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星空の下で、さよなら クリスマス編
星降る聖夜― 2 ―
今日もメールが来るかもしれない。
そんな風に思って、眠れなかった。
約束したわけじゃないから、ただ俺が勝手に待っていただけ。
一晩中携帯を握り締めて過ごすなんて初めてだった。
何度も昨日のメールを読んでは、返信ボタンを押しかける。
坂本さんのパソコンだと思うと、メールを送るのが躊躇われた。
着信音量を上げて、画面を見つめる。
鳴らない携帯が恨めしくなって、机の上に置く。
それも長くはもたない。
いつの間にか夜が明けて、昨日と同じ雪がちらつく朝を迎えた。
急に眠気が押し寄せてくる。
今寝たら、完璧に起きれない。
期末中だってこんな寝不足になることなかったのに・・・とぼやきながら、濃いコーヒーを淹れようとキッチンへ向かった。
今日行けば明日からは冬休みだ。
とーこの居ないクリスマスを迎え、そしてとーこの居ない新年を迎える。
せめて声だけでも聞けたらいいのに。
コーヒーを飲みながらぼんやり考えた。
「・・・そうだよ。それだ!」
思わず声に出して、口元がほころぶのを感じた。
電車を待っていると「おはよー!」と有菜の明るい声が背後から響く。
振り返ると雄介と有菜が揃って歩いて来て、いつものように隣に並ぶ。
「今日は?とーこちゃんからメールきた?」
有菜が期待に満ちた目で訊ねる。昨日とーこからメールが来たことを話したから、尚更だ。
「きてないよ」と俺が答えると、雄介が意外そうな顔をして「いいことあったって顔してるけど?」と、視線を逸らして俯いた俺を覗き込んだ。
「いいことなんてない。寝不足。」
「珍しい。直人が寝不足なんて」
「ツマンナーイ!せっかく、とーこちゃんのお話聞けると思ったのになあ。とーこちゃん、有菜のメアド知ってるんだからメールくれてもいいのに〜」
有菜がじっと俺を見上げるから、可笑しくなった。
今では有菜が俺のライバルだったんだって認識してる。
俺は有菜の髪についた雪を払って「さ、行こう」と、ホームに滑り込んできた電車に乗り込んだ。
教室に入るとすぐに「三上!」と甘ったるい声が響いて、目の前に五十嵐 葵が飛び込んできた。
文化祭後くらいから(俺と有菜が付き合ってないってことが広まった頃だな)、やけに接近してくる。
「おはよう!三上。」
「はよ」
短い挨拶。
「明日から休みだね。ね、三上はクリスマスとか予定あるの?初詣とか、一緒行かない?」
俺が席に着くと、後ろからついて来て自分の席でもないのに一足先に隣に座って身を乗り出してきた。
「予定あるし、一緒に行かない」
毎回結構はっきり断っているのに、一向にめげる様子もなく「え、じゃあ映画とかは?」と誘いをかけてくる。
少し遅れて教室に入ってきた有菜が、あからさまに嫌な顔をするのが見えて、内心噴き出したくなったのだけれど、無表情を決め込んだ。
「っていうか、付き合ってよ。三上のこと凄く好きだって言ってるでしょ?」
「俺は五十嵐サン好きじゃないって言ってるんだけど」
「葵でいいってば。いいじゃん、付き合ってみて、それから決めてくれたって。」
予鈴がなって、バタバタと教室に駆け込んでくるクラスメイトたちには目もくれず、五十嵐は俺の制服の端を掴んで「ね?」と上目遣いをしてくる。悪いんだけど、そういう表情は有菜の方が断然可愛い。
そういう可愛さを見慣れてる俺には、通用しない。
「小枝が困ってるんだけど?」
自分の席が占領されることが多い小枝が、後ろで大人しく五十嵐がどくのを待っていた。
「今日の帰り一緒に帰ろうね」
そんなことを言い残して、席を立った。
「帰らないっての」
そう言った俺の言葉は聞こえなかったフリをして、五十嵐は自分の席に戻っていった。
ちらりと有菜のほうを見ると、じっとりとした目で俺のことを睨みつけてた。
もっとちゃんと断れってことらしい。
俺ははいはいと頷いた。
4時限が終わり、担任が休み中に気をつけることをつらつらと話すのを聞いた。
2学期もコレで終わりだ。
担任が教室から出て行くと、一斉に教室の中は賑やかになる。
「じゃな。また来年」
「え?なんだよ、三上、もう帰るのかよ?」
「ちょっと用事」
「明日は?クリパ、参加すんだろ?」
「パス」
「えー!」
「悪いな。また今度誘ってくれよ」
不満げなクラスメイトを横目に、すぐに教室を出た。
23日にみんなで騒ぐらしい。
サンタを信じていた頃のドキドキする気持ちとは少し違うけれど、今だってあの頃のわくわく感は覚えていて、その気持ちを追いかけるように"クリスマス、思い切り楽しみたい"って気持ちはわかる。
でも、盛り上がってるみんなには悪いけど、今回は参加しない。
実は、文化祭の打ち上げで懲りてた。
クラスメイトは嫌いじゃないけど、五十嵐にまたうるさく付き纏われると思うと・・・やっぱりうんざりする。
休み時間のたびに俺の隣に来るから、今では小枝は休み時間になるとさっさと席を譲るようになっていた。
明日から休みで、五十嵐と会わなくてすむと思うと気持ちが軽くなる。
クラスのヤローたちは「とりあえず付き合えば?」「五十嵐って可愛いじゃん」なんて言ってくるけど、「とりあえず」そんなことする気もない。
何より、俺にとって、今は半分心が持ってかれてるような状態で、残った半分だって、とーこに向かっている。
とーこが自分の夢を叶えて、俺も忘れてた夢を思い出した。
夢というよりも、願いというか。
だから、今はそれに向かってできることをしていこうと思う。
傍で見守ってくれる大切な存在が居ないからこそ、遠くにいるとーこにもわかるように。
・・・それより何より、とーこに会いたくて、その気持ちを・・・熱を逃すだけで精一杯。
雄介と有菜は今日は部活の忘年会するって言ってたし、イブのことは後でメールしとけばいい。
陽太と修に任せてるのが・・・ちょっと不安だけど。
「三上!ちょっと待ってよ!」
階段を下りて玄関に向かう俺に、五十嵐の声が追いかけてくる。
俺は溜息をついて、仕方なく足を止めた。
マフラーを巻きながら、五十嵐が駆け寄ってくる。
「一緒に帰ろうって言ったじゃん!」
「帰らないって。」
「なんで?三上、今フリーじゃん。私と付き合ってくれたっていいと思うけど!」
「フリーなんかじゃないよ。」
俺の言葉に、五十嵐は口の端をあげて笑った。
休み前。開放感でいっぱいの、調子はずれのジングル・ベルなんかが聞こえてくる場所で、五十嵐は俺の腕を掴んで急に唇を近づけてきた。
「なっ」
咄嗟に顔を背けた俺の頬に、五十嵐の唇が触れた。
腕を振り払って、手の甲で頬を拭う。
「なにしてんだよ。」
「フリーみたいなものだよ!だって、私がこんなことしたって止められないんだよ?その人。」
挑戦的に言って、今度は瞳を潤ませた。
「三上を置いてイギリス行っちゃうような人、いいじゃん、気にしなくて!自分だって好きなことしてるんだよ?私だったら、好きな人と離れてるなんて、絶対しないよ!?」
周囲の好奇の視線を痛いほど感じたけど、五十嵐はそれすら利用するつもりなんだろう。
「そんな人に縛られてることないよ!自分が近くに居ない所為なんだから。三上のこと、責められないでしょ?」
「・・・凄い自信なんだね」
溜息が漏れた。
だけど、ここで人気のないところへ移動して二人きりになるつもりもないし、恥をかかせないように、なんて優しさも持ち合わせていない。
すうっと自分の中の温かさが引いていく気がして、目を細めた。
「・・・で?言いたいことはそれだけ?こんなことして、不意打ちのキスして、それで満足?」
五十嵐はカッと頬を屈辱で真っ赤にして、俺に挑むような視線を向けた。
「・・・あのね、五十嵐サン。誰から聞いたのかしらないけど、置いてかれたわけじゃないよ?それに、"とめられない"も何も・・・俺は嫌なんだから、自分で止めるって。」
「私は、三上のことがっ」
「俺もね・・・酷いことしてきた方なんだけど、だけど、俺のことが本当に好きかどうかくらいはわかるんだ。」
「なに、それっ!私はっ」
とーこのことを持ち出したりしなかったら、ここまで言うつもりなんてなかったのに。
「少なくても、俺一人ってわけじゃないよね?五十嵐サンってもてるみたいだよ?でも関係持つ相手もちゃんと選んだほうがいいかもね。遊びのつもりなら尚更。」
五十嵐のことは、工業に居る陽太たちが知ってるくらいだ。
「好きな人があちこちに居るってのは、どんな気分なのかな?俺にはちょっとわからない」
有菜はこういう話題はあまりピンとこないほうだけど、なんとなく直感でわかるんだろう。最初から苦手意識持っていた。
「随分自由な付き合い方してるみたいだけど・・・・俺は、一人に縛られていたいんだ。」
俺の言葉に、今度はぐっと言葉を詰まらせたのがわかる。
少しは本気だったとか?
いいや、図星で何もいえない、か。
「その一人は、縛られていたいのは・・・五十嵐サンじゃない。」
とーこだけでいい。
クリスマスのプレゼントもご馳走も何もいらない。
* * *
"流れ星もサンタクロースも、願いを叶えてなんてくれない。ただボクは、おかーさんの病気がよくなりますようにってお願いしただけなんだ!"
ラッピングされたクリスマスプレゼントの箱を抱えて、直人があたしの家の玄関に立っていた。
"とーこ、サンタさんの居るところ知ってる?ボク、プレゼントお願いしてないのに、サンタさん間違えて持ってきちゃったんだ・・・!返さなくちゃ、プレゼントいらないって言ったのに、おかーさんの病気を治すお薬をくださいってお願いしたのに・・・"
直人は涙を滲ませながら、クリスマスの朝、あたしのところへ来た。
あたしは欲しかったゲームが枕元に置かれていて、嬉しくてさっそく直人と遊ぼうと思っていたところだった。
"なんにもいらないのに!"
あの後、直人はもうクリスマスに何かを欲しがることはなかった。
聞きなれたアラーム音が聞こえて、あたしは昔を思い出す夢を見ているのだとわかった。
腕を伸ばしてアラームを止める。
あたしはベッドに潜り込んだまま、ブランケットを引き上げようとして、頬を冷たく伝っているものに指で触れた。
「あ・・・泣いてたんだ・・・」
あの日の直人を思い出すと、胸が痛くなる。
サンタさんはどうして直人にだけ意地悪するんだろう?って、あの時は真剣に悩んだ。
あの後、二人で手紙を書くことにして、サンタさんに宛てたメッセージを紙に綴った。
・・・なんて書いてあるのか、わからないような字で。
なんで今頃こんな夢を見たんだろう?
小さかった直人が、縋るしかなかったクリスマスも流れ星も、結局は願いを叶えてくれなかった。
あたしはぎゅっと目を閉じて、もう一度今の夢に戻ろうと試みた。
小さかった直人を抱きしめてあげたかった。
でも、すっかり覚醒してしまったあたしは眠りに戻るなんことはできずに、ゆっくりと目を開けた。
そういえば、次の日、プレゼントを引き取りに来てくれないと落ち込む直人に、あたしは何か言った気がする。
なんて言った?
とても馬鹿なことを言ったような気がする。
だけど、あたしが言った言葉に、直人はしっかり耳を傾けて「うん。そうする。」って答えてた。
「とーこって、凄いね」って、ようやく笑ってくれて、ほっとした。
それは、凄く覚えてるのに。
ベッドから抜け出して、あたしはカーテンを開けた。
薄暗い窓の外は、ようやく見慣れた風景。
直人はあたしより9時間先を生きている。
今日はどんな一日だったのだろう?
今までクリスマスに何かをプレゼントしたことはなかった。
だけど、今年はどうしてもあげたくて。
自己満足だとわかっていても、どうしても。
遠く離れていても、傍にいたいから。
2007,12,22up
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