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君に繋がる空

  
1. はじまりの空





気がつくと、ボクたちはぎゅっと手を繋いで眠っていた。



物置の隣、自転車を片付けるトタン屋根の下。
使い古された穴の開いたソファー。
ぱっと見には、見えない死角。
かくれんぼしていて、ボクたちは恰好の隠れ場所にわくわくしながら身を潜めた。
だけど、あんまり上手に隠れた所為で、誰も見つけてくれなかったんだ。



「とーこちゃん、もうかくれんぼやめる。だって、だあれもみつけてくれない」

鬼はシンちゃんだ。ボクたちより2つ大きい。
「みーつけた!」
遠くから、その声だけが聞こえる。
もう夕方だ。なのに、シンちゃんはボクたちをまだ見つけてくれない。
オレンジ色の空はなんでか凄く寂しい気持ちになる。
お母さんがまた病院に戻ってしまった。
だから、今、ボクの家には誰も居ない。
お父さんはまだお仕事だ。
いつもは夕ご飯を作って待っててくれるばあちゃんも、昨日からずっと病院に行ったきり・・・。

「ふぅぇっ・・・」

見つけてもらえない寂しさと、お母さんが病院に行ってしまった怖さと、もう夜になるのにボクの家にはだあれも居ないという悲しい気持ちがごちゃまぜになって、鼻の奥がツンとして、泣きたくないのに、目が熱くって。

「っえっうっ、うぇっ、」

あ、涙、と思ったら、もう止められなくて。
両手でごしごしと目を擦りながら、泣いてしまった。

「ダイジョウブだよ!とうこがいっしょにいるよ?ほら、てつなごう」
それまでボクのことをじっと見ていたとーこちゃんが、ボクの目の前に手を差し出した。
にこっと笑って、「ん!」ともう一度手を差し出す。
ボクの胸の中を苦しくて暗くてぐずぐずにしていこうとしてた何かが、ぱっと明るく弾けて消えた。
とーこちゃんの手が、とてもあったかな優しいものに思えた。
ボクは、不思議とほっとして、とーこちゃんの手にボクの手を重ねた。
きゅっと力を入れて握ってくれた手が"大丈夫だよ"って言ってる気がした。

「・・・とうこちゃんがいっしょで、よかった」

ボクも力を入れた。

「ひとりぼっちじゃなくて、よかった」

気がつかなかったけど、凄く緊張してたみたいで、ほにゃっと力が抜けた。
そんなボクの手をもっと強く握って、とーこちゃんの目が大きくなった。

「あのね、おばちゃんがえほんくれたんだよ?」

なんでかわからないけど、とーこちゃんはいつもよりずっと早口で言った。

「シアワセのほしをさがして、おとこのことおんなのこがてをつないでいくの。」

ボクはとーこちゃんとボクの手を見つめた。
どんなお話なんだろう?と、とーこちゃんの顔を覗き込んだ。
とーこちゃんのおばちゃんは、外国に居て、いつもちょっと変わったものを送ってくれる。
この前は、えいごで書かれた絵本で、ボクたちはぜんぜん読めなかったけど。

「ふうん、それで?」
「おとこのこはユウキがでるマホウのすずをもっててね。おんなのこは、おそらににじをかけることができるフルートをもってて」

あ、とーこちゃんの目がきらきらしてる。
きっと、すごくおもしろいんだ。

「フルートって?」
「ふえみたいなやつ。ことりがなくみたいなおとがするんだよ」
「へえ〜」
「おほしさまのかがやくそらに、にじをかけるの。そうしてふたりで、にじをのぼっていくんだよ・・・あとでいっしょによもうね。」
なおとくんにかしてあげる

そう言って、とーこちゃんは心配そうにボクを覗き込んだ。
そっか。
ボクが泣いちゃったから、とーこちゃん心配してたんだ。

「うん、ありがとう。おかあさんにもみせてあげていい?」
「いいよ。」
「ありがとう、とーこちゃん。」

おもちゃの取り合いをしたり、鬼ごっこでいっつも先に捕まえるとかって喧嘩したり、ボクととーこちゃんは何でも競争したりしてたけど。

じんわりと胸があったかくなる。

とーこちゃんがにこっと笑った。





古いソファーの背に寄りかかるボクに、とーこちゃんは頭を預けるようにして寝息をたてていた。

あれ?ボクたち、寝ちゃってた?

いつの間にか、あたりは薄暗くなり、ちらりと見たとーこちゃんの家には明かりが灯っている。

「とうこちゃん、とーこちゃん」
ボクは握っている手をぶんぶんと振って、眠っているとーこちゃんの名前を呼んだ。
「あ、れぇ?見つかっちゃった?」
手を繋いでいる手と反対の手で目を擦りながら、とーこちゃんはボクの顔を見た。
「違うよ、もう、お外が真っ暗なんだ!」
そう言ったボクにとーこちゃんは手を伸ばして、ほっぺに触れるとにこっと笑った。

「よかった。直人くん、泣いてない」

その笑顔に、どきんとしたボクは、だけどその胸の高まりの名前をまだ知らなかった。
ただ、ずっと繋いでいた手をとても心地よく感じていた。
この手と繋がっていることを、とても嬉しく感じていた。

さっき、泣いちゃったことが嘘みたいだ。
いつの間にか、元気が戻ってきてた。



もそもそと外に出ると、空に一つ星が光っていた。
そらの端っこで、茜色の境界線の近くで。
「あ、お星さま!」
「明日もきっといいお天気。お星さまが、あんなにきれいだもん」
ね!と笑いかけるとーこちゃんに、ボクも「うん」と元気よく頷いた。

それは本当に幼い記憶。

ボクらが二人で、初めて見た星空だった。




――はじまりの空

2007,11,8up





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