出した。
その横顔に、またどきりとする。
よく知っているはずなのに、誰よりも知っているはずなのに、その表情はとても大人びていて、あたしの知らない表情だった。

歩きなれた道。
だけど、こうして直人と手を繋いで歩くのは・・・久し振りで。
心臓が飛び出してしまいそう。
打ち付ける鼓動が、直人に聞こえているんじゃないかと思えるほどに。

直人とあたしは、駅に繋がる中学までの道をゆっくりと歩いた。
何を話すでもなく、今まで幾度となく一緒に歩いた道を。
アスファルトに響く二つの足音を聞きながら、やわらかな藍色に変わってきた空間を見つめた。

ふと、直人が立ち止った。
あたしは直人がある一点を見つめているのを知って、その視線の先を探った。
広がる水田に、あたしは首を傾げた。
直人が見据える先に、あたしは何があるのかわからなかった。
ぎゅっと、直人の手に力が籠る。

「直人?」
「・・・ここ。」
「?」
「ここを通るたびに、とーこのこと考えてた・・・」

直人は呟いて、繋いでいた手を引き上げて目を閉じた。
指先に、直人の吐息を感じて身体が震えた。




2008,8,10up





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