novel top top


星空の下で、さよなら クリスマス編





星降る聖夜 ― 1 ―







宛先 : nao-◇◇xx@****.ne.jp
差出人 : time-xxxt◇@xxx.or.jp
件名 : 送れてるかな?塔子です。


直人、雪が降ったようですね。
今夜はこちらもとても寒いです。
知らないメルアドで驚いたかな?
先輩のパソコンを借りて、メールを送らせてもらっています。
私の部屋のパソコン配線の工事は、どうやら年内は無理のようです。

そろそろ期末テストも終わった頃かな?
こちらはもう冬休みに入っています。寮も静かで・・・寂しくなってきました。
授業はないとはいえ、毎日英語の補習コースが用意されていて、休みという感じはしません。
帰国しない私たちのような生徒たちのために、間宮さんがホームパティーを開いてくださるそうです。
手紙に書きましたが、間宮さんは敬稜の卒業生でこちらでテニスコーチをしている方です。
奥様がとても素敵で・・・今度写真送るね。

有菜や関君は元気にしてる?
直人のおばあちゃんは風邪ひいてませんか?
うーん・・・・あらためてメールするとなると恥ずかしいね・・・。
言葉が思い浮かばないよ。せっかく貸してもらったのに、ね(苦笑)

先輩がね、連絡用に使っていいって言ってくれたので、何かあったらこのアドレスにメールください。

おやすみ・・・じゃなくて、これを読むときには「おはよう」かな(笑)

ちゃんと届きますように。

塔子

2007/12/19








「素っ気ないね?"大好き"とか入れなくていいの?」

送信ボタンをクリックして、ほっと一息ついたあたしに、司さんが後ろからパソコン画面を覗き込んで言った。

「見ないって言ったじゃないですか!」
あたしが椅子をくるりと回転させると、司さんは悪びれた様子もなく「ちゃんと送れるか心配だったからね」と肩を竦めて見せた。
からかって楽しんでいる風の司さんは、だけど優しいまなざしで目を細めた。
あたしもつられて微笑んで、椅子から立ち上がり「ありがとうございました」と頭を下げる。
「司さんレポート作成してたんですよね?お邪魔しちゃいましたね・・・」
「ああ気にしないで。休み明けでいいんだから。それに、いつでもどうぞって誘ったのは僕だし」

イギリスへ来て、もう2ヶ月になる。

こちらでの生活は寮生活だ。
男子寮、女子寮は棟続きで、行き来は自由にできる。
ハリー・ポッターの映画よろしく談話室などもちゃんとあって、寮生はそれぞれ交流できたりする。
部屋は2〜3人でシェア。あたしの部屋は2人。
だけど冬休みに入り、あたしのルームメイトのジェシカは家族とヨーロッパ旅行へ出かけると言ってた。

今、寮に居るのは10月に日本から来たあたしたち5人と、16人の寮生だけだ。
昨年からの留学生2人(つまり司さんと一緒に留学した先輩たちなんだけど)は、今年は一時帰国していた。
普段の1/3ほどの人数しか居ない寮だったけれど、談話室はちゃんとクリスマスの飾りつけがされていたし、イギリスでのクリスマスを経験できるように、学校でプログラムを組んでくれている。
英語での会話もようやく聞き取れるようになっていたから(もちろんみんながゆっくり根気よく付き合ってくれるからなんだけど)、こちらでの生活は概ね順調だった。
自室でインターネットを自由に使えないことだけが、残念というところ。

「男子寮は工事が終わってるからいいですよね。」
あたしがぼやくと、司さんは「だからこうして訊ねてきてくれるんだから、僕は感謝してるけど」とにっこりと笑う。
司さんも2人部屋でルームメイトのレイも実家へ帰省しているから、その間自由にパソコンを使っていいよと提案してくれた。

あんなに酷い甘え方をして、司さんの気持ちにこたえられなかったのに、彼は、あたしと直人が向き合った後も、変わらず接してくる。
――それどころか、直人に宣言までしていたりする。

「僕は塔子ちゃんが好きだから、離れていることを利用して優しくするからね?後ろめたいことはするつもりないけど、泣かせたり不安にさせたりしたら、本気で口説くから。」
そしてあたしには「遠慮しないこと。嫌なら避けていいけど、そうじゃないなら可愛がらせてね。今まで、僕は後輩としても塔子ちゃんのこと気にかけていたんだから。」と爽やかな笑顔で言った。
・・・ちゃんとメガネをかけて。
あたしが気にしないようにそんな言い方をしてくれたけれど、瞳の奥は寂しそうだった。

だけど、司さんと直人は、いつの間にかメアド交換なんかまでしていて・・・あたしがフクザツな気持ちで見てたこと、あの二人はちゃんとわかっているから・・・性質が悪い。

出発までのあれこれを思い出し、居心地が悪くなって顔を顰めたあたしに、司さんが「ほら機嫌直して?」と、お見通しな声で笑いかけた。
「メール、きたよ?」
あたしの腕を引いて椅子に再び座らせると司さんは「ね?」と画面を指差した。
右下に「受信メール」と表示され、受信トレイに1通メールが表示された。
「彼だね」
「え?」
司さんはメールをクリックすると「今度は見ないから」とくすくす笑った。
「好きに使っていいよ?僕は宮田のところに行ってるから。」
「ごめんなさい」
あたしの言葉に扉を閉める寸前、司さんは「ゆっくりどうぞ」と悪戯っぽく言った。






差出人 : nao-◇◇xx@****.ne.jp
宛先 : time-xxxt◇@xxx.or.jp
件名 : 届いたよ


とーこ、今時間ある?
メールしてて平気?









「直人、起きてた?」
あたしは時計を見て日本の現在時間を思って失敗した、と溜息を吐いた。
まだ5時過ぎ。さすがに起きてるわけない。
ということは、あたしのメールで起こしてしまったのだろう。

胸ポケットに入れていたガムランボールを取り出して揺らした。

それでも、やっぱり嬉しかったりする。
あたしと直人がこんなに長く、遠く離れているのは、初めてだったから――





* * *





ベッドの中、薄暗い部屋、祈るようなキモチで携帯の画面の《送信しました》の文字をじっと見つめた。
時刻は・・・5時6分。
向こうはまだ20時。
ただメールが届いただけなのに、ぎゅっと胸が締め付けられるような感覚になる。
ベッドから出てカーテンを開けて、とーこの家を見た。
もうリビングには明かりが灯っている。

とーこが居ない。
2ヶ月経ってもそれは慣れない。
それどころか喪失感は日々大きくなってる。
笑って送り出したのに、こんな姿見せられないな・・・。
ベッドにぽすんと座って、携帯を見つめた。

とーこ、もうパソコンから離れてしまった?

♪〜

着信メロディが鳴って、すぐにメールを開く。

【先輩が「どうぞ」って言ってくれたから、少しだけなら大丈夫だよ。
起こしちゃったんだね。ごめん。そうだった・・・直人の・・・携帯だったよね。
ちゃんと時間考えなくちゃいけなかった。今度はもう少し遅くメールするね?】

俺は慌てて返信メッセージを打ち込む。

【時間、考えなくていい。つか、これ以上遅くなるの反対!】

「冗談!そんな夜遅くにアイツの部屋なんて行かせられないって・・・!」
送信して、頭を抱えたくなった。
頼むよ、とーこ・・・

少しして、すぐにメールが届く。

【返信焦ってしなくて大丈夫だからね?起きてからとか、暇な時でいいんだからね?
ちゃんと寝ないと・・・。今からなら、まだ少し寝れるんじゃない?】

「とーこのメール待ってたんだぞ!?時間なんて関係ないんだって!」

【リアルタイムで繋がってるってことが、嬉しいんだよっ】

送信してまた焦れるような数分を過ごす。
今更、寝れない。
もう眠くなんてなかった。

【うん、私も嬉しい。】

とーこは今、どんな顔してるんだろう?

【雪、降った。・・・今も降ってる。今年はホワイトクリスマスになりそう。そっちは?】

クリスマスなんて、ただみんなで遊ぶ口実でしかなかったもので。
今まで気にしたこともなかった。
特に母さんが居なくなってからは。

【もう何年も、クリスマスに雪なんて降らなかったのにね。
こっちは雪降ってないよ。ここ何日かは青空が見えるしね。
今年はまたみんなでクリスマス遊ぶの?
有菜のケーキ食べれないの残念。】

「有菜のケーキかよ」
思わず苦笑した。

【25日にいつものメンバーで遊ぶ予定。今年は有菜のケーキはないかも。
「とーこちゃん居ないから作る気がしない」ってさ。
だから、どっか遊びに行くんじゃない?
ばーちゃんもとーこん家のばあちゃんたちと温泉行くらしいよ?】

とーこの居ないクリスマスも初めてだ。






2007/12/20/6:00
from : time-xxxt◇@xxx.or.jp
件名: ありがとう


温泉いいなあ。こっち来て、ゆっくりお風呂で温まれないのがツライよ。
・・・そろそろタイムリミットかな。結局1時間も借りちゃった。
またメールするね?
なんだか不思議な感じ。凄く離れてるのに、同じ時間を過ごしてるんだなあって
ちょっと感動したよ。(大げさかな)        
早起きしてくれてありがとう。  
これから、直人が過ごした夜を追いかけて寝ます。
おやすみ!

塔子

2007/12/19





「おやすみ」
小さく呟いて、思わず微笑んだ。
携帯をベットに放り投げて、なんとなく明るくなった雪の降る窓の外を見ながら、大きく伸びをした。




2007,12,20up





next

星空の下でさよなら top

novel topへ

topへ














Copyright 2006-2009 jun. All rights reserved.