novel top top


星空の下で、さよなら &君に繋がる空 続編




binary star ― 連星 ―  2







「・・・で?」
「は?」
「それで、おまえはどうしたんだよ!」

焦れたように俺の腕を蹴飛ばして、シンは抱え込んでいたボールをぶつけてきた。
俺は至近距離で投げられたボールを両手でキャッチした。
蹴られた腕は鈍く痛むし、両手はジンジン、心臓はバクバクだ。

「危ないって!」
「まさか、さっそくキスしたとか、そういうこと言うんじゃねぇだろうな!?」
「!」

一瞬どきっとして、俺が固まった。
昨日とういうか、今朝は何も・・・手を繋いだ以外何もしてない。
指に唇を重ねはしたけれど、シンの言う"キス"って、そういうことじゃないだろ?

「してねーよ!」
「今まで?一度も?」
「そ、それは・・・」

詰め寄られて、どもってしまう。
その聴き方って、卑怯だ。
言い返そうとしていたのに、無意識にとーこが噛みついた箇所――唇に指を伸ばしてた。
微かに残る痛みが、あの瞬間を鮮やかに蘇らせる。

無理やり、言葉を封じるために口づけた・・・・・・。


「な、い・・・」
「お、おまえ、まさか・・・!それ以上とか・・・っ!」
「ないないないっ!」

そ、それ以上ってどれ以上だよっ・・・!
何てこと言い出すんだ・・・!

「お?その反応って・・・」

拓が目を細め、にやりと笑って「直人、やるじゃん」と口笛を吹く。
だから、ちょっと待てって!!
あまりのことに叫び声をあげそうになる。
拓の一言で殺気すら感じさせるシンに、俺は慌てて立ち上がった。

シンが怒るような状態になんかなるわけがない。・・・そんなすんなりいくわけない。
再び手をとることができたとはいえ、とーこの気持は・・・。
俺は、まだ、とーこの手を握れただけ。
とりあえず、繋ぎとめた。
心がどこか・・・他の誰かに囚われてしまわないように・・・

「っっったぁぁあ!!」
「直人、てめえ!」

胸に留まる微かな痛みに気をとられ、足元を思い切り蹴られた。
被害者はこっちだというのに、シンは何もかもが気に入らないというように、拓が右手で掴んでいたボールを奪うと俺目掛けて投げつけた。

「シンちゃん!」
「うーわー、シン大人げなっ!」
「うるせーっ!」

身を捩ってそれをかわす。
思い切り投げられたボールは、目標物を失ってフェンスに派手な音をたててぶつかった。
バスケットボールの形を残すようにフェンスが凹むのを見て、口元が引き攣った。
「本気でやってるし!」
避けたことに腹をたてて、シンはどん!と足を鳴らし「避けんじゃねー!!」と立ち上がる。
拓がそんな俺らを見て呆れたように肩を竦めて見せる。
「やれやれ・・・」
・・・でも、その表情はこのやりとりを一番楽しんでいるのは誰かを物語ってる。一目瞭然。

「あ〜っ!ムカつく!なんだよ、ついこの間まで『過去に縛り付けておくなんて』とかなんとかぐずぐず言ってたのによ!結局、両想い!?うーわー感じ悪っ!」
苛つきながら言葉をぶつけてくるシンに、何も言い返せず「うっ」と呻いて後ずさる。

「まあまあ、ひがむなよ、シン」
「ひがんでなんていねーし!」

後ろめたい気持ちが大きく、ボールのように避けることができなかった言葉は、俺に確実で最大のダメージを与えていた。
シンは勝機を得たとばかりにニヤリと笑い「だいたいなあ」と追い打ちをかける体制で、一歩進み出る。
不敵な笑みを浮かべるシンに、耳を塞いで逃げ出したくなる。
指摘されなくても、わかってる・・・
あれだけ、とーこを傷つけて。

「たんま」
それまでにやにやしながら俺が追い詰められるのを楽しんでいた拓が声を上げ、シンの左足を掴んで進行を阻んだ。
「それくらいにしとけって。直人の顔見てみ?」
苦笑して俺を見上げる拓に促され、シンは邪魔した拓を一瞬睨みつけた後「あぁん?」と不服気にじろりと俺を見た。
拓が掴んでいた手を放してもシンは歩き出したりせず「あー・・・」と妙に納得したような声を上げ、その場に再び座り込んだ。

「お前が殴んなくても、精神的にやられてると思うよ?こいつ。」
「やーそりゃそうでなくちゃ!・・・だけど。なんかなー直人ばっか!って、なあー。」
「そんなの、昔からわかってたことだろ?」
拓の一言で、シンは「はあっ」と大きく息を吐いて「まあな」と呟いて寝転んだ。
「わかってたさ。気づいてなかったのは、この馬鹿と、とーこ本人だけ」
「でも、シンの気持ちはよーーーーくわかるよ。」

拓はシンの頭にタオルを放って、シューズの紐を結びなおしながら続けた。

「直人なりに、制裁受けたんじゃねーの?」
「とーこと比べたら、大したことねーじゃん。この馬鹿の何倍も、とーこは・・・」
「多分、まだわだかまりはあるんじゃない?さすがにもう、昔のままの・・・子供の頃じゃないんだし?だから、直人こんな顔してんだよ。」

どんな顔をしてる?

訊ねなくてもわかる気がした。
俺は二人を見下ろしたまま、ぎゅっとTシャツを握りしめた。
胸の中にしこっている鈍い痛みに耐えながら。





微かな寝息が聞こえてきて、肩を逸らして雄介を見た。
サークル状になって寝ころんでいた俺の両隣りは雄介ととーこで、対角線上に有菜が居た。
夜空を見上げていた瞳は瞼の下に隠れ、胸の上に置かれた左手が規則正しく上下するのが見えた。
耳を澄ませば、虫たちの小さな鳴き声と共に2つの寝息が聞こえていた。

去年は早いうちに有菜が眠ってしまって、そのあといつの間にか雄介も眠ってた。
だから夜明けを待たずに二人を起して、流星観測はそこで終了。
『あー・・・そろそろ帰る?』
そう、とーこが言いだすまで、気付かないフリをして。
二人で星を見る時には、はじめから距離があって、お互いなんとなくその距離感には慣れていたんだと思う。
だけど、年に一度4人で集まる空間で、俺はとーことの距離を掴みかねていた。
二人きりでないことで、余計に均衡がとれなくなってた。
突然できた、二人だけの時間に内心焦って。
だけど、すぐに終わらせてしまうことは、なんだか寂しくて。
とーこも同じだったんだろう。
言葉を発するまでの時間、とーこがいつも以上に緊張してるのを感じていた。
ぴんと張り詰めた糸が、今、切れてしまうんじゃないかと思うほど。

今思えば、それは当然。
とーこが俺をどう想っているのかを知っていて、有菜と俺との間で傷ついているのを知っていて、更に痛みを加えてた・・・。
絶対的な強い繋がりを知っていたから。
とーこが俺を切らないと知っていたから。

それは――残酷なこと。
俺との繋がりを断ち切れず縋るとーこに安堵してた。



ぎゅっと目を閉じる。
"後悔"と言葉にするのは簡単だ。
悔やんでも悔やんでも、時間は戻りはしないのに。

俺が傷つけた心はやがて大きく傷口を拡げ、とーこに激しい痛みをもたらした。
もう笑えなくなるほど、致命傷になるまで・・・。



風が俺たちを撫でた。
まるで慰めるように髪が揺れた。
そっととーこを見つめれば、前髪が揺れて微かに甘い香りが運ばれてきた。
近くに、隣に、とーこが居る。
堪らず視線を雄介に戻し息を吐いた。
ぴくりと雄介の指が動いた。
トランペットを押さえるような動きは、だけど力なく胸の上に沈んでいった。

「とーこ」
「ん?」

この空間は俺ととーこの二人だけだった。
今年はちゃんと共有していいんだ。
甘い痛みを感じながら名前を呼んだ。
とーこは不思議そうな顔で、夜空から視線を俺に向けた。
そんなことが――名前を呼べば見つめてくれることが嬉しくて、俺は得意になって「ほら」と眠る雄介に視線を促した。
とーこは身を捩ってうつ伏せになると、「あ」と小さく声を出し、頬杖をついた。

驚いたように喜ぶように目を大きく開いて、息を止める。
その瞳がきらきらと輝いているように見える。

その表情に、俺は頬が緩むのを感じた。
とーこが嬉しい発見をした時に見せる、この一瞬の表情が好きだ。
星見たさに夜中に起きだして、夜空を見上げた瞬間に見せる、その時の顔と同じ。

俺はそんなとーこの表情が見たくて、ここに来ると、いつも星を見上げるより先にとーこを見つめてた。
暗闇の中でも見える距離を、無意識にとって。

些細な・・・今まで自分で説明のつかなかった行動や感情。
無意識にかけていたブレーキの存在を知った今は、その意味がわかる。
わかってしまえば、シンプルすぎて笑ってしまう。あまりに単純すぎて、恥ずかしい。

俺は、ずっと、とーこのことが好きだったんだ

俺は嬉しさと恥ずかしさでごちゃまぜになりながら、体を起こした。
照れも手伝って、思わず気持ちよさそうに眠る雄介の頬をつついてしまう。
そんなに強く圧したわけじゃないけれど、雄介は眉を顰めて「ん〜っ」と寝返りを打った。
すうすうと寝息をたてていた有菜が、雄介の動きに合わせるように向き合う。
絶妙なタイミングに、とーこのくすくす笑う声が聞こえる。

「毎回寝ちゃうよな」
「かわいいよね」

とーこは有菜の頬に軽く手を伸ばし「風邪ひかないかな?」と心配そうに呟く。
「夏だし、大丈夫だろ」
普段はあまり穿かないジーンズらしいけど、さすがに星を見る時には有菜も足を出してくることはない。
寄り添うように眠る二人は、実に気持ちよさそうだった。

夜明けまで、あと少し。
ふと、駅の方を見つめた。
見慣れた風景なのに、乏しい街灯の向こうから、うっすらと浮かび上がる風景はどこか幻想的だ。

「ちょっと歩こ」
静かな胸の高鳴りに急かされるように、起き上がって伸びをした。

同じ風景を一緒に見ている。
ただそれだけで、特別なものに変わっていく。

「・・・・」
「・・・・とーこ?」

反応のないとーこを不思議に思い、藍色の空間からとーこへ視線を移した。
きょとんとした顔。
頭の上に?と!が見えるような困惑した表情だった。
混乱してるんだろう。
俺が一年前を思い出したように、とーこも重ねて見ていたのかもしれない。
だから、どこか泣きそうな目をしてるんだ。
俺は愛しさと切なさで、微苦笑した。
そんな俺をじっと見つめ、「ああ、そっか」と安堵したように小さく息をつくとーこに胸が痛む。

見つけてしまったから。
とーこの瞳に揺れる感情を見つけてしまったから。
「なんだよ?」と、わざと気付かないふりで首を傾げた。

立ち上がって背を向けたとーこを・・・強く腕の中に閉じ込めたい気持ちになる。
ゆっくりと近付いて、後ろから抱きしめた。
そっと、そっと。
強く抱きしめたら、とーこが壊れてしまうような気がした。
びくりと身体を強張らせたとーこに、俺は慌てて腕を解いた。
怖がらせてしまった?
まだ、とーこの心は俺を受け入れられないかもしれない。
焦りすぎた自分に舌打ちして、とーこの前に立った。

「・・・行こう?」
ここから、始めなくちゃいけないのに。

俺はとーこに手を差し出した。
とーこは手のひらを凝視した。
その表情からは戸惑いや躊躇を感じる。
仕方ないのに、傷つけたのは俺なのに、本当はもっとゆっくり・・・とーこが不安なんて感じないようになるまで、待つくらいじゃなくちゃいけないのに。
わかっているのに、焦燥感でおかしくなる。
拒絶されることを怖れて、不安になる。

ゆっくりと顔をあげたとーこの瞳が、俺の瞳を覗き込む。
わかってしまうのに、とーこにはバレてしまうのに。
それでも、それを上手く隠せるほど、余裕がない。
そして、それをとーこがどう感じるのかも。

「とーこ?」問いかける俺に、とーこは「・・・ずるい」と呟いた。

呟きながら、伸ばされた指先。
重なった瞬間、強く握りしめそうになるのを耐えた。
とーこの細い指先をそっと握り、手を引かれないのを確認してから指を絡めた。

「・・・そう、だよ。俺はずるい」

とーこがこうして、戸惑いながらも俺の手を掴んでくれるとわかっている。
そして流れ込む、とーこの想い。

"好き"

祈りに似た気持ちが流れ込み、とーこの指先が俺の指を掴んだ。嬉しくて、その気持ちが嬉しくて、流れ込んでくるその想いを全部受け止めたくて握り返した。
とーこの震えるココロ、壊してしまったココロも、全部、この手に。
・・・エゴイストもいいところだけれど。

手を引いて歩きだす。
幼い頃には、あたりまえのように繋いでいたけれど、今は、胸が壊れそうなほど緊張してる。

歩きなれた道。
俺が向かったのは、駅への道。
中学の校舎への道。
並んで歩くことだけ。こうして手を繋ぐことは、ないと思っていた。
何か言おうとしたけれど、言葉は浮かんでこなかった。
薄くなっていく藍色の中で、ただ聞こえる水音と靴音。
幸せと、隣り合わせの不安。

俺以上に、とーこは強く感じてる。
だから・・・


立ち止まり、青く広がる水田を見つめた。
その一点を見つめる。
誰にもわからない。
俺だけが、知っている・・・特別な場所。

「直人?」

とーこが覗き込んで、俺の視線の先を見つめて首を傾げるのが視界の端に移る。

「・・・ここ。」
「?」
「ここを通るたびに、とーこのこと考えてた・・・」

零れた言葉。
震える指先を持ち上げて、口づけた。
懺悔の口づけ。

・・・とーこがチョコを捨てた場所。
とーこが一度、完全に壊れてしまった場所。

とーこの壊れてしまったココロの欠片。
それを全部捜しあてることができたら・・・

新しい二人の距離を見つけられるだろうか?
とーこがイギリスに行ってしまう前に。





「ザマアミロ!だな。両想いがゴールじゃねえってことだよ」
「シン、お前ってほんと容赦ないね」

拓のため息に、シンの笑い声が被る。

「あっさり両想いってのがムカつくんだよ!」
「両想いの方が、ハードル上がることだってあるんだぜ?」

拓が言って立ち上がり、俺が持っていたボールを叩いて奪った。
そしてドリブルしながら反対側のコートまで走ると、きれいなレイアップシュートを決めた。

「いつまで休憩するんだよ?何、もうバテた?」
「んなわけねーだろ」

シンも立ち上がり、俺の頭をバシンと叩くと「しけた顔してんなって」と苦笑した。

「・・・虐め甲斐なくなるだろ」
「俺・・・Sって言われるんだけど?」
「俺らにとって、直人ほどMな奴いないんだけど?なあ?」
「や、シンちゃんもMだと思う」

拓からパスされたボールを持ち、シンと向き合う。
シンは「はあ!?」と不機嫌そうに眉を顰めたけれど、拓が「あたりまえじゃん」と大笑いした。


とーこが留学する日は、10月・・・。

もうすぐ、夏も終わる。





2008,8,22up






backnext




星空の下でさよなら top

novel top
top







Copyright 2006-2008 jun. All rights reserved.